と言うことはつまり…。
では、どうぞ。
「行ってらっしゃい、あなた」
「うん、行ってきます」
いつものように彼を送り出す朝。
外では何羽かの小鳥が庭の上で鳴き、彼が近くを通り過ぎてもその小鳥たちは逃げない。
吹き抜ける風は彼のバンダナの結びをたなびかせている。
「今日は仕事じゃないし、早いと思う」
「気にしなくていいわ。楽しんできて」
私がそう言うと、彼は少しだけ困ったような顔をしてルーラを唱えた。
行き先はトロデーン城。
トロデーン百物語会の結果が昨日届いた。
一位は彼で、二位がククール。三位は私だった。
上位者三名には商品が送られ、彼は会の冒頭で言っていたミーティア姫との一日デートとトロデーン城で使える二千ゴールド分の商品券。ククールは千ゴールド分の商品券で、私が五百ゴールド分の商品券。
元々は商品券だけだったけど、ミーティア姫が勢いで足してしまったらしい一日デートの権利。
「…楽しんできて、か」
そして今日がそのデートの日。
と言っても、一国のお姫様である以上どこかに出かけたりというわけにはいかないらしく、トロデーン城の中でのデートになるらしい。
「あの人、心変わりなんて…しないわよね?」
ミーティア姫に対する不安が無くなった今、気がかりなのは彼の方だ。
万が一にも可能性はないと知っているけれど、億が一にはあるかもしれない…
そんな不安が募るばかり。
「…気にしても仕方ないか。
私はいつも通り過ごしましょ」
そんな不安を払うように独り言を口にする。
そう、考えても仕方がないのだ。世の中はなるようにしかならない。それを旅で知った今、人の心の移り変わりを案じるだけ意味がない。
「なんにせよ、一度は帰ってくるはずだし。その時にまた心を掴めばいいだけよね!」
最後に決心を胸にして、私はいつも通りに家事をすることにした。
ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー
「…まだ、来ないかしら…」
憧れのあの人をお部屋の椅子に座って待つ。約束の時間まではあと十分くらいありますけど、そわそわして落ち着かない…。
今日のために用意してもらった絹のローブをシワを伸ばしたり、肌触りを確かめたりしています。
「…まさか、こんな機会がくるなんて思いもしませんでした…」
漏れてしまった言葉に驚いて手で口元を覆ってしまう。
…今はもう姫ですから、変ににやけたらだめですよね。示しがつきませんもの。
そうやって待つ事五分。
もう、遠い昔のように思えてしまうほど聞き慣れたノックが響きました。
「ミーティア姫。お迎えにあがりました」
「…どうぞ」
あの日、結婚式場に向かう日と同じことを言って、憧れだった人はドアを開けました。
「…えっと、今日はよろしくお願いします…」
今にも旅に向かいそうな服。トレードマークのバンダナ。優しそうな目に、不思議と頼りになる声。
ミーティアの心の底から憧れていたあの人が、今、部屋の入り口から入ってきてくださった。
どこか、ぎこちない動きで。
「…うふふ。そうかしこまらないで。もう、昔とは違いますから」
「しかし…」
閉めたドアの前で戸惑う彼に、悪いこととは思いながらも、ミーティアは少しだけ意地悪をしてみたくなりました。
「あら、でしたら貴方はこれからデートするお相手にもそんな風に話すのかしら?」
「そ、それは…。…はい。えぇと、普通に、話す…ね」
とても困った表情で言葉を選ぶ彼に、思わず笑ってしまいます。
「ミーティア姫、そんなに笑わなくても…」
少し焦ったように私の座っているところまでやって来た彼に、ミーティアの前で寂しそうにしている椅子に座ってもらえるよう促しました。
「…えっと、失礼、します」
「まだかしこまってますわ。ほら、旅の皆さんとお話しする時みたいにしてくださいな」
「…わかった。
これでいいかな。ミーティア…姫」
「今日は、姫、も取ってくださいね?」
「…わかった。ミーティア」
「ふふ、なんだか、とっても懐かしい感じ」
恐る恐る、といった風に呼び捨てで『ミーティア』と呼んでくれた彼。
敬称を付けずに呼んでもらえるのなんて、本当、いつぶりでしょう…。
「そうだね。少し、照れくさいな。
あれ、そう言えば今日はいつものドレスじゃないんだ」
「えぇ。デートですから。代わり映えのしない衣装では面白くないですもの」
ミーティアは、立ち上がって彼に服をお見せしました。くるりと、一回りして。
おかしいですわね…。ただ服が違うと言ってもらえただけですのに、こんなにも嬉しいなんて。
「それでは、ここで少しお茶をしてから行きましょうね」
「うん。それじゃあ、持ってくるよ」
そう言って彼は立ち上がしました。
