八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する   作:グリーンやまこう

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風邪をひくと不安になるのは誰でも一緒

「ケホッ、ケホッ……」

 

 

 β版直前の不具合や、プリン事件など、様々なことを乗り越え数日が経過した。

 そして今も現在進行形で忙しいのだが、今朝からりんの体調が思わしくない。先ほどの様に咳が頻繁に出ており、顔も赤く少しだけ辛そうに見える。

 最近は忙しい日々が続いていたので、その影響もあるかもしれない。

 

 

「風邪? 大丈夫? 風邪なら帰った方がいいよ。みんなに移したら大変でしょ」

 

 

 コウも流石に心配になったのか、りんに声をかける。

 

 

「大丈夫よ咳くらいだし。それにこんなに忙しいのに休めないよ……」

 

 

 りんはコウの心配に大丈夫だと手を振る。しかし、それがやせ我慢なのは誰の目から見ても明白だ。

 忙しいのは確かだが、ここで無理をしてりんに長期間休まれるほうがよっぽどロスである。その事はコウも十分承知していたようで、

 

 

「帰ろう。駄目だよ休まないと」

 

 

 強引にりんの手を取るコウ。少し怖い顔のコウにりんはため息をついた。

 

 

「……分かったわよ。でも、一人で帰れるからコウちゃんは仕事してて」

「駄目。帰っても働く気でしょ?」

 

 

 流石、伊達に入社時代から一緒に居ない。りんの性格を見抜いていたコウは、一人で帰らせようとはしなかった。

 

 

「……わかる?」

「わかるよ。ずっと一緒に居るんだから」

「でもまだ仕事が残ってるし、私だけならまだしもコウちゃんまで抜けるわけには……」

「そんなの残ってる俺たちで進められるところまで進めとくから、まずは風邪を治してくれ」

 

 

 まだ少し逡巡している彼女を、無理やりにでも帰らせるべく俺は声をかける。それに、俺には奥の手もあるからな。

 

 

「……それだと、またタケルに負担をかけることになっちゃうじゃない」

「別に、俺は体調バッチリだから問題ないよ。……それに、せっかくコウに看病してもらえるチャンスなんだから、存分に甘えてこい」

「っ!?」

 

 

 ニヤッと笑みを浮かべた俺に、りんの顔が明らかに風邪じゃないレベルで赤くなった。

 

 

「べ、べべべ、別にコウちゃんに看病してもらわなくなって私は……」

「はいはい、反論は風邪が治ってからたくさん聞いてやるよ」

「ん? 二人とも何話してるの?」

「こ、コウちゃんには関係ないから!!」

 

 

 ただ、そこでりんはようやく折れてくれたので今日は早退することになった。早退までの流れはあれだが、悪化されるよりはよっぽどいい。

 

 

「私、りんを家まで連れて帰るから後よろしくね」

 

 

 手を繋いで帰っていくりんとコウ。パッと見、付き合っている彼氏彼女にしか見えなかったので若干ジェラシーがわきました。

 全く、敵に塩を送るなんて柄にもないことをしてしまったぜ。まぁ、今回は本気で体調が悪そうだったので仕方がない。

 

 

「……タケルも無理しないようにね?」

「おう、任せとけ」

 

 

 心配してくれたコウに、ジェラシーはなくなりました。二人を見送り、この後やる予定だった仕事の内容を確認しておく。

 

 

「うおっ、結構あるな……こりゃ今日も忙しくなりそうだ」

 

 

 あいつは体調が悪い中、こんなに仕事をこなそうとしてたのか……。帰らせて正解だった。責任感が強すぎるというのも困りものである。

 しかし、これだけ仕事があると涼風さんたちを見ている暇もあまりなさそうだな。その為、俺は一度席を立ちひふみの席へ。

 

 

「ひふみ、ちょっといいか?」

「な……、何かなタケル君?」

「いや、ちょっと予想以上に仕事が多くてな。涼風さんたちを見ている暇があまりないかもしれないんだ。大丈夫だとは思うけど、何かあった時は頼むな」

「えっ……あっ、うん」

 

 

 少しだけ自信なさげに頷くひふみ。彼女は一番上の先輩になることは慣れていないので、もしかすると緊張しているのかもしれない。

 でも、今後はひふみもリーダーをやる機会があるかもしれないから、ここは心を鬼にして我慢だ。

 

 

「…………」

 

 

 不安げな表情のひふみに決心が揺らぎかけるも、俺は何とかしてデスクへと戻る。

 

