カンピオーネ! 魔刃の王の物語   作:一日

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第二話 謁見

 「彼の王が持つ権能の中で最も危険なのは、『劫火の断罪者(レッド・プロミネンス)』でしょう。()()でも都市一つを焼き尽くすと言われていますからね。東京で使われればどれほどの被害になるか……」

 

 ヴォバン侯爵の居城たる図書館へと向かう車内で、馨と榊は侯爵の権能について再確認していた。神速で向かうことも検討したが、少しでも呪力を温存するためにあえて委員会の車で移動することにしたのだ。

 

 榊の権能は汎用性が高い分、威力と燃費が犠牲となっているため、すぐにガス欠に陥るという欠点があるためだ。

 

 「まぁその権能を使って本人は無事でいられるのかという疑問はあるが……神速を使えば死にはしないだろうな。あちらが逃がしてくれればだが」

 

 言外に防ぐことは出来ない、と告げる榊。それは即ち使われれば街が崩壊するということだ。

 

 「だが、万里谷裕理という人質がいる以上は使えないはずだ。それだけが唯一の救いだよ。純粋な戦闘となれば、勝敗はともかく周りへの被害が大きすぎるだろうから」

 

 「……相手は現存する最古の魔王で、保有する権能はあなたと護堂さんを足してもなお足りません。勝算はあるのですか?」

 

 榊は馨の顔を見つめた。彼女の瞳には不安が映っていた。

 

 「カンピオーネ(俺たち)は権能を持っているから強いわけじゃない。それだったらそもそも神殺しを成し遂げることができないからな。俺たちは絶望的な状況でも勝利を引きずりよせるしぶとさと幸運があるから強いんだと思っている。さっき言ったろ? 相手が万里谷裕理を狙っているのが救いだと。状況は悪くない。後は、勝敗条件次第さ」

 

 彼の顔には悲壮感など微塵も浮かんでいなかった。死を覚悟した戦場など、今まで幾たびも超えてきた。カンピオーネとなって神とも闘ってきた。重要なのは敵の強さではない。如何にして勝ちを引きずり込むか、ただそれだけだ。

 

 「ほれ、目的地に着いたぞ。丁度、護堂もいるようだ。そろそろいつもの君に戻った方がいいんじゃないか?」

 

 榊が車から降りていく。その背中を見つめながら馨は呟く。

 

 「こんな僕にしたのはあなたですよ……」

 

 その呟きは誰の耳にも届かない。

 

 

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 合流した彼らは馨と甘粕を駐車場に残し、図書館へと乗り込んだ。

 

 ━襲撃は突然だった。

 

 風を巻いて、ボロボロの着衣をまとった人影が剣で斬りかかってきた!

 

 「うわっ、敵なのか!?」

 

 「わたしにまかせて。護堂は下がっていなさい!」

 

 図書館のエントランス。

 

 こんな場所でいきなり妙な剣士に襲撃されるとは、あいかわらず自分の人生は波瀾万丈すぎる。舌打ちしながら、護堂は敵が何者か見極めようと目を凝らす。

 

 愛剣クオレ・ディ・レオーネをとっさに呼び出したエリカと見事な剣さばきで斬り合う敵。

 

 ボロではあったが、裾の長い上衣とマントのような外套を身につけている。幅広の長剣を操る技はまさしく達人のもの。だが、兜の下からのぞいている顔には精気も覇気もない。

 

 まるで死人のような━そう思い至って、護堂は戦慄した。

 

 ゲームやホラー映画でおなじみの、ゾンビという言葉が似つかわしく思える。ということは、まさか彼は……。遭遇した怪物リストに新たな名称が加わったと確信した直後。

 

 護堂の前に、もうひとり剣士が現れた。

 

 「って、ふ、二人目!?」

 

 一人目と同じ装束の、どう見ても動く死体にしか見えない剣士が奥の通路から駆けてきた。

 

 「護堂さがれ」

 

