八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する   作:グリーンやまこう

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差し入れは親睦を深めるための一番簡単な手段かもしれない

「ん? おい、お前ら何やってんだよ? まだ仕事は終わってないだろ?」

 

 

 それはあまりに突然だった。

 

 

「……もう無理だよ。あいつに付いて行くのは」

「はっ? 急に何を言って……」

 

 

 理解ができない。いや、俺自身がその言葉を理解したくなかっただけかもしれない。

 

 

「周りが見えてないんじゃないの? いずれにせよ、もう限界なのよ」

 

 

 そういって仲間が一人、また一人と離れていった。

 

 

「興梠先輩……ごめんなさい。私もう、無理です。やっぱり私が八神さんのようになるには無理があったみたいです」

「ちょ、ちょっと待て! 今はそう思うかもしれないけど、○○はまだこれからで――」

「もう決めたことですから。今までお世話になりました。それから、最後に迷惑をかけてごめんなさい」

 

 

 

 入社一年目の子が半年でやめていった。泣き笑いのような表情を見せながら。

 

 

 

「タケル、りん……ごめん」

 

 

 今までにない、痛々しい表情を見せる彼女は今でも俺の脳裏に焼き付いていて――

 

 

 

「はっ!?」

 

 

 飛び起きた俺はきょろきょろと周りを確認し、自分の部屋だということに気付く。夢……着ていたTシャツが汗でぐっしょりと濡れている。

 

 

「……着替えるか」

 

 

 久しぶりに嫌な夢を見た。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 りんが風邪を引いたり、ついでにコウも風邪を引いたりと色々あったが、何とかフェアリーズストーリーの製作は進んでいった。もちろん、俺は彼女たちの風邪がうつることなくその間も働いている。

 そして、今日は世間的には休みの会社も多い土曜日。しかし、そんな事は関係なく俺は出社していた。

 

 

「はぁ、土曜出社は久しぶりでもないのに世間が休みだと、途端に身体が重くなってくるな……」

「そんなしけた顔してどうしたの?」

 

 

 声のした方に目を向けると、たった今電車に乗ってきたらしいコウと目があった。朝からコウに会えたのは嬉しいけど、今日が土曜日じゃなければもっと嬉しかった気がする。

 それはいいとして、昨日はきちんと家に帰っていたみたいだ。そんな彼女にため息をつきながら話しかける。

 

 

「いや、世間が休みだと仕事にもなかなか気合が入らなくなるなって思ってたんだよ」

「全く、もう直ぐマスター前なんだからしっかりしてよね?」

「流石に、仕事が始まればエンジンかかるから」

「頼んだよ? 完成したら休みもとれるからさ!」

「一週間くらい、休みが欲しいところだな」

「多分、それは無理!」

「分かってた事だけど、改めて聞くと悲しい」

 

 

 たわいのない会話をしている間も電車は進んでいく。

 

 

「そういえば、そろそろ疲れが溜まってくる頃だし、涼風さんには気を遣ってあげないとな」

「あー、私も新人の頃、この時期なかなか疲れが抜けなくて苦労したっけ」

「涼風さんの体調が崩れても大変だからな。コウとりんも風邪ひいて寝込んだわけだし」

「あの時はほんと参ったよ。りんの風邪がうつっちゃって、タケルにも散々迷惑かけちゃったわけだし」

「葉月さんは二人とも働き過ぎだから、丁度いいって言ってたけどな」

 

 

 最寄り駅について改札をくぐると、見慣れたツインテールが目に入ってきた。多分、涼風さんだろう。

 しかし、疲れているのか手で瞳を擦っている。やはり取りきれない疲れが、ここにきて顕在化しているみたいだ。

 そして、その先には仲睦まじい様子で歩く親子の姿が……。

 

 

「本来はあれがあるべき休みの姿なんだけどな……って、コウがいない?」

 

 

 視線を前に向けると、涼風さんの目を両手で塞ぐコウの姿が。

 

 

「ダメだ、見ると心を痛めるぞ!」

「あわわっ!?」

 

 

 何してんだあいつ……。心の痛めるといった言葉には大きく賛同できるけどさ。ひとまず駆け足で二人の元へ。

 

