私と旦那様と祝福された純白の日々   作:カピバラ@番長

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最終回です。
とうぞ。


第六十二話・最終話 空と海と大地と祝われし未来

閉め忘れたカーテンから、薄っすらとボヤけた碧が瞳に柔らかく映る。

目で捉えている筈なのに見えていないような、そんなあやふやな碧空。無理に表現するなら、浮いてるって感じ。

彼と半分してかけてる薄手の毛布を自分の分だけ剥がして、床に足裏がつくようにベッドに座る。

シバつくまぶたをパチパチと動かして、どうにか意識をはっきりさせる。

昨日の夜は結局眠れなかった。

遅くまで準備の手伝いをしていたからっていうのもあったけど、それでも二十三時を過ぎる頃には用意は万端にすんでた。

眠れなかったのは、私が心配性過ぎたから。

昨日の準備だって、私があーだこーだ言っちゃったから長引いたようなもの。ルイーサだけじゃなくて、いつもなら頷いて話を聞いてくれるウェーナーすら途中から嫌な顔をしてた。

けど、仕方ないじゃない。

だって、あの子達は今日、旅に出るんだもの。

二ヶ月前にした旅装品の買い物…つまりはたびびとの服とか皮のドレスとかを買いに行った時の事。

買い物に行く理由こそ[旅の用意]だったけど、まさか一年も待たずに行きたいと言い出すとは思わなかった。

もちろん、私も彼も止めたわ。

『もっと準備してからの方がいい』とか、『まだ早いわ』とか色々。

でも、どれも二人の心を動かすには足らなかったみたい。

ウェーナーもルイーサも頑として首を縦に振らなかった。

 

『八歳になったら旅に出るって決めてた』

 

それが二人の言い分だった。

まるで一年も前から決めてたみたいな言い方だったけど、世界を見て回りたいと言い出したのなんてここ半年くらいなもの。

 

『本当はすぐに行きたかったけど我慢してたの』

 

『お願いだから行かせて』

 

初めてされる本気のお願い。

私も彼も言葉に詰まった。

以前、旅に出ることを許した手前頭ごなしに否定することもできず、かと言ってこんなに小さな子供を世の中には送り出したくない。

それでも二人は、私たちの葛藤をよそに言い寄ってくる。

 

『なんで?』『どうして?』「お勉強頑張ったのに』『呪文だって特技だって沢山覚えたのに』

 

間髪入れずに耳に届く二人の疑問。

こっちも考え詰めちゃってたせいで、普段ならちょっと叱るだけで済ますのに、その時ばかりはイライラが募っていった。

疑問に一つずつ答えていって納得してくれるのを待ったけど、ダメだった。

ああ言えばこう言って、こう言えばそう言って。

それでも全然やめてくれないから、私たちも限界だった。

何度目かの質問に、とうとう私は怒鳴り声を上げそうになる。

…そう、[なる]だった。

怒ったのは、私じゃなくて、彼。

 

『どうしてそんなにわがままを言うんだ!ダメって言ってるんじゃない、せめてもう二年、ううん、あと一年でもいい、もう少し待って欲しいだけなんだ!』

 

私と暮らすようになってから初めて聞いた、彼の怒声。

いつもなら少し強く言うだけだったはずのお父さんの姿に、二人は放心状態になってた。

当然、私も。

少しの沈黙ーー時間さえ感じられなかったから空白って言った方がいいかもねーーの後、ハッと我に返った彼は近くにあった椅子に座りなおすと、じわじわと目尻に涙を溜めていく二人に向かって努めて作った優しい口調で話し始めた。

 

『怒鳴ったりしてごめんね。

…けど、旅をするのは楽しいことばかりじゃないんだ。

むしろ楽しいことよりも辛い事、悲しい事、嫌な事の方が多い。

僕もゼシカも旅をした日々を後悔したことは無いけど、実際にしていた頃はやめたくなる日だって沢山あった。

魔物以外のせいで怪我をしたり、お金がなくて飢え死にそうだったり、野宿が多かったから本当の意味で休めた日は宿屋に泊まれた時くらいだったり。…仲良くなった人の死ぬ姿だって見た。

そんな危ない世界に、愛する子供を送りたいと思う親はいないんだ。

それでも、二人は旅に出たいと言った。僕らの考えが間違ってるんじゃ無いかって思うくらい強く熱を帯びて。

なら、お父さんたちに出来るのは、何かあっても自分で対処出来るようにしてあげる事だけ。

確かに二人は凄く良く頑張ってくれてる。でも、まだ足りない。

だから後一年。せめて待ってて欲しい』

 

彼の心からの願いを、涙を堪えながら二人は静かに聞いていた。

七歳の子供に、彼の想いの全部が伝わるかはわからない。でも、全ての意味が分かっていなかったとしても、[二人を大切に思っている]って事だけは、伝わっているはず。

証拠に、それまでしていた質問をパッタリとやめて、深く考えてる。

自分たちが旅に出て平気なのか。どんな辛い事や悲しい事が待っているのか。多分、そんな事を想像してたんだと思う。

…けど。

 