 

(えっと、取り敢えずこの仕事から終わらせていくか)

 

 

 目について比較的簡単に進められそうなものから順に進めていく。その中でうみこさんに確認が必要な物があったので彼女のデスクへ。

 その途中、桜さんのデスクの横を通ったのでチラッと中を覗いてみると、

 

 

「よし! はいてる! 問題なし!」

「ちょっと待ちなさい……」

 

 

 ゲームに登場するキャラクターのパンツが見えた。何してんの桜さん? ついでにうみこさんもいたので、探しに行く手間が省けて良かった。

 

 

「お疲れ様ですうみこさん、それに桜さんも」

「お疲れ様ですタケルさん」

「お疲れ様でーす」

 

 

 二人に挨拶をしてから、まず一番気になっていたことを尋ねる。

 

 

「桜さん、これは一体?」

「これですか? いやー、はいてないキャラがいたら大変だなって」

「まぁ、確かにはいてなかったら大変かもしれないけど……このゲームって下着が見えることってあるんですか?」

「ありませんよ。下着が見えることは想定していないのでバグです」

 

 

 やっぱりバグだったか。このゲームでパンツが見えるって結構あり得ないしね。

 

 

「なので桜さん、これはバグとして報告してください」

「いや、それは仕様だよ。裏のね」

「葉月さん、急に現れるのはやめて下さい……」

 

 

 突然現れた、我らディレクターに俺はため息をつく。この人は神出鬼没だから怖い。というか、仕事をしないとまたうみこさんに怒られますよ?

 

 

「こんな仕様、私は初耳ですけど?」

「だって、仕様に描いてしまったらつまらないだろう? 偶然見えるパンツ……そこにロマンがあるのさ。ねっ、興梠君?」

「どうして俺に振るんですか? ノーコメントでお願いします」

 

 

 確かに、と思ってしまった俺の本音は心の奥底にしまっておく。しかし、男としてこれはしょうがない。

 見せられたものと、偶然見えてしまったものでは興奮も段違いだからな。……俺は一体何を語っているのだろう。

 

 

「それに、キャラ班が厚意で作ってくれたパンツを見せないまま終わらすなんてもったいないと思わないかい?」

「た、確かに!」

 

 

 妙に説得力のある言葉に、桜さんが納得してしまっている。悔しいけど、俺も納得してしまった。

 

 

「はぁ、分かりました……。それならショーツのチラ見せは、仕様と追加しておいてください。誤解を招きます」

 

 

 ため息とともにうみこさんが仕方なく了承する。パンツとは言わずショーツというのがなんともうみこさんらしい。

 

 

「ショーツのチラ見せだとショーチラ? なんかパッとしない……」

「うみこ君は照れてるだけだから、ツッコんではいけないよ」

「意外と硬派なんですね!」

 

 

 うみこさんに対して失礼な言葉のオンパレード。こりゃまた撃たれるぞ(エアガンで)。

 

 

「うるさいですね!」

 

 

 案の定、どこからか取り出したエアガンで足元を乱射される二人。自業自得である。

 

 

「……余計な時間を使ってしまいました。ところで、興梠さんはどうしてこのデスクに?」

「あっ、そうです。肝心の事を忘れてました。実はりんが体調不良で早退したので、代わりに彼女の仕事で肩代わりできるところは肩代わりしてるんですよ。それでうみこさんに確認が必要なところがありまして……」

 

 

 無事確認もとれたので俺は自分の席へ戻る。

 その後はまだまだ残っている仕事を片付けていると、「あ~もう、うるさいな! 音だすなや!」というゆんの声が聞こえてきたので、ひふみたち四人がいるブースへ。

 

 

「おーい、どうかしたのか?」

「あっ、タケルさん。はじめが八神さんたちいないからって、おもちゃを振り回してたんですよ!」

「おもちゃ?」

 

 

 みると、確かにはじめの足元には玩具のビームサーベルと魔法少女が持っていそうな杖が転がっている。

 

 

「コウとりんがいないからって、まだ就業時間内だし遊ぶなよ~」

「ご、ごめんなさい……」

 

 

 はじめがシュンと頭を下げたところで、そう言えばと涼風さんが声を上げる。

 

 

「遠山さんの為に八神さんが早退するだなんて驚きました!」

「確かに。あんなに男らしい八神さん初めてやな」

「そもそも八神さんって、病気でも『気合で何とかしろ~』って感じの人かと思ってたよ」

 

