八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する 作:グリーンやまこう
「ふんふんふーん♪」
日曜日。普段なら仕事もなく、お昼ごろまで眠っているところなのだが今日は違う。朝は8時に起床し、朝食を済ませ、ついでに掃除もした。
そして今は鼻歌を歌いながら髪の毛をセットしている。なぜ俺がここまで上機嫌なのかというと、
「まさかコウの方から休日に出かけようと誘ってきてくれるとは。これはもう脈ありと考えていいのかもしれない」
今も言った通り、コウが休日に出かけようと誘ってきてくれたからだ。今までこんなことはなかっただけにどうしても顔がにやけてしまう。
(これまではりんに一歩遅れを取る形だったが、そんな劣等感とも今日でおさらばだ。今日あったことを職場で散々りんに自慢してやろっと)
ルンルン気分で準備をしているうちにそろそろ出かける時間となったので、俺は鞄を持って家を出る。すると、
『あっ!』
同じタイミングで家から出てきたりんと目が合った。
『…………』
しばし見つめ合う俺たち。どうでもいいけどまるでときめかない。
「……ふ、ふふっ」
するとりんが不敵な笑みを浮かべる。
「あら、タケルじゃない。どうしたのそんな格好して。珍しく髪も整えてるみたいだけど?」
その挑戦的な物言いに負けじと、俺も彼女に笑顔を向けた。
「いやいや、これくらい普通だよ普通。まあ、この後ちょっと大事な用事があるから普段より少し気合を入れてるってこともあるけど。というか、気合が入ってるのはりんも同じじゃないのか?」
俺が指摘した通り、今日の彼女は普段よりも格段にお洒落になっていた。
いつも見ている格好でも十分お洒落なのだが、今日は気合のいれようが違っている。悔しいけど今の彼女はモデル以上に可愛かった。
「偶然ね。私もこれから大事な用事があるの」
どうやら俺と同じく、彼女にもこれから大事な予定があるらしい。しかし、どれほど大事な予定であってもコウと出かける約束をしている俺には敵わないだろう。
「まぁいいや。こんなところで立ち話をしてると約束に遅れちゃうし、そろそろ行くな。りんも気を付けて」
「ふふっ、ありがとう。それじゃあねタケル」
珍しく挨拶をしてから俺たちは分かれる……はずだったんだけどな。
「ん? りんもこの電車なのか?」
「えぇ、そうだけど……」
「偶然だな。……まぁ同じ電車くらいよくあることだよな」
「よくあることよね」
しかし、俺とりんは降りる駅も同じで、
「ま、まぁ、降りる駅も同じことくらいよくあることだよな」
「よ、よくあることよね……」
そのまま二人仲良く改札をくぐり、同じ出口に向かう。そして同じ方向に向かって歩いていく。
『…………』
途中からお互い目的地に着くまで一言も話さなくなった。正直嫌な予感しかしない。
それでも俺とりんは頭の中で『偶然、偶然』と呟きながら歩き続ける。僅かに残った『相手が違う』という可能性にかけて。
「あっ、二人ともやっと来た! おーいタケル~、りん~!!」
『…………』
しかし、現実とは非常なものである。元気よく手を振るコウを見て、僅かな可能性が砕け散った。途中から諦めてたけどね!!
