八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する   作:グリーンやまこう

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 お待たせしました。


名刺の渡し方は教えてもらうまで意外と分からないものである

「そういえば、明日は東京ゲーム展の企業日(ビジネスデイ)だっけ?」

「そうよ。それがどうかしたの?」

 

 

 とある水曜日の帰り道。俺はりんと共に、自宅まで帰っている最中だった。

 言っておくけど、別にこいつと帰りたくて一緒に帰っているわけではない。たまたま帰宅時間が一緒になってしまい、時間差をつけて帰るのも変なので仕方なく、一緒に帰っているというわけである。

 遅くなって次の日眠たいのも嫌だし。

 

 

「いや、今回は誰が行くのかなって」

「コウちゃんは、『ひふみん達四人を行かせればいいんじゃない?』って言ってたわよ。特に、青葉ちゃんにとってはいい刺激になるんじゃないかしら?」

「確かにそうかもな。一年目の涼風さんは、得るものが一番多そうだし」

 

 

 俺も一年目の時に、参加させてもらった時は感動した記憶がある。高校の時に行ったことがあったけど、滅茶苦茶混んでたからまともに回れなかったし。

 

 

「本当なら、俺も行きたいところだったんだけどな~」

「タケルは駄目に決まってるじゃない。マスターアップも近いんだから」

「分かってるって。例えばの話だよ」

「全く……タケルはそういうところで不真面目なんだから」

「うるせい」

 

 

 今日も今日とて、憎まれ口をたたかれながら帰り道を歩く。

 

 

「だけど、私たちが参加したときからもう7年も経つのね」

「確かに。そう思うと月日が経つのは早いもんだな」

「色々あったわね」

「色々あったな」

 

 

 脳裏に当時の状況がフラッシュバックし、思わずノスタルジーに浸ってしまう。色々というのは、言葉通り色々。

 正直、俺にとっては黒歴史ばかりだ。情けない話だけど。

 

 

「……ねぇ、タケル」

 

 

 俺の名前を呼ぶ声。感傷に浸っていたせいか、彼女が立ち止まっていたのに気付いていなかったらしい。

 

 

「ん? なんだよ?」

 

 

 振り返ると、何か言いたげな表情で俺を見つめるりんの姿が。

 

 

『…………』

 

 

 一瞬の沈黙。目があった時間は恐らく5秒にも満たなかっただろう。

 彼女の方からふっと視線を逸らす。

 

 

「……ううん、何でもない」

「何でもないって……何か言いたげな顔で黙られると、余計に気になるんだが?」

「気にしなくていいわよ。本当に何でもないことだから。タケルの間抜け顔を見たらどうでもよくなっちゃって」

「酷すぎるだろ。流石の俺でも泣くぞ?」

「ふふっ、冗談よ冗談。ほら、もうマンションについたから」

 

 

 視線を前に戻すと、俺たちの住むマンションが視界に入ってくる。話している間に、随分近くまで歩いて来ていたらしい。

 恐らく、これ以上追及しても彼女は口を開いてくれないだろう。

 

 その後はお互い黙ったまま部屋の前まで歩いていく。

 

 

「それじゃまた明日」

「おう。また明日」

 

 

 そう言って部屋の前で別れる俺達。部屋の中に入った俺は荷物を置き、シャワーを浴びる。

 

 

(また明日か……)

 

 

 シャワーを浴びながら思い出していたのは、先ほどかけられた彼女からの言葉。昔の俺たちなら絶対にありえない言葉だ。

 

 

(……ちっとはましになったのかな)

 

 

 何がましになったのか……その事をあえて言う必要もないだろう。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 そして、東京ゲーム展当日。

 

 

「東京ゲーム展?」

「そう、東京ゲーム展! 青葉たちに行ってもらおうかなと思ってさ!」

 

 

 昨日、りんと話した通りコウが涼風さんたちに東京ゲーム展について説明をしていた。

 

 

「青葉ちゃんたちってことは、今年も私たちが参加してもいいってことですか!?」

「うん。青葉はもちろん、はじめ達が参加しても、まだまだ学べることは多いだろうしね」

「ですけど、マスター前なのにええんですか?」

 

 

 ゆんの心配は最もである。開発も終盤戦に突入しており、一日の遅れが命取りになりかねない状況だ。

 しかし、それを差し引いても今日のゲーム展に行く意味は大きい。

 

 

「まぁ、マスター前で大分厳しいんだけど、その分の遅れは大目に見るからさ」

「これは仕事以上に意味のあることだから、大丈夫よ三人とも」

「仮に遅れたとしてもコウが何とかしてくれるよ」

「……そんなこと言ってると、タケルに仕事の大半を押し付けるからね?」

「ごめんなさい」

 

 

 コウにジト目を向けられ、速攻で謝罪の言葉を述べる。俺はコウのようなハイスペックではないので、あの量の仕事を押し付けられたらパンクしてしまいます。

 

 

