これが私なりの弔いです。
部屋の隅に溜まる埃のような存在ではあれど一人の表現者として考えた結果が今回の話になります。
この行為が正しいかどうかは知りません。物好きな方がいらっしゃるのなら好きに評すれば良いかと思います。
私はそうするべきだと考えたのでそうしました。
偉大なる漫画家であり、類稀なるイラストレーターの死を悼んで。
ご冥福をお祈り致します。
ーー背後から風が私を通り抜けていった。
頬を撫ぜて、纏めた髪の毛先を優しく揺らす風だった。
ここは下界とは切り離された高台で風なら日がな一日吹いているような場所。
だから、本来ならなんて事の無いただの風。それも気に留めるほどじゃない微風のはずなのに。
何故か、胸の奥の深いところが苦しかった。
「何だったのかしら…」
快く晴れた空の下、疑問のままに言葉が漏れ出る。
ほんの一瞬。一秒にも満たない瞬間の出来事だったのに胸の奥の深いところが今も苦しい。
……けど、少し時間が経つと、なんだかそれだじゃないような気もしてくる。
楽しいような、面白いような、それでいて遊び心のある、そんな明るい気持ち。
最初に感じたのとはまるで逆なのに、どちらも正しいと言い切れる。そんな不可思議な想い。
「変なの。ただの風に心を感じるなんてね」
首を傾げなら口を吐いた言葉は本心だ。だけど、何処か間違っているような気がしてならないのはどうしてだろう。
何かが……ううん、何もかもが当たり前だったような。
ただの風に感じるはずが無い、すごくおかしな感覚。
…………。
……。
…。
「……もう一度、吹いてくれないかしら」
考えても分からなかった私は思わずそんな事を言ってみる。
けど同時に、もう、同じ風は吹かない気もしていた。
そしてそれが当たり前であるはずなのに、またあの苦しい感覚が起きて来そうだった。
「だとしたら、[さようなら]?かしら」
言葉にして、初めて少しだけ納得のいく答えが出た気がした。
でもやっぱり少しだけ足りない気がして。
私は小さな声で「ありがとう…?」と口にしてみた。
「……変なの」
すとん、と。納得がいく。
何でもない日のなんでもない風に感謝をしたら納得がいったーー。
それがとてもおかしくて少しだけ笑ってしまった。
「ふふ、たまにはそういう気持ちになれる本でも読んでみようかな」
今も胸の奥の深いところで感じる明るい気持ち。それを感じられる本。
あの風のせいなのか今はそんな本を読みたい気分だ。
この気持ちと同じになれる本のジャンルはそれほど多くないけど……漫画ならきっと。
「前にあの人が貰ってきたギャグ漫画があったわね…。どこにしまったんだったかしら」
誰に話しかけるでもなく言葉を紡ぎながら家へと戻る。
それから漫画を見つけるまでの間、一人で話していたのはきっと、最初に感じた苦しさをもう一度感じるのが怖かったからなのかもしれない。
何か、代えようのない大きなものを失った気持ちになるのが嫌だったから。
end.
キャラクターに代弁させるな、とか。
そもそもキャラデザだけだろ、とか。
人のふんどし使うな、とか。
まぁ、見つけて読んでくれた人には色々思われるだろうなと書きながら思ってます。
私自身全くもってそう思うし。
それでも、前書きで書いたた通り、これが私なりの弔いです。
私に、生涯愛せるキャラクターのデザインをしてくれた偉大な方への、私なりの感謝の方法です。
同様に。
ドラゴンボールやDr.スランプ アラレちゃんのような時代を超えて愛される作品を生み出してくださった事には感謝の念が絶えません。
私が面白いと思う、また、自身の作品の中で表現するコメディやギャグの根幹に少なからず影響を及ぼしている事は間違いありません。
特に好きなのは「タマがねぇ…!チ…チンも……」です。
ニコちゃん大王の[頭の上に尻があって鼻もあるからおならすると辛い]って設定も好きです。天才でしょこんなの思いつくなんて。
改めて文字に起こします。
偉大なる漫画家で、類稀なるイラストレーターの死を悼んで。
ご冥福をお祈り致します。