今しか出来ない事をやろう   作:因幡の白ウサギ

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アフロがCrow Songをカバーすると聞いて「やったぜ」と思わず呟いてしまいました。この調子で他のkey楽曲も……というのは欲深いですね。

あ、ロゼリアのメインストーリーは飛ばし飛ばしで進行させます。理由としては大筋が変わらないから書く意味が無いという判断と、そこまで書いてると私の筆の遅さ的に、何時まで経っても終わらないからです。




反抗期

 

「……ふぅ」

 

 1日が終わり、息を吐き出しながら思わずベッドに倒れ込む。脳内で想起するのは、今日行われたオーディションのこと。

 

 出会った当初から何となく分かってはいたことだったけど、あこさんはやはり湊さんの大ファンだったらしい。バンドメンバーを探していると聞くと、すぐさま立候補に名乗り出た。

 まあ、そんないい加減な理由での参加なんて湊さんが認める筈もなく、取り付く島もない断られ方をしていたのが印象的だった。

 

 ……しかし、あこさんはそこで折れなかった。側で見ていた私でさえ閉口してしまうくらい、激しいアプローチを湊さんに毎日のように掛けてきていた。

 あんまりしつこかったからか、湊さんは「オーディションで判断する」と言ったけれど……間違いなく断る為の口実だったのでしょう。

 

「おねーちゃーん。ただいまー……っと、あれ?もしかして寝てる?」

 

「いえ。ただ疲れてしまっただけよ」

 

「あ、そうなんだ。それより聞いたよ?あこりん、無事に新入りちゃんのバンドに入れたんだってね」

 

「情報が早いわね。さっきの話なのに」

 

「あこりんがタイムラインに挙げてた」

 

 ──口実だった筈のオーディションで、あこさんは見事にドラムの座を勝ち取ってみせた。理由は……湊さんではないから分からないけど、心の琴線に触れる何かを、あこさんのドラムから感じたのかもしれない。

 

「バンドメンバー、あと2人だっけ?」

 

「いえ。後はキーボードだけ」

 

「あれ、ベースも決まってたの?」

 

「ええ。今井さんがベースも出来たのよ」

 

「へえー意外。リサちーって、そういうの興味なさそうだったのに」

 

 ギシッと、ベッドのスプリングが軋む音がした。顔の上に置いていた左腕を退かして見れば、日菜がベッドの端に座って私を見ている。

 

「……私の顔に何か付いているの?」

 

「いや、おねーちゃんって綺麗な顔してるなーって」

 

「………………」

 

 今の発言に怖気が走ったのを、誰が責められるだろうか。双子とはいえ、いや、双子だからこそ、実の妹に容姿を唐突に褒められる事に奇妙さと不気味さを感じてしまったのを。

 

「え?ちょっと、おねーちゃん?なんで、あたしから距離取るの?」

 

「自分の発言を見直しなさい」

 

「んー?んー……」

 

 ……まさか、分かっていない?

 

「日菜、普通の姉妹は何の脈絡も無く容姿を褒めたりしないでしょう」

 

「でも、あたし達は普通じゃないしー」

 

「やめて。やめなさい」

 

「はーい」

 

 間の抜けた返事を返しながら日菜はベッドから立ち上がり本棚に近寄った。

 

「自慢じゃないけど、そこには参考書とかしか無いわよ。日菜の興味を引きそうな本なんて、なんにも……」

 

「知ってるー。でも、あと少しで完全制覇できそうなんだよね」

 

「……完全制覇?」

 

「そそ。おねーちゃんの本棚の本を覚えちゃおーって企画。もう一番下の段まで来てるんだけど、最近は中々時間が取れなくて……」

 

 当たり前のように日菜は言い放つ。四つん這いになって「どれにするかなー」なんて言っている日菜の後ろ姿を、私は複雑な気持ちで見た。

 

 言うまでもなく日菜は天才だ。私が時間を掛けて何度も読み返して覚えている本の内容を、たった1度見ただけで完璧に覚えていく。

 運動神経だって良いし、今やっているギターだって、私よりも短い期間で私より上手くなっていった。

 

 隔絶した才能の壁に嫉妬した事は──正直、何度もある。

 