 

「何ですかいきなり……」

「ほんと、突然何してんだよ?」

「いやー、青葉の心を痛めない様に目を塞いであげたんだよ!」

「それならもっといい方法があっただろ……」

「ほんとですよ! すごくびっくりしたんですから!」

「元気がなさそうに見えたからつい」

 

 

 てへへ、と頭をかくコウにジト目を向ける涼風さん。うん、それが普通の反応だと思う。

 

 

「まぁ、確かに最近は忙しくてなかなか疲れもとれないですけど……」

「本当なら、休ませてあげたいところなんだけどな。まぁ、マスターアップまで我慢ってところだな」

「無事、何事もなく完成すればいいんだけどね~」

「おい、余計なフラグを立てるんじゃない」

「あははっ!」

 

 

 コウにツッコミを入れたところで、

 

 

「ただいま、ドーナツ全品半額中で―す」

 

 

 声のした方に視線を向けると、ドーナツの販売をしているお店が目に入る。

 あそこは確か、ドーナツが美味しいと有名で、ちょこちょこ差し入れとして会社に置いてあることが多い。俺も小腹が空いたときとか買ってるし。

 

 

「あの、ドーナツ屋さん美味しいらしいですよ」

「へぇ~」

「へぇ~って、たまに差し入れで置いてあるじゃねぇか」

「そうだっけ? あんまりお店とか気にせず食べてたから覚えてないや」

 

 

 いかにもコウっぽい理由だ。呆れるを通り越して笑ってしまう。

 

 

「どうせ、みんな出社してるだろうし、差し入れに買っていこうか」

「コウにしちゃ、気が利いてるじゃん」

「たまにはね。それじゃあ――」

「いいですね! 早速並んできます!!」

 

 

 言い終える前に涼風さんが、ドーナツ屋さんに向かって走っていった。それをポカンとした表情で見つめる俺たち。

 

 

((全然元気じゃん……))

 

 

 恐らく、俺とコウの心の中は一致していただろう。ただ呆れると同時に、少しほっとした俺たちだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「なんだ、まだひふみんしか来てないのか」

 

 

 オフィスについたのだが、出社していたのはひふみだけで他の人はまだいないようだった。

 

 

「おはよう」

「ひふみ先輩、おはようございます」

「お、おはよう……」

 

 

 それぞれが挨拶を済ませたところで、俺たちは机の上に置かれたある箱に気付く。

 

 

「って、これ!」

「っ!?」

 

 

 涼風さんが大きな声を出したので、ビクッとしてしまうひふみ。可愛い(語彙力不足)。

 そんなことはいいとして、机の上に置かれていたのは先ほど買ったドーナツの箱そのものだった。差し入れをしたのはいいが、その差し入れが見事、被ってしまったようだ。

 まぁ、会社の最寄り駅で半額セール中なら買っちゃうよね? みんなも疲れてることだし。

 

 

「ドーナツ、被っちゃいましたね……」

「四箱も……まぁ企画やプログラマーに配るんだなこれは」

「土日じゃなきゃねねっちも食べられたのに……ところでなんでアルバイトは土日に来ちゃ駄目なんですか?」

「あー、会社にもよるけど青葉より高い給料になっちゃう場合があるからね」

「ま、まさか正社員ってお給料を安くするための――」

「涼風さん、それ以上はいけない」

「そうだね。青葉もそれ以上は考えないように」

 

 

 大人にも会社にも、色々な事情があるって事だけ覚えておいてくれればいいです。社会の闇に触れるのにはまだ早い。

 

 

「それじゃあ、私は他の班にドーナツを配ってくるから。タケルたちはプログラマー班に持っていってくれる? 多分、あはごんたちがいると思うから」

「了解。じゃあいこっか涼風さん」

「はい! あっ、その前に……」

 

 

 涼風さんはポケットからスマホを取り出し、ドーナツをパシャリ。

 

 

「ねねっちに飯テロしちゃお!」

「……涼風さんって意外とSっ気があるよね?」

「そうですか? まぁ、悔しがるねねっちを想像するのは楽しかったりしますけど」

「絶対にSだこの子」

 

 