だけどこの時ばかりはりんと居酒屋で強めのお酒をかわしたくなったよ。
「? あれ、二人ともぼーっとしちゃって。私の顔になんかついてる?」
『…………』
「……って、いひゃいいひゃい!! ど、どうひぃてふぉふぉをひっふぁるの(どうして頬を引っ張るの)!?」
『コウ(ちゃん)が悪い』
「どうひぃて!?」
そのまま腹いせとばかりに、コウの頬をグニグニと引っ張り続ける俺とりん。取り敢えず気が済むまで引っ張り続け、ようやくコウを解放する。
「全く、二人のせいで酷い目にあったよ……」
「それはこっちのセリフよ! コウちゃんがこんなことをしなければ……」
赤くなった頬をさするコウにりんが一喝を入れる。
「ていうか、どうしてコウは俺とりんを誘ったんだよ?」
一番聞きたかったことをコウに尋ねる。ぶっちゃけ、りんならともかく俺まで誘った理由が分からない。
「えっと、もう直ぐマスターアップでしょ? その前に同期三人、親睦を深めておこうと思って!」
「親睦を深めるのなら、別に食事とかでもよかったんじゃないの?」
「食事をするだけじゃつまらないじゃん!」
「……それはいいとして、ここに来るまで間、三人で遊ぶと言わなかった理由は?」
「サプライズ!」
「そんなサプライズはいらなかったなぁ……」
遠い目をして呟くも、コウは意味が分からないとばかりに首を傾げるだけ。俺だけじゃなくてりんも涙目だった。
「……まぁ過ぎた事を気にしてもしょうがないわ。ところでコウちゃん、今日はどこに行く予定なの?」
「最近この駅の近くにショッピングモールができたでしょ? 今日はそこに行ってみようと思ってるんだ」
「分かったわ。タケルも異論はないわよね?」
「ここまで来たら二人についてくまでだよ」
そんなわけでショッピングモールまでの道を三人で歩いていく。
「ところで二人は一緒に来たの?」
「た、たまたまよ。途中でたまたま一緒になったの!!」
コウの質問にりんが慌てた様子で弁明している。間違ってもお隣さんだなんていうわけにもいかないからな。それにしてもりんのやつ、必死過ぎである。
「そうだよコウ。たまたま一緒になったんだ」
「ふーん、そうなんだ。てっきり一緒に来たのかと」
「こ、こんなやつと一緒だなんてありえないわよ!!」
「否定するのは構わんけど、せめてもう少しオブラートに包んでくれ」
なんて話しているうちに目的地に到着する。
「それじゃあまずはどこから行こっか?」
「まずは無難に映画とかでいいんじゃないか。時間は結構あるわけだし」
俺の提案でまずは映画を見ることに。しかし、
「こ、コウちゃん! 今はこの映画が流行ってるみたいだけど。女同士の友情、そして恋模様を描いてるものなんだけど、それがかなりリアルでね」
とある一人が暴走していた。目が危ない人みたいになっている。
「オイコラ。自分の趣味を押し付けるんじゃない!」
「絶対に面白いから、ね? コウちゃん、これを見ましょう」
「話を聞け、このど変態」
取り敢えずりんの頭に手刀を下ろして黙らせる。頭を押さえてしゃがみ込んだりんを無視して、上映スケジュールを確認していく。
今の時間で上映していたのは魔法少女ムーンレンジャーと、りんが言ってた百合映画と、派手なアクションとCGが話題のロボット映画。それと女子高生がキュンキュンするような恋愛映画くらい。
「コウは何を見たい? って言ってもまともなのがロボット映画と恋愛映画くらいしかないんだけど」
「うーん、やっぱりアクション系の映画かな。見た後にスカッとした気分になるし!」
「じゃあそれにしようか。おーい、りん。何時までも拗ねてないで行くぞ」
「別に拗ねてないわよ!!」
ぷりぷり怒るりんを宥めつつ、チケットとポップコーンなどを購入し館内へ。
「映画館で映画を見るのって結構久しぶりなんだよな」
