今しか出来ない事をやろう   作:因幡の白ウサギ

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いったいいつまでプロローグ続くんですかね……。

2/4 細かい部分の修正


とある休日、1組の兄妹

「んー……」

 

 昼メシも終わり、何をするでもなく寝っ転がる土曜の午後。

 

 土曜、日曜は基本的に活動は無い。休日には個々に予定もあるだろうし、気軽に連絡が取れない今は活動しない事にしているからだ。

 実際につぐみはピアノの習い事があるし、蘭も家が由緒ある華道の家である以上は少なからず稽古的なものがあるだろう。

 宇田川家は一般家庭だが、何かのきっかけで家族総出で出かける事も無いとはいえない。上原家や氷川家も同様だ。

 

 つまり、俺と千聖はヒマ。

 俺達にはお出かけに連れていってくれる家族なんて居ないし、習い事なんてあるわけもない。まさか生前に散々サボりたかった塾に行きたくなる日が来ようとは……この海のリハクの目をもってしても(ry

 

「千聖、腹いっぱいにはなったか?」

 

「うん。お腹いっぱい」

 

 閑話休題

 

 そんな理由で学校に行く事もなく、誰かとバカをやれるわけでもなく、宿題は今朝のうちにもう終わらせている。

 休み明けまで何もする事がなくなった俺は、こうして千聖となにもしないでボーッとしているという訳だった。

 

「そっか」

 

「うん」

 

 無言の時間が訪れる。以前に蘭か巴に指摘された事があるが、俺と千聖は会話の頻度がそれほど高くない。みんなとバカをやっている時もそうだが、こうして2人きりになった時もあまり口を開かないからだ。

 といっても、それは別に不仲だからという事ではなく、千聖が言葉より行動で表現をするタイプだから結果として言葉が少なくなるだけなのだが。

 

 俺が意識を天に飛ばしていると、唐突に俺の上に重みが増した。誰の重さか、なんてのは考えるまでもない。

 

「どうした千聖」

 

「なんでもない。ただこうしたかったから」

 

 ころころ転がって俺の上に乗っかった千聖と目が合った。俺の語彙力が無いからなのか、言葉にできない目の色をした千聖と見つめあう。

 

「千聖」

 

「なに?」

 

 顔がちょっと近くなった。首を可愛く傾げる千聖に俺は口を開こうとして、やめた。話題が見つからなかったわけではない。本当だぞ。

 

「いや、なんでもない」

 

「変な兄さん」

 

 何処か嬉しそうにそう言った千聖は首筋に顔をうずめて頬をぎゅっと擦りつけてくる。激しくはないがゆっくりでもない頭の動きに連動して髪が乱れた。

 

「そんなに暴れると髪が乱れるぞ」

 

「後で兄さんに直してもらうからいい」

 

「だから自分でやれって……分かった分かった。やるからそんな目で見るな」

 

「自分で」の辺りから向けられた悲しそうな目には逆らえず、結局俺は前言を翻してしまうのだった。

 おかしい。生前の時は妹に同じこと言われても突っぱねる事が出来たのに、どうして千聖にはこんなに甘いのだろうか。

 

(……たった一人の家族だから、なのかねぇ)

 

 この世界で俺を産んだ両親は消息不明。他に親戚が居るのかも分からない。生前に家族の暖かさという物を一応知ってしまっている俺は、多少なりともそれを今生でも求めている……のかもしれない。

 でもそれと千聖を甘やかす事とはあまり関係が無いような気がする。アレか、やっぱ可愛いからか?罵倒するわけじゃないが、生前の妹は可愛げが無かったしなぁ。

 

「──さん。兄さん?」

 

「んぅおう、ビックリした。どうした?」

 

 ちょっと思考の沼に嵌りそうだった俺を現実に引き戻したのは、千聖が俺を呼ぶ声と、鼻先がくっつくくらい接近した千聖の顔だった。

 

「散歩しようって言ったの」

 

「散歩か。このままでも暇だし、いいぞ。準備するか」

 

「私はもう出来てる」

 

 顔と重みが離れて立ち上がった千聖をローアングルで見上げる俺。下に履いてるのがズボンで本当に良かったと思う。この体勢でスカートだったらヤバいって。

 

