八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する 作:グリーンやまこう
それではどうぞ。
「それじゃあ、次のメインキャラデザは新人の八神コウに任せることにするから。みんな、彼女をしっかりと手伝ってあげるんだよ」
みんなの前で八神コウと呼ばれた人物がペコッと頭を下げる。プロジェクターの画面には八神の描いたキャラが写っていた。そのキャラはどれも特徴的で魅力的で……新人離れしていると言わざるを得ない。
みんなの前で少し戸惑った彼女こそ世間一般的に言えば、才能の塊というのだろう。
(ちっ……)
心の中だけで舌打ちをする。俺と同じ新人ながらメインキャラデザをつかみ取った彼女に俺はみっともなく嫉妬していた。
☆ ★ ☆
「おーいタケル? そろそろ午後の仕事が始まるよ」
「……ん?」
背中を揺さぶられ目を開くと、コウが眠っていた俺の顔を覗き込むようにして見つめていた。
「あれっ? もうそんな時間?」
俺は目をこすりながら体を起こす。
「もうそんな時間だよ! それにしてもタケルがこの時間に寝るなんて珍しいね。疲れてる?」
「いや、そういうわけではないんだけどな……ただ、少しだけ懐かしい夢を見てた気がする」
あくびを噛み殺しながらどんな夢を見ていたのかを思い出そうとする。しかし、夢の内容を思い出すことはなく、俺は午後の仕事へと取り組んでいくのだった。
もしかすると夢の内容は、少しだけ過去を遡った内容だったのかもしれない。
☆ ★ ☆
「うーむ……」
コウが難しい顔をして画面とにらめっこをしている。その横には同じく難しそうな顔をした涼風さん。
彼女は今、コウに頼まれていた村人のキャラデザを完成させ、見てもらっているところだった。
ちなみに俺も企画の仕事が終わっていないため難しい顔をしている。まぁ、難しい顔というよりは絶望的な顔といったほうが正しいかもしれない。そろそろ締め切りが本格的にまずいのでいいかげん何とかしなくては……。
「OK! これでお願いしていた村人の仕事は全部かな?」
「大変でした、ほんと……」
コウから無事に承諾を得られた涼風さんが、ホッとした様子で胸をなでおろしている。無事に終わったようで何よりです。俺の企画もあんな感じに終わらないかな?
「お疲れさん。じゃあ次は一体キャラデザとしてもらうから」
「えーーーーー!!」
驚きの声を上げる涼風さんに、コウはキャラデザの情報を記した仕様書を手渡す。確かに新人のうちから村人のキャラデザを任せられ、更にその上のキャラデザまで任されたら普通は驚くよな。
逆に言えば、それだけ涼風さんに実力がついてきたということなのだろう。
「涼風さん、次もキャラデザ頑張ってね」
「あ、はい! 頑張ります!」
俺が声をかけると涼風さんは少しだけ戸惑いながらも、気合のこもった表情を浮かべてくれる。うんうん、これなら村人と同じようにいいものを作ってくれるはずだ。
「私たちも去年やらされたんだよね。チームが発足した頃だったからコンペで無理やりさ……」
はじめが頭の後ろで手を組みながら昔を懐かしむような声を上げる。
「コンペ?」
「どんなデザインがいいかみんなで持ち寄るんだよ。もちろん、いいデザインを出せれば採用されるんだけど……」
「はじめは何も思い浮かんでなくてパンクしとったな」
「言われてみるとその当時のはじめ、見るたびに机に突っ伏してたっけ」
「し、仕方ないじゃないですか! 思いつかないものは思いつかないんだから!!」
頭から湯気を出し、もはや死に体だったのはいい思い出。あまりに酷かったので、俺なりにアドバイスはしてあげました。
「ちなみに青葉ちゃんはどんなキャラを描くん?」
「えっと……」
仕様書を見ながら涼風さんが説明する。しかし、涼風さんの口から説明されたのはどこかで聞いたことがある……というか、まんま涼風さんのことだった。
はじめとゆんも気が付いたのか、俺と同じように微妙な表情を浮かべている。更に、
「主人公一向を次のダンジョンへ案内する途中に……盗賊に襲われて死んじゃうみたいです」
「難儀やなぁ……」
