最近暑いですねぇ…
本当に暑い。気持ちの悪いくらい暑い。
では、どうぞ。
寝室の、ベッドの横に椅子を置いて座る。
普段は本なんかを置いてる小さな机には、今は冷たい水の入った桶と水差しとコップ。
「…ねぇ、大丈夫?」
「うん…。少し、顔が熱いけど、そのくらいかな」
「タオル、交換するわね」
彼の額に置いていてぬるくなった濡れタオルを桶の水に浸してもう一度冷たくする。
桶の水には氷が入ってるから手が凄く冷たいけど、そんなことに気を止めてる余裕はない。
「…ありがとう。気持ちいいよ」
「そう…。なら良かったわ」
努めて笑顔を作って彼を安心させようとする。
…あんまり、自信はないけどね。
普段、くしゃみの一つもしない彼が昨日の夜から急に体調を崩した。
理由は分からない。特に風邪を引きやすい格好で寝てた訳でもないし、最近の気候は安定して温暖だから季節のせいって訳でもなさそう。
考えても分からなかったから辛いと思うけど、昨晩、彼に心当たりを聞いてみた。
返ってきたのは、流行病かもしれない、ってこと。
トラペッタの辺りで最近流行り出した新種の風邪[ベスフルエンザ]。
スラフルエンザっていう普通のよりも厄介な風邪の上位種のようなもので、患うと大体一週間寝たきりになっちゃうらしい。
最近の回復魔法の発達は目覚ましくて、治療用の呪文は既に開発済みらしいんだけど、問題が一つある。
それは、間違ってスラフルエンザにその呪文を使と、余計に悪化してしまうということ。
だから、スラフルとベスフルの見分けがつく[発症から二十四時間後]までは、感染率の高さからも自宅療養が求められるの。
「…二人はヤンガスのところに預けたんだっけ」
「そうよ。お願いしたら二つ返事で返ってきたわ」
ボソリと呟く彼に頷く。
すると彼は、急に頬を緩めて。
「なら、二人きりだね。ゼシカ」
なんて、バカなことを言い出した。
「…あのねぇ。そんなこと言ってないで、早く治してよね?いつまでもあの子達を預けておくわけにはいかないんだから」
「あはは。そうだね」
彼のこういう楽観的なとこを見ると、本当は辛くないんじゃ?なんて思っちゃうけど、これも彼なりの優しさなんだなって事が一緒に暮らしてから分かるようになった。
本当は、軽口の一つも返したいけど、ちょっとそんな余裕はない。以前私の引いた夏風邪とは違って、彼の患ってるかもしれない病は死んでしまう可能性が他に比べて高いもの。看病してる私は異変が起きてもすぐに対応できるようにしておかないといけない。
…軽口の一つくらい、なんて思っちゃうけど、そのせいでもしもが起きたら悔やみきれないもの。
「全く…。
…早く二人きりの時間を楽しめるように、頑張ってよ?」
…とは言っても、素っ気なく返すだけじゃ彼だって寂しくて症状が悪化しちゃうかもしれないもんね。こっちが気を抜かないようにすれば、このくらいなら大丈夫。
…よね?
