八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する   作:グリーンやまこう

15 / 25
 久々に期間をつめて投稿したんですけど、疲れました。ほんと毎日更新や、2日に一話投稿している方には頭が下がります。
 まぁ、自分はしんどいのでしませんけどね! これからも安定の投稿ペースでいきますのでよろしくお願いします。


人とは変わることで成長していくものである

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、休日出勤ってのはやっぱりなれないな……」

 

 とある土曜日。俺は大きく伸びをしながら、イーグルジャンプまでの道のりをのろのろと歩いていた。

 以前休日出勤はもってのほかとか言ってた気がするのだが、ちょっと進めたい仕事があったので今回土曜日であるにも関わらず、出勤しているというわけである。

 まぁその代わりに今週はほとんど残業せずに帰っていたので、休日出勤できるくらいの体力は残っていた。

 

「ふぅ、やっと着いた」

 

 社員証をかざしてオフィス内に入る。すると、

 

「キャラクターデザイナー、青葉~」

 

 コウの席で涼風さんが得意げな笑顔を浮かべていた。その一部始終を見ていたらしいひふみが驚きのあまり鞄を落とし、涼風さんが「ぎゃー!!」と悲鳴を上げる。

 もしかすると、彼女は仕事のし過ぎで疲れているのかもしれない。

 

「いや、あのちょっとした出来心というか何というか。八神さんの気持ちを味わってみたかっただけですので!」

 

 顔を真っ赤にして慌てる涼風さん。そんな彼女を見て俺はホッとする。

 どうやらコウに憧れての行動だったらしい。頭がおかしくなったわけではないみたいなので安心した。

 

「あ……青葉ちゃん。えっと……ね」

「?」

 

 ひふみが顔を真っ赤にしながら何かを伝えようとしている。

 

「……ふぁいと」

 

 胸の前で控えめに拳を握るひふみ。恐らく、キャラクターデザイナーになることを応援しているのだろう。それにしても、ひふみの「ふぁいと」は控えめに言っても可愛い。

 

「あ、ありがとうございます?」

 

 ただし、涼風さんにはうまく伝わっていない模様。

 

「おはよう二人とも」

 

 いつまでも二人の事を見ていたら覗きと勘違いされかねないので、見ていない体を装って二人に声をかける。

 

「あっ、興梠さん! おはようございます」

「お、おはよう……タケル君」

「二人揃ってコウの席で何やってんだ?」

「へぇっ!? い、いや、べべべ別に、何もしてませんよ! キャラクターデザイナーの気分なんて味わってませんからね!?」

 

 うーん、その言い方はほぼ答えなんだよなぁ。慌てる涼風さんに思わず笑みがこぼれる。

 

「ど、どうして笑うんですか!」

「いや、涼風さんは素直で良い子だなって。ひふみもそう思うだろ?」

「う、うん……青葉ちゃんは、素直で可愛いよ……」

「もーーー!!」

 

 ひふみにもからかわれて顔を真っ赤にする涼風さん。さて、いじるのはこの辺りまでにしよう。これ以上は後輩からの信頼を失いかけないし。

 

「……それにしても、今日は珍しくコウはいないんだな」

 

 コウの机に視線を移す。今日も泊まってるもんだと思って出社したから、ちょっと意外だった。もう自分の家より会社で寝泊まりしてる方が多いと思ってたし。

 

「確かにそうですね。……というか、八神さんの机っていつも散らかってますよね」

 

 涼風さんの言う通り、コウの机には飲み終えた缶やらキャラデザの紙やら色々なものが散乱している。

 

「コウは片付けるの苦手だからな~。流石にゴミとかは捨ててるけど」

「だ、だいたい……りんちゃんが、片付けてるよ……」

 

 彼女の言う通り、あまりに汚くなってくるとりんが「全く、普段から片付けないとだめでしょ?」と言いながら片付けていた。完全にコウの保護者と化している。

 ちなみに俺の机が散らかっていると、「机が汚いわよ」と冷たい視線を向けられる。もちろん片付けてくれない。

 

「遠山さんって八神さんのお母さんみたいですね」

「あながち間違ってないよ。でも、その事を本人に言うと怒られるから注意な」

 

