月に至る2番目の歌   作:きりしら

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様々な喜びの力をお酒で助長して、勢いで書いてしまいました。
読んでいただきましてありがとうございます。新しい評価、また初感想、励みになります。
ありがとうございます。

文章に乱れがある場合がございますので、後ほど修正する箇所があると思います。
よろしくお願いします。


第6話 優しい人たち

潜伏生活7日目、浜崎病院地下シャワールーム

 

 

潜伏生活を始めて1週間が経過した。

今日が作戦の決行日。

計画の要、先史文明紀の遺産であるフロンティアを起動する前にその視察を行うことが作戦目標のようだ。

 

そしてもう1つ、2日前にウェルがナスターシャ達に提案した第2の作戦

開発コードALi_model_K0068_G

ガス状のアンチリンカー(Anti_LiNKER)の試験的投入だ。

 

この作戦が提案されたのは、あの時

私は、2日前ウェルに呼び出された時のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

病院地下、ウェルの研究室

 

『ウェル、私に用があるの?』

 

『遅いぞアン、次の作戦に関わる重要な話だ。お前が要になるから呼んでやったんだ感謝しろ』

 

机の上に食べかけのお菓子やラムネ味の栄養剤を置いたウェルは、椅子にふんぞり返って私に振り返った。

 

 

『本当?じゃあ例のアンチリンカーを使うの?』

 

『ふんっ、察しが良いのは褒めてやる。近々日本のお客さん(邪魔者)が来るだろうから、シンフォギア装者と相性最悪のアンチリンカーを試すいい機会だと思ってな。

リンカーもアンチリンカーも効きにくいお前の体質を利用する。適合係数が下がった装者なら、誰よりもぶっちぎりで適合係数のひっくいお前でも倒せるようになるだろ。』

 

 

うん………怒ってはいけない、これはウェルの罠だ。

ウェルの言葉を自分の中で整理して、解釈する

 

 

『優しいね、ウェルは』

 

『あぁん?』

 

 

彼は私が役に立てていないと感じている引け目を察して、活躍の機会を与えてくれるのだと。

今朝もそうだ。やることを探していた私に日本の装者のデータが入ったメモリを渡してくれたのも彼なりの気づかいだった。

 

 

『ありがとう、ウェルキンゲトリクス博士。私の英雄さん。』

 

『う、うるさい!何を勘違いしてるか知らないが、僕には僕の英雄像がある!ガキにされる安い英雄呼ばわりはごめんだ!』

 

 

ここは本当に、本当に優しい人ばかりだ。

 

 

 

 

 

話を戻そう。

マリアの中にいるというフィーネが主導で隠密に計画を進めているとはいえ、素人集団では物資や資材の搬入や日常的な買い物など、足が付くことは避けられない。

当然このアジトも遠くない内に嗅ぎつけられ襲撃されるだろう。

 

ならばその襲撃を逆手に取った奇襲によって二課の装者を撃退、あわよくば撃破する。

 

襲撃に備えて病院内の各地に噴霧器設置の改造は済んでいる。

あとは今日の作戦を遂行し、来るべき襲撃を待つだけだ。

 

襲撃を待ち焦がれるというのも変な話だけど。

 

 

「でね!信じられないのは、それをざばーっとかけちゃったわけデスよ!絶対におかしいじゃないデスか!」

 

 

隣で楽しそうに話す切歌。

昨日ナスターシャが行った、黒豆醤油事件のことを話しているのだろう。

調はその時飲み物を取りに行ってたんだっけ。

 

 

「そしたらデスよ!」

 

 

切歌がその時の様子を説明してくれているけど、いつも相槌を打つ調の声が聞こえない。

私はぐしぐし洗っていたシャンプーを止め、一度流して調に目を向けた。

 

 

「まだあいつの事を…デスか?」

 

「立花…響」

 

 

調はあのステージで立花響に言われた言葉が残っているようだ。

 

 

『話せば分かり合えるよ!戦う必要なんて!』

 

 

そんな綺麗事を言えるのは、何も背負うものがないから言える言葉。

マリアや調そして切歌のように理不尽な運命を背負わされ、文字通り血を吐くほどの苦労を抱えてなお世界を救うための戦いに身を投じている。

 

この行いが悪だとしても、失われるべきでないものを救う。

計画のためにその身を削ることの尊さを、私はこの1年でずっと見てきた。

この計画は絶対に失敗することはできない。

 

