あとがきは読み飛ばしてしまって大丈夫です。
では、どーぞー
チク。チク。チク。
秒針の進む音ばかりが際立つ空間。
時間はまだお昼前だと言うのに、部屋の中がまるで暗い色をしているのかと錯覚してしまうほど張り詰めてる。
こんな不思議な空間を作り出しているのは、魔物でもなんでもなくて、たった一人の女の子。
「…ねぇ、ルイーサ?どうかしたの?」
テーブルの椅子に着いている私は、実際の距離よりも遠く感じる、客間のソファに横になって窓の外を見つめているルイーサに問いかける。
「別に…」
返ってくる返事は嫌悪感というか、悪意というか、とにかく、プラスの方向とは逆向きの感情。
朝は普通だったのに、彼とウェーナーがいなくなってからというもの急に態度がおかしくなった、
「あ、そっか。
ウェーナーがいないから寂しいのね!なら、お母さんと遊ぶ?ほら、この前のおままごととか!」
二人は今日、トロデーン城へと朝早くから行ってしまってる。
というのも、ウェーナーは彼の仕事に興味を持ち『それなら』と彼が仕事を見せてあげると言ったのだ。
つまり今日は見学会。
出来れば私も行きたかったけど、ルイーサが行きたくないと駄々をこねたので一人にするわけにもいかず、二人でお留守番をすることになった。
だから、なおのことルイーサの機嫌が直って欲しいのだけど…
「女の人二人じゃ出来ないと思うんだけど」
「うっ…そ、それもそうね」
明るく振る舞って話しかけても、やっぱり突っぱねるみたいな感じで返されてしまう。
なにが原因でこうなっているのかが全く分からない。
普段から気分屋なところはあったけど、今日はいつにも増してひどい。
流石に、私もイラッとしてきてる。
でも、だからといって叱ったりしちゃダメ。子育ては根気だって、お母さんが言ってたもの。…あと、昔似たようなことをした気がするし… 。
「…まぁいいわ。
そろそろお昼だけど、何か食べたい物ある?」
チラリと確認した時計の示す時刻は十三時の少し前。
このままルイーサの事で頭を悩ませても仕方がないし、気分転換も兼ねてお昼にしましょう。
「…ちょっとがっつりしたのが食べたい」
相変わらず窓を見つめたまま話すルイーサ。
…ダメよ。まだ手を出すには早いわ。無視されてないだけマシだと思わないと。
「いいわよ。
ご飯作ってきちゃうから、それまでに機嫌、直しておきなさいよ」
「…はい」
とりあえず言いたいことだけ言って、私はお昼ご飯の調理に取り掛かった。
昼食は静かに進んでいった。
ただそれは、不機嫌から来るような沈黙では無くて、なんて話しかければいいのか分からなくて出来た静寂だった。
時折なにか話したそうに私の方を見たりもしていたけど、私からは手を指し延ばすようなことはしなかった。
だってそれは、優しさじゃなくて甘さだから。
少しして昼食は終わる。
結局、食事中の会話はなかったけれど、食器を重ねていると、重々しい口をルイーサがようやく開いた。
「お母さんは、まだお父さんのこと、好き?」
「…えぇ。好きよ。大好き」
予想していなかった質問に戸惑いながらも、本心を答える。
「…嫌いになることは?」
「無いわね。絶対」
「…そっか…」
「どうしたのよ、急にそんなこと聞いてきて」
運びやすいように一通り食器を重ね終え、ルイーサの顔を横目で覗く。
映るのは、俯く頭だけ。
「…なら、お母さんはそのうち倒さなきゃいけないんだ…」
「…へ?」
その発言の意味がわからず、一瞬、なにも考えられなくなる。
私を倒す、というのはまさか戦闘でという意味じゃ無いはず。
なら、つまりどういうこと…?
「お母さん。私ね、お父さんのこと好きなんだ」
「え?え、ええ。確かにお父さんっ子だもんね」
誰から見ても分かる事を言われて呆気にとられる。
…ううん、これ、多分そういう事じゃ無いわよね。
「…それって、もしかして」
「うん。
お母さんがお父さんにしてるみたいな好き」
「……本気?」
予想外…どころか、夢にも思わなかった事実に開いた口が塞がらない。
た、確かに普段から彼に抱きついたり、頬にキスをしたり、なんてスキンシップをしていたけど、でもまさかそこまで好意を寄せていたの!?
で、でも、家族での…しかも、父親と娘での恋愛なんて!!
「だ、ダメよダメ!そんなこと絶対にダメ!な、なにいってるのよルイーサ!悪い冗談はよしなさい!」
朝から我慢してたせいか、胸の内の感情が一気に溢れ出す。
今までしたこともない怒鳴りは、だけどルイーサに更に火をつけてしまったらしく、椅子から勢いよく立ち上がった。
「冗談じゃ無いもん!本気だもん!
