投獄されてから明日で一週間になる。
アリーシャは格子の隙間から差し込む月の光を目で追いながら、床につけた印を数えて深い溜息をついた。
壁の漆喰が剥がれたもので線を引き、それで日にちを数えてはいたが、状況は一向に良くならない。戦場は両国共に壊滅状態、導師はそのまま姿を消したようだと兵が噂しているのを聞いたのを最後に、スレイ達の名を聞くことはぱったりと絶えた。
「…無事で、いてくれるだろうか」
牢に入ってから独り言が増えた。答えてくれる者の無い言葉空しく、かび臭い空気に溶けて消えていく。
スレイ達の身が案じられてならなかった。バルトロに目をつけられたのも、元はといえば自分がスレイ達にくっついていたせいだし、本格的に彼等の力が人目に触れてしまったのはアリーシャがマーリンドへ送られた際にスレイ達がついてきてくれた事が切欠だ。
そもそもスレイはアリーシャの身を案じてイズチの里を出たのだと言っていた。自分がイズチに行かなければ、聖剣祭に来いなどと余計なことを言わなければ、スレイはこんな余計な苦労を背負い込むことはなかったのだ。
「ふっ……うっ…」
自分はスレイにとって疫病神でしか無かった。それを思うと悔しいやら憤ろしいやら、言葉に出来ない感情が涙と一緒に込み上げてきて、アリーシャはその場に膝を付く。
「すま、ない…」
最初にあった時は何と無垢な青年なのだろうと思った。屈託無い笑顔というものを見たのは久しぶりだったし、下心も悪意も無い対応も酷く物珍しかった。イズチの空気も故郷のそれとは違って酷く清涼で、そこで出会った彼もものすごく特別な人間のように思えた。だからあんなに簡単に導師に相応しい、などと言えたのだ。
否、事実スレイは導師に相応しい人間だった。それは間違いないことだったのだが、それでも導師になることが彼の幸せに繋がったのかと思うとそれは甚だ疑わしかった。
人里離れた場所で天族に囲まれて育った彼は、最初の印象どおり驚く程無垢で、しかし驚く程強い意志を秘めていた。正しいことを正しいと言うことがどれほど困難か、アリーシャは知っている。それは、王族の血を引いて生まれて十六年、その短い人生の中でアリーシャ自身が周りから言われ続けてきたことだった。
正しいことを貫き通すのは辛い。正しいと思ったことを折られるのはもっと辛い。そしてその辛苦は、本来イズチに居ればスレイは味わわずに済んだもので、そのイズチを出るように仕向けたのはアリーシャの存在なのだと思うと堪らなかった。
戦場になど出たくなかっただろう。それは本来導師の役目などでは無いし、スレイ自身の人柄を考えても到底相応しい場所などではない。人が当たり前のように死んでいく空間、命が一人ではなく一つ二つと数えられる場所。上の判断次第で、最前線の兵士達はまるで人に踏まれる蟻のようにあっさりと死んでいく、そんな地獄へなど。
アリーシャの命を盾に取ったら簡単に戦場に出て行った。
そんなことを嬉しそうにわざわざ牢に言いに来たバルトロの言葉を、どれ程絶望的な気分で聞いたことだろう。それでも、天族の加護があるスレイならば簡単に死ぬことだけは無いだろうと、そう思っていたのに。
―――消息不明。そう聞かされてもう四日が経つ。
どうか無事で。
アリーシャのそんな願いも空しく、日は確実に過ぎていく。既に両国の兵士は撤収したと聞いた。遺体も回収も終わったが、それでも導師が見つかったという噂は聞こえてこない。
状況は余りに絶望的だった。
「…わ、私の…せいだ…」
導師を探しに出たのも、スレイを聖剣祭に誘ったのも良かれと思ってやったことだった。彼の従士になったのだって、導師を支えることは世界を支えること、引いては故郷のためになると、そう思ったからこそ。無力に喘いできた自分にもやっと何か出来るのだと、そう思えば喜びに胸が打ち震えた。
それだけではない。スレイ達との旅は楽しかった。恐らく、人生で生きてきた中で一番、アリーシャが「アリーシャ」として楽しめた時間だった。
