八神コウを攻略するために、俺は遠山りんも攻略する   作:グリーンやまこう

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お洒落をするのは思いのほか大変

「はぁ、休みが終わるのも早かったな」

 

 

 マスター後の休みもあっという間に終わり、俺はため息をつきながら電車の窓に映った自分の顔を見つめる。

 やっぱり長期休みの後は、いつもよりも少しだけテンションが低い。朝も中々起きられなかったしな。

 休みの間は妹が襲来した以外は特に変なことが起こるわけではなく、平和な日々だった。おかげで積みあがったゲームが片付く片付く。……休み終盤は「何やってんだろ俺……」と思わなかったこともないけど。

 しかし、ゲームの楽しさが勝って最後までやりつくしてしまった。

 

 

「あっ、タケルじゃん! おはよー!」

 

 

 そんなところで見知った声が俺の耳に届く。

 

 

「……おうコウか。おはよう」

「……朝から死にそうな顔で、死にそうな声出さないでよ。どこのゾンビかと思ったよ」

 

 

 丁度同じ電車に乗ってきたコウが呆れたような声を出す。俺と違ってコウは元気そうだ。というか、ゾンビは流石に失礼だぞ。

 

 

「全く、そんなゾンビみたいな声を出されると、こっちまで暗いテンションになるんだから! シャキッとしてよシャキッと!」

「悪い悪い。でもな、そうは言ってもやっぱり長期休み明けは、誰だってこんなテンションになるよ」

「否定はできないけど、タケルほど酷い人はなかなかいないって」

 

 

 そうだろうか? 長期休み明けのサラリーマンなんて、誰もが死にそうな顔をしてると思うんだけど。

 窘められている間に最寄り駅に到着し、会社までの道を二人で歩いていく。

 

 

「タケルは休みの間、どこか行ったの?」

「いや、全く。妹が部屋に来たくらいかな?」

「そうなんだ! それ以外は……あっ、どうせゲームしかしてないか。ごめんごめん」

「勝手に納得しないで。少しは話させて。あと謝らないで」

 

 

 予想以上に悲しくなるから。

 

 

「そう言ってるけど、どうせ私の言った通り積みあがったゲームを片付けたとか言うんでしょ?」

「……まぁ、そうだけどさ」

「やっぱり……少しは外に出て陽の光を浴びたら?」

「コンビニ行く時はちゃんと外に出てるから」

「それは外に出たって言わないから」

「まぁ、それも基本的に夜なんだけど」

「陽の光すら浴びてないじゃん……」

 

 

 雑談に花が咲く中、俺は「そういえば」と思い出す。

 

 

「今日は雑誌の取材が入るんだっけ?」

「うん、そうだよ。毎回恒例のやつ!」

「確か、攻略本用の取材だったよな?」

「その通り! フェアリーズストーリー2の時と同じだよ」

「了解了解。それはいいとして……お前、本当にその格好でいいの?」

「なんで?」

 

 

 首を傾げるコウの服装は、至って普段通り服装。黒のTシャツにジーンズ。いや、もう見慣れた光景ではあるんだけどさ。

 

 

「なんでって……もうちょっとお洒落な格好をした方が、雑誌映えしそうだからさ。攻略本用とはいえ、写真も撮るんだし」

「いいっていいって別に。別にお洒落な格好したって、いつも通りだって何も変わらないでしょ?」

「……またりんが怒りそうだな」

 

 

 というか、前回はりんにちゃんとした格好にさせられてたっけ。半ば強引に。

 今回は逃げ切るつもりなのだろうか? とても逃げきれないと思うけど。それに、俺もりんに協力を求められたら断らないだろうし。まぁ、その時になったら考えればいいか。

 

 

 さて、そんな事を話しながら会社に到着したので俺たちは荷物を置き、コーヒーを淹れに行くためいったんブースを離れる。

 コーヒーを淹れてきて自分のブースに戻ると、そこには涼風さんの姿が。そして彼女の格好はいつものスーツではなく、少しお洒落な格好となっていた。一瞬、別の人が会社に出社してきたのかと思ったよ。

 

 

「うわっ! 誰かと思ったら青葉じゃん!」

 

 

 コウも同じことを考えていたみたいで、驚きの声を上げる。

 

 

「あっ、おはようございます」

「休み明けから気合入り過ぎじゃない?」

「スーツがクリーニング中なんですよ!!」

「そうだったんだ。俺もてっきり気合を入れてきたとばかり」

「興梠さんまで!」

 

 

 プンプンと頬を膨らませる涼風さんをどうどうと宥める。言い方は悪くなるかもだけど、小動物みたいで可愛かった。

 

 

「ところで、今日私は何をすればいいんですか?」

「あっ、そうそう! これ、前作の攻略本なんだけどさ」

 

 