お父さんは優しいし、かっこいいし、強いし、頼りになるし!好きなの!
だからその指輪、私にちょうだい!」
「なっ…!!」
あまりに堂々とした態度に一瞬押されてしまう。
って、なに負けてるのよ私!ここで引いたらダメでしょ!?
「あのね!?いいかしらルイーサ!
お父さんの彼と、娘の貴女は、結婚とか出来ないの!そういう決まりなのよ!」
「なんで!?誰が決めたの、そんなルール!!」
「し、知らないわよ!お母さんが生まれた頃からあったことだし!
とにかく!お母さんは認めないからね!!!!」
「やだ!!
それを決めるのはお母さんじゃなくて、お父さんだもん!絶対にお母さんのことより好きになってもらうんだから!!!!」
一気に酸素濃度が薄くなったと感じられる部屋の中で、私たちは肩で息をする。
お互いの額に馴染む汗。睨み合いとも見つめ合いともつかない視線の交わりは、それぞれの心の中に生まれた冷静さを感じとる。
「…少し、落ち着きましょうか。
お母さんは食器を洗っちゃうから、ルイーサはお風呂を洗ってきてもらえる?」
「…う、うん。分かった。
綺麗にしてくる」
「「あ、あははは」」
乾いた笑い声が響く中、それぞれの持ち場に別れた。
「それで、冷静になれた?
お母さんは平気よ」
「私も平気。
…おかげで、すごいお風呂が綺麗になった」
向かい合うようにしてテーブルの椅子に座り、お互いを見合う。
ルイーサの言った通り、もう興奮していないみたい。
当然、自分で言った通り私も落ち着いてる。
「…やっぱり、ダメなの?」
今にも泣きそうな声で口にするルイーサ。
どこまでも切実で、ルイーサの瞳を見るだけで、私の心は細く握られたような気分になる。
…そうよね。この子にとっては今一番大切で重要な問題なんだもの、不安になるに決まってる。
だったら、私は私の出来る精一杯を持って答えないと。
「…えぇ。ダメ。
でも…どうしてダメなのかは…ごめんなさい。説明出来ないの。
けれど、成長するにつれてきっとわかるようになるわ。理由は分からなくても、ダメなものがあるって。
それに、貴女が知ってるのは、まだ、この狭い世界だけ。私や彼のように世界中を旅した結果の恋と、貴女の持つその胸の高鳴りはきっと別のもの。
だからルイーサ?今はまだ彼のことを好きだと思っててもいい。だけど、それと同じくらい好きになれる人がこの広い世界のどこかにいる、って思っていて。
…これがお母さんの考え。
貴女は、どう考えたの?絶対に怒らないから、お母さんに教えて」
食器を洗い、ルイーサがお風呂を洗い終わって戻ってくるまでの間、私なりに必死に考えて出した答えを告げる。
…そう。確かに私は、私たちは、血の繋がった者同士での恋愛を禁忌としてる。
でも、それが何故なのかを教えてくれた人は誰もいなかった。
そのせいで、私は自分の娘にこんな曖昧な答えをするしかなかった。それが本当に悔しい。
「…私は」
ポツリと、呟くルイーサ。
決して聞き逃さないよう、耳を傾ける。
「私ね、お父さんのことが大好き。毎日、一緒にいたいし、独り占めしたいって思ってる。
でも…お母さんの話を聞いて、もしかしたら他の人の事を、って思っちゃった。
ってことは、多分私はお父さんのことがホントの本気で好きなわけじゃないんだなって、考えた。
だけど…だけど、それが本当なのかは分かんないの」
小さな手を握り締めて言葉を繋げるルイーサの手を優しく包む。
そりゃあそうよね…。自分では何も間違ってないと思ってたことが、理由もなく全部否定されてしまうんだもの。訳がわからなくて困るに決まってる。
私だって、少しでも別の道に進んでたら、ルイーサと同じように家族を…サーベルト兄さんを恋愛対象として好きになってたかもしれない。
そこに大きな違いなんてない。
なら、私がこの子の想いを受け止めてあげなきゃいけない。母親だからっていうのももちろんあるけど、一人の女性として、別の道へ進んだ仲間として、隣にいてあげたい。
いなきゃならない。
「いいのよルイーサ。
全部ぶちまけちゃいなさい。私は貴女のお母さんなんだから、頼っていいのよ」
私の言葉に、ルイーサは確かに頷く。
「お母さん。
私ね、いつか旅に出ようと思ってたの。今までは、お父さんに見合ったレディになって、お母さんから奪い取ってやるつもりだったんだ。
だけど、今日のお母さんの話を聞いて考えが変わった。
私は、世界中を回って、お父さんよりも好きになれる人を見つける!
