私と旦那様と祝福された純白の日々   作:カピバラ@番長

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前回の続きになります。

では、どうぞ。


第三十二話 私と貴方と遠き日の夢

「うふふ。貴方とこうしてこの街をまた歩けるなんて、思いもしませんでしたわ!」

 

彼よりも少し前で、小さくなったトラペッタの街を眺めて歩く。

あの日、お弁当を広げて座った木は見上げるほども無くて、過ぎた時間を感じます。

 

「本当はみんなで旅したところ全部を行きたかったんだけど、そこまでの時間はないから、一番思い出深いかなって思ったところに行こうと思ったんだ。

ここは、僕とミーティアが二人て来た場所だから」

 

「えぇ、えぇ。覚えていますわ。鮮明に。あの時は駄々をこねしまってごめんなさい…。

でも、本当に楽しかった。それが今日、また二人でここに来れるなんて本当に夢のよう」

 

後ろを歩く彼に振り返ると、そこには笑顔がありました。

愛しくも手の届かない、優しい笑顔が。

 

「実は、少し不安だったんだ。旅を始めたばかりの頃にここに訪れた時、町の人たちはトロデ王に石を投げていたから…。もしかしたら、嫌な思いをさせてしまうかと思って」

 

初めて訪れた日。それは、ミーティアとお父様が姿を変えられて間も無くの頃でした。

あの時はまだ変わってしまったことを受け入れられず、どこか人の姿のままだと思っていました…。だから、石を投げてきた街の方たちにも言いようのない怒りを覚えましたけど…。

でも。

 

「…あの時は確かに怒りましたけれど…。あれは仕方のないことだと分かっていますわ。

ミーティアだって、今のトロデーンに魔物が現れたらきっと悲鳴をあげてしまいますもの。例えそれが、貴方や一緒に旅をしたみなさんが呪いで変えられてしまった姿だったとしても。知らなければ、きっと…。

ですから、今はもう怒ってはいません」

 

「…そっか。それなら良かった」

 

悩みが晴れたのか、彼は私の隣へと駆け寄ってきました。

手を繋いで歩いていないのが不自然なほどに近いところまで。

 

「ミーティア、お腹は空いてない?」

 

「…恥ずかしいですけれど、少しだけ」

 

きゅるきゅると切ない声を小さくあげる自分のお腹に手を当てて答えます。

この人の前でお腹を鳴らしてしまうなんて。顔が赤くなっていなければいいのですけれど…。

 

「それならどこで食べようか。と言っても、ここは宿屋か酒場くらいしかないけど」

 

近くにあるベンチに座って行き先を考えます。

旅をしている間は出来なかった、普通のこと。今も、遠くまで行ったとしてもお城の中でしかご飯を食べたことがないから、とても迷ってしまいますけど…。

 

「…酒場、でご飯をいただきたいです。

宿屋は、もしかしたらこの先行く機会があるかもしれませんけれど、酒場は間違いなく行かないでしょうから」

 

答えると、彼は頷いて立ち上がり、ミーティアに手を差し伸べます。

 

「それなら、石段を登っていくけど大丈夫?」

 

楽しげに笑う彼に、少しだけむっとして。

 

「もう。バカにしてるの?そのくらい、ミーティアにだって出来ますっ」

 

その手を握らずに立ち上がってしまいました。

 

「あはは。ごめんごめん。じゃあ行こうか」

 

「知りません。貴方は一人で歩いてくださいな」

 

自分でも驚くほどツンとした態度に戸惑ってしまいます。

どうして、こんなにもむっとした気持ちが出てにてしまうのでしょう。

わからずに悩みながらさし当たった石段。

多分、考えながら登ったのがいけなかったのです。

 

「きゃっ!」

 

石段の半ばくらいで踏み外してしまいました。

登っただけでわかる硬い石の感触。こんなところに頭を…いいえ、例え、手、だけだったとしても、転んでぶつけてしまったらただでは済まない…。

痛みに耐えるため、目を閉じて、来る衝撃に備えました。

 

「…っ!

あ、あれ?」

 

ですが、感じたのは鈍い痛みではなくて、温かな温もり。それと、耳元で聞こえる僅かな焦りの吐息でした。

 

「あ、危なかった…。

ダメだよミーティア。もし怪我でもしたら、みんな悲しむんだから。しっかりしてくれないと」

 

「あ、えっと…あ、ありがとう…ございます…」

 

彼は、上から落ちてきそうになったミーティアをその両手で受け止めてくれたのです。

まるで、お姫様抱っこをするように。

 

「うん。

それより、どこか痛いところとかはない?見た感じは怪我とかなさそうだけど…」

 

「…今は大丈夫。ただ…」

 

「ただ…?」

 

焦るような顔をしてミーティアを見てくださる彼。

その表情は、ミーティアの押し留めていた決心を振り払ってしまえるほどに愛おしく映ってしまいました。

 

「…少し、転んでしまったのが怖くて足が震えています…。

出来れば、震えが収まるまで手を握っていてほしい…。だめ、ですか?」

 

もう二度と、決して外には出さないと決めていた想いが溢れてしまいました…。

 

「それは…。

…うん、分かった。こうなったのも僕のせいなところがあるし、震えが止まるまでだったら、手を貸すよ」

 

僅かに困った表情からすぐに笑顔になって、受け止めたままだったミーティアを確かに石段の上に立たせてくれました。

ミーティアの左手を握ったまま。

 

「…(ごめん、なさい)」

 

「え?」

 

「い、いいえ!なんでもありません!

