今しか出来ない事をやろう   作:因幡の白ウサギ

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季節外れのクリスマスネタが終わったらキンクリして中学生に進みます。


4人だけのホワイトクリスマス①

 運動会が終わって、段々と落ち葉の量が増えて暫く経ったと思ったら、今度はいつの間にか冬がやって来ていた。

 

「なんだこれ……」

 

 俺に限らず、誰もが冬と聞いて真っ先にイメージするのは、まずクリスマス。そして次に空から降り積もる雪。

 ホワイトクリスマスなんて言葉があるが、首都圏でそんなクリスマスには滅多にお目にかかれない。そもそも都心部で積雪なんて事態そのものが異常なんだから当たり前だ。

 

 当たり前、の筈なんだが……

 

「……見事な積雪だ」

 

 真っ白な雪景色が視界いっぱいに広がった状況を前にしては、その当たり前は容易く崩れてしまうような気がしてならない。

 

「すっごい……」

 

 千聖が吐き出す息も白い。しかし、マフラーも手袋も無いので非常に寒そうだ。施設に余った毛糸とかがあるなら、頑張ってマフラーとか編んでみるのもいいかもしれない。やり方知らんけど……なんとかなるだろう。いや、なんとかする。

 

 

「行くよおねーちゃん!えーいっ!」

 

「無駄よ日菜。いくら球速が速くても、当たらなければ意味ないわ!」

 

「おねーちゃんもねー!」

 

 そんな雪の真っ只中で、子供たちは元気に走り回っていた。都心部では滅多に降り積もらない雪だからか、普段は冷静沈着な紗夜さんですらハイテンションに動き回っている。

 2人とも身体能力がヤバいから、およそ小学生とは思えないようなハイレベルな攻防を繰り広げていた。

 

「よっほっ、つぐー。大きさってこれくらいで良いかなー?」

 

「うーん、ちょっと小さくない?」

 

 そんな氷川姉妹の横で、ひまりはつぐみと協力して雪だるまを作っていた。

 雪だるまを作るのが憧れだと言っていたつぐみは、どうやら相当熱が入っているみたいで、腕の代わりに突き刺す木の枝の長さまで拘っていた。今も頭の部分に当たる雪玉の大きさを細かく指示を出して調整している。

 

「そうそう。もうそれくらいで……ひまりちゃん後ろ!」

 

「へ?うわっふ!?」

 

 そんな時だ、日菜の流れ弾がひまりに直撃し、その勢いのまま前方に顔から倒れ込んだのだ。

 

 雪玉とはいえ勢いがある。涙目くらいにはなっているだろうと俺は思ったが、しかしすぐに起き上がったかと思うと、

 

「やったなー!そりゃそりゃそりゃ〜〜!!」

 

 と言いながら走りだし、日菜に向かって反撃を始めた。地面で輝く真っ白い雪を掴んで固めただけの、雪玉と呼ぶには不格好すぎる塊をぽいぽい投げている。

 

「ふっふーん。ひまりんが1人増えたところで、あたしには当たらないよーんだ」

 

「だがアタシも加わればどうだ?」

 

「ぬおっ、ともちんまで私の敵になった!」

 

「いくら日菜といえど、3人に勝てるわけないでしょう!」

 

 紗夜さん、ひまり、そして巴が形成したトライアングルによって逃げ場を失った日菜は、徐々に追い詰められているように見えた。

 突発的に発生した3対1。戦況的には圧倒的に日菜が不利な筈なのに、それでも互角の戦いを繰り広げているのは流石日菜といったところか。

 

「へっくち」

 

「おいおい。風邪ひいたか?」

 

「ううん。ただ少しだけ、鼻がムズムズしただけだから」

 

「そうか。でも寒くなったらすぐ言えよ?」

 

 いざという時は今着ている上着を脱ぐことも辞さない気でいる。そう言ったら千聖は間違いなく遠慮するから言わないけど。

 

 と、俺と千聖のそんなやり取りは僅かな時間で終わったが、その間で戦況は大きく変化しているようだった。

 何をどうやったのか、トライアングル包囲網から抜け出した日菜が、3人を見据えて高らかにその名を呼んだのだ。

 

「カモン!ダークエンジェルあこりん!!」

 

「あっこあこにしてやんよー!」

 

 何処かで聞いた事があるような掛け声と共に3人の背後から雪玉が飛んでくる。3人が振り返ると、そこではニット帽に、手袋に、明らか生地が厚い上着にと、完全防寒装備のあこが雪玉をぶん投げまくっているところだった。

 

「挟み撃ちにされた、だと?!」

 

「これはマズイですね……後ろからの攻撃を無視する訳にもいかず、かといってそちらに気を取られれば──」

 

「そおーい!」

 

「日菜ちゃんから早い雪玉が飛んで来、うわぁ鼻先カスったぁ!!」

 