 

 病気でも気合で何とかって、とんだブラック企業だな。うちはホワイトなので病気になったらしっかり休ませてくれます。

 俺も何回か休んだことがあるし。取ろうと思えば有休もとれるからね。

 

 

「厳しそうだけど優しいところがありますよね」

「あっ、でもここは漫画とかアニメみたいに、タケルさんが遠山さんを送っていけばよかったんじゃないですか?」

「ラノベ主人公じゃあるまいし、絶対に嫌だよ。そもそも俺が送るって言ったらりんのやつ、絶対に帰らなかったと思うよ」

 

 

 家は隣同士だから楽なんだけど。しかし、そんな事を言うわけにもいかないので黙っておく。

 

 

「まぁそんなわけでまだまだ忙しいと思うけど、みんな最後までよろしくな」

『はいっ!』

 

 

 ただ、席に帰った俺は少しだけりんの事が頭に引っかかっていた。

 

 

(徹夜にならなかったらお見舞いでも買って帰るか)

 

 

 しかし、仕事の量が予想以上に多く俺は12時を回ってもパソコンとにらめっこ状態が続いていた。

 

 

「ふぅ~。今日は徹夜だな~」

 

 

 眉間を摘んでマッサージをしていると、

 

 

「お疲れ様ですタケルさん」

 

 

 コトッとデスクの上に缶コーヒーが置かれる。

 

 

「あっ、お疲れ様ですうみこさん。すいません、今お金を……」

「いいですよ缶コーヒー一つくらい。それにしても随分疲れてるみたいですけど、大丈夫ですか?」

 

 

 余程疲れた顔をしていたのか、うみこさんが心配そうな表情で覗き込んでくる。

 それにしても缶コーヒーを机に置く仕草と言い、お金はいらないという言葉といい、へたな男性よりイケメンだ。

 

 

「いや、ちょっと目が疲れただけですから」

「……それならいいですけど、気を付けてくださいね? りんさんだけでなくあなたにまで抜けられると、チームにとってダメージが大きすぎますから」

 

 

 そこで「さらに」と続け、

 

 

「どうにもあなたはりんさん以上に無理をする性格だと、とあるディレクターからお聞きしているので」

「……一体、どこのディレクターですかねそんな事言うのは」

 

 

 全く、葉月さんは余計なことを……。

 

 

「ともかく無理は禁物ですよ、タケルさん。……その、私もあなたに無理はしてほしくないですから」

「えっ? あっ、はい。ありがとうございます」

 

 

 少しだけ照れくさそうに頬をかくうみこさん。一方、俺はそんな直球に心配されるとは思ってなかったので間抜けな反応になってしまう。

 

 

「……じゃ、じゃあ、私はこれで」

 

 

 そそくさと退散していくうみこさんに思わずクスッと笑みがこぼれてしまった。

 その後は残っている仕事を片付けていると、夜中の三時になっていた。流石にそろそろ限界だったので、俺はシャワーを浴びにシャワー室へ。

 涼風さんたちは四人で深夜銭湯にむかい、そのまま直帰するそうだ。

 

 

「あぁ~、ようやくさっぱりした」

 

 

 シャワーを浴び終えた俺は誰もいないことをいいことに、おっさんくさい声を上げる。

 いつもなら徹夜をしてもコウがいるので、誰もいない会社ってのも新鮮だ。いつもの場所から寝袋を取り出し、机の下に潜り込む。

 

 

(……りんのやつ、大丈夫かな? コウに風邪がうつってなきゃいいけど)

 

 

 あっという間に眠気が襲ってきた俺は、心配もそこそこに夢の世界へ旅立っていったのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「え~! 八神さんと遠山さん、おやすみなんですか?」

「遠山君の風邪が八神君にうつったみたいだね」

「…………」

 

 

 マジっすか。俺は葉月さんからの報告にげんなりとした表情を浮かべる。

 昨日、うつってなきゃいいとは思ったけど、まさか本当に風邪がうつってしまったとは……。

 

 

「ま、あの二人は働き過ぎなくらいだし、たまにはゆっくり休めばいいんだよ。そして、私たちも病気にならないように栄養付けないとね!」

 

 

 そう言って葉月さんが取り出したのはシュークリーム。栄養というよりは普通の差し入れだな。

 みんながシュークリームに舌鼓をうつ中、

 

 

「あっ、そうそう。興梠君は今日は少し早めに帰ること」

「分かりました……って、はい?」

 

