八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する   作:グリーンやまこう

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 感想、評価、お気に入り、ありがとうございました。
 ちなみにこんかいもまだ、はじめとゆんは登場しません。二人が好きだという皆さん、次回以降から登場しますのでしばしお待ちを。



悪い状況とは、二重にも三重にも重なるものである

 

 

 

 

 

『○○行き、間もなく発車いたしまぁーす』

 

 駅員の声と共に扉が閉まり、ゆっくりと電車が動き出す。

 

「今日は……いつもより早いから若干混んでるな」

 

 ゲーム会社の朝は……意外と遅い。現在の時刻は朝の九時半。普通の企業ならとっくに働き始めている時間に、俺は出勤していた。

 

 夜は遅くまで働く代わりに、朝は結構ゆっくりなのだ。ゆっくりと言っても、普段より大分早い。その影響もあってか、若干眠い。

 俺はあくびを必死に噛み殺す。周りには一般の乗客と共に、スーツ姿の男性もちらほら。恐らく、外回りの営業さんなのだろう。

 

「朝からスーツとは、ごくろうさんです」

 

 ちなみに俺はスーツなど着ていない。うちの会社、服装は自由なので大事な時以外、俺はジーパンにTシャツと、比較的にラフな格好で出社している。スーツはスーツで楽なんだけど、堅苦しいから嫌いなんだよな。

 そして、俺はそこそこ乗車時間のある電車内で、とあることに思考を巡らせる。

 

「葉月さん、一体何を考えているんだ?」

 

 何を考えているんだとはもちろん、昨日の言葉。

 

 

 

『君は八神のことが好きなんだろ? だったら遠山君も一緒に攻略すればいいじゃないか』

 

 

 

 正気の沙汰とは思えないが、あの人は、あの言葉を、くそ真面目な顔で言ってきたのだ。嘘とか冗談とかじゃなく、本気なのだろう。

 

 しかし、このご時世、女性二人と付き合うなどご法度だ。一時期、不倫は文化ともてはやされた時もあったのだが、それもとうに昔の話。

 浮気、不倫、二股といった言葉に社会は敏感になり、それを破った芸能人などが連日のように糾弾されている。

 つまり、不倫や二股といった行為は、世間一般的に見ても禁忌と化した行為になってしまったのだ。

 

「そもそも、コウは別にして、りんを攻略って……どんな無理ゲーだよ」

 

 エアーマンとか、ラオシャンロン並みに攻略不可能な相手だと思う。

 何回やっても、何回やっても、遠山りん、倒せないよ……えっ? 今は簡単に攻略できる? 俺の時代は違ったんだ! ラオシャンロンのしっぽに巻き込まれて、何度友達の足を引っ張ったことか……。

 

「……話が逸れたな」

 

 何度でも言うが、りんはコウのことが大好きなのである。コウに近づく相手全てに嫉妬するくらい……。ひふみ相手にすら嫉妬してるからな。

 やっぱり、無理だ。攻略できる気がしない。ギャルゲーみたいに次のルートが分かっていれば、攻略も簡単なんだけど……。

 しかし、現実とギャルゲーは違う。フラグが立ったり、見えたりはしないのである。

 

「はぁ……今日、企画の仕事ついでに、もう一回葉月さんに聞いてみるか」

 

 今のりんがコウを捨ててまで俺に靡く姿など、想像すらできない。そもそも簡単に靡いてしまっては、コウへの愛はその程度だったのかと、それはそれでなんかガッカリする。

 俺ってば、めんどくさい性格してるな。

 

 

 

『え~、次は○○駅ぃ、○○駅ぃ~』

 

 

 

 そんな事を考えているうちに、降りる駅を伝えるアナウンスが聞こえてきた。

 俺は電車を降りると、会社までの道のりをのんびり歩いていく。数分も歩くと、見慣れたイーグルジャンプの看板が見えてきた。

 エレベーターを使って会社のある階へ向かう。ところで、なぜ俺が少しだけ早く出社しているのか。それにはもちろん、理由がある。

 

ピッ!