コウの奴、完全に遊んでやがる……。キャラをまんま涼風さんにし、しかも殺すという離れ業。
涼風さんが自分をモデルにされていると気付いた時、いい笑顔でからかうんだろうな~。というか、気付かない涼風さんも涼風さんだと思う。
でも自分の癖とか特徴とか、他人から指摘されてはじめて気づくことも多いので仕方のないことかもしれない。
「取り敢えず、涼風さんは肩ひじ張らずにいつも通り作ってくれれば大丈夫だよ」
「そうですかね?」
「まぁ、結局はコウがオッケーを出すかどうかだけどね」
「が、頑張ります!」
そう言って涼風さんは自分の席へと戻っていく。しかし、気持ちとは裏腹になかなか苦戦しているようで、
「頭についてるだろ~?」
「わわっ!?」
自分の頭についているツインテールですらわからなくなっているようだった。調子を見に来たコウに、ツインテールの結び目をぐりぐりとやられている。その姿は何だか可愛い。
俺もコウに頭をぐりぐりされたらいいアイデアが浮かぶかもしれない。
「調子はどう?」
「まだ全然です……」
「ちょっと見せて」
コウと一緒に涼風さんが描いていたキャラデザを見ると、確かに少しだけ迷走しているようだった。迷走といってもそれなりにかけているんだけどね。
「最近は仕事でいっぱいいっぱいで絵もかいていませんでしたし、キャラデザをさせてもらえるってわかってたら……」
「それは言い訳!」
「そうですね、はい……」
言い訳といわれて涼風さんががっくりと肩を落とす。仕事の忙しさを言い訳に使わせないあたり、ほんとコウは仕事に対してストイックだ。
言い訳ばかりしている現代人に聞かせてあげたい。あっ、それは自分のことですねすいません。
「八神さんも最初はコンペに参加したんですか?」
「そうそう。がむしゃらに描いたなぁ」
「そ、それでメインキャラデザを勝ち取ったんですよね?」
「うん!」
「ほんと、あの頃のコウは鬼神のように絵を描きまくってたからな。あっ、それは今も変わらないか」
「ちょっと、それって褒めてるの?」
「最大限の褒め言葉だよ」
むっとした表情を浮かべるコウを「まぁまぁ」といって宥める。時間を忘れて絵を描き続けるだなんて、本当にすごいやつにしかできないと思うからな。
「青葉の年の頃にはもうメインやってたんだな私。でも、青葉の場合は私という壁を越えなきゃいけないから覚悟するように」
「うっ……」
改めて考えると、涼風さんにとってはものすごく高い壁である。ちょっとやそっとで登れるような壁ではないだろう。
どうでもいいけど、某漫画に登場する壁が頭の中に浮かんでました。
「でもコウちゃん、それで先輩たちに目をつけられてよくいびられてたのよ」
「ちょ、ちょっとりん!」
会話を聞いていたらしいりんが俺たちの会話に混ざってくる。というか、突然現れたのでびっくりした。
会話に混ざるのは構わないけど、気配を消すのはやめていただきたい。それに今回はコウと二人で話してたわけじゃないんだし、気配を消す必要はないだろ……。
「え、どういうことですか?」
「だって突然入ってきた新人にメインを持っていかれたら面白くないじゃない?」
「あ、あれは私も生意気だったし……」
「それで毎日毎日私が愚痴を聞かされてたんだから」
昔の思い出を嬉しそうに話すりん。本人にその気はないかもしれないけど、聞かされる身としてはのろけ話を聞かされている気分だ。しかし、りんが幸せそうに微笑んでいるので今回はツッコむのをやめてあげよう。
「……でも、少しわかります」
『?』
何が分かったのだろうと首を傾げる上司三人に涼風さんが口を開く。
「私、八神さんが同じ年でもうメインをやってたって知って、悔しいというか妬ましい気持ちが少しあって……」
彼女の口から漏れたのはコウに対する嫉妬の気持ち。俺は彼女から出てきた嫉妬の気持ちに少しだけ驚いていた。
大抵の奴はコウの才能を見ると前述のとおり妬むか、自分とは住む世界が違うのだと諦めてしまうやつが多い。
涼風さんも妬んでいると口では言っているが、先輩たちの嫉妬とは少しだけ違っている気がした。
「……って、駄目ですね。私ったら何時までも子供っぽくて」