 

 聞き間違いだと思ったけど、どうにも葉月さんは本気で言っているらしい。

 

 

「だから、今日は早めに上がることって言ったんだよ」

「いやいや、何でですか? 二人がいないからこそ、俺が頑張らないと」

「確かに頑張ってほしいのは山々だが、いかんせん君は頑張り過ぎ。昨日だって、徹夜で作業してたのだろう?」

「ま、まぁ、そうですけど……」

「最近だってオーバーワーク気味だっただろ? そう言うわけで興梠君は今日、早く帰るからみんなフォローは任せたよ」

 

 

 納得のいかないうちに早く帰宅することが決定してしまった。そんなわけであっという間に帰宅時間になってしまい、俺は現在帰りの電車に揺られている。

 

 

「はぁ……」

 

 

 あの後、一応葉月さんに抗議をしたのだが、

 

 

『君はまた、フェアリーズストーリー2の様に無理して体調を崩す気かい?』

 

 

 その言葉を言われてはもう反撃はできなかった。

 最寄り駅についたので俺は改札口をくぐり、マンション近くにあるスーパーへ。いつもならコンビニに寄るところなのだが、今日はとある目的でスーパーに寄ったのだ。目的とはもちろん、りんへのお見舞いである。

 適当にりんごやレトルトのお粥などを見繕い、改めてマンションへ向かう。一度、鞄などを自分の部屋に戻すと、

 

 

ピンポーン

 

 

 りんの部屋のインターホンを押す。

 

 

(うーん、もしかしてると寝てるかもだから迷惑だったかな?)

 

 

 しかし、心配は杞憂だったようでガチャという音と共にまだ少し顔の赤いりんが顔を出した。

 

 

「……なに?」

「お見舞いだよ。それで、大丈夫か?」

「……あなたに心配されなくても平気よ。でも、お見舞いはありがと。もう、大丈夫だから」

 

 

 俺からスーパーの袋を受け取ったりんだったのだが、

 

 

「あっ……」

「お、おいっ!」

 

 

 ふらついて倒れそうになったりんの右手を掴んで、済んでのところで引っ張り上げる。

 

 

「……はぁ、……はぁ」

 

 

 息が荒く、汗も酷い。平気と言った割には、かなり無理をしていたみたいだ。

 

 

「全然平気じゃねぇじゃんか。……部屋はなるべく見ないようにするから今は許せよ」

 

 

 ため息をつくと、俺はりんに肩を貸して部屋の中に歩き出す。ひとまず彼女をベッドに座らせ、俺は一度キッチンへ。

 コップに水を入れて戻ると、相変わらずりんは荒い息のままベッドに腰掛けたままだった。

 

 

「りん、水持ってきたから。薬は?」

「……もう飲んだわ。昨日、コウちゃんが買ってきてくれたから。……悪いわね、色々」

「気にすんなって。どうせ家は隣同士なんだから」

 

 

 りんが水を飲んでいる間に俺は、スーパーの袋から買ってきておいた冷えピタを取り出す。

 

 

「ありがと」

「おう。それじゃあベッドに寝てくれ。冷えピタも貼ってやるから」

 

 

 ベッドに寝転んだりんのおでこにかかる髪を左右に分け、タオルで軽く拭ってから冷えピタを張る。

 普段なら文句の一つでも飛んできそうな光景だが、よほど身体がしんどいのかりんはされるがままになっていた。

 

 

「アイスノン(保冷枕)も持ってきたけど、頭の下に敷こうか?」

「……お願い」

 

 

 俺の家で冷やしてあったアイスノンにタオルを巻きつけ、りんの頭の下に敷く。

 

 

「どうだ? 寝苦しいとかはないか?」

「うん、大丈夫。……タケルって、随分看病に手慣れてるのね」

「妹が風邪をひいた時、よく看病してたからな」

 

 

 それもずいぶん昔の事である。俺が一人暮らしをはじめてからほとんどない。

 その後は買ってきておいたゼリーやポカリなどを冷蔵庫にしまい、改めて彼女のベッドの横に腰を下ろす。

 

 

「……全く、そんなにしんどいなら無理して出てこなくてもよかったのに。どうせ俺だったんだからさ」

「……別に、ただの気まぐれよ」

 

 

 不思議な気まぐれもあったものだ。

 そこでお互いに黙ってしまい、これ以上居座ってもりんが休めないと思い俺は立ち上がる。

 

 

「それじゃ、俺は帰るから。何かあったら連絡して――」

「ま、待って、もうちょっとだけ……」

 

 

 懇願するような声に思わず振り返ると、りんが上体を少しだけ起こして左手を伸ばし、俺の事を見つめていた。

 しかし、すぐにハッとした表情になるとベッドに潜り反対側を向いてしまう。

 

 

「……ごめんなさい。今のは何でもなかったわ。だから大丈夫。聞かなかったことにして。……今日はありがと」

 

 

 もう気にしなくてもいいと言わんばかりの言葉。しかし、待ってと言った彼女の表情はとても不安げだった。

 

 

(……あー、もう!)

