ヴォバンはこの状況を愉しんでいた。
只でさえ少ない
恐らくは人類最高峰の武術を繰る彼の立ち姿は、ヴォバンに旧敵の姿を連想させた。それが無ければ彼らとのゲームを始めることはなかっただろう。
「……刻限だ。リリアナ・クラニチャール。出るぞ」
ようやく、草薙護堂たちがここを出てから三十分が経過した。ヴォバンは笑みを浮かべながら出陣する。
襲撃は図書館を出た瞬間だった。侯爵の前を歩き、扉を開いたリリアナのリリアの視界に金属で構成された巨大なヘラジカの姿が映る。認識阻害の魔術を併用した奇襲。
そう考えるよりも早く、魔女特有の身軽さで超重量の突進を紙一重で避ける。背後の侯爵もその動物的な直感で躱す。
「鋼鉄の体か……半端な攻撃は通じないだろうな」
ヘラジカの体から放たれる呪力が、その体を構成する金属が通常のものではないと物語っている。リリアナの持つ攻撃手段で通じるか、なかなか怪しいところだ。侯爵ならばどう対応するのか、正直興味をそそられた。
そして、リリアナは戦慄すべき光景を見せつけられる。
------------------------------------------------------------
「……ちっ、足止めを配置してたがあまり効果はなかったようだな」
裕理と護堂の言い合いを聞き流していた榊が、追っ手の影を見つけて呟く。
濃いネズミ色の体毛を持つ狼たち。
だが、そのサイズが規格外だった。馬かと見まがうほどの巨躯なのだ。
巨大な灰色狼の一群がすさまじい速さで首都高の上を疾駆し、護堂たちの乗る車を後方から追いかけてくるのだ。
……とんでもないことに、徐々に差が詰まりつつある。
今はまだ三十メートルほどの間隔ほどの間隔があるが、そう遠からぬうちに追いつかれそうだ。
「やっぱり、あのじいさんが呼び出すっていう『狼』か? 完全に化け物だな」
「わたしも初めて見るわ。……侯はあんなのを何百匹も呼び出せるんだから、そりゃ街や村の一〇や二〇、簡単に滅ぼせるわよね」
後方の車窓から狼たちの狂態を見た護堂とエリカは、しみじみと感想を言い合った。
「どれ、迎撃するか」
車外へ出した手から権能で生み出したコインをばらまく。そのコインに刻まれているのは、縦の直線と三角形を組み合わせた模様。
「汝が棘にて我が敵の行く手を阻め
コインから茨が飛び出し、幾重にも絡み合い、障壁をつくりあげる。妨害の魔力を持つ茨により、狼たちの追跡を阻む。そして古代の鎧を着込み、槍を手にした戦士が殲滅を開始する。
「これでしばらくは持つが、いつ追いつかれるかわからん。甘粕さん、どこか闘いやすい所で降ろしてください」
「わかりました!」
甘粕は返事を返しながら、アクセルペダルを更に強く踏み込んだ。
------------------------------------------------------------
「ここで降ろしてください」
榊が戦場に選んだのは、小学校だった。校庭で戦えばそれほど周りに被害を与えないだろうとの算段だ。
車の中の裕理へ護堂が手を差し伸べる。
「さあ、万里谷も行こう。ちょっとヤな天気だけど、我慢してくれよな」
だが、武蔵野の媛巫女は従おうとはしなかった。護堂の服を真っ直ぐに見つめ、真摯な瞳でゆっくりと訴える。
「あなたたちもご覧になったでしょう? あの『狼』も『死せる従僕』たちも、ヴォバン侯爵が持つ力の一端にすぎません。このまま闘えば、必ず周囲に大きな被害をもたらします」
だから、私を差し出せと。そう訴える。
「どうやら勘違いしているようだが━」
二人の視線が榊へと移る。
「俺は闘う理由を人に預けたりはしない。誰かの為に戦うことも正義の為に闘うこともない。俺が闘うのはそこにムカつく奴がいるからさ。周りの被害? 知ったことじゃあないね。文句があるなら俺を負かして止めるこった。だろ、護堂?」
護堂は何も言わなかった。かなり乱暴な言い方だが、おおむね自分の考えと一緒だったからだ。
「まぁ気に入らないというのであれば、カンピオーネとして命じる。黙って俺たちについてこい。こんなところでどうかな?」
裕理が大きなため息をつく。
「……わかりました。王の命令に従わせていただきます」
「それでいいのさ」
榊が護堂に向けてウィンクする。
その後、小学校の校門を破壊したり、甘粕が逃亡したりと色々ありつつ五分ほど経過した頃━ついにあの巨大な灰色狼たちが現れ始める。小学校を取り囲む柵や壁を、巨体に見合わぬ身軽さでひらりと飛び越えて、校庭内に入り込んでくる。
ゆっくりと近づいてくる『狼』の数は、優に三、四十匹はいた。
「撃ち漏らした分は各自で対処するように」
榊は権能で棒手裏剣を創り出し、狼の額めがけて投擲を開始する。恐ろしい速度で放たれたそれは、次々と狼たちを葬っていく。
何匹かは回避に成功しても機関銃の如き勢いではなたれ続ける手裏剣の全てをかわすことはできす、結局一体たりとも榊は近づくことを許さなかった。
「我が猟犬共も、神殺しの前では無力か……ふむ、試してみるとしよう」
聞き覚えのある声。
知性の衣にくるんだ横暴の化身。古き魔王のささやき声。
ヴォバンが腕を振り上げると、闇の中から次々と『狼』が現れ、一目散に榊へと跳びかかる。
「面白い、やってやるよ!」
先ほどと同じように棒手裏剣で『狼』を迎撃する。だが、先ほどとは物量が違いすぎる。
少しづつ、『狼』たちが榊の近くへと辿り着くようになり━その爪で切り裂かんと榊へ襲い掛かる。
「しょうがない、本気を出すか」
榊の手に握られるのは権能で生み出した拳銃。かつて護堂を追い詰めた際に使用したものだ。手裏剣とは桁違いの速度で『狼』たちを殲滅していく。
「ならば、これはどうだね?」
残る『狼』は一体。だが、今までの個体とは大きさが違う。護堂の『猪』ほどではないが、全長十五メートルはありそうだ。
堂々たる足取りで榊へと近づくと、その巨大な爪を振り下ろす。
対して榊は生み出した日本刀を斜めに構え、爪を受け流す。
『狼』の手を刀で地面に縫いとめ、その刀を踏み台に『狼』の頭上へと舞い上がりざま、再度作り出した大剣で『狼』の頭を真っ二つに切裂く。
着地した榊は、剣の切っ先をヴォバンに向けて、次はあんただと、暗に告げる。
ヴォバンは、酷く愉快そうに、嗤っていた。