「タケルは超がつくほどのインドアだからね。もっと外に出て遊んだら?」
「同じくインドアのコウに言われたくないよ」
軽口をたたき合いながら本編が始まるまでのスクリーンを眺める。
本編が始まるまでの間、ちょっとしたCMみたいなのが流れるのだが、この時間が結構好きだったりする。
「…………」
「りん、謝るから無言でわき腹をつねり続けるのはやめてくれ」
よっぽど百合映画を見たかったのか、りんさんの機嫌が先ほどから非常に悪い。しかしそれ以上に周りからの視線が痛い。それは俺たちの並び順にあった。
左からコウ、俺、りんとなっている。
コウはともかく、りんも忘れがちなのだがかなりの美女。そんな二人を左右に連れていれば、少なからず嫉妬の視線を受けるのは当然だろう。
ショッピングモールに入ってからも感じていたが、館内でも変わらず視線を感じ続けいる。特に俺とりんなんかはイチャついているようにしか見えないので、嫉妬の視線はより強くなっていた。
ただし、コウとりんは全く気付いていない模様。
「ねぇねぇ、タケルのポップコーンもらってもいい?」
「いいけど、コウのだって滅茶苦茶余ってるじゃん」
「バナナキャラメル味を買ったんだけど、甘ったるくて……」
「だからオーソドックスな塩にしとけって言ったのに」
文句を言いつつも、コウに自分が買ったポップコーンを差し出す。ついでにキャラメルバナナ味を貰ったのだが、これ以上は十分なくらいに甘かった。
「…………」
「りんさんや、つねる力がどんどん強くなってきてるんだけど?」
コウにポップコーンをあげたり、機嫌の悪いりんを宥めたりしているうちに目的の映画が始まる。そして、
☆ ★ ☆
「いやー、面白かったね!」
「評判通りの面白さだったな~」
CGもさることながら、ストーリーも中々でとても勉強になった。
「特にCG部分は圧巻の出来だったよね。今度はロボットもののゲームでも作ってみる?」
「作ってもいいけど、モーションとか作画とか、かなり面倒じゃないか?」
「そこは、はじめも含めてみんなに頑張ってもらうということで!」
「とんでもない激務になりそうだからやめておいた方がいいと思うぞ」
「というか、こんな所でも仕事の話をしている二人の方がどうかと思うわよ」
感想の言い合いから仕事の話に発展した俺たちを見て、りんが「はぁ」とため息をついている。ちなみに今は少し遅めの昼食を食べている最中だった。
「だけどあの映画、りんも面白いしすごいと思ったでしょ?」
「ま、まぁ、それはそうだけど……」
なんだかんだりんも映画を楽しんでいたらしい。映画の最中、チラッと彼女の方を向いたんだけど、コウと同じくらい目を輝かせてたからな。りんにもまだ子供っぽいの部分があるのだと少しほっこりした。
「さて、この後はどうしようか?」
いち早く昼食を食べ終えたコウがコーヒーを飲みながら視線を向けてくる。
「うーん……あっ! それなら服屋にでも行かないか?」
「別にいいけど、タケルって服を実際の店舗で買うようなタイプだったっけ? 店員が寄ってくると頭を下げて逃げちゃうようなタイプでしょ?」
「否定できないのが辛い……じゃなくて、誰も俺の服を買うだなんて言ってないだろ?」
「えっ?」
「……なるほど。タケルにしては名案ね」
りんは俺の企みが分かったようで悪い顔をしている。コウだけが意味が分からず「えっ? ……えっ!?」と困惑するばかり。
「確かこのショッピングモールには……あっ、やっぱりあった。タケル、ここのお店でいい?」
「……バッチリだよりん。それじゃあ早速その店に向かおうか。コウの気が変わらないうちに」
「そうね。コウちゃんの気が変わらないうちに」
「ちょ、ちょっと! 何が何だかさっぱり分からないんだけど!?」
企みを話せばコウの奴が逃げかねないので、何も教えないまま目的地まで引っ張っていく。