今まで周囲から馬鹿にされてきた遺跡の話、自然の成した芸術の数々。彼等とでなければ出来ない話、出会えなかった景色。アリーシャが笑えば誰かが笑い、他愛の無い話で盛り上がり、朝起きた時も夜眠る前にも皆が互いに挨拶を交し合う。それだけのことがアリーシャにとってどれだけ大きな驚きで、どれだけ鮮烈な喜びだったか。
アリーシャの身を案じ、疫病に冒された街に着いて来てくれた。国のためにと無力を承知で走り回るアリーシャと共に戦ってくれた。マルトランと家人以外に信用の出来る人間がいなかったアリーシャにとって、それは全部が全部新鮮な体験で。
―――それなのに。
知り合って一月も経っていない。そんなスレイがこれだけのものをアリーシャにくれたというのに、アリーシャは彼に何ていうものを返してしまったのだろう。
従士の代償でスレイの目が見えなくなり、彼を危険に晒してしまったことを皮切りに、衆目の前で彼に力を振るわせ、挙句に人質に取られてスレイを望まぬ戦場へと引き出した。本当に、とんだ疫病神である。
それなのに相も変わらず自分は無力なままで。そんなスレイを助けることも出来なければ、今ここを脱出して探しに行くことすら出来ない。
導師を支えるのが従士の役目だというのに、支えるどころか支えられるばかりで。重要な使命を背負うスレイを助けるどころか、始終足を引っ張っている。
それだけではない。
恐らく、アリーシャ自身の命も後数日。それは先日ここに様子を見に来たバルトロの態度を見れば明らかだった。今はマーリンドの住人が抗議してくれているようだが、元々疫病のせいで傷の深い街だ。少しでも圧力をかけられれば声を上げることも出来なくなるだろうし、表向き処刑の形を取れなくても殺された王族など吐いて捨てるほどいる。そもそもバルトロは最初からアリーシャを暗殺するつもりだったのだ。アリーシャが掌中にある今、邪魔者を処分することに今更躊躇いなどあろうはずがない。
そして、それに抵抗する術はアリーシャには無い。自分の身すら守れない癖に、粋がって国を守るの何だのと言ってはスレイを振り回していた自分が酷く滑稽で、どうしもなく惨めだった。
ボロボロと、堰を切ったように涙が流れて止まらない。
「すまない、すまないっ…スレイ…」
こんな自分が巻き込んでしまった。本来なら歴史に語られることなく、もがいて消えていくだけだったはずの自分が、導師という大きな存在に関わったことでその導師の運命を狂わせてしまった。
「……わ、わたしは……わたし、は…何の、ために…っ」
十六年、その年月を生きてきて、自分の望みが叶ったことが一体何度あるだろう。
王族の末端に生まれ、故郷のために尽くし、しかし無力が故に全てが無駄に終わった。それだけの生に、一体何の意味があったのだろうか。
ただ故国のために尽くしたかった。湖を臨む美しい街、明るく陽気な人々の笑顔。それらを取り戻したかった、ただそれだけだったのに。
「こんな、ことなら…」
咽び泣きながら月を見上げる。涙で輪郭のぼやけた月に、呪詛のように語り掛ける。
どろどろと、足元から何かに沈んでいくような気分だった。
自分がこんな境遇に陥ったのは誰のせいでも無い。それが運命だというのならば運命を呪う。その行為を一体誰が責められるというのだろう。
ドス黒い感情のまま、込み上げてきた言葉をそのまま舌に乗せる。
「いっそ……生まれてっ来なければ…」
願っても願っても届かない。足掻いても足掻いてもどうにもならない。そんな理不尽な現実に翻弄され、惨めに潰されるだけの生などいっそ要らなかった。
生まれて初めて出来た、大切な友達。彼一人すら守れない無力な自分なんて。
「生まれて来なければ…良かっ…」
胸の内から生まれる何かを吐き出すように、涙に濡れた声を吐き出そうとした。
―――その時だった。
「駄目だ!アリーシャ!!」
「えっ…?!」
叫び声と共に、牢の堅牢な壁が揺れた。何かが壁にぶち当たっているような大きな音と共に二度目が続き、それで壁に亀裂が入る。
そして三度目。
地割れのような音が響き、礫が周囲に飛び散る。アリーシャの右斜め手前に空いた穴は人が二人は並んで通れそうな大穴で、もうもうと砂煙が舞う中、その穴の外に数人分の影が浮かび上がった。