さ、さぁ、もうミーティアはお腹がペコペコです。早く行きましょう!」

 

「ま、また転ぶよ!?」

 

しっかりと握った彼の手を引っ張って急ぎ足で石段を登ります。

…脚が震えてる、なんてウソ。本当は、彼と少しでも触れ合っていたいだけ…。

こんなこと、許されることではありません。でも…

でも、今日だけは許して下さいますよね。ゼシカさん…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、酒場…」

 

入り口を開ける前から聞こえていた楽しそうな音楽。ドアを開ければ、その音は更に胸を弾ませます。

立ち込めるお酒の匂いも気にならないほどの活気。まだお昼なのに、何人もの人がお酒を片手に笑いながら言葉を交わしています。

 

「あら、いらっしゃ〜い。二人?

おっけー。じゃ、あっちの端の方にどーぞー。あとで注文聞きに行くから、それまでに決めといてねぇ〜」

 

バニーガールさんに案内された席に座り、メニューに目を通すと、見たこともないお料理ばかりが書かれていました。

知っているのなんて、いくつかのチーズと枝豆、それと他のお城へお邪魔した時に食べたことのあるお豆腐くらい。

…もつに、って、なんなのでしょう…。

 

「それは動物の腸を煮込んだ食べ物だね。牛とか豚とかが多いけど、馬を使ってるところもあったなぁ」

 

「お、お馬さんの腸を…!?」

 

思わず、自分のお腹に手を当てます。

 

「あ!ご、ごめん。今のは忘れて。

それより、ほら。こっちのはどう?」

 

お馬さんと聞いて取り乱すミーティアに、彼が指差したのは[唐揚げ]というメニューでした。

…どこかで、聞いたことがあるような…?

 

「それは鶏肉を揚げた食べ物で、他にもタコとかイカとか魚を使ったものもあるんだ。

トロデ王のお気に入りの一つだったと思うけど、食べたことなかった?」

 

「えぇと…そう!とっても昔に一度だけありました。

お父様が内緒でお酒を飲んでいるところをミーティアが見つけて、お母様に伝わったら大変だからと、一つだけいただいたことがありますわ」

 

「それならこれ頼んでみる?」

 

「はい!是非!」

 

ミーティアが頷くと、彼は近くにいたバニーガールさんにいくつかの注文をしました。

聞き取れたのは、お豆腐とふつうのチーズにやわらかチーズ。それと鳥の唐揚げ。サラダも言っていましたけど、何サラダかまではわかりませんでした。

 

「あ、お酒はダメだよ。予定はなかったはずだけど、帰った時にもしも来客があったら大変だからね」

 

念のため、と付け加えて彼に注意をされてしまいました。

もう。ミーティアがたくさんお酒を飲んだのは、あの時の宴の席だけですのに。

 

「えぇ、もちろん。貴方は飲まないのですか?」

 

「僕はミーティアを守らないといけないし、帰る時に酔ってルーラを失敗したら大変だから」

 

安らぎを与えてくれる眼差しでミーティアを捉え、固く決心したように言ってくださる彼。

ミーティアを守る…。それはきっと、お城のみんなが心配するからですわよね。けれど、分かっているのに胸が張り裂けそうになるくらいドキドキしてしまう自分がいます…。

 

「…そうですわよね。

うふふ」

 

「…?僕、何か変なこと言ったかな」

 

「いいえ。いいえ何も。ただ、ちょっと…」

 

思わず漏れてしまった笑み。

ミーティアは、ミーティアは今、とても嬉しいのです。守ってくれると言ってもらえて。

でも、そんなことを彼に伝えてはダメ。

 

「…?よく分からないけど、ミーティアが平気ならいっか」

 

「はぁ〜い。イチャイチャしてるところ悪いけど、お料理よ〜。

旦那さんも大変ねぇ。こんな野蛮な店に来たがる子なんだもの、きっとおてんばなんでしょ?ちゃんと手を握っといてあげなきゃダメよー。

それじゃね〜。追加が欲しかったらまた呼・ん・で。チュッ」

 

トレイに乗せて持ってきて下さったお料理をテーブルに並べ終えますと、バニーガールさんは彼に…な、投げキッスをしてから帰って行きました。

………………。旦那、さん。それはつまり、ミーティアが彼の、お、お嫁さんに見えたと、言うことですわよね…。

 

「え、えっと、冷めないうちに食べようか!

はい、唐揚げ!」

 

「あ、ありがとうございますわ!