しばらく歩いていくと目的の場所に到着する。
「こ、ここって……男性ものじゃなくて女性用の服屋じゃん!?」
驚きの声を上げるコウ。このお店は俺もテレビで見たことがある。可愛い系の服からカジュアル系の服まで、女性の服なら基本的に何でもそろっているらしい。
俺には一生縁のないお店だと思ったのだが、まさかこの様な形で来ることになるだなんて。
「え、えっと、このお店に来たのはりんの服を選ぶためだよね?」
「そんなわけないでしょ。もちろん、コウちゃんの服を選ぶためよ。ねっ、タケル?」
「もちろん。普段から同じような服しか着ないコウに、新しい洋服を選んであげようと思って」
笑顔を見せる俺とりんを見てコウの瞳が大きく見開かれた。
「い、いい、いらないいらない!! 絶対いらないからね、新しい服なんて!!」
「さぁーて、時間も無くなっちゃうしさっさと行こうか」
「そうね。さっさと行きましょうか」
「ちょっと、どうしてこんな時ばっかり息ぴったりなのさーー!!」
ギャーギャーうるさいコウを無理やり店の中へと引っ張っていく。
「よしっ、早速コウに似合う服を選んでいこう。俺的にはカジュアル系の格好も似あうと思うんだよね。コウって結構背も高いし、足も長いだろ。それこそショートパンツとか似合うんじゃないか?」
「うーん、タケルにしてはいいセンスしてると思うけど、コウちゃんにはやっぱりスカートとかワンピースが似合うわよ。コウちゃんって、ちゃんとすればすごくお嬢様っぽいから」
「うぐぐ……確かにコウのワンピース姿は捨てがたいかも」
「わ、私はいつも通りの格好でいい――」
『それはダメだ(よ)』
「だから、息ぴったりすぎるって!!」
その後は主にりんが主導となって服を見繕っていく。俺も横でるんっ! ときた洋服に関しては進言しているものの、りんのセンスには敵いそうもない。
まぁ素材がいいからなに着させても似合うと思うんだけどね。そんな感じで服を選んでいき、コウに服を手渡した。
「こ、こんなに着るの……?」
「もちろんよ。むしろこれだけじゃ足りないくらいなんだから!」
「うへぇ……」
コウは露骨に嫌そうな表情を浮かべるも、渋々更衣室の中へと入って行く。そして着がえを終えて出てきたコウは……ただの天使だった。
「…………」
彼女が着ていたのは、普段なら絶対に聞ないであろう花柄のワンピースだった。その上に白っぽいカーディガンを合わせている。
「…………似合ってないでしょ?」
頬を赤く染め、そっぽを向くコウ。一方、
『……ごふっ』
俺とりんは口から血を吹き出していた。その表情と言葉は反則だよ。血を拭きとった後、俺とりんは同時に口を開く。
『可愛いっ!』
「っ!?」
コウの顔がより一層赤く染まる。なに着せてもとは思ったけど、やっぱり可愛かった。丈も膝より少し上くらいなため、彼女の白くてすらったとした足が惜しげもなく披露されている。
「やっぱり私の見立てに間違いはなかったわね。コウちゃんのいいところが余すところなく表現されてるわ」
「くっ、似合うとは思ってたけどここまでとは……さすがりんだよ」
「うふふ、褒めたところで何もでないわよ?」
「二人とも、私を放置しないで!!」
そのままコウの着せ替えショーは続いていき、結局2着分を購入することになった。もちろん俺とりんのお金で。
「うぅ……酷い目にあったよ」
「俺は凄く楽しかったけどな」
「私は楽しくない! こうなったら、タケルのも選ぶ!」
「えっ? 俺の?」
「そう! タケルだって私と同じように毎日似たような服しか着てこないでしょ? だからだよ!」
恐らくコウとしては先ほどのお返しをしたいのだろう。しかし、りんが俺の服をコウと一緒とはいえ選ぶとは思えない。そう思っていたのだけど、