それでもしも見つけられなかったら、その時に初めてこの気持ちが本物なんだって思えるもん!」
「それが答えなのね?」
不安を握っていた拳が解け、代わりに、希望に溢れた想いがその手に込められたのがわかる。
言ってることは想像してたよりもデンジャラスだったけど、だけど、今重要なのはそこじゃなくて、ルイーサの悩みが吹っ切れたこと。
今日になって初めてこの子の顔に笑顔が灯ったこと。
それを思えば、奪い取ってやるつもりだった、とかそんな発言はちっちゃなことよね。
「うん!
だから、お母さんは今のうちはお父さんのこと独り占めにしちゃっててもいいよ!」
普段のように…ううん、普段よりももっと元気になったルイーサは、さらに満面の笑みでそんな事を言ってきた。
「こーら!調子に乗らないの。
例え貴女が世界中の誰よりもお父さんのことを好きだったとしても、それより私の方がもっとずっと愛してるんだから。絶対に渡さないわよ」
本気とも取れるその上段に、私も笑顔で返す。
前々からルイーサが私のことを敵視してるっぽかった理由がわかった今、それまで生意気だと感じていたことが、途端に可愛らしく思えてしまう。
「ふーんだ。その頃になったら絶対お母さんみたいにナイスバディになってるし。なんなら、お母さんより若いから、きっとお父さんも私の方にきてくれるもーん」
ルイーサは皮の鎧並みに平らな胸を張ってセクシーポーズをとってみせる。
あまりにチグハグな姿に思わず笑ってしまう。
「ざーんねん。お父さんは見た目だけじゃなくて中身も好きだって言ってくれたんだから。年齢とかスタイルとかで勝ったとしても、中身までは…ねぇ?」
「むー!!
わかった!じゃあ、お父さんが帰ってきたら、どっちの方が好きか決めてもらお!」
すると、口を尖らせてムキになり始めたルイーサは驚くことを言い出す。
今までの話の流れで、流石にそれはマズイと思い止めようとするも…
「ただいまー」
「ただいまー!」
「!!!
おかえりーお父さーん!!
ねぇねぇ!聞きたいことがあるんだけどーー!」
タイミング悪く二人が帰ってきてしまった。
すかさず駆け出すルイーサ。
…彼にはこの事を後で話すにしても、まずはこの難局を乗り越えないといけないみたいね…。
兎にも角にも、すぐにルイーサの後を追って玄関へと向かう。
けれど、着いた頃にはとっくにルイーサの[聞きたい事]は終わっていて、額に手を当てて段差に座り込む彼の姿があった。
…あれ?即答で私って言うわけじゃないの…?
To be next story.
娘とムキになって[どっちの方が好かれてるか]って言い合うのを見るのって、微笑ましくて可愛らしいですよね。
…えぇ、そんな話が本当は書きたかったのです。
結果としてそれっぽいのは書けたんですけど、[お父さん大好きっ娘]という安易なキャラ付けからやってくる重い罠。
違うんですよ。あんな重めの話し合いをさせるつもりはなかったんです。でも、掘り下げてくとああなっちゃったんです…。
ちなみに、(超浅い調べですが)いわゆる近親相姦というものは日本では法律上の問題はなく、発生するのは道徳的問題だけなのだとか。
また、何故ダメなのか、という明確な理由もはっきりしていないそうです。
一般的に言われているダメな理由は、障がいを持つ子供が産まれやすくなるから、だと思われますが、明らかになっている事例自体が少なく、氷山の一角だったとしてもその下の氷の体積がわからないので「実はそんな事ないんじゃ…?」と考えている人も少なからずいるらしいです。(なお個人的見解ですが、障がいを持つ子供が産まれやすいからダメ、だというのなら、高齢妊娠等はどうなるのだろうか、と考えてみたり)
また、純血を守るため、という名目で家族間で子孫を作っていたという歴史も各地であるみたいなのです。
これらのことから推察というか憶測というか妄想をしてみると、近年の少子化問題から[一世代間でのみの近親相姦なら許される]的なことにならないこともないのかなと思いました。
…まぁ、良いとも悪いとも言えないですよね。本当に愛し合っているのなら、家族間であれ許されて然るべきだと思いますけど、立場の強い方が無理強いしている可能性がないとも言い切れない…(これはまぁ、家族間に限った話ではないと思いますが)。
うん。考えても仕方ないことな一つっぽい!道徳的なことはなるようにしかならないね!
とまぁ色々書きましたが、先述した通り、驚くほど浅い調べ、かつ、専門的知識があるわけでもありませんので、鵜呑みにしないようお願いします(念のため)。
また、[それはそれ、それはこれ]の精神でルイーサとゼシカと主人公君とウェーナーたちの絡みを見ていって貰えればと思います。
あ、ちなみにウェーナーはゼシカに恋心を抱いたりはしてないですよ!
ではまた次回。
さよーならー