では、どうぞ。
今日は待ちに待った彼の休日。
定期的に休みがあるとは言え、それはそれ。やっぱり、彼が一日家にいるというのは飛び跳ねるくらい嬉しいことだ。
昨日の夜から、『明日はなにをしようかな』なんて考えていた。
あれきり行ってない映画館もいいし、旅を思い出してピクニックなんてのも楽しいかも知れない。
そう、胸を弾ませていた。
でも、今日はそのどれもが出来そうにはなかった。
「ではまず、私の前でイチャついてみて下さい」
「「…は?」」
数分前我が家の玄関のドアを叩いたのは小柄な女性。年齢は多分十八くらいだ。背は私より頭半分ほど小さく、艶のある黒髪のおかっぱ頭。
彼がドアを開くなり、お邪魔しますと言ってずんずんと家の中へ入ってきたこの女性は、部屋のソファに座るなりおかしなことを言い出したのだ。
「あの、言ってる意味が分からないんだけど…。そもそも貴女誰?」
率直な思いを言葉にして、刺々しく投げるもどこ吹く風。
彼女は、背筋を伸ばしたまま顔色一つ変えることなく口を開く。
「私のことはどうでも良いのです。呼び辛いのであればモコ、とでもお呼び下さい。
大丈夫です。怪しい者ではありません」
どこかイライラとした雰囲気を放つ[モコ]と名乗る女性に、戸惑いつつもお茶を運んできた彼。
正直、追い返したいところだけど、世界中を旅したせいか、どこかで知り合った誰かの知り合いなんじゃ?という思いが拭いきれない。
…だとしても、こんなことするのは謎なのだけど。
「…分かったわ。じゃあ、一つ質問してもいいかしら」
図々しくも、運ばれてきたお茶を飲むモコは私の言葉に頷く。
「貴女、いきなり家に入ってきた知りもしない人にいきなり命令されたら、どんな人だと思う?」
「……。
前言を一部訂正致します。私は、あなた方に危害を加える者ではありません」
「………間違いは認めるのね」
いよいよどんな人物か分からなくなってきた。
どう対処するのが正しいのだろうか。彼を別の部屋に呼んで会議を開きたい。
そう思った時、隣に座る彼に耳打ちをされた。
「(…この子、僕の記憶が正しければトロデーンで働いてる侍女だよ)」
「(えぇ…?なんでそんな子がここに?)」
「(分からないけど、あの子の言う通り害はなさそうだから、取り敢えずは平気だと思う)」
「そこ、コソコソ話すのはイチャイチャとは呼べませんよ。仲が良いだけです。
早くして下さい。ほら、イーチャ、イーチャ」
「「…………」」
テンポよく手を叩き、リズミカルに[イチャイチャ]と促してくるモコ。
やってることは楽しそうなんだから、せめて笑ってほしい。
この、若干頭の痛い状況。
何はともあれ、まずはモコの認める行為をしなければならない、というわけなのだろう。
わけのわからない人に言われてするのはイヤだけど、このまま居座られても、大切な休日がなくなってしまう。それだけは避けたい。
とすると…。
「するしか、ないのね…」
「みたい、だね。
早く納得してもらわないと、ゼシカとの休日がなくなっちゃうし」
「…む」
ため息交じりの言葉に、諦めたように笑って返す彼。その姿を、モコは睨むように見ていた。
…けど、いざやろうとすると、どうすればいいのかが全くわからないわね。
「どうしたのですか。早く。潔くイチャつきなさい。エビバデセイ!イーチャ!イーチャ!」
私の戸惑いも知らずなおも手を叩くモコ。
この子、アレね。もう。
「燃やしてあげようかしら」
「!?」
「まったまった!気持ちはわかるけどゼシカの場合はシャレにならないから!」
いつだったかのように腕組みをして苛立ちを露わにしていると、慌てた彼の顔が視界に映り込む。
…まぁ、確かにそうね。今の私が普通の人に加減してないメラミの一つも唱えたら燃えカスも残らないでしょうし。早まるのはやめましょう。
「だ、大丈夫だよモコ!今のはゼシカの冗談だから!
…だよね?」
「えぇ、半分はね」
再び視界に戻ってきたモコは酷く怯えた様子で自分の身体を抱き抱えていた。
私の魔法が冗談の威力を出ていることを知ってるってことは、彼の言う通りトロデーンの人なのね。思わぬところで確認が取れたわ。
「…じゃ、じゃあ、あなた…?」
「…そうだね」
一先ずの安心を得て私の怒りは取り敢えず収まった。
そうなったら、する事は一つだ。
「………?」
見つめ合う私たちに、モコが疑問の視線を送っているのが感じ取れる。
多分、彼女の中でのラインを超えているのかを判断しているんだろう。
「……あの、雰囲気から察するにイチャついていると思うのですが…。
それは…?」
「…何って、恋人繋ぎ、でしょ?
