私個人、ゼシカの父親について以前からずっと気になっていましたが、ゲーム本編では語られることがなかったのです(記憶違いでなければ)
なので、これは私の考えたゼシカの父親像となります。
それではどうぞ。
時刻はお昼過ぎ。
昼食を三十分程前に済ませた私達は、お母さんを連れて村の中を歩いていた。
「あら、アローザさん!お久しぶりです。いつもいつも、ありがとうございます」
恭しく頭を下げて、村を行くお母さんに挨拶をする人はこれで何人目だろう。
忘れていたけど、お母さんってこの村で一番偉い人だったのよね。そりゃあこうなるか…
「どうしたんですゼシカ。アルバート家の長女がそんなみっともない顔をして歩くなら、私はもう帰りますよ」
「ま、まってまって。ほ、ほら、これでいいでしょ?これで!」
下から舐め上げるような言葉に身震いしながらもきっちりと背を伸ばして歩く。
今日はお母さんのための日なんだからこんなことでくじけちゃ駄目。頑張らないと。
「それじゃお義母さん、少しリーザス像の塔を見に行きましょう」
流石はもと姫の側近である近衛兵。女性のエスコートはお手の物なんだろう。自然とお母さんへと手を差し出して村の外へと促している。
「…そうですね。最近はポルクとマルクに任せきりでしたから、たまには自分でも見に行きましょうか」
そしてそこはやはり良家へと嫁いだお母さん。寸分の狂いもなく、淑女然としてその手に手を重ねた。
…なんか悔しい。
どこからともなく小鳥のさえずる声が聞こえる。
空を見上げれば二羽の鳥が線を描きながら滑空していて、遠くからは潮騒の音が響く。
リーザス像の塔へと侵入者を阻み、行事の時にしか開けられることのない門の前で、私達三人は塔を見上げていた。
「ふむ…
魔物も居なくなった事ですし、そろそろ改修工事をするべきかしら。茂っていた雑草なんかの掃除はした事ですし」
「お、お母さん!今はそういうのはいいんじゃないかしら!」
ぼそりぼそりと呟くお母さんに慌てて止めに入る。
そんな私のことをとても不思議そうに見つつも、そうね、と一言呟いてさっきまでとは違った視線をリーザス像の塔に向け始める。
「どころどころ壊れていたり、ひび割れていたりしているけれど、昔と変わらないわね。えぇ、本当に昔のまま。こんな気分で観るのは何年ぶりかしらね」
「お母さん、いつも安全に気を配ったりだとかで全然楽しんでなかったものね。
知ってる?実はね、あの行事の時ってちょっとした告白の舞台にされてるのよ」
「…初耳です。けど、驚きはしないわ。
だって、あの人が初めて言い寄ってきた日がその行事の時でしたから」
小さく笑みをこぼすお母さん。
「あははっ、私達のお父さんって、本当に私達のお父さん?なんだか、お母さんとは正反対に思えるんだけど」
「家柄か、普段はとても生真面目で誠実な人だったのよ。丁度、サーベルトのようで。
でも、私の前ではそんな姿はあまり見なかったわね。それこそ、ゼシカのようなじゃじゃ馬だったわ」
「ちょっと、誰がじゃじゃ馬よ」
今度は彼にも分かるくらいに微笑んでからリーザス像の塔に背を向ける。
「ここまで来たついでです。このままポルトリンクまで向かっても良いですか?」
手を差し出しながら振り向きそう言うお母さんに少し驚いた後、頷いた彼は再びその手を取り歩き出した。
「ややっ!?これはアローザ奥様!ご無沙汰しておりやす!今日はどういったご用件で!」
覆面の筋肉男…じゃなくて、船着き場の番頭にさえ頭を下げられている自分の親を見て、どこか複雑な気持ちになる。
うん。リーザス村の中を歩いた時から予想はしてたけどね。やっぱり変な気持ちになるわ。
「大丈夫です。今日は寄ったついでに顔を見せに来ただけですから。
いつだったかは娘のゼシカのわがままを聞いていただいてありがとうございました。
これからもまた何か迷惑をかけることがあるかもしれませんがその時はよろしくお願いしますね」
お礼の言葉とともに頭を下げるお母さん。その姿を見た番頭は大慌てで辺りを見回して。
「お、奥様!やめてくだせぇ!アタシらはいただいた仕事を全うしているだけですし、ゼシカお嬢様の件だって結果的にアタシらの利になったんですし!」
「…そうでしたか。
ですが、それはそれとしてお礼を申し上げます。
改めて、これからもよろしくお願いします」
