「
護堂が気づいたとき、男━榊が目の前にいた。サルバトーレ・ドニの仙人じみた歩法とは異なる、速さと人間の死角を活かした歩法。
護堂はその野獣じみた直観に任せ、地を転げる。
「武の心得もないのに今のをかわすとはさすがは神殺し、といったところか」
油断することなく護堂は榊に注意を払う。護堂の頬からは血が流れていた。榊の手刀がかすったのだろう。
「このまま負けてくれてもいいんだが……そうはいかんだろうな」
言葉とともに榊の姿が消える。今度は手刀ではなく掌底。それもさきほどよりも速い!
護堂はフック気味の掌底をバックステップで躱す。追撃として榊が正拳を放つ。
「これなら━いける!」
「ほう」
護堂は野球のキャッチャーの要領で正拳を受け止める。大型の虎や車など、巨大な重量か人外の怪力を持つものに対して発動できる『雄牛』による剛力だ。
榊の手首をつかんだまま、護堂はバックホームのつもりで投げる。剛力を得た今なら人一人投げることすらも容易い。
「私の一撃を受け止める怪力か。君は軍神ウルスラグナから十の化身を簒奪したのだったな。大地にまつわる『雄牛』か『駱駝』の力と見た」
投げられた榊は空中で体勢を整えてヒラリと着地する。それとは対照的に護堂はひざをついていた。正拳を受け止めた際の衝撃でダメージを受けているのだ。
これ以上近距離戦をするのはまずい。そう判断した護堂は走った。目的は石柱。『雄牛』の剛力を得ている今ならこれすらも武器にできる。
石柱にたどりついた護堂は、直観のささやきにしたがって後ろも見ずにフルスイングした。
「ちぃっ!」
砕ける石柱と両腕で防御する榊が見えた。さしもの神殺しも吹き飛ぶ。が、すぐさま体勢を立て直し三度突撃する!
「この━喰らえ!」
「フン!」
振り回された石柱に榊は強烈なひじ打ちを叩き込んだ。武器を粉々に砕かれた護堂は手元に残った破片を投げて牽制しつつ、新たな石柱の元は移動する。
意外なことに、榊は追ってこなかった。
「このまま追いかけてもいいが面倒だな。そちらが近接戦闘を嫌うというのであればこちらもそのつもりで戦うまでだ」
榊の手に投擲用と思われるナイフが現れる。魔術で呼び出したのか? いや、違う! あれこそが榊の権能だ! 護堂の直観がそう告げる。
「そのナイフ、あんたの権能で造ったのか?」
「いい勘をしている。私が最初に倒した神の権能でね、神を傷つける刃を作りだす。ただそれだけの能力なんだが……私みたいな人間にはちょうどいい!」
石柱を放り出して護堂は回避に徹した。放たれたナイフはそのまま石柱に根本まで突き刺さった。なんという切れ味━ドニの魔剣ほどではないが十分危険だ。
「さて、何時まで避けきれるかな!?」
榊の両手に先ほどのナイフと同じものが大量に現れる。
「ウソだろ!?」
護堂は駆け出す。その一瞬後に、複数のナイフが通り抜けた。
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「あれは━なんて剛力だ!」
石柱を振り回す護堂を見て『紫の騎士』が驚きの声をあげた。
彼とエリカは今、城壁の上から魔王たちの戦いを観戦していた。『雌狼』と『老貴婦人』の総帥二人もまた、魔術で身を隠しどこからか戦いを見ていることだろう。
「英雄ヘラクレスは天を支えるほどの剛力だったといいます。草薙護堂が倒したウルスラグナは、そのヘラクレスと強い絆を持つ神格です。あちらに遅れをとったりはしませんわ」
エリカが誇らしげに答える。護堂が劣勢を盛り返したのがうれしいのだろう。だが、それも長続きはしなかった。
榊が始めたナイフの投擲攻撃に、護堂が手も足も出なくなったからだ。
「対してもう一人の魔王殿は剣を生み出す権能か。なるほど、彼に適した権能だな。時にエリカ嬢、今年フィンランドとトルコに現れたまつろわぬ神に関する話は何かしっているかね?」
「私の記憶では神が現れてすぐに姿を消したのではなかったかと。それゆえ神の正体すらわからず、と聞いています……まさか! あの立花 榊が倒したとお思いなのですか!?」