………もしかして、違うの?」
左手の指の隙間と隙間に彼の熱を感じる手の繋ぎ。
普段、抱きしめ合ったりは良くしているけど、思い返してみると手を繋いだりはあまりしていなかった。
だから、こんなに新鮮な気持ちになるのかしら。
「い、いえ、間違ってはいませんが…
それだけ、ですか?」
「………へ?」
モコの純粋な疑問を耳にして間抜けな声が出た。
そ、それだけって…。二人だけの時ならまだしも、人前でするのなんてかなり恥ずかしいんだけど…。
「………ガッカリです。てっきりあなた方はもっと組んず解れつの犬も食えないような砂糖菓子の如き絡み合いをするのかと思っていました」
「…犬が食わないのは夫婦喧嘩でしょ。そもそも、喧嘩らしい喧嘩なんてしたコトないし」
「結婚して一年と少ししか経っていないのに喧嘩してないアピールされても困ります」
両手を広げて、やれやれ、といった感じに首を振るモコ。
さっきまでは雰囲気でしか察せなかったけれど、今は手を繋いでいるからわかる。
彼、少し怒ってるかも。
「…そこまで言われたら、こっちも引き下がれないな」
嫌な予感は的中したみたいで、私の手を離して彼は立ち上がった。
少しだけ、険しい顔をして。
「ちょ、ちょっとあなた」
なだめるために私もソファから腰を離して立ち上がる。
けれど、彼の表情は険しいままで、まるで戦闘をする時みたいだ。
「わ、私が言えたコトじゃないけど、あなたのギラもシャレにならないわ…!?」
説得して、それでもダメなら何か弱体系の魔法を唱えようと必死になって考えていた。
でも、それは杞憂だったらしく…。
「………っん。
ちょ、ちょっと、急にどうし…?!」
「………は。
少し頭にきてね。彼女の言う通り見せつけてあげようと思って。…ゼシカに何も聞かずにして、ごめんね」
「…ううん。私も同じ気持ちだったから、いいわ」
彼は、何も言わずに私の唇をいきなり閉じてきた。
そう、ちゅー、だ。
「……もう一回」
「うん。わかった」
私は、目の前に他の人がいることも忘れて彼に甘える。
ここ最近、行ってらっしゃい、と、お帰りなさい、の分しかしてなかったから、溜まっていたのが溢れたんだと思う。
「あ、あぅ…」
チラリと見えるモコの真っ赤な顔。
ふふ、これでもまだ『ガッカリしました』なんて言えるかしら。
それから、少しの間だけ私たちはモコの言ってきた通りにイチャつきあった。
と言っても、抱きしめあってちゅーをしただけだから、普段と変わらないんだけどね。
「…今日は、突然お邪魔して申し訳ありませんでした」
「ホントよ。
よくよく考えたら、誰とも知らない人の前であんなことするなんて、恥ずかしくって死にそうだわ。
…念のため言っておくけど、今日のこと、誰かに話したら…」
「わ、分かっております!わ、私はまだ死にたくありませんから!!」
「そう、ならいいわ。
それじゃ、帰り道気をつけてね」
「またね。
明後日は僕も仕事だから、その時あったらよろしく」
「はい。こちらこそよろしくお願い致します。
ご丁寧にお見送りまでありがとうございます。
では」
玄関の外で一礼し、モコはキメラのつばさを放り投げ、トロデーン城の方へと光の軌跡を描きながら帰っていった。
「とんでもない子だったわね」
「だね。
よろしくって、言ったはいいけど、会ったらどんな顔すればいいんだろう…」
恥ずかしそうに頬をかいて空を見上げる彼。
確かに、目の前であれだけのことをしたのだから、恥ずかしくなるのは当然だ。
「ま、それは後々考えましょ。
トロデーン城は結構広いから、しばらく会わないって可能性も充分あるしね」
「それもそうだね。
よし、それじゃあ中に入ろうか」
「そうね」
彼に差し出された手を取って家の中に入る。
この後は、何をしようかしら。まだお昼くらいだし、出かけられなくはないけど…,
……私としては、さっきの続きを少ししたい。
「ゼシカ」
「な、なに?」
食事をする部屋の前で彼に呼び止められ、ドキリとする。
なにか、深刻な顔をして悩んでる。どうかしたのかしら…。
「……唇が乾いた時って、どうすればいいかな」
「…!
そうね、私が良い方法を知ってるわ」
彼の手を引いて、ソファのある方へと連れて行く。
彼の悩みは、今の私も持っているものと同じだったらしい。
僅かな時間だけれど、私は彼と一緒にお互いの唇を潤しあった。
……時計は、十分くらい経ってたけど。
To be next story.
超感のいい方は気がついたかと思いますが、今回のモコちゃんは前々回くらいに出たメリーです。
ミーティア姫の寂しそうな姿を見て一肌脱いだのです。
なお、名前をつける流れは、メリー→さんの羊→羊→モコモコ→モコ。という連想ゲーム。
きっちりした性格なのに考え方がメルヘンな子かわいい。
では、また次回。
さよーならー。