 そう言って、コウが自分の席から古い攻略本を取り出す。前作からそんなに時間が経ってないとはいえ少し懐かしく感じるな。

 

 

「ここにキャラとかモンスターの3Dモデルの画像が載ってるでしょ?」

「はい」

「これを用意して出版社に送るんだけど、スクリーンショットを取ってほしくてさ」

「分かりました! ちなみに、どこからどこまでですか?」

「全部!」

「はい、全部……って、全部!?」

「そう、全部! だって他の皆はまだ休みだし!」

 

 

 サラッと、とんでもないことを言いだすコウ。確かに人手は少ないけど全部って……涼風さん困惑してるじゃん。

 

 

「大丈夫だよ涼風さん。俺もちゃんと手伝うから」

「あっ、そうですか」

 

 

 俺の言葉に、涼風さんはホッとした表情を浮かべる。

 

 

「……手伝うって、タケルはあんまりやることないからでしょ?」

「うるせぇ。余計なことを言うんじゃない!」

 

 

 事実だから否定できないじゃん。一応、企画の仕事があるっちゃあるんだけど、まだ締め切りまで時間があるからな。

 

 

「それと、巻末の方にちょろっと設定画が載るんだけど、ソフィアちゃんはこのままで大丈夫?」

「へっ? どういうことですか?」

「私はあんまりしないんだけど、人によっては設定画集ってそれ用に書きおろしたりするんだよね」

「そうなんですね!」

「それで、青葉はどうする?」

 

 

 涼風さんは少し悩んでいたようだったが、

 

 

「あれは全力で描いたものなのでこのまま載せてください!」

 

 

 涼風さんらしい真っ直ぐな回答だった。うんうん、こういう真っ直ぐさは大事だよね。

 

 

「オッケー! じゃあ攻略本の方はお願いね」

「はい! でも、私の描いた絵が攻略本に載るんですよね……ふふふっ♪」

 

 

 これまたいい笑顔を浮かべて微笑む涼風さん。これからの涼風さんもより一層期待できるだろう。

 

 

「おはよう、なんだか嬉しそうね! 何かいい話でもあった?」

「へっ? い、いやなんでも!」

 

 

 そんな話をしているタイミングでりんが出社してきた。涼風さんはびっくりしたのか、りんの言葉にあたふたと手を振っている。可愛い。

 

 

「ところで青葉ちゃん、今日はお洒落してるけど、青葉ちゃんもインタビュー?」

「インタビュー? なんですかそれ?」

 

 

 そういえば涼風さんは、新入社員なのでインタビューを見るのも初めてだったか。インタビューを受けるのは一部の人だけなんだけど、見るだけでも貴重な体験だよね。

 

 

「いや、涼風さんはインタビュー関係ないよ」

「あっ、そうだったの。気合の入ってた服だったから受けるものだとばっかり。服装は関係なかったのね」

「そうなんです。実はスーツがクリーニング中でして」

 

 

 かくかくしかじかと理由を説明する涼風さん。俺たちにも同じ説明してたから大変だな。それだけ、彼女のスーツ姿以外が珍しいってことだけど。

 

 

「でも、だから遠山さんもお洒落してるんですね! 素敵です!」

「うふふ、ありがと」

 

 

 確かに今日のりんは、いつもよりお洒落感が強い服を着ていた。女子力の塊だよな本当に。……後、お洒落感って何だよ自分で言っといてなんだけど。

 

 

「あと、コウちゃんの服も持ってきたからね」

「っ!?」

 

 

 やっぱり持ってきてた。流石、ある意味期待を裏切らない。そんなりんの言葉にビクッと肩を振るわせるコウ。

 

 

「えぇ……いいよ私は。めんどくさいし」

「めんどくさい!? またそんなこと言って! 大体毎日同じ服着てガミガミガミガミ」

 

 

 いつも通り、りんの軽いお説教が始まってしまった。まぁ、あれはコウの言い方も悪い。勝手に服を選んできたとはいえ、めんどくさいは流石によくない。

 去年だって、撮影の服については散々揉めてるから余計にだ。取り敢えずここは俺が助け舟を出して――。

 

 

「そうですよ! 服を選ぶのって大変なんですからね!」

「えっ? 何で青葉までムキになってるんだよ」

 

 

 まさかの涼風さんからりんに援護射撃が入った。ある意味助け舟ではあったんだけど、一体どういうわけだろう?

 

 

「す、涼風さん?」

「興梠さんも同じタイプだと思うんですけど、服を選ぶのって色々気を使って本当に大変なんですからね!」

「あっ、ハイ」

 

 

 新入社員に説教をされる入社7年目がいるらしい。……俺の事です。とにかく、これから服を選ぶ時にはちゃんと気を使うことにしよう。

 結局、コウはりんから逃げきれずに会議室へと連行されて行った。……毎年こうなるなら、素直にお洒落すればいいのに。

 ちなみに俺は「ギリギリ及第点」と言われて逃げきっていた。まぁ、男はジーンズとパーカーでそれっぽくなるからね。というか、俺は取材を受けないんだから気にする必要はないんじゃ?