 

 社員証をかざして俺は扉の中へ。まだ誰も来ていない社内は静まり返っている。

 

 ……いや、誰も来ていないわけではない。昨日もあいつは泊まるとか言ってたしな。

 俺は鞄を机の上に置き、とあるデスクの下に視線を移す。

 

 

 

「んんぅ……」

 

 

 

 聞こえてきたのはくぐもった声。そして、目に飛び込んできたのは純白のおパンツ。……確認の為に、もう一度だけ言っておく。俺の目に映っているのは、紛れもない女性のおパンツだった。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつく俺。ある意味とんでもない光景なのだが、ぶっちゃけ何度か見たことがあるので、あまり興奮はしない。

 今となっては、「おっ! 今日のパンツは初めて見たな」と冷静に分析できるほど。初めて見た時はしばらくの間、前かがみだったのにな。慣れというのは本当に怖い。

 

 まぁ、そんな事はいいとして、早くこいつを起こさないと今日、入社する新人社員の子に上司のパンツ姿を見せる羽目になる。

 そんな事になったら、社内の常識を疑われてしまう。というわけで、俺は未だグースカ眠っている彼女の肩をポンポンと叩いた。

 

「おいっ、コウ! 起きろ。今日は新入社員の子が入社してくるんだぞ」

「んんっ……ぅるさぁい。もぅ、ご飯はいらないよぉ~」

 

 駄目だ。完全に寝ぼけてやがる。俺はご飯の話なんて一言もしてないんだよ! 

 

 机の下で眠っていたのは、俺の思い人でもある八神コウだった。

 しかし、パンツ姿で眠っていたあげく、寝ぼけているので魅力も半減……しない。見慣れた光景とはいえ、彼女のパンツ姿は一日頑張る力を俺にくれる。やはり、パンツとは偉大である。

 

 ちなみに、こいつはしょっちゅう会社に泊まって仕事をしているのだが、なぜ最終的にパンツ姿になるのかはよく分からない。

 本人曰く、「スッキリするから!」とのこと……。俺にはその気持ち、全く分からない。

 

 さて、コウがなぜパンツ姿になるのか、欠片も理解できなかったところで、早く起こさないと。その為、俺はもう少し強い力で揺さぶる。

 

「コウッ! いい加減に起きろって! 流石に新入社員の入社初日に、上司のパンツ姿は見せられないんだよ」

「んへぇ~……ご飯もいいけど、パンもいいよねぇ~」

「パンじぇねぇ! パンツだ、パンツ!!」

 

 こいつの頭の中は、朝ご飯で一杯らしい。寝ぼけてパンツをパンと勘違いしている。は、早く起こさないと新入社員が……。

 

「おいっ! 八神コウ!!」

 

 今度は強めにコウの肩を揺する。流石のコウも、これだけ強く揺すればきっと起きてくれるだろう。

 

「んっ……?」

 

 目を擦る。よしっ、どうやら起きてくれたみたい――

 

 

 

「んぅーん……うるさいなぁ~」

 

 

 

 ガシッと掴まれる右手。もう、嫌な予感しかしない。

 

 

 

「へっ? ……おわぁっ!?」

 

 

 

 右手を掴まれたと思ったら、そのままコウの眠る机下まで引きずり込まれる。そして、寝ぼけるコウにがっちりと抱擁された。

 

「うへへぇ……あったかぁい」

 

 完全にコウの抱き枕と化した俺。頭が彼女の胸へと押し付けられる。パンツではもう興奮しないが、胸の感触を思いっきり味わえる状況で興奮しないわけがない。

 普段、「私、胸ないから」とか言ってるくせに、意外とあるじゃねぇか! やわらかいじゃねぇか!! 

 しかも、彼女のいい匂いと合わさって頭がクラクラしてくる。

 

 

 

(こういうのは、アニメとか漫画の中だけでいいんだよぉおおおおおお!!)

 

 

 

 必死にもがくも、全く抜け出すことができない。あんな細い腕のどこにこんな力が……。そして、悪い状況というのは重なるものである。

 

「ここがオフィスだから」

 

「っ!?」

 

 この状況を一番見られてはいけない人の声が聞こえてきた。

 俺の身体はポケモンで言う、状態異常こおりの如く、カチコチに固まる。

 

(やばいやばいやばいやばい……)

 

 やばいとか思ってるくらいなら、身体を動かせという話なのだが、いかんせん、全く身体が動かない。

 そうして焦っているうちにも、りんと、恐らく新入社員と思われる二人の足音が近づいてくる。

 く、くそっ、この状況をどう切り抜け――。

 

「そうだ、何か飲む?」

「コーヒーブラックで」

 

 新入社員の子とは仲良くなれそうだ。……って、ちがーう!! 

