数分後、ようやく白き焔は燃え尽き、東の空から曙光も消えた。
元通りの闇が戻ってきた。
そう、数え切れないほどの該当が夜の路と街を照らし、ビルの窓から洩れる明かりも下界を照らす━元通りの半端に明るい闇が。
護堂はふうと息をついて、夜空を見上げた。
半分の月とまばらな星が輝いている。
お世辞にも美しいとは言えない東京の夜空だが、十数年も慣れ親しんだものだ。これはこれで悪くない。
ともかく勝負は終わった。
帰って風呂に入って、ゆっくり寝よう。後始末のことはそれから考えればいい。
惨憺たる有様の決戦場に、ふたりの少女が入り込んできた。
「こんお迷惑な女神さまをどうするつもりなの? 私は早くとどめを刺すべきだと思うけど」
「……私も同感です。アテナを放置しては、いずれ禍根となるかもしれません。然るべき手を打つべきではないでしょうか」
やや皮肉っぽくエリカが言い、裕理も少し口ごもりながら訴える。
彼女らの視線の先には、拗ねた幼女のような顔で座り込むアテナがいた。
『白馬』の焔に灼かれたせいか、単に力を消耗しただけなのか、闇の地母神は背丈が縮み、数時間前と同じ幼女の姿であった。
さすがは不死の神性を持つ女神。あの焔にも灼き尽くされず、再生を遂げたのだ。
まあ、あれで完全に死ぬとは護堂も思ってはいなかった。
もう戦う力は残ってないはずだが、恐るべき生命力だと言える。
「なあ万里谷、今のって例のヤツか? ほら、巫女さんの霊感だが予知だか」
「いえ、普通に考えただけですが……。そんなこと、巫女でなくともわかります」
次に、榊へと視線を向ける。煙草を吹かしていた榊が護堂の視線に気づく。
「あー、とどめは刺した方がいいと思うが……俺はもう呪力が空っぽでとどめを刺せそうにないから、護堂に任せるさ」
二人の答えを聞いて、護堂は安心した。
「なら、この辺で手打ちにしよう。━聞いたか、アテナ。この連中があんたを始末しろってうるさいんだ。とっと、この国から出てってくれよ」
「━何故そうしない? いずれ再びこの国に害を与えるやもしれんのだぞ?」
ふてくされたように言うアテナへ、護堂はうんざりした表情で答えた。
「こんな訳の分からない力、もういらないよ。いま持ってる分だって、持て余してるんだから。それにな、たかが喧嘩で相手を殺せるか。俺はれっきとした文明人だぞ?」
「何?」
「俺は、青銅器だか鉄器時代だかに生まれた神様じゃないんだ。今は二十一世紀だ。決闘で命のやりとりをする風習はない。古代の習俗を押しつけるのはやめてくれ」
「王にして勝者のお言葉だ。逆らうわけにはいかんよなぁ」
何か言いたげなエリカと裕理を視線で押させながら榊が言った。
長い沈黙のあと、女神がようやくうなずいた。
「…………よかろう。敗者は勝者の言い分に従うのみ。次もまた戦うか否かは知らぬが、壮健であれ。縁があれば、いずれ再開するときもあろう」
銀の神を揺らして、アテナは立ち上がった。
「妾に土をつけた貴様らのこと、この胸に刻みつけておく。━さらばだ」
護堂たちに背を向けると、アテナはゆっくりと歩きだした。
その小さな背中が見えなくなってから、エリカがわざとらしくため息をついた。
「あのね護堂、『まつろわぬ神』に勝っても命を奪わなければ権能は増えないのよ?」
「簡単に殺せとか言うな。大体、神様たちは倒しても平気で復活したりするんだぞ。うまくいかなくて当然だ」
物騒なことを言う相棒に、護堂は顔をしかめて反論した。
何しろ復活や再生は当たり前のようにこなす、不死身の怪物揃いなのだ。そのおかげで、殺す心配なく攻撃できるという恩恵もあったが。
「なに、どちらにしろ私が協力した時点で神を殺しても権能は増えんよ。権能を増やすにはパンドラに認められるような戦い方━正々堂々と神を倒す必要があるからな」
そう言って榊は立ち上がり、服について草を払い落とす。
「疲れたから先に帰らせてもらうぜ。補導されんなよ」
神速を発動した榊は、すぐに護堂たちの視界からいなくなる。
この時、護堂は気づかなかった。榊が、神速を使ってまでこの場を離れた理由を。
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アテナと対決した夜の翌日は、土曜日だった。
世間一般と同様、草薙護堂の通う城楠学院も休日である。戦いで傷ついた体と、榊が帰った後に炸裂した裕理のお説教で憔悴した精神を休めるはずだったのだが……。
土曜日には裕理のお説教の続きを受け、日曜日には妹からエリカや裕理との関係を勘ぐられて口撃される。
体は休まっても、精神は疲れ果てたままだった。
それでも今日からは学校という平穏に戻ることができる。そうなれば、擦り切れた心も休まるはず、そんな甘い考えを護堂は持っていた。
「それじゃホームルーム始めるぞ」
榊が教壇に立つ。初日は違和感しかなかったが、早くも見慣れてきている自分に気づく。
「えー今日は転校生の紹介をしまーす」
榊の一言で教室の中が一気にざわめき出す。この時、護堂は言い知れぬ不安に身を包まれた。
榊のにこやかな笑顔が何故か、邪悪なものに見えたからだ。
「イタリアから来たエリカ・ブランデッリ君だ。親の仕事の関係で日本にやってきたが、日本語は堪能だから仲良くやるように」
教室の中に入ってきたのは、城楠学院の制服を着たエリカ・ブランデッリだった。
王族のように好機な雰囲気で、華やかな笑顔で明らかに護堂の方を見ている。
護堂は自分の平穏が音をたてて崩れていくのを感じた。
ようやく原作一巻の内容が終わりました。次は、原作二巻の内容に入るかカンピオーネビギンズ・榊編をやるか……迷い中です。