続きです。
では、どうぞ。
街に着いた頃、陽は完全に落ちていて、一番星が空に輝いていた。
街灯の照らす石畳のに落ちる四つの影。二つは大きくて、二つは小さい。
小さい影は、黒一色でも分かるくらいに明るく元気だ。
「これでお母さんが良くなるよね!」
「…うん。絶対なる」
少しの不安と沢山の期待を持って歩くユリィとミーティの後に続く私たち。
彼女たちの微笑ましい会話を見て、彼もすっかり緩んだ顔をしている。
「いいわね、子供って」
「そうだね。僕たちに出来たら、どんな子になるかな」
当然の質問に、けど、少しだけ恥ずかしくなる。
彼との子。
そんなの、強くてカッコよくて頼りになって優しい、完璧な子になるに決まってるわ。
「うーん…あなたに似て、頼りなさげなのに頼りになる子になるんじゃないかしら」
でも、そんなこと恥ずかしくて言えない。
だから、ちょっとイジワルに返してみた。
「あはは。
僕は、ゼシカみたいに心の優しい子になると思うんだ」
「…あなたねぇ…」
よくもまぁ恥ずかしいことを真顔で言えるわね、この人は…。
「ゼシカおねぇちゃーん!旦那様ー!ここだよー!」
「ユリィ、うるさい」
石段を登りながらなんて返そうか考えていると、前を歩く二人がこちらを振り返って家を指差している。
「はーい、今行くわー」
彼と手を握り二人の元へとと急ぐ。
すると、突然開かれるドア。現れるのは、鬼気迫るといった表情をした一人の女性。
ユリィのように二房に分けた髪を持ち、ミーティのような綺麗な銀髪の女性は、真っ赤に腫れた目で、キョトンと首を傾げている少女たちを見る。
「あんたたち…どこ、行ってたの」
「ミーティと一緒に」
「お花、取ってきた」
「「お母さんに」」
小さく、呟くような声で口にする女性に、ユリィとミーティは胸を張って手にした花を差し出して答えた。
花にも負けないくらい、華やかな笑顔で。
「…ありがとうね、二人とも。
でも!!」
女性は俯いたまま花を受け取る。
そのあと、ユリィとミーティに一回ずつ、ゲンコツをした…!?
「ちょ、ちょっとどうして…」
「ゼシカ!」
お母さんと呼ばれた女性に抗議をしようとすると、隣にいる彼に止められてしまう。
「ダメだよ。僕らはあくまでも二人を見送るだけ。家族の問題に口を出しに来たわけじゃない」
「それは…そう、だけど…」
どうして、と問う前に、彼の真剣な表情に気圧されてしまう。
確かに彼の言う通り、家族のことは家族で解決するのが一番いい。でも、だとしても、二人が必死になって探してきたのに、ゲンコツで返すなんてあんまりよ。ちゃんと説明くらい聞くべきじゃない。
けれど、私のその考えはすぐに間違いだと気がついた。
「バカ!どうして滝つぼの方になんて行ったの!!魔物は確かにもういないけど、でも!猛獣がいなくなったわけじゃないでしょ!?
なのに、どうしてそんな危ないことするの!!
襲われでもしたら、死んじゃうのよ!?」
眼、いっぱいに涙を溜めて、二人を叱る母親。ミーティとユリィは、自分のした恐ろしさに気がつき、次第に瞳を潤ませていく。
「え、う、で、でも、お母さん、お花見たいって…!」
「うん…いっ、言ってた」
涙を堪えて二人は抵抗をする。
その二人を、母親は目線に合うようにしゃがんで頭に手を乗せた。
「確かに言ったわ。けど、貴女達二人よりも見たいなんて言った?