 前回の空調騒ぎの時に怒られたし……。まぁ、怒られるのは俺だけで涼風さんの場合は苦笑いで終わるかも。

 

 以前はじめが、『遠山さんってたまに八神さんのお母さんみたいですよね!』って言った時は複雑な表情を浮かべてただけだったからな。

 

「そういえば前から気になってたんですけど、この紙って……?」

 

 涼風さんがチラチラと、コウの席に置いてあった大量の紙束に視線を向ける。俺も詳しくは知らないけど、多分だけどコウが描いたキャラデザの紙だろう。

 そこでひふみが両手で目を覆う。

 

「……み、見てないから」

「いや、そんな風に言わなくても、別に涼風さんは悪いことをするわけじゃないから。……しないよね? 破ったりしないよね?」

「しませんよ!! ただ、その紙を少し見てみたくて」

「あぁ、見るくらいなら大丈夫だと思うぞ」

「ですよね! じゃ、じゃあ少しだけ……」

 

 ぺらぺらと紙をめくっていく涼風さん。その表情は真剣そのものだ。

 

「うわっ、これ全部キャラデザの絵なんだ」

 

 コウの描いたキャラデザの絵を見て、涼風さんが感嘆の声を上げる。確かにこれだけキャラデザの絵があれば驚くのも無理はないだろう。

 

「……微妙な違いだけど、八神さんも結構ボツ出してるんですね」

「コウちゃん……、頭抱えていること、多いよ」

「へぇ……八神さんって没を出すイメージがなかったのでちょっと意外です」

「コウも人間だってことだよ」

 

 涼風さんの言葉に俺は苦笑いで答える。

 

 コウは様々な媒体で天才と称されているが、彼女だってもちろん人間。没だって出す。ただ、没のレベルも非常に高く、俺なら採用してしまうようなキャラデザもある。

 

 要するに八神コウは天才がゆえにストイックで、ストイックに努力できるからこそ天才なのだ。

 

「遠山さんの机は綺麗ですね……あっ」

 

 りんの席に飾られていた写真立てを見て涼風さんが声を上げる。

 

 そこには、若かりし頃のコウとりんが一緒になって写っていた。フェアリーズストーリー1が発売された当時の写真だろう。

 しばらく眺めていた涼風さんだったが、とあることに気付く。

 

「……あれ、でも興梠さんが写っていないような?」

「一応一緒に写ってるんだけど、だいぶ端の方にいてみきれてるんだよ」

 

 まぁ、りんの事だからもし写っていたとしたら消去したと思うけど。それこそ極秘文書の如く黒塗りで。

 

「それに、昔はコウやりんと仲良くなかったからな」

「えっ!? 遠山さんはともかく、八神さんともですか?」

「コウちゃん……、無口だったから」

「あっ、確かに八神さんの雰囲気が違いますもんね」

「コウの雰囲気もそうだけど、俺の性格にも問題があったしな」

 

 本当に一年目の俺には目も当てられない。この美術部には問題があるくらい問題があったからな。

 今思い出しても頭を引っ叩きたくなる程である。その場を転げまわりたいくらい恥ずかしい。

 

「なんか興梠さんの性格に問題があるってのも意外ですね。ずっとこの感じだと思ってたんですけど」

「あの時の俺はまだまだ若かったってことだよ」

「どんな感じだったんですか?」

「それは黒歴史だから勘弁してくれ」

「むぅ……ひふみ先輩は知ってますか?」

「……多分、私が入社する前の話。私が入社したときはもう、今のタケル君だったから。……それに、聞いても教えてくれないし」

 

 むすっ、とした顔を俺に向けてくるひふみ。正直、その表情が可愛すぎてぽろっと口に出しそうになったのは内緒。あざとすぎませんかねぇ。

 

 当時の俺を知ってるのはコウとりん。それに葉月さんだけだしな。コウとりんは聞かれても言わないだろうし、葉月さんには「絶対に言わないで下さい」とくぎを刺してあるから大丈夫……だと思う。

 未だに過去のネタでいじってくるのはやめてほしい限りだけど。

 

「それにしても八神さんが無口だったなんて、あんまり想像できませんね」

「今のコウを見てればそう思うだろうな~」

「私も、席が隣の頃があったんだけど、話しかけて……こないから、いい人だな……と思ってたのに……。ある日突然……」

 