「他の神殺しが動いたのであれば噂になるだろうからな。知られていない神殺しが殺めたが故にすぐに姿を消した、と考えれば筋が通る。むしろ、神殺しの存在が神を呼んだとしても不思議はないからな。神が降臨した場所に居合わせても何の疑問もない」
「確かに……カンピオーネは生粋のトラブルメイカーですから、旅先で神と遭遇してもおかしくありません。護堂がカンピオーネとなった時も旅先のことでしたし」
『紫の騎士』に向けていた視線を護堂たちに戻す。
ナイフの投擲攻撃で追い詰められたように見える護堂だが、彼の能力はその局面に合わせて変化させていくものだ。もう少し追い詰められれば『猪』や『白馬』を使う決心もつくはず。エリカにもいまだこの勝負の勝敗は見えなかった。
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「どうした草薙護堂!? もう打つ手なしなのか?」
榊から問いかけられるが、投擲されるナイフを避けるので精いっぱいで、護堂には答える余裕が無かった。命を奪うつもりはないのか手足だけを狙われているので何とか避けることができているが、しびれを切らして的の大きい胴体を狙われれば━避けきる自信はない。
何とか状況を打破したいが、今使える化身は『鳳』、『猪』、『駱駝』の三つ。『駱駝』は重症を負う必要があるし、『猪』は周りの建物への被害が大きい……となれば選択肢は『鳳』しか残らない。この化身の発動条件は、超高速の攻撃にさらされること━榊の攻撃は十分この条件を満たしている。得られる効果は雷にも等しき速度。だがこの権能、剣の王と呼ばれるサルバトーレ・ドニには、動きを見切られてしまい、有効な力とはならなかった。今戦っている榊という男、ドニに極めて近い体術の使い手だ。見切られない、とは断言できなかった。それに、この権能には欠陥が二つもあった。
「そろそろ別の化身を見せてほしいのだが……ふふ、なんとしても別の化身を使わせたくなってきた」
その手にはナイフの代わりに無骨な拳銃が握られていた。これ単体で銃弾を放つことはできないが、もう一つの権能と合わせることでそれが可能になる。
「汝が熱をもって我が敵を焼け、『
「そんなのありかよ!?」
思わず護堂が叫ぶ。さっきのナイフなど比べものにならないぐらい危険だと本能が叫んでいる。
拳銃から護堂の足元へ向けて弾丸が発射される。なんとなく護堂は必要以上に大きく後ろに飛んだ。
着弾した瞬間に、炎が立ち上がる。この炎自体はカンピオーネの基本能力である、魔術に対する絶対的な耐性のおかげで普通に喰らってもそこまで大きなダメージにはなりそうにな。だが、弾丸を食らって体の中から焼かれれば……
「いい勘をしている。ならこれならどうだ? 汝が冷たきをもって我が敵を止めよ、『
弾丸が二発放たれる。護堂に当たる軌道ではない。護堂の両脇に当たったそれは、巨大な氷柱を生み出した。
「今度は氷かよ?!」
まずい━左右には氷、前方には炎。動ける範囲をかなり制限されてしまっている。榊の拳銃には先ほどまでの弾丸とは比べものにならないほどの呪力が込められている。おそらくはカンピオーネや神にすらダメージを与えうるほどの!
「汝がもたらす災いもて我が敵を討て、『
今度の弾丸は
避けられないことを悟った護堂は観念して『鳳』の化身を発動した。神速の力を得た今の護堂なら余裕を持って弾丸を避けることができる。そのまま速度を活かして、榊に接近して仮面を壊そうとする。
仮面に拳を当てようとしたが、拳は空を切った。あまりに動きが速過ぎるが故に攻撃が思ったところにいかない。これが『鳳』の欠陥の一つだ。
一端榊から離れて再度突撃をする。今度は殴るのではなく体全体でのタックルだ。これならそうそうのことなら外れない。
だが、ある程度近づいたところで榊の足が動き出した。妙にカクカクした動きで蹴りを放とうとしている。このまま近づけば丁度当たりそうだ。この動き━サルバトーレ・ドニも神速破りの際にしていた。
やはり榊も使えたのだ! 神速を破るための技法━心眼を!