「うん、凄く頑張る」
少しの不安は、彼の微笑みで綺麗に無くなる。
「ん、お願いね」
そう返して彼の頭を撫で、時間を確認する。
そっか、もうちょっとでお昼なのね。
「あなた、食欲はどう?食べたいものがあればすぐに作ってくるけど」
「うーん…。今は、いいかな。お腹は空いてるけど、あんまり食欲ないんだ」
彼は申し訳なさそうな顔をして答える。
…一緒にご飯を食べられないからって、気を遣わなくてもいいのに。
「わかったわ。それなら、桶の水とか交換してきちゃうから少し待ってて」
ふと思い出して移した視線に映すのはすっかり氷の溶けてしまった桶の水。汲んできてからあまり飲めてない水差しの水もそれなりに時間が経ってるし、交換するのには丁度いい頃合いね。
それに、あんまり同じ部屋にいると感染しやすいし、一度外の空気を吸いたいのもある。
同じ部屋にずっといたいって気持ちはあるけど、私まで発症しちゃったら大変だしね。
「うん、わかった。
それなら、お昼も食べてきたらどうかな?僕も少し眠いから、丁度いいかも」
「…そうね。ならついでに、水を汲んでくる間に換気もしちゃいましょ」
「だね。お願い」
小さく頷いた彼を確認してから窓を全開にしてカーテンを開ける。
ここ最近の例に漏れず、今日も外はスッキリと晴れていて乾いた風が気持ちいい。すっかりどんよりしてた空気が一気に洗い流されてく感じがするわ。
「っと。待ってて、すぐに交換してきちゃうわ」
「いってらっしゃい。
焦り過ぎてこけないでね?」
「ふふ、そんなに私はドジじゃないからだいじょーぶ」
部屋の空気を入れ替えたせいか、ちょっとだけ元気を取り戻した彼の言葉に笑って答えて、桶と水差しの載ったお盆を手に部屋を後にした。
それから少しして、中身を入れ替えた水差しと桶を運ぶと、彼は夢に落ちていた。
一応置いておいたコップの中身は無くなっていたからそれに新しい水を注いで、額の濡れタオルを氷水に浸す。
あまり意味は無いけど、三十分くらい席を外すし普通より多めに冷やすためだ。
その間に彼の額に私の額を合わせて熱の具合を確認する。
さっきまでタオルが乗ってたしちょっと長めに確認をしてみると、ベッドに入り始めた頃よりも熱が下がってるっぽいことがわかった。
もしかしたら、スラフルでもベスフルでも無くて、ただの風邪って可能性もあるわね。それならいいんだけど…
額を離してタオルを絞り、もう一度彼の額の上に載せる。
その後、頬に軽く唇を当ててから窓とカーテンを閉め、昼食を取るために一階へ降りる事にした。
一時間後、買ってきたスラフルやベスフルの時でも食べやすいって評判の栄養食を手に二階の部屋へと戻る。
ベッドの上で眠るのは、寝返りをしたせいでタオルが落ちちゃってる彼。
結構思いっきり寝返りを打ってるし、患ってたとしても軽度で済んでるのかな?
そう思って彼の額に私の額を当てて熱を測ると、すっかり人肌まで落ち着いていた。
「…はぁ。良かったー。ただの風邪だったのね。大したことなくて良かったわ」
思ってたよりも早い回復に胸を撫で下ろして椅子に座る。
私が夏風邪をこじらせた時は次の日のお昼くらいまでずっと調子が悪かったけど、彼がそうならずに済んで本当に良かった。
「後は、彼がぶり返さないようにしっかり看病しないとね」
一度抜けた緊張を再び張り直して自分に気合いを入れる。
取り敢えず、彼の夕飯は買ってきたのがあるし大丈夫ね。問題はお風呂だけど…。今日は念の為にタオルで拭くくらいがいいかしら?
…確か、風邪を引いた時に湯船に浸かると悪化するって聞いたことがあるし、その方がいいわね。
「なら、丁度いい大きさのバスタオルを用意しないとダメね。前にそんなのを買った気がするし、今のうちに探しておかないと」
言いながら立ち上がって部屋を出る。
その時に、ふと思い出して彼の方を見つめる。
「(すぐ、戻るからね)」
そう小さく呟いて、少しだけ反応を待ってみる。
「…なんてね。覚えてるわけないか」
指先で頬をかきつつ苦笑いをこぼす。
って言うか、そもそも聞こえてたかすら怪しいのに、覚えてるも何も無いわよね。
そう頭ではわかってても少しだけ寂しい気持ちになってしまう。
…いけないわ。ショックを受けるのは後。今はタオルの用意が先だわ。
軽く頭を振ってさっきまでの考えを振り落として、手にかけたままだったドアを閉めかけたその時だった。
「(うん、待ってる)」
本当に小さく、そう聞こえた。
振り向いて確認しようにも、ドアはとっくに閉まってるから見えるのは加工された木の扉だけ。
…でも。
「なによ、聞こえてたなら返事くらい返してくれても良かったじゃない」
思わずにやけちゃう口を押さえながら、脱衣所に足早に向かった。
…途中、転びそうになったのは、多分一生彼には言えないわ。
To be next story.
えぇ、ゼシカに看病してもらいたい。その一心で書いたお話です。
ライバルズでナースコスゼシカでるんじゃないかと思っています。
…出ますよね?
ではまた次回。
さよーならー