「お前は髪を梳かせ。グシャグシャじゃないか」

 

「じゃあ兄さん、やって?」

 

 上半身を起こした俺の横に座って背中を向ける千聖。その無防備な背中に逆らう術を俺は持ち合わせていない。

 また職員さんから櫛を借りる為に俺は立ち上がった。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

「風が気持ちいいね」

 

「だな」

 

 土曜の午後、まだ太陽が高い位置にある時間に川のそばの土手を俺と千聖は歩いていた。

 

「いつも皆と遊んでるけど、たまにはこういうのも悪くないね」

 

「1年ちょっと前まではしょっちゅうやってた事だけど、なんか懐かしいよな」

 

 千聖と手を繋いで歩幅を合わせ、なんの目的もなく歩く。1年ちょっと前までは当たり前に毎日やっていた事だが、今となっては懐かしささえ覚える。

 河川敷にある野球場で野球をしている人達を横目に見ながら俺は言った。

 

「どこか行きたい場所とかあるか?」

 

「特には無いかな。兄さんにおまかせ」

 

「いちばんキツいリクエスト頂きましたー」

 

 しかし、そんなキツいリクエストにどう応えるかが腕の見せどころだろう。今こそ俺のエスコート力が試される時!

 

「……よし、行こう」

 

「何処に行くの?」

 

「商店街」

 

 この街の商店街は昔ながらの活気がそのまま残った稀有な場所だ。近くにはショッピングモールもあるというのに、全く押し負けていないどころか逆に押し返しているまである。俺のお気に入りスポットの一つだ。

 

 徒歩数十分で商店街の入り口に到着した。金の無い俺と千聖は基本的に用がない場所だが、暇つぶしには丁度いい。人の営みは見ていて飽きない。

 

「人多いなぁ」

 

「土曜日だもん」

 

 シャッター街しか見てこなかった俺にはこの光景が非常に新鮮に見える。人が多いところはこうも活気に満ち溢れているものなのか、と感動すら覚えた。

 

 

 さて、そんな商店街であるが、ここには知り合いの家が密集しているエリアが存在する。東西南北に伸びた商店街の道が一つに交わる十字路がそのエリアだ。

 

 一つは羽沢珈琲店。つぐみの実家でコーヒーとケーキのセットが人気らしい。俺はコーヒーの味が分からないけど、人が入って繁盛してるって事は美味しいんだろう。

 

 一つはその羽沢珈琲店と道を挟んだ向かい側に店を構える、やまぶきベーカリーというパン屋さん。手作りパンを仲のいい夫婦が売っていて、モカも大好きらしい。この前モカらしくない早口で凄い語ってて蘭がドン引いてた。

 

「あっ、星野兄妹発見」

 

 そんなパン屋の夫婦には娘が居る。皆でバカをやってる最中に、つぐみ経由で知り合った山吹沙綾という名前の彼女は、パンパンに膨らませた小さな手提げ袋を運びながらやってきた。

 

「今日はどうしたの?2人だけなんて珍しいじゃん」

 

「よう沙綾。今日はヒマだったから千聖とデートしてるんだ。ところでその手提げ袋は……買い物か?」

 

「そうそう。土日はいつもお父さんとお母さんが忙しいから、私が手伝ってるんだ」

 

 話に聞いただけだが、沙綾の母親は体が弱くてあまり動けないらしい。だから手伝えるものは沙綾が手伝っていると、目の前の本人から聞いた。「まあ、買い物くらいしかさせてもらえないけど」とも言っていたが。

 

「親孝行でいい事だけど、今日はいつにも増して重装備だな」

 

「あはは……」

 

 首からぶら下がった防犯ブザー。沙綾の物であろうキッズケータイ(防犯ブザー機能付き)。恐らくは母親のものであろう腕時計。腕時計はサイズが合ってないらしくブレスレットみたいになっていた。

 小学生とはいえ、外出に持つには些か過剰すぎる(しかも前半二つは機能被り)装備に、それを着けている沙綾自身も苦笑いしていた。

 