 さっきまで有利だった筈の3人が一気に劣勢に立たされている。戦場は完全に混戦模様であった。

 そんな時、さっきから無言でその争いを眺めていた蘭が呟いた。

 

「……楽しそうだよね」

 

「そんな羨ましそうに言うなら混ざれば良いじゃないか。いくら蘭が殺人級のノーコンだからって、所詮は雪玉だし大した怪我にもならないだろ」

 

 投げたボールの尽くが巴にのみ命中するという、ある意味ミラクルを連発し続けた蘭は、最近ボールの類いを投げていない。

 いや、正確に言うと投げさせて貰えないだが、それは別に良いだろう。…………まさか運動会の玉入れの玉すら巴に全弾直撃させるとは俺も思わなかった。

 あの後、あまりにも巴に当て過ぎたせいで「お前、実はアタシのこと嫌いだろ?」と半泣き気味に蘭に聞いていた巴の姿は記憶に新しい。

 

「そうかな」

 

「なんでもやってみればいい。失敗できるうちに沢山の失敗をしておけば、それは次に繋がる筈だ。……流石に命に関わるような事は止めるけど、それ以外はなんでもやってみるもんさ」

 

「そういう事を涼夜が言うと、なんかやけに説得力あるよね」

 

「お前ら、俺が何か言う度に毎回そう言ってるよな」

 

「つまり皆がそう思ってるって事でしょ」

 

 全く解せぬ。俺はただ、皆より少し人生経験を積んでいるだけの一般的な小学3年生だというのに。中身はともかく、見た目はちゃんと小学生だ。

 

「それじゃ、行ってくるよ」

 

「おう。楽しんでこい」

 

「何かあったら涼夜に責任押し付けるから」

 

「は?」

 

「じゃあ、そういう事で」

 

 唐突な責任逃れ発言に思考が僅かな間フリーズした。その一瞬で歩きながら雪玉を作り、それを投げると同時にダッシュで雪玉が飛び交う戦場へと蘭は飛び込んだ。

 

「おい待て。ちょっと、ちょ待てよ!…………行っちまった。まったく蘭の奴め」

 

 唐突にインパクトのある言葉をぶつけてフリーズさせた隙に逃げるとは、蘭も中々やるようになった。誰に似たんだろうか。俺ではない事は確かなんだが。

 蘭が立ち上がった事で俺の左隣が空き、今度はそこにモカが座った。ちなみに右隣は千聖が占領している。

 

「今〜考えてる事があってー」

 

「また唐突だな……あ、雪を食おうとはするなよ。腹壊すからな」

 

「なんで分かったの〜?」

 

「ベタだしな。俺としては冗談のつもりだったんだけど」

 

 流石のモカと言うべきか。その食い意地は何処から来るのかと思ったが、雪を食べるって俺も昔に考えた事があるから人の事は言えないと気がついた。

 

「……かき氷食べたくなってきたかも」

 

「冬なのにか」

 

「ちっちっちっ。分かってないですな〜リョトソン君は。アイスとかかき氷は冬に食べるものこそ最高に美味しいのだよ」

 

 向こうで「げえっ!蘭!?」とかいう巴らしからぬ悲鳴が聞こえたような気がしたが、それは気がしただけだと自分に言い聞かせる事にした。蘭だけでなく、日菜も面白がって巴を狙い撃ちしている光景なんて俺は見ていない。

 

「そういうもんかね」

 

「そういうものなのですよ〜」

 

 そういえば、雪見だ○ふくって名前の通り雪が見れる冬にしか売られていないらしい。アイスを冬にのみ発売して、しかもそれで売れているのは、モカのような考えを持つ人が多いからなのだろうか。

 しかし、冬にアイスを食べるなんて発想は無かった。思っているよりもジェネレーションギャップは大きいのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

「そういえばさ、皆ってクリスマスに予定ってあるの?」

 

 雪合戦に疲れた日菜達が休憩を挟んでいる時、ひまりがそんな事を言い出した。聞く人が聞けば心をブチ折られかねないその話題は、俺達の頭の上に疑問符を浮かべさせるには充分だった。

 

「どうしたのいきなり」

 

「いやー、クリスマスって商店街でイルミネーションが凄いでしょ?出来たら皆で行きたいなーって」

 

「ああ……」

 

 クリスマスといえば至る所でそれにかこつけたイベントがあるのを、日本に生きる者なら誰もが知っているだろう。

 この街の商店街もまた例に漏れず、12月の初めからクリスマス過ぎまでの間は華やかなイルミネーションに彩られるのだという。

 

 俺は1度も行ったことがないから、ひまり達から聞いただけだが。それはもう綺麗なんだとか。

 

「でもイルミネーションが点くのって、夕方から夜に掛けてだろ?アタシ達みたいな子供だけだと怒られる時間じゃないか」

 

「それはそうなんだけどさー、でも一回みんなで行ってみたいんだよね」

 

 冬の間は暗くなるのが早いから、それに伴って門限の方も短くなってきている。イルミネーションの点灯を見てから家に帰ると、間違いなく説教が待っているだろう事は容易に想像がついた。