「ほ、本当に勘弁してくだせぇ!!!」
「…あれってもしかして、楽しんでたりするのかな」
「どう、かしらね。なんとも言えないわ」
二度目のお辞儀は一度目に比べて深く長い。それに比例するようにして番頭の男はあたふたと汗を飛ばしていた。
遠くでしたカモメの鳴き声が潮騒の音に吸われている。目の細かい砂が押しては引く並みにさらされ、耳に心地いい。
ざくざくと響く足音。
潮風にたなびく髪を抑えながら海を眺める。
「もう、こんな時間」
彼方へと沈みいく太陽が空を橙色に焼き上げる。
千切れそうで千切れない雲と海に映る夕陽が美しく幻想的で時間を忘れてしまいそう。
「とても綺麗な世界、ですね。ここは」
お母さんの隣で彼はそう呟いた。
私も、同じ気持ちだった。
潮騒は耳に鮮やかに。視界は沈む夕陽と輝く海で色とりどりに。
こんな近くに、こんなにも幸せになれる景色があるなんて思いもしなかった。
この景色の中、プロポーズを受けたのなら、私だって一生忘れないだろう。
「…どうお母さん?少しは楽しかった?」
「…ええ。久し振りに童心に帰れた気がしました。
たまには、散歩をするのもいいものね」
夕陽に照らされたお母さんの笑顔。
…きっとお父さんはこの笑顔が大好きだったんだろう。
「お帰りなさいませ。奥様、お嬢様、…旦那様?」
「若旦那様、です。分かりましたか」
「はい、奥様。
お帰りなさいませ、若旦那様」
私達が家に着いたのはすっかり陽が沈んだ頃だった。
夕焼けを堪能した私達は、夜道を私のメラを頼りに村へと戻った。その際、何人かの慌てた村人に遇ったけれど、お母さんがただ散歩に行っただけだと言うと、少し不思議そうな顔をしたものの、それ以上の追及はなくみんな家へと帰っていった。
今日だけで何度もお母さんの凄さを再確認したけれど、これだけ村の人たちに慕われているなんて、と、また驚いてしまう。
…お母さんが亡くなった時かもう仕事ができなくなった時、この後を継ぐのは私なんだと思うとちょっとだけ、背中が重くなる気がした。
けれど。
『大丈夫、僕もいるから。二人で頑張ろう』
彼が言ってくれたおかげで、少し自信を持つことができた。
そうだ。この後を継ぐのは私だけじゃなくて彼もいる。なら、何も恐れることなんてないじゃない。
「お夕食は…各自、部屋で取ることにしましょう。私はとても疲れたので先にお風呂に入らせてもらいますから、二人は気にせず食事を済ませなさい」
家に着くと同時に告げると、足早に部屋へと戻って行った。
「ふ〜。久々に長い距離歩くと結構疲れるわねー」
「だね。浜辺を歩くだけであれだけ足腰にくるなら、訓練メニューに加えてみてもいいかも」
「あはは、いいわねそれ。三十分も走らせたら倒れる人いっぱいいそう」
部屋に戻り、身を投げるようにしてベッドの上に横になる。その時に思いの外大きな音がして一瞬だけ身構えたけれど、お母さんの声は飛んでくることはなかった。
「…これで親孝行、出来たかな」
「うん。きっとお義母さんも喜んでると思う。
とってもいい笑顔だったし」
僅かな不安も彼の言葉で綺麗に流されていく。
そうよね。滅多に笑わないお母さんのあんな笑顔が観れたんだもの。あれで嘘だったら、役者でもやったほうがいい。
「さてと。
それじゃあ、あなた。明日には帰るから荷物の準備、しましょうか」
「わかった。
…もう少し居たいって言うかと思ったけど」
「あら、どうして?」
少し驚いた顔をして頷く彼に意地悪く尋ねてみる。
「どうしたって聞かれると困るけど…ただ、何となく」
頬を指先で掻きながら困った風に答える姿を見て、思わず笑ってしまう。
「ごめんなさい、ちょっと意地悪したくなっただけ。
本当は、もうちょっと居てもいいかなって思ったんだけど…。これ以上はなんだかケンカしそうな気がしてね。
どうせ別れるなら、最高の気持ちのままお別れしたいじゃない?」
今の私は多分きっと恥ずかしさで変な顔になってる。
だって、旅に出る前ならあり得なかった…とまでは行かなくても、少なくとも人前ではお母さんの事をこんな風に言うことなんて無かった。
だから、今の私は恥ずかしさで凄く顔が歪んでると思う。
なのに、彼はそんな私の顔を見て、今日のお母さんにも負けないくらいのとびきりの笑顔で。
「夕焼けがないのが残念。でも、負けないくらい素敵な笑顔だよ」