「…う、そ」
「嘘じゃないよ、アリーシャ」
呆然と呟いた声には、幻聴にしてはやけにはっきりした返答があった。
顔を覆っていた手をのければ、アリーシャの目の前に歩み寄ってきたのは確かに無事を祈っていたその相手。エドナと神依をしているところを見ると、牢の穴は彼女の力のようで、その穴からは続々と見慣れた面々が、砂煙に噎せながら牢の中に入ってくるところだった。
―――無事だった。無事でいてくれた。
嘘のような幸せな現実に、アリーシャは夢を見ているような気分で自分を見下ろすスレイの顔を見上げる。
「スレ、イ…?」
歩み寄ってきたスレイは何も言わない。酷く痛ましげな顔でアリーシャを見詰めたかと思うと、きっと唇を引き結ぶ。その唇が震えていることに気付いて、アリーシャは少し眉を寄せた。一体何が彼を悲しませているのか、それを問う前に彼は右手を上げ、突然大声で後ろに立っていたライラの真名を呼んだ。
「フォエス=メイマ!!」
エドナとの神依を解いて、炎を纏う。赤と白の装束に金色の光を帯びた彼は、突然の事に目を瞬かせるアリーシャの前に膝を付くと、徐にアリーシャの肩を引き寄せて、痛い程の力でその体を抱きすくめた。
「ス、スレイ…?!」
「ごめん…。辛い時に一人にして…本当に、ごめんっ!!」
もう大丈夫、大丈夫だから。
そう耳元で子供をあやすような声で宥められ、やはり幼な子にするように背中を叩かれる。同時にスレイとアリーシャの周囲を赤い炎が取り巻いたが、不思議とアリーシャがそれを熱いと感じることは無かった。
「暖かい…」
顔すらおぼろげな母の記憶。病弱な人だったというから、その腕に抱かれたことはそうたくさんは無かっただろうが、それでもこの炎は母の腕を思い起こさせる、そんな温度で。
胸の内に巣食っていたドス黒い何かが、スウっと消えていくような気がした。
思わずスレイの腕に体重を預けて目を閉じる。スレイは暫くそんなアリーシャを抱いたまま、あやすような仕草で背中を叩いていてくれた。
―――良かった。間に合った。
微かに聞こえた呟きは現のものだろうか。そんな事を思いながらぼんやりアリーシャがスレイを見上げると、何故か酷く安堵した風に微笑んでくれるばかりで、詳しい事情は何も語らない。とにかくその表情にもう憂いの色が見えない事に、ほっと胸を撫で下ろす。
炎は数分も経たないうちに姿を消した。母の腕の温度も消え去り、代わりにアリーシャのふわふわした頭の中に、水が沁みこむようにじわじわと疑問が浮かんでくる。
「スレ、イ…?」
「ん?どうかした?」
見上げると優しく微笑み返してくれる。その笑顔に一瞬安堵しかけて、ふとアリーシャは異変に気付く。
何かおかしい。何が―――?
「どうかした…って…」
そう、近いのだ。距離が。
その事実に気付いた瞬間、アリーシャの頭は真っ白になった。
「ええええ?!ちょ、あの…こ、これは…!!」
スレイから少しでも距離を置こうと反射的にのけぞり、そのせいでバランスを崩して更にスレイに支えられる。男性に抱きすくめられた経験など姫であるアリーシャにあるわけもなく、間近に感じる体温がスレイのものだと気付くけば混乱に更に拍車がかかる。
「ちょ、これは…その、ち、違うんだ!!」
「…何が違うんだ?」
「さあ?」
「あらあらあらあら!良いですわ~、初々しいですわ~!」
いつの間に神依を解いたのか、外野―特ににライラ―は非常に楽しげだが、アリーシャ本人はそれどころでは無い。牢に突然スレイが現れただけで衝撃的なのに、更に抱きすくめられたとあってはパニックも頂点だ。
そのまま牢の外で警笛が鳴り響かなければ、アリーシャのパニックはいよいよ本格化したかもしれない。しかし、そこは姫だろうが女だろうが訓練を受けた武人で、異変を察知した脳が無理やり体勢を切り替える。
思えばこれだけ大騒ぎをして、衛兵がかけつけてこない訳がないのだ。何せ場所は王宮地下牢、常時複数の衛兵が詰めていることを考えると、かけつけてくるのが遅いくらいである。
「スレイ!!」
「ああ、わかってる」