「まぁコウちゃんの言う通り、いい機会かもね。今日は時間もあるし、行ってもいいわよ」
「よしっ、決定! そうと決まれば次はメンズのお店にレッツゴー!」
反論する暇もなかった。コウの時ほど乗り気ではないとはいえ、りんが行ってもいいというなんて……。
今度は俺が引きずられるような形で引っ張られていく。そしてこれまたテレビでやっていた、男性用の服なら基本的に何でもそろっているお店に到着した。
「取り敢えずタケルは店内を適当にぶらついてて。私は服を選んでくるから」
それだけ伝えるとコウはぴゅーと駆けて行ってしまう。
「もうっ! コウちゃんってば、あんまり急ぐと転ぶわよ」
横のりんが呆れ顔で呟いている。その姿はさながらお母さんだ。
「……何か失礼なこと考えてるでしょ?」
「……別に」
考えを読まれたのか、半眼で睨まれる。何度も言うけど、りんの傍ではおちおち考え事もできない。
「まぁいいわ。それじゃあ私も探してくるから」
「えっ! 本当に服を選ぶつもりなのか? てっきり冗談だと思ってたんだけど」
「コウちゃんだけ選んで私が選ばないのも変でしょ? だから仕方なくよ、仕方なく」
そういってりんも服を選びに店内へと歩いて行ってしまった。
「……もうどうにでもなれ」
コウを着せ替え人形にしたことは事実なので、俺も同じ扱いを甘んじて受け入れよう。
そんなわけで俺も店内をぶらぶらし始める。普段はネットでしか服を買わないので、こうして実物が並んでいる姿を見るのは久しぶりだ。……って、働いたら負けTシャツまで売ってるのかよ。何でも売ってるんだなこのお店。
「あっ、タケルいた!」
「コウ、選び終わったのか?」
「うんっ! それじゃあ早速着てみてよ」
「分かった分かった」
コウから服を受け取り俺は更衣室へ。
(さて、コウはどんな服を……ってこの服)
取り敢えず選んでもらった服を着て更衣室のカーテンを開ける。
「オイコラ、なんてものを持ってきたんだよ」
「あははっ! タケルってば、めっちゃ似合ってる」
俺が着ていたのは、先ほど目にした働いたら負けTシャツだった。コウは俺を見て大爆笑している。
「心配しないでタケル。それはコピー品じゃなくてちゃんとしたところから出されてる物みたいだから」
「あぁ、それなら安心……って、違う違う。そういう問題じゃない!」
「他にも同じようなTシャツを入れといたからね!」
「そうなの? ありがとう……じゃなくて!!」
「あははっ!! ナイスツッコミだよタケル!」
どうやらからかわれていただけらしい。目に涙まで浮かべるコウをジト目で見つめる。
「ごめんってタケル。それに普通の服もちゃんと入れといたからさ!」
「最初からそっちを着ればよかった」
面白Tシャツを除いて、コウの選んでくれた服はなかなかいいものだった。自分の琴線に触れたもの一つだけ選び、それ以外は元の場所に戻す。
「さて、残るはりんか……」
「タケル。選んだから来てみて頂戴」
「あぁ、分かった……って、面白Tシャツのくだりはコウで既にやったから」
「あらそう?」
言わなければりんもやるつもりだったのか……。今回は水際で止めれたからよかったけど。
なんて思いながらりんの選んでくれた服を手に、もう一度試着室へ。そして選んでもらった服を着てから試着室から出る。
「どうでしょうか?」
「なんかタケルっぽくないね~」
「それって褒め言葉?」
「もちろん、いい意味でタケルっぽくないって意味!」
りんに選んでもらった服はコウに好評みたいだ。
「……うーん、まぁこんな所かしら? 普段のTシャツ、ジーンズ姿よりはましだと思うわよ」
一方りんは顎に手を当ててふむふむと頷いている。褒めてるのか貶しているのかよく分からない。恐らく後者だとは思うけど。
「タケルって素材は悪くないんだから、もっとお洒落に気を使ったらどう?」
「それは盛大なブーメランだぞ」