「まっ、というわけだからさ。3人で楽しんできなよ。もちろん、何かを感じ取って帰ってくることを忘れずにね!」

 

 

 そこまで話したところで、涼風さんが「そういえば」と首を傾げる。

 

 

「……でも今日って木曜ですよね? 普段のゲーム展って土日にやってる様なイメージですけど?」

「木金は企業日(ビジネスデイ)っていって、業界関係者だけが行ける日なんだ」

「知名度は圧倒的に一般日の方が上だからな~。でも一般日と違って企業日はすいてるんだよ」

 

 

 テレビなどでは会場が人でごった返すような映像が流れたりもしているが、企業日はあそこまでの事にはならない。まぁ、この業界にいる特権ってやつだな。

 これに慣れちゃうと、とても一般の日に行こうとは思えなくなる。

 

 

「そんな日があったんですね!」

「うん。そして本日ようやく、フェアリーズストーリー3のタイトルがメディアに発表されます」

 

 

 ドヤ顔を浮かべるコウ。彼女がドヤる気持ちも分からなくはない。

 ここまで苦労を重ねてきたうえでのメディア発表なので、感慨深いものもある。開発をこれまで頑張ってきて本当によかった――。

 

 

「あっ、それゲーム雑誌のリーク画像がネットに出てましたよ!」

 

 

 涼風さんの言葉に、感慨深さが一瞬で吹き飛んだ。リーク画像許すまじ。

 

 

「……うん、知ってる」

「あ、あはは……」

 

 

 コウもりんも思わず苦笑いだ。ほんと、どうして発表前に漏れてしまうのだろう? 出すなら出すで、せめて発表直後とかにしてくれないかな。

 現場にいる人間としてはショックが何倍も違うんだし。出てしまったものは仕方ないんだけどさ!

 

 

「それで青葉には、チケットだけじゃなくてこれも渡しておこうと思って」

 

 

 コウが取り出したのは涼風さんの名刺だ。そういえばまだ渡してなかったね。名刺を受け取った涼風さんは感激に瞳を輝かせ、

 

 

「これでようやく、社員として認められたってことですね!」

「必要になるまで刷らなかっただけだから」

 

 

 思わず昭和のコントばりにずっこけそうになった。涼風さんって、たまに抜けてる気がするのは気のせいじゃないだろう。

 涼風さんは正社員だし、名刺がないからって社員と認められないわけがないんだけどな。

 

 

「じゃあ青葉ちゃん、名刺交換しようか」

「あっ、是非!」

 

 

 得意げな表情で名刺を取り出すはじめ。自信満々なのはいいけど、果たしてちゃんとできるのだろうか? コウがきちんと教えていればいいんだけど……。

 先輩として情けない話だけど、俺は名刺交換を教えた記憶はないし。いやでも、はじめも二年目だし流石に大丈夫でしょ。……大丈夫だよね?

 

 

「じゃあ、えっと…………」

「……?」

 

 

 あっ、ダメそう。なんかもの凄い間が空いてる。後、冷や汗が凄い。

 ハラハラとしながら、彼女の名刺交換を見守っていると、

 

 

「……篠田はじめです!!」

 

 

 バッと、すごい勢いで名刺を差し出すはじめ。これは勢いだけで何とかしようとしているのがよく分かる。

 これは反省をしなければいけない。もちろん、名刺交換を教えなかった俺たちが。

 

 

「あっ、えっと……」

 

 

 一方、名刺を渡された涼風さんは、どうしたものかとおろおろしている。まぁ、彼女は一年目だし、分からないのも当然か。

 俺も最初は、無茶苦茶な名刺交換してたし。そのまま見守っていると、涼風さんは何を思ったのか自分の名刺を一度机の上に置くと、

 

 

「いただきます!」

 

 

 両手ではじめから名刺を受け取った。きっと、両手で受け取らないと失礼だとか思ったんだろうな。

 はじめははじめで、ホッとした表情を浮かべてるし……。やっぱり分かってなかったか。

 

 

「後輩に間違えたこと教えないでよ」

 

 

 冷静にツッコむコウ。しかし、そんな彼女に後ろからゆんの声がかかる。

 

 

「そういえば、私も知らへんです」

「えっ、なんで……」

 

 

 首を傾げるコウに、俺はそっと耳打ちする。

 

 

(多分だけど、教えてなかったんじゃないか? 少なくとも俺は教えた記憶ないし)

(あ~、確かに。というか、私が教え忘れてただけだと思う)

(やっぱり……こりゃ、りんも含めて後で反省会だな)

(ま、まぁ、この機会にちゃんと教えてあげればいいでしょ!)