 誰がコーヒー好きとかは、今はどうだっていい。俺はこの状況、絶対に切り抜けてみせる!

 

 

 

「うぅん……、つかれたぁ……もうやだぁ」

 

 

 

 コウの口から、そこそこ大きな声で寝言が漏れた。しばらくして、

 

 

 

「ぎゃーーー!!」

 

 

 

 新入社員の悲鳴が聞こえてきた。俺は頭を抱えた。

 何とかしようと思ったら、この有様だよ! もうヤダ、おうち帰りたい。悲しみのコンボに思わず涙がこぼれる。

 

 そんな俺の背後で足音が聞こえたので、視線だけを何とか後ろに向けると、

 

「っ!?」

 

 色の薄い青色の髪をツインテールに纏めた女の子が、キーボードを片手に立ち尽くしている姿が目に入った。

 多分、新入社員の子なのだろうけど……かなりの童顔である。下手したら中学生に見えるだろう。

 だけど、可愛い。そこら辺は、流石葉月さんというべきだ。流石、可愛い子を自分のチームに引き込んでいるだけある。

 

 ……うん、冷静に彼女を分析している場合じゃないね。早いとこ、言い訳を――。

 

 

 

「ご、ごご、ごめんなさいぃいいいいいいい!!///」

 

 

 

 言い訳する暇もなかった。

 真っ赤な顔で、手をぶんぶんと振る新入社員。あぁ、恐れていたことが……。

 彼女の反応を見るに、色々と誤解をしているのだろう。一瞬にして、カオスな状況が出来上がってしまった。

 

「ううん……?」

 

 そこでようやくコウが目を覚ました。いや、起きるの遅すぎぃいいいい!! もう、手遅れだよ、色々と!!

 

「あれっ? なんで、タケルがこんなところに?」

 

 男を自分の胸にがっちりとホールドしているにもかかわらず、普段通りの八神さん。いろんな意味で泣きそうになる。

 そして彼女は視線を後ろに移し、

 

「あれっ?」

 

 あれだけがっちりホールドしていた腕を解き、コウは立ち上がると新入社員の元へ。

 

「中学生? なんで子供がいるの?」

「子供じゃないです!!」

 

 ごめん、俺も子供(中学生)だと思った。

 パンツ姿の上司と、中学生のような新人社員。すげぇ、奇妙な光景……なんて思っていたら、

 

 

 

「あら、コウちゃん起きてたの?」

 

 

 

 大魔王降臨。

 

 完全に彼女の存在を忘れていた。俺は、一気に絶望の淵へと突き落とされる。この状況、きっと言い訳は不可能だろう。

 彼女の視線はコウ、新人ちゃんと移っていき……最終的に、寝転がっている俺のところで止まった。スッと目が細められる。

 

 

 

「一体、何をしているのかしら? コウちゃんが寝ていたところで」

「……ナニモシテオリマセン」

 

 

 

 こうなったら俺のできることはただ一つ。黙秘権を行使すること。

 

「タケル、もう一度聞くわよ。一体、そんなところで、コウちゃんの寝ていた場所で、一体何をしていたのかしら?」

 

 詰問するような彼女の口調。しかし、俺はそんな口調くらいでは屈しない。というか、屈したら色々と終わる。

 そんなわけで俺はデスクの下で正座をし、口を真一文字に結び、俯く様にして下を向く。

 

「……ふぅ~ん。あくまでしらを切り通すつもりなのね」

 

 疑惑の視線を凄まじく感じるが、何も問題はない。雄弁は銀、沈黙は金である。

 コウは寝ぼけていて状況を覚えていないだろうし、俺は何を聞かれても黙っているだけだ。口を開かなければ、りんが真実を知ることはない。よしっ、完璧な作戦じゃないか!

