八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する 作:グリーンやまこう
「お疲れ様です。あなたが涼風さん?」
今日も今日とて企画の仕事をしていた俺の耳に珍しい声が届く。珍しいって言っても普段から顔を合わせてるし、このブースに来ることが珍しいという意味だ。
それにしても彼女が涼風さんを探してくるなんて……涼風さんが作ったキャラにエラーが出たのかもしれない。
少しだけ心配になった俺は涼風さんのブースを覗き込む。
「プログラムチームの者なんですが、あなたのNPCからエラーが出ていました」
「えっ……す、すいません」
「調べたら単純ミスばかりなのですが……それが何体もあって困っているんです」
覗き込んだ先では厳しい表情を涼風さんに向けるうみこさんの姿があった。
阿波根うみこ。沖縄出身で、日焼けした肌と茶髪がトレードマーク。性格は真面目で手を抜けない性格。自分にも他人にも厳しいせいか、ミスをすると厳しく指摘しまいがちである。
顔が美人なのも相まって、怒った時の迫力はりんに匹敵するものがある。今、涼風さんに指摘している様子からその事は何となくわかるだろう。ただし、根は優しい人なので厳しく叱責した後には「厳しくし過ぎました……」と分かりやすく落ち込んでいる。それがなんか可愛い。
ちなみに阿波根というのは沖縄県特有の名字なのだが、本人はその名前を呼ばれたくないらしく『あはごん』と呼ぶとエアガンで額をうたれるので注意。
一応ひふみより後の入社(他社からの転職)であり、俺の方が先輩にあたるのだが、呼び捨てで呼ぶのはちょっと気に引けたため毎回「さん」をつけている。
「これは重要NPCですか?」
うみこさんが涼風さんのパソコンを覗き込む。その画面には、涼風さんが村人以外で初めて作った重要NPC(ソフィアちゃん)が映っていた。
「あ、はい。今完成したところで」
「……すごく可愛いですね」
「ありがとうございます!」
「でも、これもエラーが出ています。すごく困るんですけど?」
あげてから落とすパターン。うみこさんの指摘に涼風さんの表情が再び固まる。
「ここに「error」とその内容が書いてあるでしょう?」
「あっ、ほんとだ。今はじめて気づきました」
「…………」
初めて見たといった涼風さんに、うみこさんが怪訝そうな表情を浮かべる。そういえば涼風さんに「error」の事一切教えてなかったような……。コウが教えてるもんだ思ってたんだけど。
「今までは誰も注意してくれなかったんですか?」
「八神さんは特に何も……」
「ちっ、あいつ……」
うみこさん、その表情で舌打ちなんてしないで! 涼風さん、めっちゃ怯えてるから。
「些細なエラーが大きなエラーに繋がることもあるんですよ?」
「ご、ごめんなさい。すぐに直しますので……」
「当然です。はぁ……相変わらずグラフィッカーは見た目にしか気にしないから」
ため息をつき始めたうみこさんの横で涼風さんが目に見えて落ち込んでいる。このままだと二人とも余計に落ち込みそうなので、うみこさんに声をかける。
「お疲れ、うみこさん」
「お疲れ様です、タケルさん」
「話を聞いてたんだけど、ごめんなうみこさん。俺たちの教育不足のせいでデバック班に迷惑をかけたみたいで」
「いえ、あなたは気にしないで下さい。悪いのは直属の上司であるコウさんですから」
「それでもだよ。涼風さんは一応俺の後輩でもあるわけだし」
「はぁ……相変わらずタケルさんはコウさんに甘いですね」
「そんな事はないよ。涼風さんもごめんな」
「あっ、いえ、そんな事は……」
へこんでいる涼風さんを見て言いすぎたと気付いたのか、「こほんっ」とうみこさんが咳払いをする。
「ま、まぁ、直していただければそれで構いません。これがリストです。修正できたらご連絡を」
「分かりました。えっと、うみこさんでよろしいですか?」
「はい。これからもよろしくおね――」
「あっ、アハゴンだ!」
せっかくいい感じにまとまりそうだったのに、余計な声が割り込んできた。「アハゴン」と呼ばれた瞬間、うみこさんはどこから取り出したのかエアガンを取り出し、躊躇なく引き金を引いた。
ぱんっ!
