八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する   作:グリーンやまこう

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わざとじゃないことも、大事にされるとなかなか言い出せなくなる

「ここの隙間にはめて、あとは剣を振り続けてればソフィアちゃんやられないんだ!」

「おぉ!! ソフィアちゃん生還ルート」

「でも、いつまでも終わんないんだけどねー」

「……何やってるんだい二人とも?」

 

 

 デバッグのバイトが入ってから、また幾日か経過したある日。桜さんと涼風さんがパソコンを覗き込んで何やら話していたので、気になってのぞいてみたら……死ぬはずのソフィアちゃんが救われていた。

 なんか主人公がめっちゃ剣をふっている。ヒロインを守る主人公の鑑だ。

 

 

「あっ、興梠さん。お疲れ様です」

「お疲れ様でーす!」

 

 

 桜さんもすっかり職場に馴染んだようで、俺に向かってニッコリと微笑んでくれる。最初はどうなることかと思ってたけど、桜さんは思っていた以上の力を発揮し仕事に取り組んでくれていた。

 

 

「お疲れ。ところでこれは一体?」

「これですか? 多分、バグかなんかだと思うんですけど、これだとソフィアちゃんがやられないんですよ」

「でもその代償にここから進めなくなります!」

 

 

 完全にバグですね分かります。

 確かにこれなら涼風さんの作ったソフィアちゃんはやられないけど、これは報告必須だな。

 

 

「あらっ? 三人で何見てるの?」

「あっ! 遠山さん、見てください」

 

 

 たまたま近くを通りかかったりんを、涼風さんが呼び止める。俺と同じように画面を覗き込み、りんは苦笑いを浮かべた。

 

 

「これはこれでいいかもしれないけど、不具合だから報告ね」

「ですよね……」

 

 

 やっぱり不具合なので報告ということになった。うーん、ここにきて不具合だと先行きが心配になってくる。明日にはβ版を提出しなきゃいけないのに。

 こりゃ、今日は徹夜になるかもしれないな。

 

 

「それはそうと青葉ちゃん、まだ就業時間だしあまり席を外してはダメよ?」

「あっ……ごめんなさい」

「桜さんも気持ちは分かるけどあまり誘わないようにね」

「は、はい」

 

 

 やんわりとりんが二人を注意する。やっぱり彼女はイーグルジャンプのお母さんだ。

 

 

「……タケルも、余計なこと考えている暇があったら仕事に戻って頂戴」

「……はい」

 

 

 人の思考を読む力も相変わらずだ。どうしてわかるんですかねぇ。

 

 

「りんさん、ちょっといいですか? 背景データで伺いたいことがあって。あとディレクターも呼んでました」

「あっ、今行きます!」

 

 

 この時期だけあってAD(アートディレクター)のりんはせわしなく動き回っている。うみこさんからの呼びかけにりんがそちらに向かおうとして、

 

 

「りんー、大変!!」

「えっ、なに!?」

 

 

 コウの慌てたような声に、りんもびっくりしたように立ち止まる。

 結構焦ってるみたいだけど、なにか重大な問題でも発生したのだろうか?

 

 

「私のプリンがないんだけど……冷蔵庫に入れといたのに」

「何かと思ったじゃない!!」

 

 

 重大な問題、それはプリンが無くなったということでした。声のトーンと問題の大きさが釣り合ってない。

 もちろんりんはコウを一喝した後、取り付く島もなくうみこさんの後についていった。

 

 

「コウ、プリンくらいでわーわー騒ぐなよ」

「プリンくらいとは失礼な! 楽しみにしてたんだよ!?」

「だったらまた買いに行けばいいじゃねぇか……」

 

 

 多分、誰かが間違えて食べたんだろうけど、そんなのでいちいち騒がれてたらきりがない。

 最悪、仕事終わりにでも買ってきてあげよう。……別にコウの好感度稼ぎとかじゃないです。

 

 

「それにしても遠山さん、忙しそうですね」

「開発終盤ってこともあるけど、明日β版の提出だからね」

「べーた版?」

 

 