 榊が護堂の前へと出る。使用条件の厳しいウルスラグナの権能は、こういった敵を得意としていない。逆に榊は権能を使わずとも闘うことができる。

 

 上段から振り下ろされる剣を両手の手刀を交差させるようにして叩き折る。続けざまに放つ前蹴りでゾンビの体を弾き飛ばす。

 

 吹き飛ばされたゾンビの背後から一人の人間が飛び出して、榊へと向かって三次元的な軌道を描きながら榊へとひた走る。

 

 「妙なる調べを奏でし無冠の王よ、騎士リリアナ・クラニチャールの誓いを聞け」

 

 声の主は少女だった。

 

 銀褐色のポニーテールと、西洋人じみた硬質の美貌。そして、美しい妖精のような細身の体つき。どこから現実離れした雰囲気を持つ少女だった。

 

 「我は狂える碑の継承者、十字の騎士の裔たれば、我が心のままに天を駆ける! 羽持つ匠の騎士王よ、幻想の精髄を我が手に顕し給え!」

 

 リリアナ・クラニチャールと名乗りを上げた少女の手に、銀のサーベルが現れる。

 

 刀身は長く優美で、緩やかなカーブを描いていた。

 

 「さあ、我が武勲の礎となれ、イル・マエストロ!」

 

 彼女が身にまとうのは、青地に黒い縦縞の入ったケープだ。エリカがよく着る紅と黒の上衣と酷似した、青と黒の戦装束。

 

 ━リリアナが走る勢いのままに榊へと切りかかる。

 

 榊は指日本で剣を挟んで止める。

 

 「太刀筋に迷いが見えるぞ」

 

 更に増えたゾンビの攻撃をリリアナの剣を使って受け止める。肩を使った軽い体当たりでリリアナとゾンビの体が重なり、接触する。

 

 「許せよ」

 

 榊の拳に宿った殺気にリリアナは総毛だった。自分は死ぬのだと一瞬で理解させられる。

 

 榊の拳が放たれる。リリアナの腹部へと直撃した拳は、リリアナの体に一切ダメージを与えることなく、その背後のゾンビだけを吹き飛ばした。

 

 リリアナは大きく息を吐いた。無傷であることに安堵しつつ、目の前の男の実力を痛感する。

 

 「リリィ、あなた、喧嘩を売る相手はもう少し選んだ方がいいわよ。カンピオーネ相手に斬りかかるなんてそれこそ自殺行為よ」

 

 一体目のゾンビを片づけたエリカが呆れたように言った。その内容に思わずリリアナは絶句した。

 

 「お、王よ、先ほどの非礼深くお詫びもうしあげます」

 

 日本のカンピオーネについては彼女も情報を集めていて、顔写真も見ていた。だが、何故か目の前の男と写真が一致しなかった。恐らくは神代のルーン魔術を扱うという彼の認識妨害の魔術によるものか━。

 

 「じゃあ侯爵の所に案内してもらおうか。それで許すとしよう」

 

 「寛大な処置、ありがとうございます。それでは、こちらにおいで下さい」

 

 リリアナが館内の奥へと進んでいく。最長老の魔王との遭遇が、間近に迫っていた。

 

 

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 図書館の二階に上がり、護堂たちは広い閲覧室に足を踏み入れた。

 

 そこには背の高い老人と、白衣と袴をまとう裕理がいた。

 

 狂犬のような数々の逸話とは裏腹に、老人の顔つきは知性の鋭さに満ちていた。秀でた額と落ちくぼんだ眼窩。痩せてはいるが、不思議とひ弱そうな印象は皆無だ。背筋がすっきりと伸び、腰も曲がっていないせいだろうか。

 

 仕立ての良いスーツを着ており、非のうちどろこのない老紳士に見える。

 

 榊と護堂がアイコンタクトで会話する。榊の目は、お前の友達だろうが━そう語っていた。

 

 「俺は草薙護堂だ。俺の友達を返してもらいにきた」

 

 意識的に敬語を使わず、護堂は名乗った。

 