 両親も、親戚の人達も、どちらかといえば私より日菜の方を見ているのは分かっていた。

 日菜の功績が大きすぎて、私のちっぽけな努力は影に埋もれて消えてしまう。

 

 今だって──

 

「──お姉ちゃん?」

 

「っ!?」

 

 気がついたら目と鼻の先にある日菜の顔に驚いて、思わず声にならない悲鳴をあげてしまう。

 ……深く考えすぎたみたいね。

 

「……ちょっと疲れたわね。お風呂、空いてるでしょう?入ってくるわ」

 

「あ……うん」

 

 我ながら、なんて雑な誤魔化しだ。どうせ日菜には見破られているだろうから、取り繕うだけ無駄なのに。

 

 

 着替えとバスタオルを持って洗面所で衣服を脱いで、そして見慣れた浴室へ。

 

「──……」

 

 さっさと頭と身体を洗ってから湯船に浸かれば、纏わりついていた疲れが溶けて消えていき、代わりに心地よさに包まれるような感じがした。

 

『今考えてる悩み事なんてのはな、大体は風呂に入って飯食ってたら忘れてるもんだ』

 

 やけに慣れたように涼夜が言っていた事を思い出す。初めて聞いた時は「それって問題の先送りよね」と反論したけれど、今こうしていると、確かに嫌な事なんて忘れてしまえそうだ。

 ……考えても解決しない問題なら、こうして忘れるのも良いのかもしれない。どんなに嘆こうが、この現状は変わらないのだから。

 

「……あ」

 

 そうやってモヤモヤを頭の片隅に追いやったら、夕方、唐突に期間限定のフライドポテトを食べている所を写真で送るという日菜の非道な行為を思い出した。

 

「あれは、お説教が必要よね」

 

 別に先を越されて悔しいとか、そういう理由ではない。

 

 そんな理由では、断じて、ない。

 

 ただ……そう。恐らく無理やり誘ったであろう千聖さんを巻き添えにするのは止めなさいと言いたいだけ。

 

 半分くらいボーッとしながら湯船に浸かって暫く。私の思考は、おおよそ完成を迎えた湊さんのバンドにシフトしていた。

 ドラムは湊さんが何を思ったのか、あこさんがオーディションに受かったので決まり、ベースは今井さんが実は出来たという事と、音の相性が良かったという理由で決まった。

 ボーカルとギターは言わずもがなで、これで残るはキーボードのみ。

 

 正直、無くてもいいんじゃないかと思わないでもない。最悪スリーピースでもバンドとして成立するし、キーボードが無いバンドだって存在する。

 だけど湊さんが必要だと言うのなら、私は従うだけだ。あのバンドのリーダーは湊さんなのだし。

 

「そしてFUTURE WORLD FES.に出る、か……」

 

 バンドに参加するにあたって、FUTURE WORLD FES.に関するライブ映像を動画サイトで調べて見てみたが、このジャンルの頂点だけあって、参加するバンド全てが並ではなかった。

 それほど期間の無い中で、あそこに出場するというのが一体どれほど大変なのか。それは湊さん本人が1番分かっている事だろう。

 

 ……湊さんが何を思っているかは知らないけど、私は全力を尽くすだけだ。元より、そういう契約なのだから。

 

「おねーちゃーん。ご飯できたってー」

 

 浴室の扉越しに日菜の声。くぐもっていて聞き取りづらいが、完全に普段通りの声色に戻っているように聞こえた。

 

「そう。今行くわ」

 

「ゆっくりで良いよー」

 

 ……そろそろ出よう。暫く浸かっていたから身体も良い感じに温まっているし、意識したらお腹も減ってきた。

 さて、今日の晩ご飯は何だろう。

 

 

 

 

 黙々と食事が進む。今日もお母さんと私と日菜の3人で食卓を囲んでいた。

 他の家族がどんな風に食卓を囲んでいるかは知らないけど、これが我が家の和気藹々。

 

 お母さんや私は元々こういう時は口数が非常に少なくなるし、日菜も食事に夢中で黙っているからこうなる。

 

 今日のメニューは焼き魚と味噌汁、そして春雨サラダとご飯。今日は仕事が早く終わったお母さんが作った料理だ。

 