 当時のひふみは、いきなり話しかけられてビクッとしてたことを思い出す。まぁコウも部下を持つようになって、いつまでも無口なままでいられなくなったからな。

 

「な、なんか私もよく話しかけちゃってごめんなさい……。でも最初の頃に比べるとひふみ先輩も喋ってくれるようになりましたね!」

「え? あ、青葉ちゃんは……ちょっとだけ、話しやすい……から」

「へっ!? な、なんだか照れちゃいますね……」

 

 顔を赤くして頬をかく涼風さん。ひふみが話しやすいということは、よっぽど涼風さんはコミュニケーション能力に優れているのだろう。

 

「だけど、それは興梠先輩にも言えるんじゃないですか? ほらっ、ひふみ先輩は興梠先輩とは笑顔で話してますし」

「っ!? え、笑顔で……話してた!?」

「はいっ! 私もあんな笑顔でひふみ先輩に話してほしいです!」

「えぇっ!? そ、それは、ちょっと……うぅ……」

 

 涼風さんは笑って話してるけど、どういうわけはひふみの顔は真っ赤に染まっている。今、涼風さんはひふみの事を褒めてるはずだよね?

 

「青葉ちゃん、その時の笑顔……、忘れて」

「お金っ!?」

 

 諭吉さんを財布から取り出して、涼風さんに手渡すひふみ。笑顔を見られていたのがよっぽど恥ずかしかったらしい。

 

「だ、だって……」

「さっきも言いましたけど、ひふみ先輩の笑顔をも可愛かったですよ! ねっ、興梠さん?」

「えっ?」

 

 予想外の流れ弾に俺は間抜けな声をもらす。このタイミングで俺に話ふるの? 絶対に振る相手を間違えてると思うけど、俺以外に誰も来ていないので仕方がない。

 だけど、何を言っても間違いのような気がするので答えたくない。

 

「……タケル、君は……、どう……思うの?」

 

 なぜか期待を込めた瞳を向けてくるひふみさん。やめて! そんな目で俺を見つめないで! 余計に答えずらくなっちゃうから。

 

『…………』

 

 しかし、黙っている間にも二人からの『答え待ってます』という視線は強くなる。何時までも黙っているとその視線がより一層強くなりそうだったので、俺は頭をかきながら答える。

 

「そりゃ、俺だってひふみの笑顔は魅力的だと思うけど……」

 

 流石に可愛いというのは気が引けたので、魅力的という言葉に変換しておく。

 

「興梠さんってば、うまく言葉を選びましたね?」

「涼風さん、俺をいじめないでくれ」

 

 新入社員に翻弄される入社して約8年の社員がいるらしい。一方ひふみは、

 

「……ふふっ、そっか。……魅力的……か。おかしく……ないんだ」

 

 俺の返事に満足してくれたようで、ニマニマと口元を緩ませていた。胸をホッとなでおろす俺。

 

「青葉ちゃん、ひふみちゃん、おはよう。後タケルも」

 

 そのタイミングで同じく休日出勤のりんが声をかけてきた。毎回の事だけど、俺のついで感が酷い。

 

「みんな早いわね。三人で何を話してたの?」

「ちょっと昔の八神さんの事とか色々です!」

「昔のコウちゃん?」

「はいっ! 今とはちょっと違うって、興梠さんとひふみ先輩に言われたので」

「あぁ、確かに昔は無口でギラギラしてて近づきにくい雰囲気はあったけど……それがかっこよかったわね!」

「そ、そういうことじゃなく……」

 

 急に惚気はじめたりんに、涼風さんが困惑の声を上げる。彼女の周りだけ花が咲いているようだ。

 ひふみはいつも通りの事だと知っているので苦笑い。俺はげんなりしていた。

 

「昔から実力は凄くて誰よりも頑張ってたんだけど、コミュニケーションが苦手だったのは確かね。正直だったから、思ったことをそのまま口に出しちゃって先輩ともめたことも多かったし……」

「……そうだな。コウは正直だもんな」

 

 今でこそコウが正直に何かを言っていると理解できているのだが、その事が分からなかった新人時代は少し違った。

 

 

 