 確かに、写真を見て悔しがる桜さんの姿は容易に想像がつくけどさ。ベッドで「ずるいずるい!!」って転がりまわってそう。なんか可愛い。

 

 

「あ、青葉ちゃんって……仲良くなると、いじわるになっちゃうほう?」

「へっ?」

 

 

 俺たちの会話を聞いていたひふみから、質問の声が上がった。突然の質問に涼風さんは素っ頓狂な声を上げる。

 

 

「や、やだなー。そんなわけないじゃないですか。ねねっちだけですよ」

「そ、そうなんだ……」

「実は他の人にも同じようなことをしたりして」

「し、しませんよ!!」

 

 

 涼風さんの意外な一面を知れたところで、ひふみが「うううぅ……」頭を抱えていることに気付く。

 何を考えてるのか知らないけど、恐らくSっ気満載の涼風さんを見て、自分がいじめられやしないかと不安になっているのだろう。

 涼風さんはそんなことしない子だから。そんな事をするのは桜さんだけにだから……多分。

 

 

「まぁいいや。取り敢えず配りにいこっか。ひふみも来る?」

「う、うん!」

 

 

 というわけで三人そろってプログラマー班へ。

 

 

「あの~……って」

「っ!!」

「……プログラマー班は酷いな」

 

 

 プログラマー班の元へドーナツを配りにきた俺たちの目の前には生き地獄……とまではいかないけど、中々に酷い光景が。

 どよ~ん、という効果音が目に見える。夏草や兵どもが夢の跡……流石にそこまでは言い過ぎか。

 生気のない顔して仕事をしているか、ぶっ倒れてるだけなんだけど。……いや、それも問題だらけか。

 取り敢えず、激務だってことが伝わればいいです。飄々と仕事をしているのはうみこさんだけである。あの人だけサイボーグかよ。

 

 

「あなたも、色々な仕事に首を突っ込んでいる時点で十分サイボーグな気がしますが?」

「ちゃっかり心を読まないで下さい。それにしても……酷いですね」

「まあ……一番酷いタイミングでいらっしゃいましたし」

「酷いなんてもんじゃないですよ」

「み、皆さん、お疲れなんですね」

「でも楽しいですよ。戦場みたいで」

「ははは……」

 

 

 その戦場が敗戦後みたいなんですがそれは。後、新人の女の子をドン引かせないで下さい。

 

 

「予想よりバグの報告が多くて、てんてこまいなんです。桜さんも細かく報告を入れてくれています」

「へぇ、そうなんですか。ねねっち、頑張ってるんですね」

「桜さんが大学生じゃなかったら採用したいくらいだよ。俺は企画班だけど、旧作を知らないと分からないような報告まで入れてくれるから、助かってるんだ」

「まぁ、彼女の問題は素行ですけどね」

「そ、それは……気を付けるように言っておきます」

 

 

 涼風さんが苦笑いを浮かべる。うん、まぁ、彼女の素行についてはいずれ何とかなるだろう(適当)。

 

 

「ところで、どうして三人はプログラマー班へ?」

「あっ、すっかり目的を忘れてた」

「これ、差し入れです。私と八神さんと滝本さんから」

「これはどうも。後でみんなでいただきます。滝本さんもありがとうございます」

「い、いえっ……、そんな……っ」

「一方的に貰うわけにもいきませんのでお礼を……」

 

 

 ごそごそと机の引き出しを漁り取り出したのは、

 

 

「どうぞ。40㎜グレネードの空薬莢です。ペン立てにもなりますよ」

「えっ!? あ、うー……」

「何でそんなものが、机の引き出しから出てくるんですか……」

 

 

 常人の机からそんな物は出てこないし、常人は40㎜グレネードの空薬莢をペン立てにしたりしない。

 しかし、ひふみは良い子なので、貰った空薬莢を両手で包み込み頬笑みを浮かべる。

 

 

「あ、ありがとうございます……た、大切にします……」

「…………」

 

 

 そんな彼女を見て、うみこさんが何か期待するような眼差しを向ける。い、嫌な予感が……。

 

 