「…………最近どうなの?学校」

 

 これは珍しい、と思いながら焼き魚を咀嚼する。お母さんが食事中に話を振ってくるなんて滅多にない事だから、正直かなり驚いた。

 

「どう、と言われても……勉強は、いつも通りだし。特に変わったこともないし……」

 

「そう。ならいいわ」

 

 ……それきり会話が終わる。お母さんは私達を何とも言えない顔で見ていた。

 本当は何が聞きたかったのかは大体分かっているけど、向こうから切り出してこなければ答える必要はない。

 

「バンドの方は、どうなの?」

 

 と、思っていたら向こうから踏み入ってきた。曖昧な質問なら、のらりくらりと避ける事が出来たけど、こうも直球で聞かれたら答えるしかない。

 

「順調。練習も欠かしてないし、毎日楽しいわ」

 

「そう……ねえ紗夜。バンドじゃなくて、その……あの子達とは、まだ──」

 

「お母さん」

 

 その言葉を、日菜が不意に遮った。

 

「最初に約束した事は覚えてるよね?」

 

「…………」

 

「お母さん達の言う通りに偏差値の高い高校に行って、あたし達がちゃんと勉強してるんだったら、余程の事じゃなければ口を出さない……って約束だったけど。

 それって余程の事なの?」

 

 日菜の声からは感情が消えていた。そして、どこまでも真っ直ぐに、自分の母親を見つめている。

 

「あたし達は約束を守ってるよ。約束通りに学年トップと2番目を常にキープしてる。なのに、お母さんは約束を破る気?」

 

「……心配しているのよ。確かに、2人から見れば悪い人ではないでしょうけど、その人が原因で間接的に日菜や紗夜に被害が出ないとは言いきれないでしょ?」

 

「そうかもね。で?それが何か問題?」

 

 取り付く島もなく日菜は言い放ち、そして畳み掛けるように更に口を開く。

 

「なにも問題は無いんだよ。あたし達は、お母さん達の言う通りに優等生で有り続けて、その対価としてバンドをやる。

 そんな感じで、このまま過ごしていれば、みんなハッピーなの。分からないとは言わせないよ」

 

「それはそうでしょうけど」

 

「もうさ、正直に言ってよ。そんな思いっきりどうでもいい建前なんて要らないから──」

 

「日菜」

 

 これ以上は流石に止めなきゃいけない。日菜には誰かが止めなければ、やりすぎてしまう傾向があるから、ここで止めなければ、言ってはならない事まで言いかねない。

 日菜はそこで言葉を飲み込んでから、深く大きい溜息をついて立ち上がった。

 

「…………ご馳走様。今日も美味しかったよ」

 

 食器を台所に片付けて、日菜はリビングをさっさと出ていった。残されたのは、お母さんと私のみ。

 凄い気まずい空気の中、最初に話しだしたのはお母さんだった。

 

「……遅めの反抗期、なのかしら。今思えば、紗夜も日菜も、反抗期なんて来てなかったもの」

 

「……かもね」

 

 虚勢を張って無理に明るく、そう言ったお母さんを見れば、心の底から反抗期だと思っている訳じゃない事は分かる。

 私は、それに合わせて曖昧に笑った。

 

「紗夜はどうなの?」

 

「え?」

 

「反抗期よ。そろそろ来ても、おかしくないから」

 

「分かんない」

 

 素直にそう答えると、お母さんは「それもそうよね」と言った。そしてその後に、今の私が最も聞きたくなかった事を言い放つ。

 

「……お父さんがね、近々2人と話をしたいんだって」

 

「バンドの事で?」

 

「多分」

 

 チッと舌打ちをしたい気分だった。何故って、それは言い方を変えれば家族会議だからだ。

 間違いなくお母さんも参加するだろうし、お母さんだけでも機嫌が加速的に悪くなった日菜の感情が爆発しても不思議じゃない。

 

 …………涼夜に"お風呂に入ってご飯を食べた後に発生した悩み事はどうすればいいか"って聞いておこうかしら。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「あたし、フラれちゃったー」

 

