カンピオーネ! 魔刃の王の物語   作:一日

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第二章 魔王来臨
第一話 風雲急を告げる


 【騎士リリアナ・クラニチャール、ブカレストにて『王』との謁見を果たす】

 

 リリアナは辟易としていた。

 

 目の前の魔王、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンに呼び出されたかと思えば、神の招来の儀式を計画していると告げられ、挙句儀式に必要な優れた巫女を自ら捕えに行くと告げられたからだ。

 

 騎士として協力しがたい内容だが、名門クラニチャールの血を引き、魔術結社《青銅黒十字》に所属するリリアナに、魔王への反抗は許されない。そうでなかったら、今すぐ立ち去りたいところだ。

 

 ……いや。

 

 イタリアの魔術師が盟主と仰ぐサルバトーレ・ドニさえ万全の応対であれば、彼の庇護を恃み、それもできたかもしれない。だが、今は無理だ。

 

 日本のカンピオーネに勝負をしかけた(それも神が襲来している最中にだ)結果として、封印されてしまったのだ。そして、被害額の支払いを条件に封印を解かれたのがひと月前。負傷が癒えたばかりの彼に、カンピオーネ相手の抗争はまだ早いだろう。

 

 「カンピオーネたる侯が、御自ら?」

 

 「私にも、異国の空気を吸いたくなるときぐらいある。よいではないか? 老い先短い老人が、つかの間のバカンスを楽しみたいと言っているだけだぞ」

 

 笑えないユーモアを交えた意思表明で、魔王は女騎士の反論を封じこんだ。

 

 「だが、供の者はいた方がたしかに便利だな。君にその役を命じよう。異論は?」

 

 あっても口に出せるわけがない。

 

 受諾するリリアナを、ヴォバンは満足そうに眺めつつ言った。

 

 「では、一時間で準備を済ませ給え。一秒たりとも待たぬので、そのつもりでいてくれ」

 

 「承知いたしました。が、その前にひとつ宜しいでしょうか? 日本には侯の同胞たる方々がいらっしゃいます。先にお話しを通された方が良いのではございませんか?」

 

 草薙護堂。古代ペルシアの軍神ウルスラグナを倒してカンピオーネとなった少年。

 

 かの軍神が変化したという一〇の化身を操り、リリアナのライバルである紅き騎士を愛人として侍らせているらしい。

 

 そしてもう一人、立花榊。わずか一年にして四柱もの神を屠り、サルバトーレ卿を封印した張本人。

 

 だが、最古の魔王は鼻で笑い、この進言を退けた。

 

 「その必要はなかろう。話をしたいのであれば、そやつらの方から参ればよいだけだ」

 

 ……暇をもてあました魔王の気まぐれ。

 

 これが草薙護堂と立花榊と東京を巻き込んだ大騒動へ発展するのは、もう少し先の話である。

 

 

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 「こんなことに権力を使うカンピオーネはたぶん、あなただけですね」

 

 ため息と共に、言葉を投げつける。言うまでもなく皮肉だ。

 

 「俺は護堂とは違ってね。あいつは自覚なき暴君だが俺は自覚のある暴君だ。権力は有効に濫用させてもらう」

 

 魔王立花榊が正史編纂委員会に命じたこと━それは、沙耶宮馨との逢引だった。

 

 委員会の重役達は草薙護堂のように籠絡のための人選をしなくていい、と喜んだが馨にとっては迷惑な話でしかない。あと、強引に貸切にされたこのカフェにもいい迷惑かもしれない。それに見合うだけの代金は支払ってあるが。

 

 

 「今日は別の子とのデートが入ってたんですけどね。おかげさまで振られちゃいました」

 

 「彼女の数が零になってから言い直すといいよ。そしたら少しは俺の心に響くだろうさ。それとも今すぐ全員と別れてこいと命令しようか?」

 

 ウィンクと共に笑顔を向けられる。

 

 からかわれていることを自覚させられ、再度ため息を突く。まさしく暴君。それも基本的に自分限定なので、尚更たちが悪い。暗君でないのが唯一の救いか━。

 

 「そういえば君に託したあの本はどうなったのかな?」

 

 魔術の深淵について記し、呪法の奥義を伝えるために生み出された書物。

 

 そういった魔導書のなかには、時を経るうちに自ら魔力をたくわえ、稀に意思すら持つに至った『特別品(スペシャル・ワン)』が存在するという。

 

 どこぞのルートからそれを入手した榊が数日ほど前に馨に鑑定を依頼していた。

 

 「あれの鑑定結果としては本物です。力の足りない術者が見れば毛深き獣に変えられてしまう、そんな逸品でした」

 

 「毛深き獣━狼や熊あたりかな? タイトルも確か狼がらみだったし」

 

 馨が頷く。

 

 「ええ。その昔にエフェソスでひそかに信仰された『神の子を孕みし黒き聖母にして獣の女王』の秘儀について記した研究書です」

 

 「エフェソス……あそこではたしかアルテミス信仰が盛んだったね。まさしく獣の女王たる神格だ。黒い、というのはやはり獣の毛皮のことだろうね。ギリシャ神話でのアルテミスとは少々違いが見られるけどね。まぁ、あの地で崇拝されている女神様を俺はとても信仰できないがね。『多数の乳房を持つ豊穣の女神』……あの神像は少しばかりインパクトが強すぎる」

 

 神像の姿形を思い出したのか、榊が渋い顔をする。それを見て、馨はクスリ、と笑った。神すら倒してしまったこの男の意外な反応が面白かったからだ。

 

 気づけば、榊がむっとした表情で馨を見ていた。存外、子供っぽい面がこの男にはある。

 

 その時、無粋な音が馨の胸元から鳴り響く。携帯への着信だ。ディスプレイには部下である甘粕冬馬の文字が浮かんでいる。

 

 「もしもし、今かけてくるということは悪い知らせかな?」

 

 甘粕も榊とのデートのことは知っている。その上で電話をかけてくるということは━。

 

 甘粕との電話を終えて、榊へと視線を向ける。彼の顔は既に戦士のそれへと化している。その鋭敏な聴覚で電話の内容を盗み聞きしていたのだろう。

 

 「どれ、傍迷惑な狼爺に隠居というものを教えてやりますか」

 

 馨はこれから東京で起きるであろう災厄に頭を抱えたくなった。

 

 

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