 

「それにさ、クリスマスの日は特別凄いイルミネーションが点くんだよ!」

 

「あー、あの巨大クリスマスツリーの事か」

 

 商店街の一角には巨大なクリスマスツリーがあり、つい先週、俺達はその飾り付けを運ぶ手伝いをしていた。気を良くしたのか、ひまりがずいっと身を乗り出して力説する。

 

「そう、アレ!あ、ところで知ってる?あのクリスマスツリーが点く時に好きな人と一緒に居ると、その人達は結ばれやすくなるんだって!」

 

「なんだその取って付けたようなジンクス」

 

 観光客でも呼びたいのだろうか。しかし、言っちゃ悪いがその程度のジンクスなら幾らでも転がっている。パンチ力という観点から見れば少々足りないのではないだろうかと俺は思った。

 

「でもそのイルミネーションって、クリスマスの時だけでしょ?クリスマス前に悪い事すると、サンタさん来ないかもしれないよね」

 

 と、深刻な表情でつぐみは言う。なるほど確かに、それは小学生には大きな問題だろう。

 小学生からすれば、クリスマスはサンタクロースとイコールで結ばれるイベントで、そしてサンタクロースとプレゼントはイコールで結ばれる。つまりクリスマス=サンタ=プレゼントが成り立つのだ。

 

 しかしそこで問題になるのが、親が常々言う"悪い子だとサンタさんは来ないよ"という脅しであり、実際それは非常に強い鎖となって子供を縛る。

 夢見る子供にバラしてはいけないサンタの正体を考えると、本当に良い口実だよなーと思わずにいられない。最初に言い出した人は特許取ってもいいと思う。

 

「悪いけどアタシとあこはパス。アタシはともかく、あこの所にサンタが来なかったら大変だし」

 

「家は最近お父さんが厳しいから多分無理。モカは?」

 

「蘭に同じく〜」

 

「私もクリスマスはお店が忙しくなるし、そっちのお手伝いしたいから……ごめんね、ひまりちゃん」

 

 これで幼馴染5人組のうち、4人(プラスあこ)は参加不可能。となると残りはひまり、俺と千聖、氷川姉妹の5人になるが……

 

「あたし達は行けそうだよね、おねーちゃん」

 

「日菜。その日は……」

 

「えー、いーじゃん。どうせ何もないんだから」

 

「でも、誰か1人は居ないと」

 

 日菜と紗夜さんが何やら言い合いをしていた。日菜は乗り気だが、紗夜さんはどうやら乗り気ではないようだった。しかし、どうも言葉の端々から不穏な空気がする。"どうせ何もない"とか、クリスマスの日に言う事か?

 

「うーん……となると、残りは私と涼夜君と千聖ちゃんと、日菜ちゃん紗夜さんの5人になるのかな」

 

「ひまりは平気なのかよ。クリスマスだし、予定あるんじゃないのか?」

 

 そんな事に気付いていないのか、ひまりは能天気に話を進めていく。そちらに気を取られて、俺は抱いた疑問を一旦頭の片隅に追いやった。

 いろんな意味で空気を読めないのはひまりの長所であり、短所でもある。それが今回は良い方に向かったような気がした。

 

「分かんないけど、多分無いんじゃない?」

 

「今日帰ったら聞いてみろよ。絶対にあるから」

 

 そもそもクリスマスに何もしないのって、何かしらの宗教上の制約とかくらいしか思いつかない。

 ひまりの家にそういう宗教が無ければ、家でパーティーくらいはするだろう。

 

「……ところで結ばれるって、どういう意味なんだろう?」

 

「今の俺達みたいに、大人になってもずっと仲間で居ることだ」

 

「本当に?!」

 

「嘘だ」

 

 全員がガクッと肩を落とした。

 

「そういうやけに説得力ある嘘は止めてよね……信じちゃったじゃん」

 

「悪い悪い」

 

「それで、本当の意味は?」

 

 蘭に聞かれて、ふむ、と熟考する。ここで教えても問題はないが、それで各々の両親に話でもしたら睨まれるのは俺なのだ。

 前に蘭の父親と顔を合わせた時、どうポジティブに捉えても好意なんて欠片もない微妙な表情をされている以上、ここは自重しておくべきか。

 

「内緒。知りたかったら辞書で引け」

 

「おいおい。なんだよそれ」

 

「あ、分かった。本当は知らないんでしょ?」

 

「じゃあそれでいいや。うん、知らなーい」

 

 ちょっとイジワルな笑みを浮かべた日菜の言葉に便乗してそう答えると、紗夜さんや蘭からジトーッとした目を向けられる。

 

「…………まあ、仕方ないか。涼夜だし」

 

「ええ、涼夜さんですからね」

 

 そして勝手に納得していた。藪蛇になりそうだから深くは問わないが、この2人は俺の事をなんだと思っているのだろうか。


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