『それでも、僕は行きたい』

 

『何があっても、頑張るから…!』

 

二人の決意を変えることは出来なかった。

 

真っ直ぐな瞳。

乱れる事のない硬い呼吸。

全身から沸き立つような強い想い。

 

私は、私たちは、その姿を良く知っていた。

旅の最中で何度も目の当たりにした、決して変える事のできない人の強い意志。

この時になって私と彼はやっと理解したの。

ウェーナーもルイーサも、とっくに子供じゃなくなってたって事を。

体は小さいし、歳も若い。世界どころか世間だって知らないし、まだまだわがまま。

…だけど。

強い意志を持ち、それを通そうと必死になる人は…ううん。そんな人こそが、きっと大人なんだろう。

 

『…やっぱり、僕とゼシカの子だね。一度決めたら絶対に変えないんだもん、困っちゃうよ。

けど、そこまで言うならお父さんも腹をくくる』

 

諦めたみたいな顔をして私を見る彼と視線が合った。

…えぇ、そうね。あなた。

 

『そこまで言うなら仕方ないわ。

ま、ここで下手に止めたら、私みたいになりかねないもの。いっそ、送り出してあげた方が安全ね』

 

『『じゃ、じゃあ!!』』

 

『うん。何があっても、絶対に負けないで』

 

『思う存分、楽しんできなさい!』

 

私たちの言葉に、ウェーナーとルイーサは飛び跳ねて喜んだ。

 

 

 

そうして迎えた今日。

準備も終わって、旅をするにあたっての約束事を決めた後、いつものように部屋へと戻って眠りにつく。

…まぁ、ベッドに腰掛けた瞬間から急に冷静になって、許可を出した事を激しく後悔したわけだけど、今更後には引けない。

今はとにかく、二人の無事を確認するための約束事を守って貰えると信じるしかない。

 

「…おはよう、ゼシカ。

いよいよ、だね」

 

「おはよう、あなた。

…えぇ、そうね。ろくに心の準備もできなかったけど、今更そんな事言えないわよね」

 

ベッドが歪み、彼が身を起こした事がわかる。

振り向いてベッドの上に座り直し、彼に寄りかかる。

 

「…眠れた?」

 

窓からはすっかり陽の光も差し込んで来てきて、彼の寝起きの顔が目に映る。

 

「えぇ。あなたと同じくらい、よく眠れたわ」

 

「そっか」

 

お互いに、久し振りに出来た隈を見ながら小さく笑い合う。

当たり前よね。いくら鈍い彼だって、こんな大事な日に眠れるわけがない。

 

「さ。そろそろ準備に取り掛かりましょうか、あなた」

 

「そうだね、ゼシカ」

 

胸の内にくすぶる不安を誤魔化すためのキスを小さく交わして、手を繋いで部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃんとやくそうは持った?どくけしそうは?一応、まんげつそうも持っていきなさい。お弁当はちゃんと入れたし、後は、えっと…」

 

「もー!お母さん心配し過ぎ!さっき一緒に確認したんだから、大丈夫だよ!」

 

「それは…そうだけど…」

 

開け放たれた玄関口で、最後の抵抗とばかりに荷物の確認を行うも、やっぱり無駄なものは無駄。

半分怒り気味のルイーサと、困り顔で頬をかくウェーナーは、今すぐにでも旅立ちたそうだ。

 

「…ゼシカ。今はほら、それよりもする事があるんじゃない?」

 

「あ!そ、そうね!そうだった!」

 

薄く微笑んでる彼に促されて取り出すのは、本のページ程度の大きさの二枚の紙。

 

「ここに昨日の夜した約束が全部書いてあるから、ちゃんと持っていってね。

絶対に忘れないように!」

 

「「はーい!」」

 

ウェーナーとルイーサにそれぞれ手渡して、バッグにしまうよう促す。

あの紙に書かれているのは、この子達が産まれてから今日までしていた基本的な事と、追加の約束。

 

一つ、怖い人には近づかない事。

二つ、自分たちじゃどうしようもない事になったら必ず誰かに頼る事。

三つ、町や村、国に着いたら必ず手紙を私たちに書く事。

四つ、絶対無事に帰ってくる事。

 

…などなど、自分でも驚くくらい色々書いた。

それと…。

 

「はい、これ」

 

彼がポケットから取り出したのは二つのネックレス。

一つはキメラの翼を模した装飾品が、もう一つは旅の間何度もお世話になったアイテム・バウムレンのすずが付いてる。

 

「いいかい、二人とも。

旅の途中、どうしても辛くなったらこっちの[振り返りの羽根]を。野宿する事になったらもう一つの[親愛なる獣の鈴]を使って。

羽根はこの家に帰ってこれて、鈴は野宿する二人を守ってくれる魔物が現れるから」

 

そう言いながら羽根の方をルイーサ、鈴の方をウェーナーの首に着ける。

 

「二つともお母さんが作ってくれた何度使っても壊れない魔法の道具だから、絶対に無くしたり売ったりしないように」

 