スレイはアリーシャから離れて儀礼剣を引き抜き、武器が無くて戸惑っているアリーシャに向かって空いた方の手を差し出した。
「道はオレ達が空ける!アリーシャ、行こう!」
スレイならば当然そう言うだろうと予想していた台詞だ。そもそもここに来てくれたのだって、アリーシャのために決まっているのだ。そう、彼は困っている人を放っておけない性格で、だから囚われの身であるアリーシャを放って使命を全うする旅になど出られる筈が無いのだから。
わかっているからこそ、アリーシャはその手を取るのを躊躇わずにはいられなかった。
「わ、私は…」
疫病神。
先ほど己で押した烙印が、肩に重くのしかかる。
恐らく、スレイの領域内にアリーシャが戻ったことでスレイの目はまた影響を受けていることだろう。その証拠にスレイの右側は油断なく杖を構えたミクリオが固めている。見えない分を誰よりも付き合いの長い彼が埋めようというのだろう。しかし、それではミクリオが自由に動けない。
これではあの時の二の舞だ。スレイを庇ってミクリオが傷ついたあの時と。
「…私、は行けない。折角来てくれて悪いが、どうか皆だけで逃げてくれ」
本当は行きたい。もうこんな所には居たくないし、こんなちっぽけな命でも理不尽に奪われるのは耐え難い。
それでも。
たくさんの物を与えてくれたスレイ達、そして世界を負う使命を背負っている彼等を危険に晒すくらいならば、ここでバルトロに殺された方が遥かにましだ。
「本当は、後数日で解放されることになっていたんだ。もう私に利用価値は無いし。腐っても王族の端くれだから、殺すのも面倒だと…」
無理やり作った明るい声。どうか震えてくれるなと、願うような気持ちで紡ぐ言葉は、辛うじて平静に聞こえる程度の響きは保っていたが、どこか上滑りしている感は否めない。そしてそんな付け焼刃の演技で、何百年も生きている天族達の目を誤魔化せるはずもなかった。
「嘘ね。これ、さっき厨房で見つけたんだけど。わざわざ毒で暗殺しなきゃならない要人、今のところあんた以外居ないみたいだけど?」
言ったエドナの片手に握られていたのは、毒々しい紫色をした液体の入った小瓶。毒蔓花の根を煮詰めて作るそれは、心臓に著しい負担をかけて人為的に心臓発作を起こすもので、病死に見せかけた暗殺によく用いられる薬だった。主に貴族や王族の暗殺に使われてきたものである。
「アリーシャ。本当は知ってるんだよね?自分が、殺されようとしてること」
そう問うスレイの目はどこまでも真剣で真っ直ぐで。嘘を重ねようとしたアリーシャの意思は、たちまち萎えて消えてしまった。
嘘などつけない。こんな目を見てしまっては。
観念して首を縦に振ると、途端にスレイの顔が怒りに強張る。快活な彼にしては珍しい怒りを露わにした表情でアリーシャの手を掴むと、スレイは儀礼剣を持つ手にあからさまに力を込めた。
「オレ、アリーシャを従士にしたの、間違ったと思ってたんだ。そのせいでアリーシャを傷つけたんだって…」
「ちがっ…!」
「でも!」
否定しようとしたアリーシャの言葉を更に遮って、スレイは強い瞳でアリーシャを見据える。
「もう謝らないし、後悔もしない。契約解除も絶対にしない。…それが、アリーシャをここじゃないどこかに連れて行ける言い訳になるなら、オレは絶対に譲らない!」
強引だが、この上なく優しい言葉。伝わってくるのは、何が何でもアリーシャを助けるのだという強い決意。
「スレイ…」
「ごめん、アリーシャ。でもオレは、アリーシャは笑顔で居て欲しいんだ。それが、アリーシャに一番似合う顔だと思うから」
スレイの言葉に、以前彼から聞いた言葉がアリーシャの脳裏に浮かぶ。
マオクス=アメッカ。
従士の契約を結んだ時に、スレイがアリーシャにくれた真名。その意味を問うたアリーシャに、彼は少しはにかみながらこう答えた。
―――笑顔のアリーシャ。
「ねえ、アリーシャ。オレと一緒に世界を見よう。世界は広くて、オレ達の知らない現実がたくさんあって…中にはどうしようもない程悲しいこともいっぱいあると思うけど。でも、オレ達の遣りたいことのためにはそれも必要だと思うんだ。少なくとも、ここで殺されることがアリーシャに出来る最善のことじゃない。そうだよね?」