お母さんはね、貴女達を見ていたいの。危ない目に合わないように、ちゃんと見ていたいの。
だから、もう何も言わないでお母さんの前からいなくならないで。ユリィもミーティも、嫌でしょ?お母さんがいきなりいなくなったら」
そう言って、二人を抱き寄せた。
「う、うぁぁ…うぁぁん!ごめんなさい!ごめんなさい!もう、勝手に行かないから…!
だからどこにも行かないで!」
「ごめん…なさい…お母さん…!」
「うん、うん。分かればいいの。
どこにも行かないから。大丈夫」
それから二人が泣き止むまで、母親は二人のことを抱きしめ、頭を撫で続けた。
「すいません、うちの子がご迷惑をおかけしたみたいで。
私はヨウイと言うのですが…その、お怪我とかは大丈夫でしょうか?」
あの後、二人の後ろにいた私たちに気がついた母親…ヨウイさんは、お礼がしたい、と言って家に招き入れてくれた。
案内された椅子に腰掛け、お茶とお茶受けをを持ってきてくれた彼女は、申し訳なさそうに私たちの具合を案じてくれた。
「はい。私も彼も、以前は旅をしていたので身体は丈夫なんです。あまりお気になさらないでください」
そう答えると、心底ホッとしたように胸に手を当て、目を瞑るヨウイさん。
「そうですか…それは良かった…。
もし宜しければ、うちで夕飯を召し上がっていきませんか?人に振る舞えるほどの腕とは思っていませんが…あの子達のお友達には喜んでもらえているので、多分、大丈夫かと…」
「いえ、お気になさらないで下さい。僕たちは、僕たちにできることをしただけですから、お気持ちだけで充分です」
彼の言葉に頷き、昼寝のスペースとして使用していると教えてくれた場所で眠るユリィとミーティを見る。
そう、私たちはお礼とかが欲しくて二人を助けたわけじゃない。二人が無事なら、例え、誘拐犯だ、と追い返されたとしても構いはしない。
…少しは頭にくるでしょうけど、大事なのはあそこで幸せそうに横になる二人が助かることだし。
それに、同じく台所を預かる身として予定外の出費は妙なところで堪えるとよく知っている。助けたお礼に大変な思いをさせてしまうんじゃ、意味がない。
「ですが、それだと私の気が済みません。
なにかお礼をさせて下さい」
もちろん、そんなことを言えるはずはない。
だって、感謝の気持ちを無下にするなんて、天地がひっくり返ったってしたらいけないもの。
「…どうする、あなた?」
「うーん…」
困る彼に聞きながら、自分でも考える。
お礼と言えば、なんだろう。
何かを貰ったり、秘密の情報を教えてもらったり、仲良くしてもらったり、かしら…。
あ、なら、こういうのはどうかしら。
「だったらヨウイさん。もし、私たちに子供が出来たら、是非二人と仲良くしてもらえませんか?
