八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する 作:グリーンやまこう
「あ、もしもしあおっちー? 夏休み遊びにいこーよ―」
『…………』
「凄いんだよ大学。夏休みが二か月もあるんだってー。いいでしょー」
『……こっち、夏休みないみたい……』
「あ、ごめん……」
『開発終盤で忙しくてさ、夏休みがゲームが完成した後に貰えるんだって。……あっごめん。昼休み終わっちゃう。またね』
「……あおっち、大丈夫なのかな?」
☆ ★ ☆
さて、世間では大学生が夏休みだぜひゃっほー! とか言ってる季節に突入しているわけだが、我がイーグルジャンプにそんな暇はなく、開発終盤ということも相まって目まぐるしい日々が続いていた。
ちなみに先日、健康診断が行われたのだが特に異常は見当たらなかった。
しかし、その健康診断を担当した看護士が新人だったらしく、どうにもおぼつかない手つきで採血されたもんだから、ものすごく冷や冷やしたのは内緒。
あと、りんが「血を見て気分が悪くなったコウちゃんを膝枕してあげたのよ! いいでしょ?」と言ってドヤ顔されたのが腹立ちました。
男が女と一緒に健康診断できるわけないだろいい加減にしろ。……めっちゃ羨ましかったです。
そんな事はどうでもいいとして、うみこさんが何やら書類を見ていることに気付く。
「うみこさん、何見てるんですか?」
「あぁ、これですか? 明日からデバッグのバイトが来るので、その確認をしてまして」
「そう言えばもうそんな季節でしたね。どうです、良い子はいました?」
「まだ作業をしていないので何とも言えませんが、きっと大丈夫ですよ」
「優秀な子がいたら、その場で採用できるなら採用しちゃいたいくらいですよね。ただでさえ近年は人手不足が深刻ですから」
「まぁ、その辺は葉月さんが何とかしてくれると思いますよ。あんなんでも、人を見る目だけは確かですから」
酷い言われようである。まぁ、普段から仕様変更などでうみこさんに迷惑をかけているわけだから仕方がない。
ただ、人を見る目が確かなのは納得するしかない。現にコウといい、涼風さんといい、目の前にいるうみこさんといい、優秀な人たちがイーグルジャンプには多いわけだしな。
というわけで次の日。先ほどからちらほらとバイトの子たちが入ってくるのを横目に、俺は仕事を進めていた。
多少なりとも気にはなるけど、今は気にしているほどの余裕もない。それに、アルバイトの相手はうみこさんがうまくやってくれるだろう。
既にバイト開始の時間になっているため、今頃うみこさんが会社の事や仕事の内容を説明しているはずだ。
「ピョンピョンしない」
なんていう、うみこさんの叱責が聞こえてきた。それにしてもぴょうんぴょんって……今って仕事内容とかの説明中だよね? もしかしてこっちの事が気になった一人がピョンピョンはねてたとか?
いや、流石にバイト初日にそれはないだろう。それよりも、自分の仕事に集中だ。
「そうそう、この辺のバランスが悪いから……」
「はい」
コウの席では涼風さんがアドバイスを受けている。今日も真面目で感心感心――。
「っ!?」
そのタイミングで、どういうわけか涼風さんがサッとコウの椅子の陰に隠れる。えっ、どうしたの一体? コウもびっくりした様子で涼風さんを見つめている。
「どしたの?」
「えっ? い、いや、その……」
気まずそうな涼風さんの視線を目で追うと、
「これ、レアもの!!」
そこには目を輝かせて、はじめの机の上にあるおもちゃを覗き込む女の子の姿が……。
だ、誰だろう? 見たことない子だし、恐らく今日からデバッグのバイトに入ってくれる子なんだろうけど。
「や、八神さん、新入社員かなんか入ったんですか?」
「え? 聞いてないけど……あっ! りん、デバッグのバイトって今日からだっけ?」
「そうよ。うみこちゃんが担当だったかしら」
「なるほど……」
それを聞いて涼風さんが頭を抱えている。うん、あの女の子は確実に涼風さんの知り合いだ。
コウは「だからどうしたんだよ?」と言ってるから、あの子には気付いていないのだろう。
そもそも、バイトの子が勝手に抜け出してきちゃ駄目だろ……。絶対うみこさんに怒られるって。