そ、それでは戴きます!」

 

ぼーっとしていたミーティアの前に置かれた小鉢の音でハッと意識が戻りました。

胸のうちに渦巻いていく不思議な感情。今はそれを考えから追い払って、彼と変になってしまった空気を払拭するように、美味しいお料理を戴きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しかったですわね!」

 

「うん。少し食べ過ぎたかも」

 

お会計を済ませてお店を出たミーティアたちは、食後の運動も兼ねて、また少しだけ街を歩く事にしました。

今度は、民家の多い二階を。

 

「ユリマさんとルイネロさんはお元気でしょうか」

 

「そういえばしばらく会ってないな…。

寄ってみる?」

 

「…いえ。占い師の方なのですから、変装していてもきっとミーティアがトロデーン城の王女であることがわかってしまいます。余計な気は使わせたくありません」

 

「そっか。

それなら、二階を一周したら帰ろうか」

 

「………。

はい。そうですわね」

 

横でかすかに感じる温もり。触れ合っていませんけれど、確かにそこにあると感じてしまえる距離。

…本当は今すぐにでもその手を握りたい。抱き着いて、抱きしめて欲しい。…ですが。ですが、それだけはダメ。

貴方は、もう他の方の愛を受けてしまっていますもの。貴方はもう、他の方に愛を捧げていますもの。

伝える勇気を、押し通す勇気のなかったミーティアが今さら覆すことだけは許されません。

だから、だから今日は本当に嬉しかった。

貴方がこの気持ちに気付いてくれているかは分かりませんけれど…。ミーティアには、本当に、素敵な一日でしたのよ?

ですから…

 

ですから、あと一度だけでいいの。私の手を握って下さい。

貴方の意思で、この手を取ってください。

 

「それじゃあ、帰ろうか。あまり遅いとみんな心配するし」

 

気が付けば、酒場の前にいました。いつの間にか街の二階を一周していたみたいです。

景色を見た記憶はないけれど、でも、とても大切なひとときでした。

遠い遠い日を思い出させてくてた、ミーティアの宝物。何物にも代え難い時間。

こんな日を、もう観ることはないのですね。

 

「…はい。

そうですわね。もう、帰りましょうか」

 

彼がミーティアの手を優しく包みます。かすかに、震えた左手で。

その手は、少しだけ痛く感じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミーティア姫様、失礼致します。お茶をお持ち致しました。

…おや、勇者様はもうお帰りになられたのですか?」

 

「えぇ。もう、帰ってくることはありません」

 

「…では、姫様の分だけを…」

 

「いえ、二人分で良いのです。メリー?貴女と少しお話がしたいと思っていましたから。こちらにお座りになって?」

 

「…承知致しました」

 

部屋にメリーを招き入れて、ミーティアは、少しだけ昔話をしました。

もう帰らない、遠い日の夢を。

 

ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー

 

 

「お帰りなさい、あなた」

 

「ただいま、ゼシカ」

 

夕方、まだ陽が落ち切らない時間に彼は帰ってきた。

どこか浮かない顔をして。

 

「…あなた?」

 

「………。

うん!?あ、ごめん、聞いてなかった。なんていったの?」

 

「ふふ、まだ呼んだだけよ」

 

「そっか、それなら良かった」

 

ぼぅっとして、少し辛い顔をした彼。

デートをして何があったのは分からない。多分、私が聞いていいことじゃないんだと思う。

 

「…あなた?」

 

唐突に暗くなる視界。それは、彼が私を抱きしめたということだとすぐに分かったけれど、理由がわからない。

 

「こんなこと言うのは…変かもしれないけど。

僕は今、とっても幸せだ。ゼシカと一緒に暮らせて本当に嬉しい」

 

「ど、どうしたのよ急に」

 

いつもより少しだけキツく抱きしめてくる彼に、仕返しとばかりに私も力を込める。

 

「ゼシカは、幸せ?」

 

「…うん。多分、あなたが思っているよりもずぅっと私は幸せを感じてるわ」

 

「そう…そっか。それなら、良かった」

 

「どうしたの?今日のあなた、変よ?」

 

ゆっくりと、どこか安心したように腰から離れていく彼の腕。

私の質問に、彼は首を横に振ってから微笑むと。

 

「ううん。ただ、ゼシカのことを愛してるんだなって、再確認してただけ」

 

そんなことを言い出した。

 

「もう。やっぱりあなた変よ?

ほら、早く中入りましょ!あんまり外にいると風邪引くわ」

 

まだ少しぼうっとしている彼の手を取って、家の中へと引っ張る。

 

「あ、そうそう!今日は気が向いたからご馳走作ったわよ!あなたが着替えてる間に用意が終わるはずだから、楽しみにしててね!」

 

「本当?嬉しいなぁ。

じゃあ、すぐ着替えてくる!」

 

笑顔に戻った彼に微笑みを返し、台所へと向かう。

食事をする間、どんな話をしようか考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

To be next story.

 

 




ミーティア姫のデート回書いてて思ったんですけど、この子、すっごく良い子じゃありません?
健気で、一途で、優しくて、芯の強い。そんな子なんだなぁと、書いてて深く認識しました。
…もっと影さえ濃ければ…!

それでも私はゼシカが好き!

ではまた次回。
さよーならー。

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