『その絵、没にしちゃうの? 私はいいと思うけど』

 

 

 

 コウは思った事を言っただけ。しかし、コウの圧倒的才能を知っていた俺には、皮肉めいた言葉に変換されて脳内に届いていた。

 

 

 

『あんたの絵にしてはいいと思うよ』

 

 

 

 そう言われたみたいに。

 今思えば曲解もいいところなのだが、当時の俺はそう考えてしまったのだ。ほんと、若いって恐ろしい。

 

 

 

「でも、そのままだと指揮する立場になれないから、コウちゃんも自分なりに頑張ってるの。まだちょっと空回りしちゃうところもあるんだけどね」

「いや、八神さんは普通に頑張ってて、すごいと思いますけど?」

「頑張ってて可愛いでしょ? ふふっ!」

「…………」

 

 まーた惚気だしたよ、この人。そこはコウを褒めるとこだろうに。ニマニマする上司を見て涼風さんが微妙な表情を浮かべると、俺の耳元に顔を寄せてくる。

 

(八神さんの事になると遠山さんも空回りしてますよね?)

(それは言ってあげないでくれ涼風さん。本人も無自覚だから)

 

 コウの事になると冷静さを失うのはどうにかしてほしい。涼風さんも困ってるから。

 

「でも他のみんなもそうだけど、コウちゃんと仲良くしてくれてありがとう。私も助かってるわ」

「い、いや、私も意識して仲良くなってるわけじゃないですよ!」

「それでもよ。コウちゃんが誰かと仲良くしてる姿を見るのはやっぱり嬉しいから」

「そ、そんな事は……だけど、八神さんも結構気を遣ってくれていたんですね。じゃあ私も、八神さんに合わせて子供っぽくふるまうべきかな?」

「青葉ちゃんはそのままでいいのよ!!」

 

 余計な気をまわそうとした涼風さんをりんが慌てて止める。やっぱり良い子だし、大人だよ涼風さんは。外見は子供っぽいけど。

 

「……興梠さん。今失礼なことを考えてました?」

 

 ジトっとした目で睨まれる。俺が悪いのか、涼風さんが鋭いのか知らないけど、彼女に対しても考え事はできそうにない。どうして女性の方は、そんなに勘が鋭いんですかね。

 

「タケル君は……すぐに、顔に出るから……」

 

 ひふみさん、あなたもです。

 

「タケルが分かりやすいのはいいとして、今のコウちゃんだって素だと思うわ。明るく振る舞うのが恥ずかしくて、照れ隠しでああしてるのかもね」

「なるほど……そうだったんですね」

「確かに、コウは作画以外は不器用だし。そこが可愛いところでもあるんだけど」

「興梠さんも空回りしてますよ……」

「タケル君も……コウちゃんと同じで……、正直、だから」

「今の言葉はコウちゃんに報告ね」

「やめて下さい、お願いですから」

 

 俺が頭を下げ、三人から笑い声が漏れたところで涼風さんが改めて口を開く。

 

「お話聞いてると私は今の八神さんでよかったな……って、そう思います」

「それは良かったわ」

 

 涼風さんの言葉にりんが嬉しそうに微笑む。彼女にとっても今の言葉は自分の事のように嬉しいはずだ。

 

 変わる前でも、変わった後でも、コウの一番の理解者であるりんだからこそ。

 

ガタッ

 

『?』

 

 そこでひふみが勢いよく椅子を引いて立ち上がった。何事かと思ったら、顔真っ赤にして口を開く。

 

「わ……私も、い……めちぇん、……したい、……けど」

 

 そこまでいってひふみがガクッと肩を落とす。どうやら自信が無くなったらしい。

 

「わーーーー! 私は今のひふみ先輩が好きですよ!?」

 

 ナイスフォローだよ涼風さん。ほんとこの子には頭が下がる。

 

 そんな話をしているうちに就業時間となったので、俺たちは今日の仕事に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 その日の夜。出社してきたコウからとあることを言われた。

 

「ねぇタケル。さっき青葉から『私、応援してます!』って言われたんだけど、私ってそんなに心配されているのかな?」

「……多分涼風さんの勘違いだと思うから気にしなくて大丈夫だよ」

 




NEW GAME! 7巻、みんな買うんだぞ?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。