「桜さん、こんなところで何してるんですか?」
「っ!?」
ほら言わんこっちゃない。うみこさんが半眼で桜さんと呼ばれた女の子を見つめている。
「え、いや、あの……」
一方、桜さんの方はたじたじになっていた。まぁ、うみこさんに睨まれたら誰だってそうなるよね。俺だって怖いもん、今のうみこさん。
「社内を勝手にうろうろと……やはりあなた企業スパイですね。ちょっと来なさい」
「あっ!?」
いやいやうみこさん、あんた急に何を言ってるんですか? そんな小さい女の子がスパイなわけないじゃないですか。
しかし、スパイと勘違いされた桜さんは腕を掴まれ涙目だ。こりゃ、助けないとややこしいことになるかも。
まさにそのタイミングで、
「あおっぢだずげで~~!!」
桜さんは涼風さんに助けを求めたのだった。というか、やっぱり涼風さんの知り合いだったんですね。
☆ ★ ☆
「……なるほど、涼風さんのお友達でしたか」
「ごめんなさい……」
「私からもごめんなさい……」
一度ブースを出て事情をきくと、やはり二人は友達同士だったらしい。今は二人揃ってしょんぼり首を垂れている。
大声を出したのはスパイだと疑われて、逮捕されるからと思ったからだそうだ。これに関してはちょっとだけ桜さんに同情した。
まぁ、それにしたってバイト初日にブース内を勝手にうろうろは普通出来ないと思うけど。結構肝が据わった子なのかもしれない。それかただ単純におバカさんなのか。後者じゃないと信じたい。
「だいたい、スパイなんているわけないじゃん」
スパイかもしれないといったうみこさんに、コウがツッコミを入れる。
「そうですか? 私も最初、スパイとして入社したんですよ?」
『うそ!?』
「冗談です」
『…………』
コウと一緒にびっくりした俺は「はぁ……」とため息をつく。
うみこさん、真顔で冗談はやめて下さい。本気でそうだったのかと勘違いしますから。
「えっと、それじゃあ私の上司を紹介しとくね。まずは今回のADの遠山さん」
「遠山りんです。よろしくね桜さん」
「よ、よろしくお願いします」
柔和な笑顔で挨拶をするりん。毎回思うけど、俺にも少しはその笑顔を見せてください。
「ADといってもアシスタントディレクターじゃなくて……」
涼風さんがドヤ顔を浮かべたところで、
「それくらい分かってるって。アートディレクターでしょ?」
その顔が真っ赤になった。今のは恥ずかしい。多分、桜さんが間違えるとでも思ったのだろう。
「えっと気を取り直して、こちらは興梠さん。企画班の人なんだけど、キャラ班の仕事を手伝ってくれたり、バグも探したり、とにかく頼りになる人だよ」
「興梠タケルです。基本的にキャラ班のブースにいることが多いから、もし何かあったらここに来てくれ」
「はい、よろしくお願いします。ところで、興梠さん以外に男の人をあまり見かけないんですけど?」
「それは言わないでくれ……」
今度、本格的に男性社員の採用を葉月さんに頼もう。あらぬ誤解を招かれても困るからな。
「最後に、こちらがキャラクターデザイナーの八神コウさん」
「えっ、八神コウ!? あのフェアリーズのキャラデザの!?」
桜さんがコウを見てびっくりしたような声を上げる。そのまま近寄り、興奮気味にコウを見上げる。
「わー! 本物の八神コウだー!!」
「っ!?」
コウはコウで顔を赤くして焦っていた。基本的に人見知りだから褒められると恥ずかしいのだろう。
ちなみに、その横ではうみこさんが険しい表情を浮かべていた。多分、噴火する一歩手前だ。
「桜さん」
「ご、ごめんなさい……」
案の定、低い声を出したうみこさんに桜さんは顔を青くして謝る。怒られるのはコウの事を呼び捨てにした時点で分かってました。
取り敢えず、彼女の取り扱いにうみこさんは苦労しそうである。
……正直、結構いいコンビになるんじゃね? と思ったけど、うみこさんに怒られそうだから黙っておこう。
「後は他にもいるんだけど……」
「いえ、他の方は後で構いません。これではいつまでたっても桜さんが仕事に取り組めませんから」
そう言えば桜さんはデバッグのバイトで来てたんだっけ。普通に溶け込んでたからすっかり忘れてたよ。
うみこさんが桜さんを連れて元のブースに戻ってから、俺たちも仕事を再開する。なんだか嵐のような時間だった。さて、遅れた分を取り戻さないと。
