第一話 今、剣を抜け、お前の名前は正義(1)
巨大なバンの中で十二人の男が揺られている。彼らは一言も発することなく、ただ金属のぶつかり合う耳障りな音と、夜風が車体を打つ音だけがしている。
その中の一人、
隼人と同じ、セラミックプレートを仕込んだインターセプターボディアーマー、CQBホルスター、ダンプポーチ、コンバットブーツなどを着込んだ黒尽くめの男たちも同様に自らの装備を確認していく。そのヘルメットにはただRIDERとだけ白文字で抜かれていた。
RIDERの隊長である園崎がタブレットを片手に作戦内容を読み上げ、全員に確認する。彼らの仕事には大きく分けて二種類あった。じっくりと準備期間をとって多数の凶暴な相手を殲滅するか、ろくに説明を受ける時間すらなく気の触れたたった一人を鎮圧するか。
今回は両方だった。つまり、ろくに準備の時間もなく、多数の凶暴な相手を殲滅する。
「現場は北東港の倉庫街だ。そのうちの一つが大規模なShock-ARの製造工場になっていた。恐らく多数の
隼人は手を上げた。
「正確な人数は?」
「出ていない。だが、重度の
バンが到着したのは封鎖線の内側だった。誰かが乱暴に開いたバックドアから隼人たちはタラップを踏んで次々と降りて、目標の近くにある別の倉庫に向かう。
倉庫の中には既に、警視庁組織犯罪部五課と厚生省の麻薬取締官の合同捜査班が待っていた。民間の運輸業者の倉庫だが、今は捜査協力の名のもとに突入本部として使われている。昨日までは監視本部だったのだろう。
倉庫の一角にホワイトボードが持ち込まれ、そこには目標の倉庫の外観や、望遠で隠し撮られた出入りする男たちの写真が貼られている。
目標の倉庫は、見た目には他の倉庫となんら変わりはない。だが、この中で津波のようにShock-ARが製造されているのだ。騒音を訝しんだ付近の利用者の通報と、麻取の内偵で判明したらしい。
合同捜査班の捜査官による詳細なブリーフィングを終えたあと、園崎は隊員たちに宣言した。
「三班に分ける」
アルファ、ブラボー、チャーリー。アルファは正面から突入し、ブラボーは製造者らの逃亡を防ぐため裏口を固める。チャーリーは今いる倉庫屋上から対物ライフルで援護射撃。園崎は隊員たちに次々と指示を出し、彼らをその三班に割り振っていった。
隼人はアルファだった。
「各自、着装しろ」
園崎の言葉をきっかけに、隊員たちは深く息を吐き、呼吸を整える。隼人も同じく、自らの精神を集中させる。
隼人は右腰に備え付けられたバックルから、ゆっくりと無言でイグニッションキーを引き出す。結わえ付けられたスリングが伸び切って、キーは隼人の胸の前で止まった。そこに左腕を近づける。その手首に巻きついているブレスのような装置が、
ふっと息を吐いて、キーをXDに差し込む。
キーを認証し、XDが起動する。このキーは個体毎に異なるので、別の隊員のキーを奪ったとしてもXDは起動しない。そもそもスリングが切られた時点で、スリングを通してキーに流れる微弱電流も切断され、その起動装置としての効力は失われる。
起動したXDは超々低濃度のエルトシチニン溶液――つまり広義のShock-ARを隼人の手首の静脈に注入する。これこそが、XDの使用に精神集中を要する最大の理由である。超々低濃度とはいえ、Shock-ARを摂取するのだ。不安定な精神ではバッドトリップを招き、最悪の場合
また無言で着装することにも意味はある。分用意な発言が作戦行動に不必要なトリップ感をもたらす可能性は既に知られている。
XDが流し込んだエルトシチニンは静脈血管を通って、心臓へ、そして全身へと浸透していく。
ほぼ同時に、指の先から順に骨を叩き折られたような激痛が走り始めた。それに伴って、隼人の身体が
鋼色の
着装の激痛も過ぎ去り、隼人は動作を確認するためぎっと自分の右手を握りしめた。
周りを見ると、既に他の隊員たちも幾何装甲の着装を終えていた。