私も彼も、世界中に友人はいるんですけど、子供のいる人というのが殆どいなくて…」
私の提案に、けれどヨウイさんは難しい顔をする。
「…それは、どうでしょう。
誰と友達になるかはユリィとミーティの気持ち次第ですし、お約束は出来ません」
「あ…
そ、そうですよね。ごめんなさい。今のは忘れて下さい」
その言葉に、ヨウイさんは横に首を振る。そうして、私たちに向き直る。
「でも、一度うちに遊びに来て下さい。
あなた達のように心の優しい人たちのお子さんですもん、きっととてもいい子の筈です。
もしかしたらこちらから、友達になって、と頼むかもしれませんけど」
そう、笑顔で言ってもらえた。
「…はい!その時は、よろしくお願いします」
彼に続いて私もお願いをした。
「本当に帰ってしまうんですか?もう夜も遅いですし、泊まっていったらいいのに」
街灯くらいしか明かりのないトラペッタの街。
玄関の前で、ヨウイさんに私と彼は引きとめられていた。
「いえ、僕たちは呪文のおかげですぐに家に帰れますし。それに、旦那さんに余計な心配をさせたくありませんから、この辺でお暇させてもらいます」
「お茶やお菓子、とても美味しかったです。ごちそうさまでした」
軽く頭を下げてお礼を言うと、ヨウイさんも諦めたように頷く。
「…分かりました。
都合の良い日があればいつでも遊びに来て下さい。あの子達も、喜びますから」
開けられたままのドアから家の中を覗き、ぐっすり眠ったままの二人を見遣る。
ふふ、あの子達にしてみたら大冒険だもんね。夢の中じゃ、あのバトルレックスと一緒に何かと戦ってたりしてね。
「はい。その時は是非。
…ああ、それと一つお伝え忘れしたことがありました」
彼の言葉に首をかしげるヨウイさん。
心当たりのない私も同じようにして彼をみている。
「ミーティちゃん、もしかしたら魔物と心を通わせる才能があるかもしれません。
お話ししたように、ミーティちゃんはバトルレックスに助けられたんですが…、いくら心の優しい魔物しかいない世界になったとは言え、普通はそんなことありませんし、僕自身、魔物と心で会話を出来るんですが、その時にバトルレックスが言っていたんです」
「…なんと、言っていたんですか?」
「『この子は、どうしても助けなければならないと思った』と。
人間が魔物に対して良い感情をあまり持っていないのと同じように、彼らも僕たちを信用していません。だから、そう言っていたのが引っかかるんです。
…もし、ミーティちゃんに才能があった場合、決して驚かないでください。僕が相談に乗りますし、彼女やヨウイさん達が納得するのであれば、魔物と心を通わせるプロの方を紹介しますから」
いつになく真剣に語る彼。
その姿を見たヨウイさんは、魔物と心を通わせる、という前提をバカにせず、深く頷いた。
「もちろんです。私は、ユリィもそうですけど、ミーティが望むのならそのように生きてもらうつもりです。
…悪い方向にいかなければ、ですけどね」
「それなら良かった」
微笑むヨウイさんに、彼は同じく微笑みを返す。
「…寒くなってきたわね。あなた、そろそろ行きましょう」
どこからともなく吹く冷たい夜風に身を震わせ、彼の袖を引っ張る。そうだね、と答えた彼と、ヨウイさんにお別れの挨拶をして、ルーラを唱えてもらう。
飛び立ち、家が見えなくなる瞬間まで、ヨウイさんは私たちに手を振っていた。
すっかり冷え切った部屋に明かりが灯る。
不思議なほどに静まり返った室内。聞こえるのは、彼の持つお弁当の空箱をテーブルの上に置く音と、私が置いた空の水筒の音。
「ねぇ、あなた」
驚くほど通る声。
でも、不気味さはない。それどころか、むしろどんどん心が落ち着いていくような感覚がある。
「うん?」
同様に、部屋に響き渡っているのかと勘違いするくらいはっきりと聞こえる彼の声。
それが、凄く嬉しい。
「そろそろ、私たちも良いのかもね」
「…うん。
ゼシカも、そう思ってたんだ」
こくりと頷いて、彼は私の目をまっすぐに見つめる。
その目に映るのは、私の顔。
そして、未来の家族の姿。
「…ねぇ、今日はもう疲れてるからアレだけど…。
そのうち、しましょうね。あなた」
「うん。その時は、よろしくね。ゼシカ」
そう言って、とっても短いちゅーをした。
今までで一番触れ合ってた時間の短い、刹那のようなちゅー。
でも、今までで一番深くて広い想いを交わしあった。
それから私たちは分担して一日を終える準備を始めた。
彼は夕飯を作り、私はお風呂を洗って洗濯物をする。
それは、もう間も無く、一日が終わる時間。
To be next story.
さて、今回までを含む全三話。
これらは、彼ら二人にとても大きな意味を残した出来事でした。
それが一体どんな変化をもたらすのか、次回をお楽しみにして下さい。
さよーならー