「そうだ。今度サバゲーでもどうでしょう?」

「えっ?」

「えっ!?」

「安心してください、私がしっかりとサポートを……」

「涼風さん、それにひふみも。そろそろ仕事が始まるから自分の席に戻ったらどうだ? コウも待ってるかもしれないし」

「そ、そうですね。確かに今日は、仕事が盛沢山だった気がしますから。ひふみ先輩も行きましょう!!」

「えっ!? う、うん……」

 

 

 涼風さんが強引にひふみを引っ張って自分の班へと戻っていく。その際、

 

 

(ありがとうございます、興梠さん)

(いいってことよ)

 

 

 俺達だけが分かるアイコンタクトを入れていった。涼風さんも一度、サバゲーマニアのうみこさんに遭遇しているので、分かってくれたみたいである。

 

 二人を見送ったうみこさんは少し残念そうだ。

 

 

「うーん、残念ですね。せっかく仲間が増えると思ったんですが」

「あ、あはは……」

「……それでは、次の休みはタケルさんにお付き合いしてもらいましょうか」

「こんなポンコツでよければですけど。あと、程ほどにしてくださいね? 以前、割ときつかった気がするので」

「それなりに善処します」

「ちゃんと善処してください」

「冗談ですよ」

 

 

 そこで俺は改めてプログラマー班を見渡す。

 

 

「今日、プログラマー班に入りましょうか? 幸い、企画もキャラ班も余裕がありますから」

「本来ならば断わるべきところで何ですが、今日はそのお言葉に甘えてもいいですか?」

「分かりました。コウにも事情を伝えてきますね」

 

 

 俺はコウのいるデスクへと戻る。……なんか、ドーナツの箱が増えている気がするけど無視しよう。

 

 

「コウ。今日、プログラマー班を手伝ってもいいか? ちょっと人手が足りてないみたいだからさ」

「うん、こっちは余裕があるから全然大丈夫だよ。むしろ手伝ってあげて」

「了解した」

「悪いね。なんか便利屋みたいに使っちゃって」

「いいってことよ」

 

 

 コウの了解を得られた俺はプログラマー班へと戻り、そのまま空いていた席に腰掛けた。多分、桜さんがいつも使ってる席だろう。

 パソコンを起動させ準備をしていると、横に座るうみこさんが話しかけてきた。

 

 

「あなたくらいですよ。楽しそうにバグを探す人は」

「えっ? そんないつも楽しそうな顔してますか? ゲーム感覚でやっているのは否定しませんけど」

「他の人に言ったら引かれそうですね。まぁ、戦力が増えたので何も問題はないですけど。……桜さんがいればもっと良かったのですが」

「……うみこさんって実は桜さんのこと、かなり認めてますよね? というか、割と好きですよね?」

「……無駄口をたたかないで下さい」

 

 

 話しかけてきたのはうみこさんなんですが……まぁ、耳が少し赤く染まっていたので恥ずかしがっているだけなのだろう。

 これ以上、ツッコむと怒られそうなので俺は目の前の仕事に集中することにした。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 タケルが嬉々としてバグ探しを開始した頃。

 

 

「たまに、タケルさんがどこの所属なのか分からなくなります」

「あ、あはは……タケルについては、オールラウンダーだと思ってくれた方がいいかもね。器用貧乏かもしれないけど」

「それ、タケルさんに言ったら怒られますよ。でも、やっぱり珍しいですよね。どうして、タケルさんはあんな色々できるんですか?」

「……まぁ、その辺は色々あったからね。マスターアップ後の時間ある時に聞いてみなよ。面白い話が聞けるかもしれないからさ」

「面白い話、ですか?」

「うん、面白い話。それじゃあ私たちも自分たちの仕事をはじめようか」

 

 

 青葉の疑問を他所に、コウは自分のデスクに戻りパソコンを起動させる。脳裏をよぎったのは苦い思い出。

 

 その思い出を振り払うかのように彼女もまた仕事へ戻っていくのだった。




 おかしい。気付いたら前話投稿から一年が経過していました。
 ちょくちょく、続きをという声は頂いていたんですけど、なかなかに次の話が思いつかなくて……。
 言い訳はこのくらいにして、次はもっと早くあげられるように善処します。
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