まだ、近衛兵だった頃のくせが抜けないのでしょうか。
「もう。今日は貴方も楽しむ日なのですよ?お茶は他の方が持ってきてくださいますから、座ってください」
「あ、そ、そっか。ごめん」
「ふふ、なんで謝るんです?ミーティアは怒ってませんよ」
「あ…ご、ごめん」
「ほら、また謝った」
ミーティアの言葉で彼はまた笑顔になりました。今度は、違和感のないいつものような優しい笑顔。
はしたないと思いながらも、ミーティアも笑ってしまいます。
とても、楽しい。本当に…。毎日続けても、きっと飽きないコト…。
少しずつ笑い声が消え始めた頃、部屋のドアをノックする音が聞こえました。
「きっと、お茶ですわね。
どうぞ」
中に入ってきたのは思った通り二人分の紅茶のセットを手にした一人の侍女。
最近からミーティアのお付きになった子でのメリー。
「…失礼します。紅茶をお持ちいたしました。
もしお代わりが欲しければ外に立っていますのでお申しつけ下さい」
用意を終えると、深々とお辞儀をして去ろうとするメリー。
ミーティアは彼女がテーブルから離れる前にいいました。
「ありがとうございます。でも、外に立ってなくても大丈夫ですわ。
これを飲み終えたら、お散歩に行きますから」
すると侍 メリーに、いつものように「ほどほどにしてくださいね。お姫様なんですから」なんてお小言をされてから、部屋を後にしました。
「メリーったら。お客様の前であんなこと言わなくてもいいですのに…」
「あはは。もしかして、今でも時々抜け出したりしてるの?」
「…少しだけです」
まだ熱い紅茶を口に運んで弱々しく否定しました。すると、彼はほんのり困った顔をして、ミーティアをたしなめます。
「あんまりみんなを困らせたらダメだよ。旅をしている時みたいに、僕や他のみんなが必ず側にいるわけじゃないし」
「でしたら、今日は少しだけ無茶をしてもよいのですね。嬉しい」
「いや、そういうことじゃないけど…。
でも、それで普段大人しくしてくれるなら、いいのかな…?」
ミーティアに続いて紅茶をお飲みになる彼。
その姿は、やっぱり、長い間見ることのできなかった姿。もう、見れないと思っていた姿は。
「今日はどこを巡りましょうか」
「そうだね…。お城からでれないのなら、他の人達の仕事を見て回るっていうのはどうかな」
ミーティアのカップに紅茶を注ぎながら彼は提案しました。
ミーティアはその提案に頷きますが、できればお城の外に出たいな…と思ってしまいます。なんて、わがままですわよね。
「そうなると、訓練場や食堂、図書館とかあるけど、どこから回る?」
「う〜ん…。
そうですわ!貴方にお任せします!その方がわくわくして楽しいですから!」
「わかった。じゃあ、僕に任せて」
頼もしく言ってくださった彼を見て、ミーティアは思わず微笑みました。
やっぱり、彼の言葉はとっても頼りになります。
「うふ。それでは、お茶も無くなってしまいましたし、そろそろ行きましょうか」
「うん。じゃ、行こうか」
立ち上がると、彼はミーティアに手を差し出します。その手を取って、ミーティアも立ち上がりました。
…手を繋いで歩くことは出来ませんでしたけれど。それで、いいのです。
「一通り、お城の中は見て回りましたわね。この後はどうします?」
図書館で何冊かの気になっていた本を借りる予約をしてお庭に出ました。
彼とは、手が触れ合うかどうかの近さでずっと歩いています。
「…実は、行きたいところが一つだけあるんだ。付き合ってもらってもいいかな」
「…!
もちろんですわ!今日は貴方とのデートですもの。どこにだってお伴いたします」
どこか微笑んでいる彼に、ミーティアはすぐに答えてしまいました。
けれど彼は、嬉しそうに頷いてミーティアの手を握りました。
「………。うん。ここなら誰もいないか」
何か独り言を呟いた後、魔法を唱える音がします。
不安になって彼の顔を見ると、彼は笑顔で頷いて。
「それじゃあ、飛ぶよ。しっかりつかまっててね」
言葉と同時に訪れる浮遊感。それはすぐに移動する力を身につけて、気がついたら見えていた世界がガラリと変わっていました。
「…ここは、トラペッタ…?」
「少し、見て回ろうか」
そう言って手を取り歩き出した彼。
それはまるで、遠い遠い日のミーティアのよう。
「今日はお弁当はないから、お腹が空いたらどこかで食べよう」
「…はい!」
貴方はあの日のことを覚えていてくれたのですね…。
今はもう思い出となってしまった街。お馬さんの頃に訪れたきりの街。見える景色は、あの頃よりも小さく、弾む気持ちは変わりませんでした。
To be next story.
ということで、ミーティア姫と勇者君のデート回というわけです。
それではまた次回。
さよーならー。