 

 

 俺は思わず頭をかく。そんな顔されて「はい、わかりました」なんて言えるわけねぇじゃんか。

 

 

「分かった。それじゃあ帰るな」

 

 

 帰るといった瞬間、りんの身体がピクッと反応したが、彼女は何も言わず布団にくるまっている。

 

 

「だけど、りんの体調がすごく心配だから、荷物を置いてきたらまた戻ってきたいと思ってる。まぁ、もちろん、お前次第だけどな」

 

 

 なんかどうしても俺が看病をしてあげたいみたいで顔が熱くなる。

 俺の言葉にりんはしばらく黙っていたのだが、おもむろにこちら側を向く。そして、

 

 

「……もう、仕方ないからタケルに看病してもらうことにするわね」

 

 

 クスッと微笑んだりんは、熱のせいもあって妖艶に見えた。思わず心臓が高鳴ってしまい、俺はそっぽを向く。

 

 

「はいはい、ありがとうございます。じゃあ、一回自分の部屋に戻ってまた来るから」

「うん、待ってるわね」

 

 

 心臓の高鳴りに戸惑いつつ、俺は自分の部屋へと戻るのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「ん……?」

 

 

 夜中。昼間もずっと眠っていた私は変な時間に目が覚めてしまった。時計を確認すると、午前3時を指している。

 

 

(大分身体が軽くなってるわね)

 

 

 これなら会社に出社しても大丈夫そうだ。そこで視線を床に巡らすと、

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

 

 身体を丸めたタケルが寝息を立てていた。

 一瞬、どうしてタケルが!? と思った私だが、眠る前の事を思い出し猛烈に顔が熱くなった。

 

 

(私ってばタケルになんてことを……)

 

 

 なぜ自分でもあんなことを口走ったのか、よく分からない。ただ、分かるのはタケルが帰るといった瞬間、すごく寂しくなったのだ。

 25歳にもなって恥ずかしい話なのだが、昨日はコウちゃんがずっと一緒に居てくれた影響もあって、今日はずっと寂しかったのである。

 風邪を引いたのも結構久しぶりということもあって、気付いた時には彼を呼び止める言葉を口に出していた。

 

 

「……何もかけないと、私に見たいに風邪ひいちゃうわよ?」

 

 

 眠るタケルに呟きつつ、私は薄い掛け布団を彼の身体にかける。

 戻ってきた後、タケルは私が眠るまでの間とりとめのない会話に付き合ってくれた。別に何か特別な会話をしたわけでもない。職場で話すような、そんな程度の会話である。

 

 

「どうせ俺だったんだからさ……か」

 

 

 これはタケルが自虐気味に言った言葉だ。あの時は気まぐれとか言ったけど、本当は違う。

 

 

「……嬉しかったのよ」

 

 

 寝ているタケルの頬に手を伸ばし、優しく撫でる。

 

 彼の顔を見た瞬間、すごく安心している自分がいて戸惑った。

 

 私とタケルは、言ってみれば犬猿の仲だったはず。……いや、その言い方も今となっては少し違うのかもしれない。

 

 

「あの時ほど、嫌いじゃないの」

 

 

 コウちゃんの事を先輩と一緒にいじめていた時は大嫌いだった。でも、フェアリーズストーリー2以降、彼に対する評価は少しずつ変わってきた。

 

 だからもう昔ほど彼を嫌っているということはない。むしろ……、

 

 

「……まだ熱があるみたいね」

 

 

 ありえないことを考えてしまい、私は思わず苦笑いを浮かべた。私が好きなのはコウちゃんなんだから、そんな事あるわけがない。

 そのままもう一度ベッドに……戻る前に私はもう一度彼の頬を撫でる。

 

 

「今日はありがとう、タケル」

 

 

 その日は少しだけいい夢を見れた気がした。


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