 この老人の逸話をさんざん聞くうちに、敬老精神を発揮する気がなくなったのだ。

 

 「随分と若いな。そういえば、私が『王』となったのも君ぐらいの年頃であった。……ところで少年、その娘は君の何なのだ? 家族か妻か、それとも愛人か? すまぬが、私がもらっていく。まあ許せ」

 

 「ふざけんなッ。神様を呼び出したいのなら、ひとりでやれ! 他人を巻き込むな!」

 

 ここへ来るまでに、リリアナから事情は一通り聞き出した。

 

 ヴォバンの目的、裕理の必然性、『まつろわぬ神』を呼び出す儀式とやらの危険性。この老人の横暴を見過ごせる理由など、ひとつもない。

 

 だから護堂は、ケンカ腰で怒鳴りつけてしまった。

 

 それを気にも留めず、ヴォバンは退屈そうにあくびを噛み殺した。

 

 「少年よ、これは『王』同士の会合だぞ。君の所領へ無断で入り込んだ非礼は詫びよう。だが、私の奥的を言葉だけで止められるとは思ってくれるな。『王』に何かを願うのであれば、然るべき代償を用意すべきだ。そうではないかね?」

 

 「代償だって?」

 

 「ああ。この娘の代わりとなる巫女でもかまわぬし、私の獲物となる神を連れてくるのでもいい。そうでなくては取引にもなるまい」

 

 この老人には、話をするつもりなどない。このままでは交渉にすらならない。

 

 護堂は舌打ちした。力を見せない限り、ダメということか。ヴォバンが逸話通り『力』の信奉者なら、自分の持つ力━古代ペルシャの軍神から奪った権能を見せる他はないようだ。

 

 悩みつつも肚をくくりかけた、その寸前━

 

 背後から、何かを嘲笑うかのような榊の笑い声が聞こえた。

 

 「貴様、何がおかしい?」

 

 「いや、王ともあろう御方の割りに随分と察しが悪いようで……こちらはボコボコにされたくなきゃさっさと彼女を返せと言っているのだよご老人」

 

 ヴォバンの目が細められる。

 

 「若造共が、この私に勝てるとでも?」

 

 「あんたもカンピオーネならわかってるはずだ。俺たちの強さの本質には権能の数もキャリアも関係ない。それとも、そんなことも忘れるほど耄碌したか? ならば、あんたの時代は終わったのだとその身で分からせるのが俺たち若造の仕事だろうさ」

 

 ヴォバンは愉快そうに、そして酷薄に微笑んでいた。

 

 「よかろう。『王』へと成り上がって間もない小僧どもの相手など、本来であれば私の役ではないのだが━二人いれば、多少はましであろう。敢えて誘いに乗ってやろう。光栄に思え」

 

 エメラルドの双眼は、いまや爛々と輝いていた。

 

 虎の瞳。そんな言葉を思い出させる眼力に、護堂は息を呑んだ。

 

 「小僧ども━貴様らの願い通り、この娘は返してやる。だが代わりに、貴様らと娘には狩りの獲物となってもらう」

 

 ヴォバンは裕理の腕をつかんで乱暴に立たせると、護堂の方へと突き飛ばした。

 

 彼女の華奢な体をあわてて抱き留める。

 

 裕理は小刻みに身を震わせていた。顔色も蒼白で、血の気がない。相当な恐怖を感じているようだ。護堂は裕理の性を安心させるように叩いてやった。

 

 「三十分やる。その娘を連れて、どこにでも往くがいい。三十分後、貴様らの命と娘の体を奪うために、私はここを出る。……どこに隠れてもかまわぬぞ。地の果てまでも追いかけ、追い詰め、狩り立てるだけだからな。刻限は……そうだな、夜明けまでとしよう。これが狩りのルールだ。理解できたかね?」

 

 事ここまで及んでは、もうこのゲームに乗るしかない。

 

 覚悟を決めて、護堂は静かにうなずいた。

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