では、どうぞ。
瞼が、重い。
身体が、だるい。
動いてないのに頭がクラクラする。
まるでベッドにめり込んでいるかのような違和感。かけられた毛布は軽いはずなのにひどく重く感じられる。そう、それこそ柔らかい鉄の板のよう。
「大丈夫、ゼシカ?暑くない?」
「え、えぇ。全然、平気よ、こんなの。
でも、もう一枚かけて貰ってもいいかしら。ちょっと寒いから…」
「それは…難しいかな。もうだいぶかけてるし…」
「あら…そう。
あなたが言うなら、そうなのね…」
詳しく聞く気もなくなるくらいの脱力感。
心配した彼の顔がボヤけた目の前でダブって見える。
額の上に風が通り、涼しくなったかと思うと、背筋が痺れるような冷たさが訪れた。
…あぁ、濡れタオルを交換したのね。
「ふふ、ありがと。気持ちいいわ」
「…ねぇ、本当に大丈夫?」
椅子に座る彼は心底不安気に聞いてくる。
今日で、三度目、だったかしら。
「だいじょーぶだって。大魔法使いゼシカ様が、夏風邪なんかに遅れはとらないわよ」
「……そこまで言うなら、信用するけど…。何か飲みたいものとかある?」
「そうね…でも、やっぱり水かしら。薬草とか、どくけしそうとかで作った栄養水じゃなくてね…普通のお水…」
あんまりろれつが回ってない気がする。
以前、酔ってなに言ってるかわからなくなったこともあるけど…それよりも酷い感じだわ。
「わかった。それならすぐ…って、ごめん、さっき飲んだので終わりだったみたいだ。ちょっと汲んでくる。
…ついでに、タオル用の水も用意してくるから、少し遅くなるかも」
桶の中を覗き、氷が減っていることを確認した彼は、朝持ってきた時のようにお盆の上に水差しと桶を乗せる。
「そ、そう、わかったわ。零さないでね?」
「うん。
一人にするけど…平気?」
「えぇ、平気よ。ほら、早く行って行って」
硬い筋肉を動かして微笑んでみる。
上手くできてるか心配だけど……。
「…わかった。すぐ戻ってくるけど、眠かったら寝てね」
「はーい」
ちゃんと笑えてたみたいで、彼も微笑み返してくれた。
変な間があった気がするけど…多分、気のせい。
カタリ、と、椅子から立ち上がる音がする。お盆を持ち上げるカタカタという音も。
あれよね、風邪の時って音に敏感になるわよね。だから、かしら。
「(すぐ、戻るから)」
そんな音よりもはっきりと、彼の呟きが聞こえたのは。
「(うん、待ってるわ)」
彼の真似をして、小さく言葉を吐く。
当然彼には聞こえてない。
早足で部屋から出て行った彼の背中を私はボーッと見つめる。
開けられたドアから入ってくる新鮮な空気。今日は比較的涼しいからか、その風が熱のある顔に当たって気持ちいい。
でも、そのドアはすぐに閉められる。
まぁ、当然よね。換気は別にしても、これ以上余計な菌を連れてきたらいけないもの。
「ホント、イヤんなるわ。せっかくの彼の休日なのに」
寝返りを打った気になってボソボソと嘆く。
今日は、映画館一緒に買い物に行く予定だったのに…。彼には悪いことしちゃったな…。
「…それもこれも気温の変化のせいよね。暑い、寒い、雨、また暑い…そんな風になったら、誰だって体壊すわよ」
ここ数日を思い出し、いもしない[気温]という魔物に悪態をつく。
少し前みたいに、マヒャドで冷やすくらいしないと死ぬ暑さの時もあれば、メラやギラで暖炉をつけようか迷うくらい寒い日だってあった。どころか、雨が降ってて暑いなんて時もあったし、勘弁してほしい。
「あなたも気をつけて…って、今いないんだった」
重い首を動かして椅子の方に顔を向けるも、そこにはあの人はいない。
…まだ、戻ってきてないか。
「…寂しいわね…」
鼻詰まりによる苦しさとは別のものが、私の胸を握り掴んでくる。キュウ、と音がしそうな締め付け感。