なんとか蹴りをかわして、もう一度距離をとる。それも中途半端にではなく、身軽さを活かしてエリカたちのいる城壁の上まで避難する。そして護堂はとある化身を使うことを決心した。
「さて汝は契約を破り、世に悪をもたらした。主は仰せられる━咎人には裁きをくだせ。背を砕き、骨、髪、脳髄を抉り出し、血と泥と共に踏みつぶせと。我は鋭く近寄り難き者なれば、主の仰せにより汝に破滅を与えよう。猪は汝を粉砕する! 猪は汝を蹂躙する!」
「猪と言っている以上、これもこの方の権能なのでしょうね……。ウルスラグナ第五の化身は鋭い爪の猪、全ての物を一撃で粉砕する姿だと聞いていますが━」
城壁の上で、突然現れた護堂を見ながら『紫の騎士』が動揺を露わにする。
今の言霊は、破壊の権化たる神獣を呼ばわるための聖句だった。
神獣が降臨する気配を感じとって、、天はおののいて暗雲を呼び、地は恐れて微弱な地震を起こしている。
「神獣の召喚、聖句からして『猪』の化身か。ふむ、こういう場合は本体を叩くのがセオリーなんだろうが……付き合ってやるとしよう」
榊は泰然自若としている。通常の魔術師ではとても叶えることのできない神獣の召喚を持ってすら彼の余裕を失わせることはできない。
榊の正面では空間が歪み、この世ならざる異界と現世をつなぐ裂け目が穿たれ、そこから漆黒の毛皮を持つ巨大な獣が現れ出ようとして、もがいていた。少なくとも、全長二〇メートルはあるだろう。
黒々とした毛皮に、おそろしく太い胴回りを持つ、巨大な『猪』。
本来は、ウルスラグナが主ミスラの敵を滅ぼすために化身した姿である。そして今は、護堂が『猪』の化身として召喚する、魁偉な神獣であった。
「巨大な力を持つ手札を局面に合わせて切っていくタイプか。私の正反対だな。だが、この手札は少しばかり強力すぎるだろう」
榊の権能は護堂と違い、火力こそ低いが応用性の高い権能を組み合わせて戦うタイプだ。
顔だけを見せていた『猪』が、突然異界との裂け目から飛び出してきた。牙で榊を貫かんとしている!
不意を突かれた榊は、なんとか牙だけでもと回避する。だがこのタイミングでは、突進自体をよけることはできない━そう判断した榊は権能の力で目の前に鉄の壁を生み出す。
「ぐっ!?」
『猪』の鼻っ面に鉄板ごと吹き飛ばされ、石柱へと突っ込む。土埃が舞い上がり、榊の様子を窺い知ることはできない。
護堂は注意深く土埃を見ていた。
『猪』の化身の発動条件は巨大な物体の破壊を決意すること。いつもならば、現れてすぐにその巨体と超音波を含む咆哮で目標を壊しにかかっている。そうしないということは、榊を警戒しているのだろう。まさしく野獣の直観が危険だと告げているのだ。
一筋の銀光が土埃の中から現れた。それはすさまじい速度で『猪』の足へと突き刺さる。投槍による攻撃。だが、あくまで人間用のサイズの槍だ。『猪』にとっては、有効なダメージにならない━そう考えた護堂だったがその考えは甘かった。
「汝が速さにて我が敵の元まで駆けよ『
大地を滑るような動きで猪のもとへ駆ける榊。その速度は『鳳』ほどではないが、十分に速い!
榊の『猪』の足元まで接近すると、槍に飛び乗った。
「汝が脚にて我が身を運べ、『
榊の足元でアルファベットのMに似た文字が中空に描かれる。その効果は、馬の脚力を身に宿すこと。その一飛びで彼は『猪』の頭上へと移動する。
「我神代の世に武器を生み出せし者なり。我が身鉄にしてこの角に切り裂けぬ物はなし。我が生み出せし武器は我が身と同じ、ならば我が武器に切り裂けぬ物はなし。故に我が武器は神をも切り裂かん!」
聖句と共に榊の手に巨大な劔が生み出される。刃渡りは10m以上あるだろう。それを『猪』へ向けて突出し、大地へと縫いとめる。
クォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
神獣たる『猪』の叫び。力ある叫びではない。それは単なる断末魔の叫びだった。
「くっ、『猪』でも無理なのかよ…」
護堂が呻く。胸に走る激痛━『鳳』の化身の副作用だ。こうなってしまえばしばらくの間動くことができなくなる。
榊が城壁の上へと飛んでくる。先ほど『猪』に使った動きと同じだ。
「神速の弊害か? 何はともあれ君は動けない。チェックメイトだな」
護堂の額へ銃口が突きつけられる。
「全くこの僕を負かしてしまうとは末恐ろしい奴だな君は」
負け? 榊の仮面をよくみると、確かに狐の耳の辺りが欠けていた。しかし、この男口調が変わりすぎじゃないか?
「やれやれ……まだ思い出さないのかい護堂? 酷い奴だなぁ、君とは小さい頃からの付き合いだというのに。まぁ隠蔽術式に罅が入っただけだから仕方ないか」
榊が仮面を外す。その下から出てきたのは整った顔。極上の悪戯を思いついたと言わんばかりの笑顔。そして、護堂が
「お前、あの立花榊か!?」
「さっきからそう言ってるだろ」
榊は負けたくせに勝ち誇ったかのような顔をした。
立花榊の権能についてどの神から簒奪したのか、思いついた方は是非感想などに書き込んでください。第二の魔法を使う権能はすぐに思いつかれるでしょうが……第一の製鉄の力については本編でもしばらく明かす予定はありません。過去編をやる際にお披露目に予定です。
2013/09/02 神格クイズのまとめを投稿しましたのでそちらを見ていただくと分かりやすいと思います。