首にかけられたそれを興味深く確認する二人を見つめて、私と彼は顔を見合わせて頷き合う。

 

「さぁ、ウェーナー、ルイーサ!」

 

「今日はあなた達の記念すべき日よ!」

 

「「胸を張って、行って来なさい!お誕生日、おめでとう!!」」

 

「「……はい!!」」

 

今、親としてしてあげられる事は全てした。

後はもう、とにかくこの子達を信じるしかない。それでももし、挫けてしまって帰ってきた時には、優しく迎え入れてあげる事。

それが、これからの私と彼に出来る事だ。

 

「ルイーサ、僕の手を握って。それじゃあ、またね。父さん、母さん。行ってきます。

……ルーラ!」

 

「行ってきまーす!」

 

「「行ってらっしゃい」」

 

二人が空を舞う瞬間、手を振り返す。

光の軌跡は緩やかに弧を描きつつ、確かに彼方の大地へと遠ざかって行く。

その姿は、まるで大空を自由にはばたく大きな鳥のよう。

…そう、いつかの日に、私達の頭の上を過ぎ去っていった番いの鳥のように自由だ。

あの子達が初めに向かう先は、トラペッタ。

もう、散々行き慣れた町だろうけど、でも、だからこそ不安を騙せる。

ヨウイさん達だっているし、最初はきっと大丈夫。

だから…。えぇ、だから…。

 

「…ゼシカ、もう我慢しなくていいんじゃない?」

 

「……何がよ。別に、何も我慢なんてしてないわ」

 

ウェーナーとルイーサがいない。

だったそれだけで、こんなにも全てが静かに感じられる。

風の吹く音。

草木の騒ぐ声。

さざ波を鳴り響かせる、広い海

そんな、今まで気にならなかった筈の物事が、急に胸を突く。

 

「そっか。…うん、そうだね。

旅立ちの日に、涙は似合わない。僕たちはそれを良く知ってるもんね」

 

「そういう事。

寂しいのなんてどうせ今だけよ。少ししたら、あの子達がいなかった時みたいにまたイチャイチャ出来るって、喜んでるに決まってるわ」

 

隣に立つ彼の腕に私の腕を絡める。

強く結ぶ手に伝わってくるのは、確かな安心。

彼も、不安なんだって伝わってくるから一人じゃないって思える。

それが良いことなのかは分からないけど…。でも、この気持ちを紛らわせるには充分。

 

「さ、そろそろ中に入りましょうか。ルーラの軌跡もとっくに消えちゃったし、まだ朝も早いわ。

せっかくの二人っきりだもの、どこかに出かけましょうよ」

 

「そうだね。

見ようによっては解放されたみたいなものだし、二人はいつ帰ってくるか分からないし、今のうちに目一杯楽しんじゃおうか!」

 

「ならまず、一緒にお風呂に入りましょ!

身体を洗いっこして、一緒に湯船に浸かって、まったりのんびりゆっくりしたいわ」

 

「いいね、それ!

じゃあ、早速お風呂を洗いに行こうか!」

 

なんて、お互いに分かりきった強がりを言い合う。

本当はこのまま後をついていきたい。二人がどんなことをするのかを見守って、何かあったら助けてあげたい。

…でも、今はこれでいいの。

だって、思い出したら寂しくて仕方ないから。

だって、私たちは二人を信じてるから。

必要以上の心配は悪い出来事を呼び寄せやすい、とかなんとか聞いたことがあるし、逆にケロッとしてた方が案外拍子抜けするくらい上手く進んだりするはず。

 

 

 

ーーーだから、必ず夢を叶えて帰ってきて。この広い空は、海は、大地は、きっとあなた達を祝福しているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin….




今日まで私のような者の作品に付き合っていただきありがとうございました。
これで私の描きたかった殆どの物語を書くことができました。これもひとえに応援して下さった読者の皆様のおかげです。
定期更新はこれにて終了。
ゼシカと主人公、そして、二人の子供・ウェーナーとルイーサは今日より先も自身の物語を生きていくことでしょう。

…さて、この長きに渡って連載致しました[私と旦那様と祝福された純白の日々]ですが、章分けがドラクエ8世界での三大宝石だという事には聡明な皆様ならきっとお気付きのはず。
アルゴングレード、クラン・スピネル、そして章分けに〔まだ〕追加されていないビーナスの涙。
そうです。先程も申し上げました通り、ゼシカ達の日々はこれからも続いていきます。
ーー故に。私もまだ筆を置くわけにはいきません。
今話より先から始まるは〔三章 ビーナスの涙編〕。
こちらは全て不定期更新による番外編を予定しております。
内容としましては、季節行事(バレンタインやクリスマス等)やリクエストしていただいたものなどです。


…要するに、私がまだゼシカを書きたいのです。

だって可愛いじゃん!?

という事で、これからも末長くご愛読いただければ筆者の私としてはこれ以上ない幸福であります。
この物語が終わるのは、私が死んだ時だけ!(新手のCMキャッチコピー)

それではまた次回。
さよーならー

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