「お父さんがね、沙綾に何かあったら大変だーって言ってこんなに持たせてきて……お母さんも私も、キッズケータイだけでいいって言ったんだけど聞かなくて」

 

「愛されてんなぁ……」

 

 どうやら沙綾の父親はよっぽど沙綾の事が大好きらしいことは、過剰なまでの装備から見て取れた。

 

「っと、そろそろ帰らないと。お父さんにまた高い高ーいってされちゃう」

 

「扱いが完全に園児レベルだな……」

 

「やめてっていつも言ってるんだけどねー……」

 

 とは言うものの、それが嫌ではない事は沙綾の表情で分かる。この発言も照れ隠しの類いだろう。

 

「じゃあ俺達はもう行くよ。またな」

 

「うん、じゃあまた」

 

 

 

 そうして沙綾と別れてから商店街の道をゆっくり歩いていると、沙綾との会話中は沈黙を保っていた千聖が俺の服の袖を引っ張った。

 

「ねえ兄さん」

 

「ん?どうした千聖」

 

「あれ……」

 

 千聖が指さした先には、親子連れに風船を渡しているクマの着ぐるみの姿があった。何かのイベント、というわけではなさそうだ。

 

「欲しいのか?」

 

「違う。いや、違わないけど、あれ」

 

 千聖の人差し指はクマの着ぐるみではなく、どうやら親子連れの方を指さしているようだった。優しく微笑む両親と、その間で風船を持って嬉しそうな子供という普通に見る光景の何が千聖の気を引いたのか。

 

「親子連れか。あれがどうした?」

 

「どうして私達には、お父さんとお母さんがいないの?」

 

 ────それは、

 

「……いきなりどうした?」

 

「別に。ただ気になっただけ」

 

 千聖の内心は分からない。本当に気になっただけなのか、それとも別の意図があるのか。

 

「そっか。しかし、両親が居ない理由か……何でだろうなぁ」

 

「兄さんでも分からないの?」

 

「俺にだって分からない事くらいはある。俺は俺が知ってる事しか知らないからな」

 

 カッコ良く某物語みたいに言ってみたが、言ってる人が俺なので全然カッコ良く思えない。やっぱ発言者とシチュエーションは大事だ。

 

「……どういうこと?」

 

「世の中には俺の知らない事の方が多いってこと」

 

 言い回しに疑問符を浮かべた千聖の頭を撫でながら俺はそう答えた。

 まさか捨てられたなんて真実を言える筈もなく、結果として答えを誤魔化してしまうのは大人の汚い所なのだろう。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 二つの風船が夕焼けに照らされてオレンジ色に染まっている。時折吹き付ける風が少し寒い中、俺と千聖は行きも通った土手を歩いていた。

 

「これ、持って帰っても怒られないかなぁ」

 

「大丈夫だと思うけど、他の奴に割られるかもしれないな」

 

 あの職員さんなら許してくれそうではある。なんだかんだで優しいし。ただ、他の奴らがちょっかいを掛けてくる可能性は高いだろうなぁ。

 

 

「ねーお母さん。今日のご飯は何作るの?」

 

「今日はハンバーグにしよっか」

 

「やたっ!お母さん大好き!」

 

 

「…………」

 

「まあ、割れたら俺のをやるから心配すんな。割られないように俺も頑張るし……千聖?」

 

 すれ違った母親と子供の会話を聞きながら千聖に声をかけたが、返事が返ってこない。

 

 千聖の足は止まっていた。

 

「………………」

 

 その視線の先には、たった今すれ違った母子の姿。

 

「……羨ましいか?」

 

「……ちょっとだけ」

 

 生まれてから母親の温もりなんて感じた事がない千聖には、それはどう映っているのだろう。

 俺には分からない。生前の経験というズルでそれを知っている俺には、両親の愛を知らない千聖の気持ちを計り知ることは出来ない。だけど、それは間違いなく知らなくていい気持ちだろうことは分かる。

 

「……ねえ兄さん」

 

「ん?」

 

「帰ろっか」

 

 そう言って俺の手を握る千聖の力は、いつも以上に強かった。

 

「ああ、帰ろう」

 

 恨むぞ。何処に居るのか、生きてるのかすら分からない千聖の元親たち。


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