私も、私にできる事をしたい。

 

 

 

調が壁に叩きつけた拳を、切歌が優しく包む。

その様子を、私はただ黙って見つめる事しかできなかった。

 

 

「それでも私たちは、私たちの正義とよろしくやっていくしかない。

 迷って振り返ったりする時間なんて、残されていないのだから。」

 

「マリア…」

 

 

全てを聞いていたマリアの言葉が、私の胸に深く突き刺さった。

 

 

 

そしてしばらく重い雰囲気の中シャワーを浴びていると

突然けたたましい警報の音が鳴り響いた。

 

 

「っ!警報!?」

 

「なんてタイミングデスか…!」

 

「行くよ、アーニャ」

 

「うん、調」

 

 

大きな揺れと共に鳴り響く警報、もしかすると襲撃があったのかもしれない。

シャワーを切り上げて、急ぎナスターシャ達を守らなくては。

 

 

 

 

 

「ナスターシャ!ウェル!」

 

「マム!さっきの警報は!?」

 

 

シャワールームと管制室はそれなりに距離がある。

1番に着いた私は、ナスターシャとウェルの無事を確認した。

それから少し遅れてマリア達もやってくる。

 

 

「次の花は未だつぼみ故、大切に扱いたいものです」

 

「心配してくれたのね、でも大丈夫。ネフィリムが少し暴れただけ、隔壁を下して食事を与えているから、じきに収まるはず…」

 

「ネフィリムが暴れたの?分かりにくいよ、ウェル」

 

「君が言えた事じゃないな」

 

 

入って早々ウェルが分かりにくい言い回しをする。

彼はたまによくわからないことを言う癖があるのだ。

 

ナスターシャ達の後ろにあるモニターでは、ネフィリムが聖遺物に近い素材を食べている。

対応措置も済んだと言うし、この振動もきっとすぐ収まるのだろう。

 

 

「今回はウェルが分か」

「んんっ。それよりも、そろそろ視察の時間では?」

 

 

分かりにくかった、そう言おうとしたところに言葉を被せてくる。

 

 

「ああ、こちらの心配は無用。留守番がてらにネフィリムの食料調達の算段でもしておきますよ。」

 

 

ウェルは飄々とした顔で心配は無いと言う。

 

 

「では、調と切歌を護衛に付けましょう」

 

 

しかし襲撃を危惧して二人を護衛に付けるとナスターシャが提案した。

たしかに二人のコンビネーションなら十分に対応可能だろう。

 

 

「アンチリンカーの兼ね合いもありますし…。

 護衛にはアンが適しているかもしれませんね。まぁ最も、戦力として数えるのではなく、あくまで時間稼ぎという意味ですが。

アメリカの追手の件もあります、戦力はそちらに集中させるべきでは?」

 

「一言余計だよウェル、あなたはそういう所が嫌われる。」

 

「……頼めますか、アン」

 

 

ナスターシャが真剣な目で、それでいて不安を抱えた目で私を見る。

そんなナスターシャの不安を払えるように、完璧に任務を遂行して信用されなくては。

 

 

「うん、ウェルは必ず守るよ」

 

「アーニャ!」

 

切歌と調が泣きそうな顔で私を掴み、マリアは不安を隠せないように見ている。

さらに不安を煽ってしまったようだ。それもこれも、私が不甲斐ないせいだ。

 

 

「私、一人でも役に立てるよ」

 

 

たった数時間離れるだけなのに、調と切歌は今生の別れのようにきつく抱きしめてくる。

だから私はウェルに何をされると思われているのか。

 

心配性の二人を抱きしめ返し、マリアには笑顔を向ける。

ナスターシャは不承不承納得したようにウェルに話しかけた。

 

 

「分かりました。予定時刻には帰投します。あとはよろしくお願いします。」

 

「ぐすっ…行って来るデスよアーニャ」

 

「すん…行ってきます」

 

 

なんで泣いてるの二人とも。

 

 

「くれぐれも気を付けてね、アーニャ」

 

「うん、分かったよマリア。行ってらっしゃい、私頑張るね」

 

今の私にできる事を、全力で頑張るのだ。

 




10/08 ルビの振り忘れ、前話までの会話における表記ミスを修正しました。
10/25 タイトルを変更しました。

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