そう言って私を抱きしめた。
…そっか。私は今笑ってたんだ。ケンカばかりしてて、少しも優しい言葉をかけたことのなかったお母さんの事を想って笑えたんだ。
「…ふふ。嬉しい。けど、やっぱりちょっと恥ずかしいかも」
それからどのくらい時間が経ったんだろう。
気がつくと、私と彼はベッドの上で一緒に寝ていた。抱き合ったままだから、多分、あのまま眠ってしまったんだと思う。
起き上がり、首元の違和感に顔をしかめる。
…それもそうよね。あれだけ潮風を浴びたんだから、べたつかないほうがおかしい。
「あな…
って、ここは家じゃないのよね」
普段の調子でついつい彼を起こしてしまいそうになる。
ここは私達の家でもあるけど、私達の家じゃない。なのに、いつものように一緒にお風呂に入ったらお母さんになんて言われるか分かったものじゃない。
「…まぁ、今のお母さんなら笑って許してくれそうな気はするけどね」
呟いてから適当に着替えを手にして部屋を出る。すると、近くにメイドが立っていた。
多分、お風呂に行くのが遅かったからお母さんが呼びに行くようにでも言ったんだろう。
「ごめんなさいね、待たせちゃって。今から入るわ。
あ、それと中でまだ寝てるから出来れば起こさないであげてほしいの。もし起きて私のこと聞かれたらお風呂に入ってるって伝えてくれて構わないから」
用件だけを伝えてその場を後にする。後ろの方から、分かりました、と聞こえたし大丈夫だろう。
あの子には悪いけど、私だって女の子だしいつまでもこんなベタベタな髪でいたくないから許してね。
お風呂を出て部屋に戻ると、そこでは彼が明日の荷物の支度を済ませたところだった。
「任せちゃってごめんなさい。先にお風呂いただいたわ」
「うん。その間に分かる範囲でしまっといたから、他に何かあればやっといて。
僕もそろそろ気持ち悪くなってきちゃって」
「あはは、凄くよくわかる。
疲れてるからって後回しにするのはよくないわね」
「だね。メニューに加えた時に注意書きしておく」
「ふふ。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
会話もそこそこに彼を送り出し、荷造りの続き始める。
…いつも思ってたけど、よくこんなに小さな鞄にこれだけのものを詰められるわよね。
「…あ、そうそう。あれも持ってかないと」
置きっ放しにしていた私服をいくつか詰めつつ、思い出した物を取りに階段を登る。
「あったあった。そんなに大事なものだったなんで知らなかったからね…
ちゃんと保管しないと」
ベッドの横にある机の上に置かれていた古びた本。
それを大事に抱えて再び階段を降りる。
「…よしっと。こんなものね。
後は…うん。大丈夫そうね」
カバンの蓋を閉めて机の上に乗せ、そのまま彼の帰りを待つ。
「なんだか、思いがけないことばっかり起きたなー」
最初はあまり乗り気じゃ無かった里帰り。でも、いざ帰ってきてみると結構楽しいみたいで、近いうちにまたきてもいいかなと思ったりしていた。
「でも、油断は禁物よね。調子に乗ってると絶対痛い目見るし」
そう最後に付け加え独り言もなくただ待った。羽根ペンの羽根の部分を弄ったり、写真を見て物思いに耽ったり、箒で少し浮いて見たり。
そうこうしていると彼が扉をあけて部屋に入ってきた。
「ただいま。
どう?何か忘れ物とか無かったかな」
「おかえりなさい。
うん。後は私の私物を少しだけ入れて終わりだったわ。特に漏れもなかったし。ありがとね」
「どういたしまして。
それじゃ、寝よっか」
「そうね」と返して階段を登る。
少し前に仮眠していたにも関わらず眠気があるのはお風呂上がりだからだろうか。
そうして二人でベッドで横になり、数分もしないうちに静かな寝息が立ち始めた。
その日の夢はなんだか、とても普通の夢だった。
歩き慣れた場所を歩いて、少しだけ遠出をして。その先で、ちょっとした名産品を買ったりして家に帰る。
ただそれだけの、起きて仕舞えば忘れてしまうようななんの変哲も無い夢。
なのに、目が覚めた時も不思議と覚えていた。
To be next story.
よくよく考えたら、前回の血筋が云々というのも私の想像だったじゃないか…
と、こんな感じ(どんな感じだ)で帰郷編は終わりです。
次回は、休日最終日のお話。
さよーならー