頭をかく涼風さんに俺は首を振る。
「そんなことないよ涼風さん。俺は素直に嫉妬できる涼風さんが凄いと思う。……コウもそう思うだろ?」
「うん。そうだね。私も青葉の立場でもきっと同じことを思うよ。だって私はこの仕事が好きなんだもん。青葉、さっき村人たちがマップに乗ってさ。サーバに上がってるから見てみな」
「は、はいっ」
涼風さんの作った村人は既に俺も確認済みだ。正直、キャラデザの段階ではピンとこないのだが、マップに上がると細かい修正を入れた理由がよく分かると思う。
あのリテイクがあったからこそ、キャラは一段と輝くのだ。それが例え村人であっても。
「あっ!」
PCの画面に映った村人たちを見て涼風さんは驚きとも、感動ともとれる声を上げる。
「凄いです! ゲームに乗るとこんな感じに見えるんですね!」
「悔しいって気持ちも大切だけど、やっぱり楽しいって気持ちはこうして伝わると思うんだ。それが一番大事かなって」
「はいっ!」
涼風さんが目を輝かせて頷く。その素直で真っ直ぐな瞳があれば、先輩たちのように道を見誤ることもないだろう。少なくとも俺たちは彼女を道を間違えないように導いていく必要がある。
「でも忘れちゃいけないのが、今の画面は決して一人では作れないということ。私の仕事は目立つ位置にあるけど、他の人の支えが無かったら絶対にゲームは作れない。青葉もこの事を忘れないようにね」
「な、なんだか今度は責任重大で緊張してきました」
コウの言葉に涼風さんの顔が少しだけ青くなる。新人ちゃんにあんまりプレッシャー掛けないで。
しかし、コウの言ったことは一見普通のことかもしれないけど、決して忘れてはいけないこと。
企画にしても企画だけでは、ストーリーだけではゲームにならない。ストーリーに花を添える絵があって、プログラムがあって、モーションがあって、背景があって……その他、大勢の人が関わって初めてゲームというコンテンツが誕生するのだ。
そのどれか一つが欠けてもゲームは完成しない。しかし、「すごい」、「おもしろい」といわれるのはほんの一握りの人間だけ。もちろんそれはゲームを買ってくれた人が評価してくれればこそだ。
そう考えるとある意味、この業界は凄く残酷な世界なのかもしれない。でも、涼風さんならそれを忘れることは決してないだろう。
そんな彼女は俺にとって少し眩しい存在だった。
「ところで、タケルさんも新人の頃はコンペに出たりしてたんですか?」
「……そりゃ、もちろんだよ。俺にとっては結構昔の話だけどな」
涼風さんから振られた質問に、俺は少しだけ間をおいて答える。脳裏には懐かしくて苦い思い出が流れ込んでいた。
多分、今の間に気付いたのはコウとりんくらいだろう。
「タケルさんは最初、キャラ班にいたんでしたっけ?」
「今でこそどこの班に所属してるのかよく分からないけど、元々はキャラデザをやりたくてこの会社に入ったんだよ」
「へー、そうやったんですね。でも、それならどうして今は企画をやってるんですか? タケルさんの腕ならそのままキャラ班に残っていてもよかったのに」
「うーん、キャラ班から企画の仕事に映った経緯を話そうとすると、それはそれは壮大なスペクタクル映画みたいになるからな。それでもいいなら話してもいいけど」
「時間がかかりそうだから、話さなくて大丈夫だよ」
話し出そうとした俺を止めたのはコウだ。
本人は嘆息し苦笑いを浮かべているが、多分気を遣われたのだろう。俺は心の中だけで手を合わせる。
「ちなみに、私がメインになって八神さんの上司になったら、まず八神さんを呼び捨てにしますね!」
さらにはじめがいい感じに話を逸らしてくれたので俺の過去はそれ以上掘り返されることはなかった。今回ばかりははじめの天然なところに救われた感じである。
しかしコウの事を呼び捨てにするといったはじめに、
「その時は会社やめるわー」
「うちもー」
「…………」
コウとゆんが止めると宣言し、ひふみは何も言わなかったが恐らく同じ事を想っているだろう。りんも苦笑いでこの状況を見守っている。
「あ、青葉ちゃんは……?」
「……じ、自信ないかも」
