殲滅は終了した。だが、水沢の遺体を運び出すのは後だ。
倉庫内を掃討し、残りの製造者がいないか確認しなければいけない。XDを停止し、合同捜査班を中に入れるのは、倉庫内の安全を確保してからだ。
隼人たちは
そこは製造したShock-ARのカプセル型注射器の置き場のようで、二十個ほどの空の注射器が収められた木製の枠が、天井に届くほどうず高く積み上げられていた。
隼人はそれを蹴りつけ、破壊する。中には誰も隠れてはいなかった。
だが、代わりに奇妙なものを見つけた。
奥に置かれた木箱が衝撃で割れ、ベルトのようなものがはみ出している。
木箱を引き裂いて、ベルトを取り出す。
バックル部に装置のようなものが取り付けられている。どうやら、ここにカプセルをはめることで、Shock-ARを体内に注射することができるらしい。見たこともなければ、聞いたこともないデバイスだ。恐らく試作品だろう。もしかしたらXDと似たようなものを作ろうとしたのかもしれない。
隼人はそれを取り上げ、しばらく眺めた。それから他の隊員が見ていないことを確認すると、カーテンをずらして窓を開けて、そのベルトを隣の倉庫の屋上に向かって思い切り投げた。
他に隠れている者はいなかった。
隼人たちは水沢の上半身と下半身を一つの遺体袋に入れて、倉庫の外へと運び出した。
連絡を受けて到着していたトラックに水沢を載せ、ようやく隼人たちRIDERの仕事は完了した。少なくとも、今日のところは。
明日になれば今作戦の報告書を作成しなくてはならないし、RIDERから死者を出したとなれば、衆議院の薬物汚染対策委員会が作戦内容が適切であったかを判断する審議会を開く可能性もある。そうすればまた資料作りだ。
だが、少なくとも今日の仕事はこれで終わりだった。
隼人らは警視庁術科センターに戻り、XDを返却し、装備を外して私服に着替える。
それからのち、出撃毎の医療部によるエルトシチニンの血中濃度検査を受ける。
待機警戒班を残して、ようやく生命の危機が去ったことに気づきながら他の者は帰宅を始める。
だが、隼人は先程の倉庫街にトンボ返りした。
太陽が昇り始めた早朝の北東港の一部には既に所轄の警察によって封鎖線が張られていた。数人集まった野次馬を制服警官が追い払おうとしている。隼人はバイクを翻し、目当ての倉庫を求めて港を流す。
探していた倉庫は運良く封鎖線の外側にあった。隼人はバイクを降り、シャッター脇の扉から倉庫の中に不法侵入する。
屋上の真ん中に、それはあった。
ベルト型の注入器。所在なさげに屋上に転がっている。
拾い上げてみると、大した傷もなく、壊れた様子も見受けられない。
隼人はベルトをメッセンジャーバッグにしまうと、港を後にした。
七畳一間のアパートに帰り、シャワーを浴びてから、ベルトを取り出す。
部屋の真ん中にあるテーブルに置き、あぐらを掻いてそれを見下ろす。
ベルトはまるで拘束具のように金属で出来ていて、バックル部にはShock-AR注入用と思われる可動装置がついている。しばらくいじってみると、バックルが開き金属製の空洞部が飛び出した。と、同時に反対側の端から小さなレバーが立ち上がる。恐らく、これを倒すことでShock-ARの注入を開始するのだ。
飛び出た空洞部には円筒形の穴が一つ空いていて、一般的なShock-ARカプセルを挿入できるようになっている。別に製造業者の組合があるわけでもないのに、ほとんどのShock-ARのカプセル型注射器は規格が統一されている。
隼人は溜め息をつき、ベルトをテーブルの上に戻した。
自分はこんなものを拾ってどうするつもりだったのか。麻薬取締法が改正されて以来、Shock-AR自体はもちろん、空の注入器の所持でさえ違法だ。恐らく、このベルトも注入器と見なされる。
こんなものを隠し持っているのが見つかればどうなるか。
