それでは、どうぞ。
考えてみれば、朝から妙な胸騒ぎはあった。
不思議なほどに心地よい青空。
窓を開けるといつもより香る土草の匂い。
まだまだ暑い盛りなのに、ひんやりとした涼しい風。
何から何までが清々しくて、今日は絶好の買い物日和だと、思ってしまったが最後。
「…予想、出来ないわよ…」
いつもはベルガラックかアスカンタでする買い物を、今日は珍しく遠出してサザンビーク城。
本当なら楽しい気持ちのまま帰れたはずなのに、買い物が終わったのとほぼ同時くらいに大雨に降られてしまった。
「はぁ。
買った物が濡れてないからまだいいけど…」
石のタイルに降り注ぐ大粒の雨音に私のため息はかき消されていく。
不幸中の幸い、というやつなのだろう。お店を出て少ししてから雨が降ってきたにも関わらず、すぐ近くの宿屋に駆け込むことができたんだから。
…ただ、臨時休業という看板さえなければ、もっとよかったんだけどね。
ホント、憂鬱なんてものじゃないわよ。
「全く、さっきまでの過ごしやすい暑さに比べて、今は気持ち悪いわね。湿気で蒸してるのかしら」
身体中にまとわりつくような熱に顔をしかめる。不快な暑さのせいか、束ねた髪が首筋に当たってイライラしてしまう。
なんであと五分持ってくれなかったのかしら。そうしたら、無事に家に帰れたのに。
つま先でタイルをトントンと突いて苛立ちを紛らわせ、早く止まないかなぁ、と空を見るも、その兆しはない。
「はぁ〜。よく降るわねぇ」
片手に袋を持ちつつ出来ることなんてため息と独り言くらいしか無く、気持ちはどんどん落ち込んでいくばかり。
せめて、誰か話し相手がいてくれれば良いんだけど…。
「……無理よね。彼、今お仕事だし。そもそも、ここに私がいること知らないし」
うっすらと冷たくなってきた風に身体を震わせる。
…書き置き、してくればよかったなぁ。
一向に弱まる気配のない雨。それどころか、雨の勢いは増し、さっきまでは気にならなかったはずの風まで吹いてきている。
今はまだ緩い風だから良いけど、後十分もしないうちに強風になりそう。そうなったら、雨は横殴りになって、私は大変なことになる。
「…かと言って、合羽も着ないでこの雨の中を飛んでいったら明日は風邪確実だしね。
せめて、傘でもあれば教会だったり、式典会場だったりに移動出来るんだけど」
何度目かもわからないため息。
退屈だ。
買い物袋を持ち変えたり、何を買ったか確認したり、つま先でトントンしたり…
退屈を紛らわせそうなことをしても長くは続かない。
夕飯の献立を考えるにしても、決めてから買いに来たのだからする必要もないし…。朝食の分も決めてから買いに来てるし…。
「…はぁ。こんな時も、あの人いれば楽しいんでしょうけど」
「うん?」
「なんて、ボヤいても仕方ないわよね。いないものはいないんだし」
「…ゼシカ?」
「なに、あなた?」
彼の声に頷く。
そうそう、彼がいればこんな風に返事が帰ってきて、止むのを待ってる間も会話をして楽しむことができ…。
「へ?」
誰もいなかったはずの空間。左隣に、ずぶ濡れた彼が、笑顔で立っている。
………どういうこと?
「お待たせ。はい、傘」
「あ、ありがとう。…じゃなくて!」
メダパニ並みの混乱の中、差し出された傘を受け取る。そこでようやく私の思考は戻り始めた。
「あ、あなたどうしてここに!?お仕事じゃ…。ううん、その前に、なんでここにいるって分かったの!?」
思わず問い詰めるような勢いになってしまった私に戸惑いながら、彼は説明を始めてくれる。
「仕事の方は野外訓練だったからこの大雨で中止。止む目処も立たないから今日は早上がりになって、ここにゼシカがいるのが分かったのは…勘?」
「勘…って、そんなあやふやなので、この雨の中?」
「うん、まぁね。ただ、雨がひどいのはサザンビーク領だけで、他のところはそうでもなかったね」
「…そう、なの」
今すぐ抱きつきたい衝動に身体が動かされそうになる。
一発でここだと分かったのなら、そんなに濡れるはずがない。
彼は、多分、私がいつも行っている買い物先を見て回ってからここに来たんだ。
それを言ったら私が心配すると思って慣れてないウソまで付いて。
「さてと。
傘を持ってきたのは良いけど、この雨の中を家までルーラするのはちょっと辛いね。
どうしようか」
「…そうね、取り敢えず、落ち着いて座れそうなところに行きましょう。
あそこに入りましょうか。少し、遠いけど」
指差した先は教会。
最近、お祈りをあまりしていなかったし、そういう意味でも丁度良さそうだ。
きっとタオルも貸してくれるでしょうし。
「そうだね。じゃあそれ、これと交換」
「…これ?」
右手に持っていた買い物袋と彼の持つ傘をトレードしようと言い出した。
…私、得しかしてないんだけど…。
「……あ!
………やっぱり、このままで行こう」
珍しく大きな声を出して何かに気がついた彼は、手にしたままの傘を開く準備をしている。
どうしたのかしら。
「…来たのは良いんだけど、傘、一本しか持ってきてなかった」
「……あなたって、ちょっとしたところでドジよね」
恥ずかしそうに笑う彼のお腹を、にやりと笑ってつついてみる。
なるほどね。つまり、こういうことよね。
「…ごめんね、濡れてるのに」
「良いわよ全然。それでも嬉しいし」
ぴったりと彼にくっついて、さされた傘の中に入る。
相合傘。もしかして、初めてだったかしら。
「ぜ、ゼシカ。ちょっとくっつきすぎだよ」
「あら、イヤかしら?」
「……ううん」
「よろしい。さ、それじゃあ行きましょうか」
今までは他人事だった雨音の中に進む。
大きな足音のように鳴る頭上の雨。
大雨のただ中に足を踏み込んでも、それでもやっぱり他人事。
今一番気になるのは、右の身体から伝わってくる彼の音。この雨音よりも大きく聞こえる心臓の音。
それは多分、気のせい。いつもよりも彼に会えて嬉しかった今日だからそう感じてしまってるだけ。
でも、それでも彼を近くに感じられる。それだけで充分に幸せなコト。
「…たまには、雨の中を歩くのもいいかもね」
「…そうね。結構好きかも、私」
私たちの会話を彩るのは雨粒が奏でる音楽。
耳に心地いい、タイルに当たって弾ける音。
その日の雨はもうしばらく続いて、私と彼は教会でお世話になった。
驚くほど満ち足りた時間。さっきまでの退屈がウソみたいだった。
雨が止んだことも気がつかないくらいに。
To be next story.
書いてて出た疑問。
ゼシカって、上の下着着てるんでしょうか。普段着の方は多分着てると思うんですけど、通常時の時は非常に微妙…。言及してた記憶もない。
で、もしつけてなかった場合、作中の大雨で服が濡れたら大変なことになってたのでは。
というか、主人公君がずぶ濡れだったので身体をくっつければ必然的に雨水が吸われていってしまうのでは。そうなったら…。
……そんなことを考えながら、書いた後に読み直しました。
(考えが)不潔!
それではまた次回。
さよーならー