その風貌は隼人とまったく変わらないが、蜥蜴のようなヘルメットだけは隊員毎に異なるペインティングが施されている。ある隊員が趣味で始めたもので、彼らのヘルメットも彼が塗ったものだ。本来は何らかの規定違反なのだが、個人識別に寄与するということで園崎からは黙認されている。隼人のヘルメットは
「全員着装を終えたな。作戦行動を開始する。散開しろ」
隊員たちはそれぞれの班に別れて行動を開始する。隼人もアルファの班長に従って、突入本部から出撃した。
男たちは短機関銃を構えたまま、訓練された動きで夜風のように静かに目標の倉庫に近づく。
倉庫正面までたどり着くと、隊員の一人が短機関銃を下ろし、両手をシャッターに突き立てた。
その裂け目から、隼人を含むA班は素早く突入する。
倉庫内には巨大なベルトコンベアが走り、至る所で白衣の人間たちが作業をするライン工場の体をなしていた。Shock-ARの製造に特有の雨後のような湿った匂いを、強化された嗅覚が感知する。
「RIDERだ! 全員、膝をついて両手を上げろ!」
天井に向けて何発か威嚇射撃すると、男たちは観念したようにうなだれ、次々に両手を上げて膝をついた。
隼人たちは分散し、十数人ほどいる男たちの背後に回り込んで、フレックス・カフで両親指を縛り上げ、床に転がしていく。
「案外あっけなかったですね」
隊員の一人が、班長にそう言った瞬間、冷たい倉庫内に男の咆哮が響いた。
白衣を着た男の一人が、叫びながら立ち上がり、フレックス・カフを引きちぎる。
「しまった、遅かった! 変態するぞ!」
白衣の男の容貌が徐々に変貌する。筋肉が盛り上がり、頭部が肥大化する。白衣と中に着ていたシャツが引き裂かれ、化物じみた男の身体があらわになる。
そして現れたのは蟹とゴリラの間の子のような奇妙な生き物だった。人間ではあり得ないほど全身の筋肉が巨大化し、両腕は蟹の鋏のようになっている。
「クソ!」
そばにいた隊員が咄嗟に短機関銃の引き金を引くが、ただの弾丸など蟹の化物はまったく意に介していなかった。真っ直ぐに隊員に近づき、その巨大な指節でその腹を挟み切った。
蟹の化物はその上半身を器用につまみ上げ、アマゾンの怪鳥のような鳴き声を上げた。
常人では戦うどころか、生き延びることすら不可能の理外の化物。
「水沢!」
班長は短機関銃を投げ捨ると、腿のホルスターから高周波短刀を抜いて、蟹の
血液の混じった泡を吹き出しながら、蟹の
安堵は一瞬だった。倉庫内で次々と叫び声が上がる。隊員たちの注意が逸れた隙に、まだ拘束されていない男たちがShock-ARを注入し、変態したのだ。
隊員たちは
隼人も手近にいた
隼人は短機関銃を連射しながら、駆け寄る。走りざまの銃撃など普通は当たらないが、
顔面に集中して弾丸を叩き込み、相手の視界を遮る。マガジンが切れたところで、短機関銃を投げ捨てると、
コンクリートの床が沈み込み、放射状にひび割れる。隼人は素早く腰のホルスターからサイドウェポンのイタリア製自動拳銃を抜き、
そして弾丸をありったけ、満装填十六発の九ミリ弾をその脳髄に撃ち込んだ。
いくら
息をつき見上げると、他の隊員たちも既に
死者一名、逮捕者十三名の戦闘はこうして幕を閉じた。
このカウントに
◇
近未来、日本は深刻な薬物汚染の危機に晒されていた。
薬物の名はShock-Accelerator。エルトシチニン系のケミカルドラッグだ。通常は使い切りのカプセル型注射器に封入された形で流通され、静脈注射による使用が一般的である。Shock-ARの主な特徴は、使用した際の多幸感、幻覚作用、強力な中毒性。だが、既存の薬物と一線を画す、その最も危険で最大の特徴は使用者の肉体を変貌せしめる異常な変態作用にあった。
Shock-ARによって変態した人間は化物じみた容貌と、その容貌に相応しい並外れた身体能力を持ち、
警視庁は
そして
日本は未だ、Shock-ARの危機に晒されている。