 

 

 そういってコウは「こほんっ」とわざとらしく咳払いをし、

 

 

「それじゃあこの機会に上司として、社会人のマナーを教えてあげよっかな!」

「ほんとは、忘れてただけなんじゃないですか?」

「うるさいよ!」

 

 

 見事、図星をつかれていた。コウの顔が若干赤く染まる。

 

 

「まぁいいや。それじゃあサクッと名刺交換の仕方を教えちゃうから。私と同じように自己紹介して差し出してね」

「分かりました!」

 

 

 元気よく返事をする涼風さん。その姿を見てコウはニッコリと微笑むと、彼女へ向かって名刺を差し出す。

 

 

「株式会社イーグルジャンプの八神コウと申します」

「え、えっと、株式会社イーグルジャンプの涼風青葉と申します」

「よろしくお願いいたします」

「よ、よろしくお願いいたします」

 

 

 コウと名刺を交換し、「できました!」と目を輝かせる。うん、これで名刺を交換する機会があっても大丈夫だろう。

 名刺交換自体、慣れみたいなところもあるしな。

 

「名刺交換のやり方も教えたし、早速3人でゲーム展へ行ってきな。私たちはマスター前で余裕がなくて行けないけど、せめて私たちの分まで楽しんできなよ」

「そうそう、遠慮なくな。ひふみはもう行ってるはずだから、現地で合流になると思うけど」

 

 

 何をするのか知らないけど、ひふみにしては随分と張り切っていたからな。気になってるゲームの発表でもあるのかもしれない。

 ほんと、俺もマスター前じゃなければ有給を取ってでも言ったんだけど……。

 

 

「分かりました。それじゃあ、八神さんたちの分まで楽しんでくることにしますね!」

「うん。それとさっきも言った通り、学んでくることも忘れずにね。……はじめが若干心配だけど」

「どういう意味ですか!?」

「言葉通りだよ」

「酷い!!」

「確かに。はじめは遊んでばっかいそうやもんね~」

「ゆんまで!!」

 

 

 あははっ、と笑い声が広がる。はじめには悪いけどゆんの言う通り、全力で遊んでいる姿が容易に想像できる。しかも、滅茶苦茶目立ってそうなのがまた面白い。

 

 

「あっ! あおっち、ゲーム展行くの!?」

「ねねっち……ってなにしてるの?」

 

 

 声のした方が目を向けると、そこにはなぜかパソコンを運ぶ桜さんの姿が。その後ろにはうみこさんの姿も。……また何かやらかしたのか。

 

 

「うみこさん、彼女は何をしてるんですか?」

「あまりにも落ち着きがないので、私の隣でデバッグをしてもらうことにしました」

「そ、それはそれは……」

 

 

 自業自得というべきか、因果応報というべきか……いずれにせよ、これまでよりは集中できる環境になっただろう。

 うみこさんが横にいると、嫌でも背筋が伸びるしな。

 

 

「それじゃあ、桜さんはこの後もデバッグを?」

「もちろんです。今は時間がいくらあっても足りませんから」

「えっ!? う、うみこさん、私もゲーム展へ行き――」

「だめです。バイトの分のチケットはありません」

 

 

 桜さんの希望を速攻で打ち砕くうみこさん。

 行かせてあげたいのは山々なんだけど、アルバイトの分までチケットを用意するときりがなくなっちゃうしね。

 

 

「なので、桜さんはお留守番です」

「えぇー、そんなぁ!!」

「私も忙しくていけないんだから我慢してください」

「うわーん! あおっぢ~~!!」

 

 

 残酷に言い放ったうみこさんに泣き言は通用せず、そのままずるずると引きずられていく桜さん。……後でプリンでも差し入れてあげよう。

 そんな彼女を見送った後、改めてコウが口を開く。

 

 

「……あんまりのろのろしてると遅くなっちゃうから。ほらっ、行った行った」

「は、はい。分かりました」

 

 

 というわけで、若手三人がゲーム展へ。

 

 

「それじゃあ残った私は引き続き、開発を進めていこうか。マスターアップは近いわけだしね!」

 

 

 残った俺たちはそのまま仕事へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 そしてゲーム展に行ってきた三人が戻ってきたのだが、

 

 

「おかえり~。どうだった」

「あの……頑張ります」

「えっ?」

「さ、働くで!」

「ゲーム展行った分の遅れを取り戻さないと」

「う、うん。お願いね」

 

 

 今までにないくらいやる気に満ち溢れた表情で、自分の仕事へ取組み始める三人。これまでも真面目に取り組んでいたんだけど、明らかにやる気の満ち溢れ方が違う。

 涼風さんやはじめはともかく、ゆんも分かりやすく気合が入っている。それを見ていた俺たちは顔を見合わせ、

 

 

「ほんと、分かりやすいね」

「だな」

「いいことじゃない。マスター前にあのやる気は頼もしいわよ」

 

 

 確実に何かを得て帰って来てくれた三人に思わず笑みを浮かべたのだった。

 

 

「ところでひふみんは?」

「あっ……」

 

 

 ひふみさんはゲーム展を存分に楽しんでいました。




 前回は一年が空き、今回は半年……よし、着実にペースは戻ってるな!

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