「あうっ!」
声の主であるコウが撃たれて額を押さえている。エアガンじゃなかったら即死だっただろう。
一方、状況を理解できない涼風さんと近くでいきなりエアガンを発砲されたひふみは驚いていた。
「名字で呼ぶなといつも言っているでしょう?」
「だってアハゴンって名前、見た目とあってるよ」
「あってません!!」
「いたっ、いたっ! ゴーグルない人撃つな~」
「ちょっ!? うみこさん、連発しないで下さい。な、流れ弾が……いたっ!?」
流れ弾をくらってコウと二人、額を押さえる。どうして俺まで……。
「アハゴンさんって言う苗字なんですか?」
「阿波根と書きます。沖縄出身なので……でも涼風さんもタケルさんを見習って「うみこ」と呼んでください。いいですね?」
「は、はい……」
うみこさんからの圧力に涼風さんが冷や汗を流しながら頷く。その後、うみこさんは元のブースに帰っていったが、涼風さんはやはり落ち込んでいる。
「落ち込むなって。あれでもいい人だからアハゴン」
「はい」
さて、こっちはコウに任せて俺はうみこさんの様子でも見に行くか。想像通りならブースを出てすぐのところで落ち込んでいるはずだし。
俺がブースを出ると案の定、「言いすぎました……」と呟くうみこさんの姿が。
「落ち込むくらいならもう少し優しく指摘してあげてくださいよ」
胸に手を当て、見るからに落ち込んでいるうみこさんに声をかける。
「……タケルさん。すいません、涼風さんを落ち込ませてしまったみたいで」
「それについてはコウもフォローしてたし、問題ないですよ。元はと言えば、涼風さんにきちんと指導してなかった俺たちが悪いんですから」
「でも、涼風さん結構怯えてましたし、絶対嫌われました……」
「いやいや、そんなことないですよ。涼風さんもうみこさんの指摘はその通りだと思っているはずで――」
「……反省しているお猿さんみたいでしたね。そういえば」
「何の話ですか……」
俺のフォローを帰してください。というか、何がどうなって反省してるお猿さんの話になったんだよ。
「……って、何を考えているんですか私はっ!」
「ほんとですよ」
「だけど、ほんとにお猿さんならおもちゃか餌付けをしてあげれば機嫌も直りますよね?」
「話を聞いてください、うみこさん」
「何かないでしょうか……」
「もしもーし?」
そこでハッとうみこさんが我に返り、顔を少しだけ赤く染めてこちらを睨んできた。
「……聞きましたね?」
「いや聞きましたとかそういう問題じゃなくて、うみこさんが勝手に呟いてたんですよ」
「これはもうエアガンの餌食になってもらうほかありません」
「なんて理不尽な……」
「……冗談ですよ」
「冗談ならそのエアガンをしまって下さい」
うみこさんの冗談は少しだけ分かりずらい。真顔で冗談言うタイプの人だからな。今のは冗談というよりは照れ隠しだと思うけど。
「まぁいいや。俺、やり残してる仕事があるんでブースに戻りますね」
「分かりました。涼風さんには修正の確認ができ次第、もう一度声をかけると言っておいてください」
「了解です」
うみこさんからの伝言を伝えに戻ると、そこにはいつもの四人に混ざってなぜか葉月さんが一緒にお茶を飲んでいた。
涼風さんが「またこの人は忽然と現れるなぁ……」という顔をしている。
「おや、興梠君じゃないか」
「どうして葉月さんがこんなところにいるんですか?」
「どうしてって、私がここにいるのに理由は必要かい?」
「そりゃわが社のディレクターがこんなところにいれば驚きますよ。というか、仕事はいいんですか? またうみこさんに怒られますよ」
ちなみに仕事をしない葉月さんを連れ戻すのはうみこさんの役目である。首根っこを掴まれて連行されている姿がたまに目撃されてるからな。
「大丈夫だよ。うみこ君は怒っているように見えて、実はあまり怒ってないから」
「……俺は怒られても知りませんからね。あと、涼風さん。うみこさんが修正の確認ができたらもう一度こっちに来るって」
「あ、はい。分かりました」
涼風さんに伝言を伝えると、俺は自分の席に戻りやり残していた仕事を再開させる。そしてそろそろ就業時間も終わりという時間。
「涼風さん、お疲れ様です」
涼風さんの作成したキャラデザの修正を確認したらしいうみこさんが、再び俺たちのブースにやってきた。
「アハ……うみこさんお疲れ様です」
「早速修正していただいてありがとうございました。ばっちりです」
「ほんとですか? よかった……」
うみこさんの言葉を聞いて安心した様子の涼風さん。俺も席を立ってうみこさんの元へと向かう。