新入社員にまで離反されたらどうしようもない。そしてはじめは最後の砦とばかりに視線を向けてくる。
「た、タケルさ――」
「いや、俺もやめるよ」
「せめて最後まで言わせてくださいよ!!」
涙目のはじめが叫ぶ。しかし、涙目になったところで俺の決定が覆るわけではない。横暴な上司は何時の時代だって信用も信頼もされないのである。
「うぅ……私も、悔しいです」
「ずっと落ち込んでればいいよ」
涙を流すはじめにコウはどこまでも辛辣だった。
☆ ★ ☆
「お疲れ様、タケル」
残って仕事を片付けていた俺の机にコトンと缶コーヒーが置かれる。見るとコウが席の傍に立っていた。
今日は珍しくりんもいないため、社内に残っているのは二人だけ。
「サンキュなコウ。えっとお金は……」
「これくらいならいいって」
「そうか。じゃあいただきます」
一言お礼を言い、プルタブを引きコーヒーを一口流し込む。ブラックコーヒー特有の苦みが口一杯に広がった。この苦みは嫌いじゃない。
缶コーヒーを飲みほした後、その空き缶を何となく両手で包む。そして、
「……今日は話題を逸らしてくれてありがとな」
「気にしなくていいよ。あの事に関してはもう時効でしょ?」
そういって笑うコウはあの時と同じ顔をしていた。
「気にしなくていいって言ってるくれることは本当に嬉しい。けど……先輩たちと一緒になってコウの事をいびってた身としては忘れたくても忘れられないんだ」
決してなかったことにはならない過去の過ち。若気の至りだといったら確かにそうかもしれないし、違うかもしれない。
当時のいびっていた先輩は全員いなくなったため、知っているのは俺とコウとりん。それに葉月さんくらいだ。
「コウは大したことないって言うけど、」
「タケル!!」
いきなり俺の名前を呼んだと思ったら、両手で頬を挟まれた。
「ふぉ、ふぉい!!(お、おいっ!!)」
「私がいいって言ってるんだから、もうこの話はいいの! 確かにタケルは先輩と一緒になっていびったことに間違いはないけど、タケルは私に謝ってくれた。それに誠意を感じたから私も許したの。だから、この話でタケルが負い目を感じることはもうおしまいにして! いいっ?」
「ふぁ、ふぁい……」
あまりの剣幕に俺は頷くしかなかった。しかも頬を挟まれながら。男として情けないったらない。
それでもコウは俺が頷くと満足そうにニッコリと微笑む。
「それにさ、私だって散々タケルやりんに迷惑をかけてきたじゃん? だからさ、お互い様だよお互い様」
「……なんかそう考えると、一番感謝すべきはりんなのかもな。俺たちがちゃんとしないとりんの奴にもっと心配かけちまう」
「ふふっ、そうかもね」
そこで俺たちの会話は途切れる。俺は電源を落としたパソコンの画面を見つめ、コウは窓の外に視線を映している。
お互いが何を考えてるのかは分からない。もしかすると苦い過去の記憶を思い出しているのかもしれない。
真っ黒に染まった画面を見ていると、そのまま過去の思い出に吸い込まれて行きそうな錯覚に陥る。
俺は泥沼に沈んでいきそうな思考を何とか振り払う。
「……じゃ俺は残ってる仕事を終わらせるから」
「うん、がんばって」
最後にそう言葉を交わした後、俺たちは自分の仕事へと戻っていくのだった。
☆ ★ ☆
ちなみにその翌日。
「ソフィアちゃんです!!」
あっ、結局昨日のキャラの名前、ソフィアちゃんにしたんだ。自分をモデルにしたキャラに自分で名前を付けるって考えてみるとものすごく恥ずかしい。
「へぇ~、ソフィアちゃんか」
「……あっ、これ私ですか!?」
「えっ、今気づいたの?」
コウの言葉と心の中でのセリフが重なった。
きっと涼風さんの顔は真っ赤に染まっていることだろう。
「最悪です!! 八神さん、大っ嫌いです!!」
「怒らないでよソフィアちゃん」
「も~~~~~!!」
涼風さんには申し訳ないけど、面白いなぁと思ってしまう自分がいた。
読了ありがとうございました。これからも応援よろしくお願いします。
ちなみにこの年末にかけて私自身風邪を引いております。なので皆さんも体調には十分気を遣い、年末をお過ごしください。
それではまた来年。よいお年をお迎えください。