 聞き慣れない言葉に涼風さんが首を傾げる。確かに高卒一年目の涼風さんにとっては、聞きなれない言葉なのかもしれない。

 俺も初めはなんのこっちゃとハテナマークを浮かべていたからな。

 

 

「親会社に提出するサンプルだよ。報告した予定通りのところまでプレイ出来て、クオリティも目標値に達してるか判断されるの」

「まぁ目標値と言っても、ほぼ完成状態が理想なんだけどな」

「なるほど。だから慌ただしく動いてるんですね」

「その通り! しかもこれが通らないと、ゲームは発売できません!」

「えぇっ!?」

 

 

 驚きの声を上げる涼風さん。まぁ、これも子会社の宿命ということで親会社の言うこと(納期)には逆らえないというわけだ。

 それに、β版が間に合わないとなると各方面に迷惑をかけることだけではなく、会社全体の利益にも関わってくるので、何としてもこの期限だけは守らなければならない。

 

 

「だけど、これまでは概ね予定通りにできてきてるから多分、大丈夫だと思うよ」

「そうは言ってるけど、青葉はまだ残りの村人が遅れてるから忙しんだぞ~?」

「わ、分かってますよ!」

「それじゃあ、仕事に戻るか。桜さんも、頼んだよ」

「…………」

「桜さん?」

「っ!? は、はいっ!!」

 

 

 少し反応が鈍かったような気がするけど、疲れてるのかな? 心なしか顔色もよくない気がするけど……。

 

 

「大丈夫? もし疲れてるのなら少しくらいなら休んでも――」

「だ、だだ、大丈夫ですよ! ぜんっぜん問題ないですから!」

「お、おぅ……。それならいいけど、もし体調がすぐれなくなったら遠慮なく言ってね」

 

 

 本当に大丈夫なのだろうか? しかし、俺にも自分の仕事があるので取り敢えず大丈夫と言った桜さんを信用することに。

 その後は自分の仕事を片付けていると、疲れた様子のりんが肩を揉みながら帰ってきた。

 

 

「ふぅ……」

「お疲れ。どうだ、進行具合は?」

「なんとか及第点ってところかしら」

「あんまり無理するなよ」

「タケルに心配されてるようじゃ、私もまだまだね」

 

 

 減らず口がたたけるということは、まだ大丈夫という証拠だろう。このタイミングでりんに倒れられると大変なことになるのでよかった良かった。

 

 

「りん~、青葉の遅れを少し補てんしておいたから確認しといて」

「ありがとう、いつも助かるわ。……そうだ、プリンは見つかったの?」

「ぜんぜん~」

 

 

 結局、コウのプリンは分からずじまいだ。コウも半分諦め気味である。

 

 

「盗難だなんて、この会社も物騒になったわね」

「いやいや、そこまで深刻じゃないでしょ」「プリン一つで大げさすぎだって」

 

 

 俺とコウが同時にツッコミを入れる。財布やスマホならともかく、プリン一つで物騒とはこれ如何に。

 

 

「ダメよ二人とも! β版が終わったらもうラストスパートだし、チームが一致団結するためにも放っておけないわ!」

「だから、プリン一つで大げさだってさっきから言ってるだろ?」

「タケルは黙ってて」

「…………」

 

 

 いつになく厳しい言い方に俺は口を噤む。さっきも言ったけど、プリンが一つなくなっただけの話だよね?

 

 

「えー、でもどうするの?」

「私に考えがあるわ」

 

 

 そう言って何やら自分のパソコンを操作するりん。しばらくすると、メールボックスに一通のメールが届く。

 内容を確認して、

 

 

「だから、大事にし過ぎだって」

「それに、こんな小学生みたいな方法で自首してくるわけないでしょ?」

「え、そうかしら?」

 

 

 りんってたまに抜けてるところあるよな。今のメールを見てそう思う。

 そもそも、このメールを犯人? が読んだところで「後でこっそり入れておけばいいや」とか考えそうだ。焦って自首してくるやつなんて一人もいないだろう。

 

 

「八神さん、チェックお願いします」

 

 

 そこで涼風さんがコウのデスクまでやってくる。

 