 

 

「……で、涼風さんは何を?」

「遠山さんから見張っておけって。逃げるからみたいですけど……そんな子供みたいな真似するんですかね?」

「あー、まぁ時期に分かると思うよ」

 

 

 俺の言葉に首を傾げる涼風さん。そして、待つこと数分。

 

 

ガチャ、ガンッ、「いたっ!?」「うわっ!?」

 

 

 案の定、逃げ出そうとしたコウが扉を開け、その扉が涼風さんの額にぶつかった。痛そう(小並感)。

 

 

「ちょっ! 扉の前で何してるの!?」

「お前が逃げ出すからって、りんから言われて待機してたんだよ」

「よ、余計なことを……」

 

 

 額を押さえて唸っている涼風さんの代わりに俺が状況を説明する。後で涼風さんにシップを持っていってあげないと。結構酷い音したし。

 

 

「ほれ、どうせ逃げきれないんだからさっさと着替えてこい」

「そもそも、どうしてそんなに着替えるの嫌なんですか?」

 

 

 最もな質問だ。涼風さんの疑問にコウは少し顔を赤くしながら答える。

 

 

「いやだってお洒落って恥ずかしいじゃん。それに私、胸もないし色気もないから男っぽい服が似合うんだよ……」

 

 

 なんてことを言うんだよ! と心の中だけでツッコむ。コウは胸がないことをしきりに気にしてるけど、そもそも素材がいいんだからそんなことは関係がない。

 更に、悔しいけどコウの事をよく分かっているりんが服を選んできているのだから間違いもないはずだ。

 

 

「そんなことないですよ! 八神さんの事をよく分かっている遠山さんのコーデならきっと大丈夫ですって!」

 

 

 涼風さんも同じようなことを思っていたようで、コウに向かって力強く宣言する。彼女の言葉にコウも背中を押されたようで、

 

 

「じゃ、じゃありんを信じるよ。……あんまり期待すんなよ」

 

 

 そして部屋の外で待つこと数分。

 

 

「……ね、普通でしょ?」

 

 

 めちゃくちゃ可愛くなったコウが部屋から出てきて卒倒するかと思った。いや、りんのコーデなら大丈夫だと思ってたけど、想像以上だ。

 

 

「凄い、八神さん可愛いですよ!」

「ほんと、コウちゃん可愛い!」

「えっ、ほんと?」

 

 

 二人も俺と同じ意見の様で、りんに至ってはスマホを取り出してパシャパシャと取り始めるレベルだ。理解できてないのは本人くらい。……後でりんから写真を貰わないと。

 可愛い可愛いと二人に連呼され顔を赤くするコウを微笑ましく眺めていると、

 

 

「興梠さんもそう思いますよね?」

 

 

 当たり前のことを聞かれたので俺は首を縦に振る。

 

 

「そりゃ、もちろん。というか、可愛いって思わない人はいないんじゃねぇか?」

「確かにそうですね!」

「もちろんよ。私が選んだ服を着てるんだから!」

「ほんと、そのセンスだけは尊敬に値するよ」

「だけとは何よ!」

「あ、あはは…」

「ちょっと、私を置いて勝手に話を進めないでよ!!」

 

 

 真っ赤な顔でツッコミを入れるコウ。おっと、すっかり三人だけで盛り上がってしまっていた。反省反省。

 すると何か思い出したのか、涼風さんがおもむろに前作の攻略本に手を伸ばし、

 

 

「あっ! 前作の攻略本の記事に確か……あった!」

 

 

 彼女が指差したのは前作の完成時の際、コウがインタビューを受けているシーンが載っているページだった。これまた懐かしいページを……。

 この時も社内で「誰だこの美人は!?」ってなった記憶がある。

 

 

「これ! この人! 少し雰囲気違うなって思ってたんですけど……謎が解けました! 写真写りのせいじゃなかったんですね!」

「あとで覚えてろよ……」

 

 

 若干失礼なことを言っている気もするのだが、この写真と普段のコウはほとんど別人なのであながち間違いでもない。

 

 

「さっ、コウちゃん! そろそろ撮影だから準備して!」

「うへ~、本当にやるの?」

「やるに決まってるでしょ! ほらっ、行くわよ!」

 

 

 コウの手を取って歩き出すりん。これじゃあどっちがインタビューを受けるのか分からないな。だけど、あれくらい強引なほうがちょうどいいのかもしれない。

 

 

 ちなみに、その後の撮影はコウが少し照れてたくらいでつつがなく終わったのだった。

 




 次回でやっと2巻までの話しが終わります(予定)。

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