 

 

 

「涼風さん。さっき、悲鳴を上げてたみたいだけど、一体何を見たのかしら?」

 

 

 

 や、やべぇえええええ!! いきなり作戦が崩壊した。

 りんが新人ちゃんに声をかける。そう、事情を知っているのは俺だけじゃなかったのだ。すっかり失念していたぜ……。

 しかも、この新人ちゃんは、色々と誤解している。これは、彼女が口を開く前に誤解を――

 

 

 

「ふ、二人が抱き合っている姿を……///」

 

 

 

 真っ赤な顔を手で覆うようにして、新人ちゃんが呟く。照れてる姿も可愛い……じゃなくて!

 抱き合っているだけで大問題なのに、顔を真っ赤にされたらそれ以上の事をしていたみたいになっちゃうじゃん!!

 

 

 

「新人ちゃぁああああああああん!!」

 

 

 

 とんでもない事態になってしまい、俺は顔真っ青にして絶叫する。

 最後のほうが某国民的アニメに登場する子供みたいになったが、そんな事を気にしてはいられない。だ、大魔王が覚醒してしまう。早いとこ、それは誤解だということを伝えないと。

 

 

 

「ち、ちち、違うんだ、りん! これには深い、ふかぁーいわけが……」

「何だ、私ってばタケルに抱き締められてたのか~。どうりで胸の辺りに頭の感触を感じたわけだよ」

「八神ぃいいいいいいいい!!」

 

 

 

 はい、もう爆弾発言以外の何物でもないですね。本当にありがとうございます。

 

 

 

「……興梠さん、ちょっとこちらに来ていただけますか?」

 

 目のハイライトが消え、事務的な口調で俺を呼ぶ遠山さん。

 

「きょ、拒否権は?」

「そんなの、最初からあるわけないでしょ。ついでに基本的人権も、あなたにはないと思いなさい」

 

 首根っこを掴まれ、オフィスの床をずるずると引きずられていく。「抱き締めてきたのは俺じゃなくてコウなんだ!」と言い訳する暇もなかった。というか、人権くらいは認めてくださいよ、遠山さん。俺だって日々、頑張って生きているんだから……。

 男が女に引きずられていくという、情けない光景。俺は泣いていた。

 

「二人は本当に仲がいいなぁ~」

 

 未だパンツ姿のコウが呑気に口を開く。この状況を、どう見たら仲がいいと言えるのだろう? あと、早くズボンを履け。

 

「あ、あれって、本当に仲がいいと言えるんでしょうか……」

 

 コウの言葉に、困惑気味の声を上げる新人ちゃん。大丈夫、君の思っていることは間違ってないよ。

 

 はぁ、新入社員の出社初日なのに、どうしてこんなことに……。しかし、そんな俺の思いも空しく、俺はりんにこってりと絞られたのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「お、おはようござ……って、タケル君!? ど、どうしたの?」

 

 壁にもたれるようにして白くなっていた俺に、出社してきたばかりのひふみが驚きの声を上げる。

 

「ひ、ひふみか……すまん、俺はもうダメみたいだ」

 

 しかし、今日も天使なひふみが寄り添ってくれても、心に負った傷は簡単に癒えてくれない。

 

「た、タケル君……まだ、死んじゃ……駄目だよ」

 

 涙目で心配してくれるひふみさん、ほんと天使。

 

「今、死んじゃったら……お仕事が、終わらない……」

 

 どうやら、仕事の心配をしてくれていたらしい。お仕事、大事だよね。ひふみは、会社員の鑑だよ。

 

「そ、それに……タケル君と……飲みに……いけなくなっちゃう」

 

 なんだ、やっぱりただの天使か。

 

「ひふみ……」

 

 真っ白になっている場合じゃない。俺は彼女の両手をしっかりと握り締める。

 

「お酒、絶対に飲みに行こうな」

「……うんっ!」

 

 彼女の笑顔は、お金に換算できない価値があると思う。そして、ひふみと飲みに行くまで絶対に死ねない。

 

 無事に復活を遂げた俺は決意を新たに、今日もお仕事頑張ろうと思うのだった。




不定期開催 あなたはタケルの事をどう思っていますか?

コウ)えっ? タケルのこと? もちろん、好きだよ! 何か頼むといつも手伝ってくれるし、困ったら助けてくれるし、話も合うしね! 私にとってタケルは……大切な親友の一人だよ!

りん)ビジネスパートナー

ひふみ)……た、タケル君に、ついて? ……も、もちろん、好きだよ。お仕事もできるし、お、お酒にも付き合ってくれるから……。

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