「お疲れ様、うみこさん。修正作業の確認、ありがとうございました」
「いえ。確認するだけなので大したことではありませんよ。それよりもですね……」
そこでうみこさんが涼風さんの方へと向きなおる。
「先ほどは少し言いすぎてしまったのでお詫びを」
「へっ?」
少しだけ顔を赤くするうみこさん。どうやらうみこさんは修正確認の報告だけではなく、先ほど強く言いすぎた件を謝りにきたらしい。
涼風さんは涼風さんで「ほんとに気にしてたんだな……」という顔をしている。
「私の宝物の一つなんですが、ぜひ受け取っていただけると嬉しいです」
「えっ!? そんな……悪いのは私ですし、申し訳ないです!」
「いえ、数個持っているものなので気にしないで下さい」
そう言ってうみこさんが差し出したのは……なんだあれ? 涼風さんも似たような表情で彼女の差し出したものを見つめている。もしかすると、彼女の趣味であるミリタリーやサバゲー関連のものかもしれない。
「ああ、これは散弾銃の空の薬莢です。本物なんですよこれ、すごいでしょう? 沖縄のアメリカの兵隊さんに頂いたもので、貴重って程でもないんですが、火薬の香りも少し残っていて興奮してしまいます」
「は、はぁ……」
涼風さんが怒涛のマシンガントークについていけていないようで、完全に戸惑っていた。そもそも薬莢が何なのか、分かっていない気がする。
まぁそういう俺も、弾を打った時に出てくる殻みたいなものでしょ? くらいの知識しかない。俺は別にミリオタでもなければ、サバゲーを趣味としてやっているわけでもないからな。涼風さんには後でウィキペディアを開いて確認してもらおう。
「うみこさん、一旦落ち着いてください。涼風さんがポカンとしてるので」
「……あっ、失礼しました。私ったら……取り敢えずどうぞ」
「い、いえ……」
渡された薬莢を涼風さんは興味深そうに眺めている。
「ちなみに、私のデスクには他にも色々あるので、興味があれば是非いらしてください。といっても本物の銃は持ってないですが」
「持ってたら犯罪ですよ」
もっともなことを涼風さんがツッコむ。日本で銃なんかを持ち歩いていたら銃刀法違反で捕まるからな。
「ともかくありがとうございます。大切にしますね。うみこさんってミリタリー好きなんですね」
涼風さんの言葉にうみこさんの瞳が僅かに輝いた……気がした。なんだろう、少しだけまずい予感がする。
「う、うみこさん。涼風さんは疲れていると思うので今日はこの辺で――」
「そうだ、今度サバゲーに参加しませんか? 楽しいですよ?」
俺の制止空しく喋り出すうみこさん。
「え? いや、私運動神経なさすぎなのでちょっと……」
「うーん、確かに体力は使いますね。銃も軽くはないですし……ならFPSゲームなんてどうでしょう?」
どうやら涼風さんはうみこさんに気に入られてしまったらしい。
俺は退散しようかな……そう思い離脱しようとしたんだけど、ズボンの端を涼風さんに掴まれていることに気付く。視線を向けると、
(こ、興梠さんがいなくなったら困ります!!)
目だけでそう、訴えられた気がした。俺は仕方なくこの場に残ることを決意する。
「え、FPSゲームというのは……」
「一人称視点の銃撃戦ゲームと考えてください」
うみこさん、めっちゃグイグイ来るな……。ちなみに俺の頭の中では『FPSは遊びじゃないんだよ!』と叫ぶ干物妹が浮かんでいます。
「FPSって、ゲームがものすごくうまくないといけないんじゃ?」
「いやいや、重要なのは操作よりも立ち位置なので慣れなんです。対人相手の1キルの快感を知ってしまうともうたまりませんよ。それに対人が嫌ならCO―OPと呼ばれる協力プレイなんかもあります。うまく連携できた時が気持ちいいんです。とはいえ最初はうまい人のプレイを後ろから見習うのが基本ですが――」
「うみこさん、うみこさん! もう結構ですから。お腹一杯ですから!」
目の前で意気揚々と話すうみこさんに俺はとあることを思い出していた。
うみこさんと出会ったばかりの頃、彼女の机を見て『銃とかおいてありますけど、こういうのが好きなんですか?』と言ったことがある。そう聞いた瞬間、今みたいなことになった。
あの時に、もうこんなことにならないようにと誓ったはずなのにこの有様である。俺はまた同じような過ちを……。
その後うみこさんの話は、初心者でも始められるサバゲー談義、上級者向けのサバゲー談義、バカでもわかるミリタリー談義と続いた。
もちろん、涼風さんはうみこさんが話に夢中になっている間に帰らせました。