 

「ところでメールを見ましたけど、そんなに大切なプリンだったんですか?」

「いや、コンビニの百円くらいだよ」

「えっ? それだけの為に全社員に一斉メールを?」

「ほらっ、大事になっちゃったじゃん!」

「ははは……」

 

 

 涼風さんとコウの反応に苦笑いを浮かべるりん。

 

 

「まぁいいや。それじゃあチェックしちゃうから」

「はい、お願いします」

 

 

 コウがキャラデザのチェックを始めたので、俺も自分の席に戻る。その時、

 

 

「あおっちまで悪者にされちゃう!!」

 

 

 なんか壁の後ろから桜さんの声が聞こえてきたような? 

 りんも気付いたのか、声の主の元へ。俺の気になったのでその後に続く。

 

 

「あら、ねねちゃん」

「はわっ!?」

「どうかしたの? さっき青葉ちゃんまで悪者にって聞こえてきたんだけど?」

「こ、声に出てたっ!? ……あ、あのっ」

 

 

 どうにも歯切れ悪い桜さん。それと手には、何やらカップのようなものが握られている。

 あれはもしかして……。

 

 

「な、なんでもありませーん!!」

 

 

 走って逃げていった桜さんをりんはポカンと見つめる。

 

 

「どうして逃げるのかしら?」

「…………」

 

 

 今ので色々と察した俺は、自分の席に行くふりをしてこっそり桜さんの後を追う。すると桜さんは、自分の席でカップを見つめながら頭を抱えていた。

 そのカップにはご丁寧に「コウ」と名前が書かれている。

 

 

「ど、どうしよう……」

 

 

 これは謝りに行こうとしたらりんのメールが届き、謝るに謝れなくなってしまった。桜さんの表情からはそんなことが読み取れる。

 涼風さんが悪者という発言の意味は分からないけど、多分自分がプリンを食べたことで涼風さんに迷惑をかけてしまうとでも思ったのだろう。

 

 

(これじゃあ桜さんも仕事に集中できないよな……よしっ)

 

 

 俺は軽く芝居をうつために咳払いをする。そして、

 

 

「それにしても、コウのプリンは一体どこにいったんだろうな~」

「っ!?」

 

 

 桜さんにも聞こえるよう、少し大きめの声で呟いた。

 

 

「でも、あんなメールを送ったら正直に言いにくいよな。犯人の人はわざとじゃなく、間違えて食べちゃったのかもしれないんだし」

「…………」

 

 

 気配を殺して俺の言葉を聞いているのが何となくわかる。

 この伝え方はあまりよくないかもしれないけど、桜さんが罪悪感を抱えながら仕事に取り組むよりよっぽどましだろう。

 

 

「だから俺は正直に名乗り出なくても代わりのプリンを買って、一言『ごめんなさい』って書いた紙を添えて、冷蔵庫に入れてもらえばそれでいいと思うんだけど……まぁ、この件は忘れて仕事に戻ろう」

 

 

 そこまで言い終えると、俺は今度こそ自分の机に戻る。この後の事は桜さん次第。

 うみこさんは素行に多少問題があるとは言ってたけど、根はとっても良い子なのできっと大丈夫だ。

 

 よし、これで俺も集中して仕事に取り組めるぞ! なんて息巻いたのがいけなかったらしい。

 

 

「ふ、不具合だ……」

『…………』

 

 

 その日の深夜。コウからの報告に、俺とりんは絶望的な表情になる。

 βディスクに焼く直前での不具合の発見。焼く直前に見つかったというのは不幸中の幸いだろう。これでβ版を出していたら目も当てられなかったからな。

 しかし、徹夜が決定したということは全く持って笑えない。正直、身体は悲鳴をあげている。

 この場面から逃げ出したい。

 でも逃げられない。

 

 

「が、頑張ろっか……」

「……うん」「……おう」 

 

 

 その後、俺たちは死に物狂いで不具合の対応をした。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「八神さんたち、すごく眠そうですね。何かあったんですか?」

「βディスクに焼く直前に不具合が見つかってさ。朝まで対応してたから」

 