そんなこんなで俺の服を買った後はりんの服も購入し、ちょうどいい時間になったため、俺たちはそろそろ帰ることに。
「じゃあね、二人とも! また会社で~」
待ち合わせた場所から手を振りながら帰っていくコウを見送り、俺とりんは行きと同様に同じ電車へと乗り込む。
電車の中で適当に会話を交わし、最寄駅で降りた俺たちはマンションまでの道のりを歩いていく。
その途中、
「あっ、俺はコンビニで晩ご飯を買ってくから、りんは先に帰ってくれて大丈夫だぞ」
家の冷蔵庫に何も入っていなかったことを思い出し、マンションの近くにあるコンビニ寄ろうとする。
しかし、コンビニに行くと言った俺を見て、りんの目がスッと細められた。
「な、なんだよ?」
「タケル、まさかとは思うけどこの一週間ずっとコンビニだったりするの?」
「男の一人暮らしなんだし、それが普通だろ? むしろ自炊するときの方が珍しいよ。妹が来た時くらいしかまともにキッチン使わないし」
「はぁ……ねぇ、流石にお米とインスタントの味噌汁くらい家にあるわよね?」
「それくらいはあるけど、どうかしたのか?」
「なら問題ないわね。じゃあ行くわよ」
「えっ? ちょ、おいっ!」
どういうわけかりんが俺の右腕をがっちりと掴み、スタスタとマンションへ歩き始める。
「りん! コンビニは……」
「いいから!」
有無を言わさない口調に、俺は渋々彼女の後についていく。そしてマンションの自室前についたところで「ちょっと待ってて」と言われ、訳が分からないままその場に立ち尽くす。
(一体何だっていうんだよ?)
若干イライラしつつりんを待っていると、数分ほどで彼女は家から出てきた。そして、
「……はい、これ」
タッパーのようなものを俺に差し出してきた。なんじゃこれ? と俺が首を傾げているとりんが少し赤い顔のまま続ける。
「……たまたま作り過ぎてたサラダと肉じゃが。お米は自分で炊いて食べなさい」
どうやら、俺に肉じゃがとサラダをおすそ分けしてくれるらしい。ただ、頭の理解が全く追いついていなかった。
「へっ? も、もしかしてくれるのか?」
「あげなきゃこうして持ってきてないわよ。……それで、いるのいらないの?」
顔をそっぽに向けながらもタッパーを持つ手はそのまま。むしろ、グイグイ押し付けてくる。
「あっ、も、貰います貰います」
慌ててタッパーを受け取ると、りんの表情が少しだけやわらかくなる。
「全く……はじめから素直に受け取りなさいよね」
そう言ってりんは俺の胸を人差し指でとんっ、と優しく押す。
「この前も言ったけど、健康には十分気をつけなさい。身体は大事な資産なんだからね? それにタケルがいなくなると……みんな困るんだから。もちろん、私も」
不覚にもその言葉に、仕草に、俺の顔が熱をもった。
「お、おぅ……これからは気を付ける」
「……じゃ、私はこれで。今日はお疲れ様」
それだけ告げるとりんはそそくさと部屋の中へ戻っていった。
ただ、部屋に戻る前に見えたりんの耳は真っ赤に染まっていたため、多分恥ずかしくなったのだろう。
彼女が戻っていった部屋の扉を少しだけ見つめてから俺も自分の部屋へと帰る。それから米を炊き、りんからもらった肉じゃがを温めて食べたのだが、
「……めっちゃうまいな」
思わず呟いてしまうほど、りんの料理は美味しかった。
読了ありがとうございます。評価や感想等、お待ちしております。
次回の投稿に関して何ですが、正直いつになるか分かりません。恐らく5月の下旬か6月にまでずれ込むかも……他の作品に関しても同様です。
理由は活動報告で言っている通りですが、大きく期間が開いてしまうのはここまで読んで下さっている皆さんには本当に申し訳ない限りです。
ただ、失踪はしないので気長に待って下さればと思います。
それではまた次回もよろしくお願いします。