 ベッドに寝っ転がりながらの日菜の言葉が、部屋に戻った私を出迎えた。様子は完全に普段通りに戻っていて、さっきまでの面影は全く見えない。

 

「…………とりあえず起きなさい。食べてから、すぐ横になると太るわよ」

 

「じゃあ起きるー」

 

 語尾を間延びさせながら日菜が起き上がる。

 

「日菜、あなたの部屋は隣でしょ。何か用事でもあるの?」

 

「今日は、おねーちゃんと寝るもん」

 

 なにを言い出すかと思えば、この子はまったく……この前バッサリと断った筈なのに、まだ諦めてなかったのね。

 

「千聖ちゃんと涼夜君は今でもイチャラブちゅっちゅ……ちゅっちゅまではしてるか分かんないけど。とにかく一緒に寝てるんだし、あたし達も良いじゃん!」

 

「あの2人は特別でしょ…………それより、それで思い出したわ。

 私より先にフライドポテトを食べるのは構わないけど、それを写真にして送るのは止めて」

 

 さっきの出来事で、すっぽ抜けていた事柄が復活したから忘れないうちに言っておく。

 

「あれ〜?おねーちゃん、もしかして先を越されて悔しかったの?」

 

「部屋に帰りなさい」

 

「わわっ!?冗談だって!」

 

 ベッドから引きずり下ろそうとすると、日菜もそれなりの力で抵抗してくる。わちゃわちゃと数分くらい攻防を繰り広げた後、私は椅子に、日菜はベッドに。息を切らしながら、それぞれ座りなおした。

 

「それでフラれたって、どういうこと?日菜が異性に興味を持つとは思えないけど」

 

「おねーちゃんサラッと酷い。まるで、あたしを同性愛者か何かみたいに……あたしは、おねーちゃん大好きなだけだよ!」

 

「なおさら酷いわ」

 

 ……話が脱線してるわね。

 

「それなら誰にフラれたのよ。私には心当たりがまるで無いわ」

 

「千聖ちゃん」

 

 ……異性ではないとは思っていたけど、よりにもよって千聖さんだなんて。無茶にも程がある。

 

「それはフラれるわよ。当然の結果じゃない」

 

「そうなんだけどさ。でも、こう、好きの"好"の字すら出てこないと流石に落ち込むっていうかー。

 あ、友達的な意味で。だからね?」

 

「分かってるわよ」

 

 日菜はパタッと再びベッドに倒れ込んだ。「ぐぬー」とか「ぐおー」とか、呻き声をあげて動かない。

 

「涼夜君も千聖ちゃん程じゃないけど、なーんか千聖ちゃん以外にはドライだし。あの2人は、ちょっと他のことに目をやらな過ぎだと思うよ!

 前なんて、ショッピングモールであたしが何度も露骨に前を通ったりしたのに、ガン無視して2人でウィンドウショッピング楽しんでたからね!」

 

「何やってるのよ日菜……でも、そこが気に入ってるんでしょ?」

 

「うん!あの2人は見てて飽きないもん。滅多に見ないタイプの人達だし」

 

「なら我慢しなさい。それは自分で買った苦労よ」

 

 まあ確かに、あの2人は他とは良くも悪くも違う。何がと聞かれると困るけど、とにかく違う。高校は知らないけど、小中と孤立していたのは伊達じゃない。

 でもそこが、面白いモノが好きで普通とか退屈が嫌いな日菜の目に留まったんだろうけど。

 

「苦労ってほどじゃないんだけど、まあ仕方ないかぁ」

 

 そう言うと日菜はベッドから起き上がって部屋の扉の方に歩き出した。

 

「お風呂入ってくる〜。それまで布団あっためといてね」

 

「なんで当然のように一緒に寝る流れになってるのよ」

 

「あーあーきこえなーい」

 

 抗議もなんのその。わざとらしく指で耳栓をしながら日菜は逃げるように部屋を出ていった。

 

「まったく、あの子は……」

 

 ……今日くらいは一緒に寝ても良いかもしれない。どうせ家族会議という日菜の精神を削るイベントが待っているのだし、少しくらい良い思いをさせてもバチは当たらない筈。

 

「でも、その前に宿題やらないと」

 

 まあ、やるべき事が終わってからだけどね。

 


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