真摯なスレイの声が心に刺さる。
何時からだろう。己の無力を嘆きながら、心のどこかで仕方の無いことだと諦めていたのは。
自分には何も変えられない。事あるごとにそう囁きかける己の声を無視する事に苦労するようになった。聞かぬ振りで目を逸らし、逸らしながらも失敗する度に心のどこかで納得していた。これが己の限界なのだと。
「オレ達はもっと強くなれるよ。少なくともオレは、アリーシャが居てくれれば心強い。だからアリーシャ」
真摯な眼差しのスレイの顔が、じわりと滲んで見えなくなる。悔しさでもない、悲しさでもない、暖かい感情が流させる涙など、本当に何時ぶりだろうか。
「一緒に行こう!」
握った腕を放し、スレイが再び手を差し出す。
己の意思で手を取れと、彼は言外にそう語っていた。
ここに居ても死ぬだけだ。ならば最後にもう一度、彼の言葉に甘えて足掻いてみても許されるだろうか。
故郷のため、そして己の夢のため、出来ることを精一杯やってみても良いだろうか。
胸の内で問いかけて途中でやめる。そんなことは誰に許しを求めるものでも無い、自分自身で決めることだ。自ら進んで困難な道を志し、夢に向かって進むスレイの隣に立つならば、せめてこれくらいの決断は己で下せるようにならねばなるまい。
―――歩き出す。自分自身の足で、自分自身の夢のために。
アリーシャは顔を上げて、己を鼓舞するように一つ頷く。
差し出されたスレイの手に右手を伸ばし、彼の手をしっかりと握り締めた。
「ありがとう、スレイ…。皆様も…」
周りを見回せば、アリーシャの決意を後押しするように、暖かな笑みが返ってくる。大切な導師を危険に晒しているというのに、彼等の笑顔に嘘は無い。
「まあ、スレイのフォローなんていつものことだしね。大丈夫、慣れてるよ」
「ミクリオ様…」
「はいはい、感動的なお話はそこまで。お客さんよ」
「あらあら。またたくさんいらっしゃいましたわね~」
鎧を着けた者に特有の金属音。近づいてくる足音に、エドナが面倒臭そうに傘を畳む。それが合図だったかのように、鉄扉が開いて、狭い通路に兵士が雪崩れだしてきた。
それからの展開は実に一方的だった。
ライラと神依をしたスレイを、ミクリオとエドナがサポートし、途中で兵士から失敬した槍で途中からアリーシャも加わった。元々導師一人でも言葉通り一騎当千の力があるのだから、牢屋の衛兵ごとき蹴散らすのは容易いことだった。
抜け道を探すように面倒な真似はしなかった。邪魔になる壁があればエドナがぶち壊し、兵が壁になれば打ち払う。そうやって城の裏側に外に通じる大穴を空ける頃には、既に夜が明けていたらしい。穴から白々と差し込む朝日に、ずっと暗い牢屋にいたアリーシャが思わず目を眇めると、スレイが笑って手を差し出す。
「さ、行こう。アリーシャ」
もう兵の足音は聞こえない。アリーシャ一人のために向かってくる気は最早無いのだろう。
清々しい早朝の気配。イズチで別れた時と似た朝日は、あの日と同じ、何かの始まりを告げているかのようだった。
―――否、これは確かな始まりだ。
スレイの差し出した手に、今度は躊躇い無く手を伸ばす。
夢に向かい、世界を変えるための確かな一歩。
小さいけれど確実な一歩は、やがて世界を変えるための大きな波を引き起こす。その事をこの日のアリーシャはまだ知らない。
導師スレイの従士アリーシャ。その真名をマオクス=アメッカ。
後に第二の調律時代を築いたとして歴史書に名を残す彼等の長い旅路の、これはその始まりの日となった。
End
最終的にはスレイの憧れていたアヴァロスト調律時代の謎が明かされ、第二の調律時代へ向けて歩を進める。そんなラストだと最初は信じてたので…
「大丈夫。ミクリオもライラもエドナも勿論アリーシャも。ちゃんとオレの『真の仲間』だよ」
これがスレイに求めたかったものの全てと言っても過言ではないです。
多少ご都合主義だっていい。種族の縛りの厳しさを目の当たりにしながらも、仲間だと迷いなく言ってくれる主人公であって欲しかった。