隼人の脳裏に架空の新聞記事の見出しが踊る。『RIDER隊員が注入器所持で逮捕』『Shock-AR汚染は司法内部にも』そしてスポーツ紙には隼人が一度も会ったことのない薬物仲間のインタビューが載るに違いない。
警察官になることが子供の頃からの夢だった。そのために身体を鍛え、武道や格闘技を習い、間違った正義は行いたくないと思って求められる以上の法律の勉強さえした。その結果がほとんど殺し屋のような特殊部隊の隊員だが、それでも警察官には間違いはない。
そういった隼人の人生のほとんど全てを、このたった一本のベルトは容易く破壊できるのだ。
だが、
隼人は部屋の壁を見上げる。
その壁紙は巨大な都内の地図だ。線で描かれた街の至る所に、写真とメモ書きが貼ってある。その内容は、
だが、そこに元締めや製造工場の情報はない。隼人の求める者ではないからだ。
隼人が探しているのはたった一つ。
蜘蛛の
隼人の親友を殺した
◇
母衣優一とは大学で出会った。隼人は法学部、優一は薬学部だった。サークルで出会い、すぐに優一の彼女を加えて三人で遊ぶようになった。より優れた警察官になるために二十四時間の全てを捧げていた隼人にとって、それは数少ない気晴らしで、ほとんど唯一といっていい幸福な時期だった。
今でも昨日のことのように当時を思い出せる。優一が髪を切ったとき、ほとんど坊主のような短髪になり、そのことを笑ったら、怒って三日間大学に来なかった。部屋を訪ねて、優一の彼女に仲介に立ってもらって謝った。
優一は自転車に乗れなかった。学校帰りには隼人はいつも自転車を押して、優一と一緒に近くのラーメン屋まで歩いていった。一度、なぜ自転車に乗らないのか、と訊かれた。そのとき隼人は何と返したらいいのかわからなかった。そんなことを考えたこともなかったからだ。
答えに窮している隼人を見て、優一は笑った。
お前のそういうところがいいところだ。
事件は三年生のときに起こった。
Shock-ARによる汚染問題が表面化し、メディアにも取り上げられた頃だった。都内でも年に何体か
そのとき、
最初、その男はふらふらと奇声を上げながら、構内に侵入してきた。不審者と見て取った警備員が近づき、取り押さえようとしたが、狂人特有の膂力で弾き飛ばされていた。
優一が眉をひそめ、この場を離れよう、と言ったとき、優一の彼女が悲鳴を上げた。
男の肉体がめきめきと異音を立て、化物じみた姿へと変貌を始めていた。肉体が破裂し、身体の中から全く新しい生き物が脱皮してきたかのように、男は二足歩行する蜘蛛のような
真っ直ぐにこちらに向かってくる
そのとき隼人の身体は動かなかった。
鍛えた肉体でぶつかれば押し止めることもできたかもしれない。黒帯を持っていた柔道の腰払いで地面に叩きつけることもできたかもしれない。
だが、隼人の身体は一切動かなかった。
だが、身体は動かなかった。
蜘蛛の
黄色い複眼の全てが隼人を捉える。その複眼に映る無数の自分を、隼人は見る。
そのとき、発砲音が響いた。銃弾が\怪人《ウルズ》の身体に当たって火花が散った。
通報で駆けつけた制服警官が発砲したのだ。
それが、隼人がようやく起こした行動だった。
あのとき自分は何もできなかった。
警察官を目指すと言いながら、指一本動かせなかった。
普通の薬剤師を目指していた普通の大学生の優一の方が、
それから隼人は優一以外にもわずかながらにいた友達との付き合いを全て絶ち、本当に全ての時間を警察官になるために捧げた。その苛烈さはまるで罰のようだったが、隼人が受ける罰としてはあまりに軽すぎた。
あのとき死ぬべきは隼人だった。
全然仮面ライダー出てきませんね。申し訳ないです。
もうちょっと我慢してください。もうすぐ出てきます。
我慢すればするほど、出たときにきもちいいのです。