 

 次の日。俺たちのやつれた顔を見て涼風さんが驚いている。

 それもそのはずで、コウは目の下にクマを作っており、流石のりんも疲れを隠しきれていない。俺は言うまでもなく顔が死んでいる。

 

 

「でも、しっかりできたからこれで審査も大丈夫だと思うわ」

「焼く直前に見つかったってのが救いだったよ」

「大変でしたね。あっ、八神さんには遅れを補てんしてもらっちゃったのでこれ食べてください」

「おお! ありがと!」

 

 

 涼風さんが取り出したのは昨日、行方不明になったプリン。どうやら昨日のお礼として新しいのを買ってきたらしい。

 

 

「結局、犯人は見つかったんですか?」

「分からないまま。まぁ、別にもういいよ」

「でも本人は反省してるんじゃないかしら?」

「そうかなー?」

 

 

 そこでりんが冷蔵庫の扉に手をかける。さて、昨日の呟きが聞こえていればきっと……。

 

 

「あらっ?」

 

 

 何かに気付いた様子のりん。表情も心なしかやわらかいものに変わった気がする。

 

 

「コウちゃん、これ」

「あっ!」

 

 

 取り出したのはなくなったはずのプリン。しかも蓋の上には「八神コウさま 食べちゃってごめんなさい!」という一言が。

 

 

「まさか、帰ってくるなんて……まぁりんのお陰だし、あげるよ。私は青葉のがあるから」

「うん、ありがと」

「でも謝りに来ないなんて、いけないことだと思います!」

 

 

 真面目な涼風さんの言葉に桜さんがピクッと反応している。しかし、そんな彼女に優しくフォローを入れたのはりんだった。

 

 

「……実はね、昨日こっそり謝りに来てたのよ」

「っ!?」

「うそ!?」

「えっ、誰ですか?」

「ふふっ、内緒♪」

「私、被害者だよ一応!」

 

 

 しかし、りんは名前を言うことなく笑顔ではぐらかす。こりゃ、りんも犯人は誰だか分かってるな。

 もしかすると、昨日いきなり逃げた時点で気付いていたのかもしれない。

 

 

「だから青葉ちゃんも犯人の事を責めないで挙げてね。……ねねちゃんも、ね?」

「……はい、きっと反省してると思います」

 

 

 悔しいけどなんだかんだりんは優しい。桜さんにとってフォローをしてくれたりんは女神に見えていることだろう。

 

 

「ねねっち、なんだか随分おとなしいね?」

「えっ! いや別にそんな事……ただ、あおっちはいい先輩に囲まれてるんだなって」

「そうでしょ!」

 

 

 桜さんはいいことを言ってくれる。いい先輩に俺が含まれているのかはともかくとして、やっぱり良い子だった。

 この子は優秀だし、うみこさん辺りがスカウトしてくれないかな~。

 

 

「それにしても食べたら眠くなってきた……」

「そうね、私も……」

「今日は早退していいかな?」

「だめよ~。定時まで我慢よ」

「定時まで耐えらえる気がしないんだけど……」

 

 

 ぶつぶつ文句を言ってたけど、三人とも定時まで何とか頑張りました。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「あ、あのっ、興梠さん!」

「ん? どしたの桜さん?」

 

 

 仕事後、俺は桜さんに呼び止められ足を止める。

 

 

「これっ、今日のお礼です!!」

 

 

 差し出されたのは今日、冷蔵庫の中に入っていたものと同じプリン。俺は彼女の律儀な姿に思わず微笑む。

 

 

「……別に、俺は何もやってないんだけど?」

「い、いいから受け取ってください!」

 

 

 強引にプリンを差し出してくる桜さん。そして、改めてペコッと頭を下げると、

 

 

「その……ありがとうございました」

 

 

 一言だけ告げると、足早にその場を去っていったのだった。

 

 

「……やっぱり良い子だったな」

 

 

 これは本格的にうみこさんに提言したほうがいいかも。そう考える俺だった。




 次回はアニオリ回(りんが風邪をひくやつ)をやろうと思ってます。

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