その後は集中して仕事に取組み、あっという間にお昼休みとなった。大きく伸びをしていると、涼風さんが桜さんにひふみやはじめ、ゆんを紹介している姿が目に入る。
「こちらの三人が、さっき紹介できなかった先輩方です」
「あの……桜ねねです……。よろしくお願いします」
先ほどと違い、借りてきた猫のような態度の桜さん。涼風さんの後ろに隠れる様な体勢になっている。
もしかすると、意外と人見知りするほうなのかもしれない。さっきが例外だっただけで。
「なんか、さっきは騒がしかったのに大人しい子やな。青葉ちゃんの後輩なん?」
「がーん!」
ゆんの『後輩』という言葉に、桜さんがショックを受けたような顔になる。俺としてはどっちもどっちのような気がするんだけど……。
これは涼風さんに怒られそうだ。
「ほら、ねねっちの方が子供に見えるじゃん」
「同い年だし!!」
勝ち誇ったような表情を浮かべる涼風さん。一方先輩三人は『どっちも子供に見える……』みたいな顔をしていた。
そんな三人を横目に俺はカップラーメンを片手に社員食堂へ。お湯を入れ、三分間待ち、完成したラーメン(カップヌードルビック シーフード味)をすする。
「うーん、普段はあんまり食べないけどシーフードもなかなかうまいな」
そのままずるずると啜っていると、
「まーた、カップ麺を食べてる。そんなものばかり食べてると、病気になるよ?」
そう言って目の前に座ってきたのは葉月さんだった。なんだかデジャヴを感じる。
でも、もずくは一緒ではなかった。あのさわり心地抜群の身体に触れないのは残念だ。
「なんか最近、みんなにそう言われるんでカップラーメンを食べるのは一週間に三回にしてますよ」
「それでも十分すぎるくらいだよ。早く健康的で美味しいお弁当を作ってくれるお嫁さんを探したらどうだい?」
「そんな人がすぐに見つかれば苦労しません」
「遠山君なんてピッタリだと思うけど?」
「だから、どうしてりんが出てくるんですか……りんと俺は相性最悪ですって」
「そうかな? 最近の君たちを見ていると、そうは思えないんだけど?」
ニヤッと悪い笑みを浮かべる葉月さん。こうなってしまうと分が悪い。俺はラーメンをすすりつつ目を逸らす。
「……葉月さんの思い込みじゃないですか?」
「絶対に思い込みなんかじゃないと思うんだけどなぁ~。君たちの間に流れる空気は、昔ほどとげとげはしていない。これは興梠君も感じているんじゃないのかな?」
「…………」
思い当たる節がないわけではなかったので、素直に言い返せなかった。
酔っぱらった彼女を部屋まで送った次の日。
残り物の肉じゃがを貰った時。
そして電話越しではあるのだが、俺の体調を心配していた時。
いずれも、俺とりんの間に流れていた空気は温かいものだった。それについては否定のしようがない。
「……確かにそうかもしれませんね。あくまで昔と比べての話ですけど」
「相変わらず君も素直じゃないね。……素直じゃないことに関しては遠山君も同様かもしれないけど。まぁ、君たちが認めないのならそれでいいけどね。私はそんなもどかしい二人を見ているのが楽しいわけだからさ。それに丁度、企業スパイの子も来たみたいだし」
葉月さんが獲物を見つけたとばかりに立ち上がる。
「企業スパイの子発見」
「へぇっ!?」
そう言って葉月さんが食堂にやってきた桜さんの肩を抱く。
桜さんは突然の事に困惑の表情を浮かべ、涼風さんは「またか……」と少しだけ呆れていた。
「もしスパイがこんなに可愛かったらどんな秘密も漏らしてしまうね」
やってることはただのおっさんである。セクハラで訴えられればいいのに。
その後は社員証の写真と言い張って写真をとったりなど、やりたい放題だった。桜さんに変な会社だと思われてなきゃいいけど。
「いやー、やっぱり可愛いは正義だね」
俺の前に戻ってきた葉月さんはほくほく顔だ。
「ほんと、程ほどにしてくださいよ。桜さんもごめんね。うちの上司が」
「い、いえ、全然大丈夫ですけど……これが普通の光景なんですか?」
「違うから!」
全力で否定しておいた。
散々待たせたあげく、内容スッカスカで申し訳なかったです。
次回はもう少し早くあげられるように努力します。