心細い…。
「やっぱり、いて貰えば良かったかしら…。
眠れればいいんでしょうけど、ずっと寝てたから、もう眠くないし…」
時計が指すのは十三時。
起きた時は確か九時で、寝たり起きたりを何回かしたから、でも、計二時間くらいは寝たはず。
…眠くないわけよね。
「体を起こしてみようにも、風邪なんて久々だから、言うこと聞いてくれないし…」
そう、そうなの。
どうして旅の間はオークニスに行っても風邪を引かなかったのに、健康的な日々のはずの今の方が風邪を引いてるんだろう。
………わからないわ。
「まぁ、咳が出て無いだけマシなんでしょうけど」
幸いなことに、風邪の代名詞である咳もくしゃみも殆どしていない。
代わりに、重だるい、クラつく、ボーッとする、が特に出ているけど、じっとしていればいい分、まだ辛うじて楽だ。
ホント、ギリギリのラインの楽さだけど。
それでも、辛いことには…代わりに、無いけど…ね。
「…あ、起きた。
おはよう、ゼシカ。気分はどう?」
部屋の扉と枕を半々ずつ見ていた私が次に見たのは、彼の優しい顔だった。
「…私、眠っちゃったのね。全然眠くなかったのに…」
「…!起きて平気なの?」
「え?」
彼の声でようやく気づく。
無意識のうちに、私は身体を起こしていたみたいだ。
あれほど重だるくて寝返り一つ打てなかったのに、気にならないほどすんなりと。
「……みたいね。うん、まだ少しだるいけど、もう平気そう。クラついたり、ボーッとしたりはしないし」
そう言うと、彼は大きく息を吸い、僅かに止めた後一気に吐き出して、膝に膝をついた。
「よかったぁ………!
治らなかったらどうしようかと思ったよ……」
「バカね。そんな大げさよ、風邪くらいで」
冗談ぽく笑って答える。
でも、彼は真剣な目をして私を見た。ドキリと、心臓が縮みそうな視線で。
「風邪をバカにしたらダメだよ。今はもう、回復呪文の発達のおかげで治り易いかも知れないけど、ちょっと前までは普通に亡くなった人だっていたんだ。だから、全然大げさなんかじゃない」
彼の瞳の奥にあるのは、悲しい色。
もしかしたら、お城で見てきたのかも知れない。そうやって亡くなっていく人を…。
「って!治ったかも知れないけど人にする話じゃないよね!ごめん!
別に落ち込んでほしいとかそう言うわけで言ったんじゃ…」
「うん、わかってるわ。
それだけ心配してくれたって、ことでしょう?」
慌てて弁明する彼に、私は微笑んで頷く。
そうだ。彼が珍しく怒ったような顔をしたのは、それだけ私を心配してくれていたというコト。
だから謝るべきは私の方。
でも、多分、今は謝るべき時じゃないっていうのもわかる。
こういう時は…そう。
「ありがとう、あなた。嬉しい」
お礼を言うんだと思う。
「…うん、僕も、ゼシカが楽になってくれて嬉しいよ。
症状は軽くなったって言ってたけど、寒かったりはどう?」
「そうね、寒さはまだあるわ。
今日はもう、ずっと寝てた方がいいかしらね」
「だね。ゼシカは安静にしてて。家事は心配いらないから。
それと、具合が悪くなったらすぐ言ってね」
「うん。わかった。ありがと」
そう言って、私はもう一度ベッドの上に横になった
それから間も無くしてまた私は眠りにつく。
次に起きた時には、殆ど身体の調子は戻っていて、寒気だけが残ってた。
二枚かけるのじゃ暑いけど、一枚じゃ寒い。…人肌で丁度よく温まる、そんな寒気。
それを知ってるのか、私を包むのは、人肌の優しいぬくもり。
彼に、感染らなきゃいいけど…。
To be next story.
ナースコスゼシカとか出ないかなぁ…。シスターコスでもいい…。
ではまた次回。
さよーならー