カンピオーネ! 魔刃の王の物語   作:一日

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全身全霊で神話解体してみた


幕間 飛騨に棲まう鬼神

 「今回神が降臨したのは飛騨一宮は水無(みなし)神社だ。創建の時期は不明だが、飛騨で最も古い神社だとされている。ここの御神体は(くらい)山。主祭神は大歳神(おおとしかみ)、他十四柱の神が祀られていてその総称が水無大神(みなしのおおかみ)だ。大歳神単体では水無神とも呼ばれているな。当然、それだけこの神様が重要だということだろう。この水無神は地名に因るものとの説が有力だ。また、水主が転訛して水無となったという話もある。ただし、俺は地名に因るものとは思っていない。これについては後で詳しく話すとしよう」

 

 ここまでの内容は移動中に甘粕から聞かされた話とほとんど同じだった。

 

 「まずは飛騨という土地の話だな。飛騨は斐太や斐陀とも書かれる。その由来ははっきりとしないがうねった山からひだ、辺境を意味する(ひな)からの転訛したという説などがある。税を免除されるほどの僻地だからな。中々に信憑性がありそうだ。それにここから西に行けば諏訪━━高天原の神々から逃げ出した建御名方(たけみなかた)を祀る地だ。この一帯は古来からそういった土地だったとすればまさしく辺境だ。後は、飛ぶように走る馬を算出した事から飛騨だという説がある。実際に水無神社には左甚五郎作と伝わる馬の木像がある。この像の特徴は()がない事だ。何でも、夜な夜なこの像が動いたために村人が目を抜いたそうだ。俺はこのエピソードからとある中国の故事を思い出すんだが何かわかるか?」

 

 少し考えれば護堂にもすぐにわかった。

 

 「『画竜点睛を欠く』」

 

 「正解だ。他にも京都の貴船神社には龍神が祀られているが、馬を献じて雨乞い等をするし、位山には龍馬(りゅうめ)が石になったとの伝説もある。つまりは龍と馬は密接に繋がっているということだ。そして、当然龍は蛇へと繋がっていく」

 

 単なる偶然とも思えたが、護堂は僅かずつではあるが己の中で『剣』が研ぎ澄まされていっているのを感じていた。榊の話が真実である証左だろう。

 

 「さて、ここで話を変えるとして……次は大歳神について話すとしよう。彼は須佐之男(すさのお)の子とされている。同じ母親から生まれたのが稲荷神とも言われる倉稲魂(うかみたま)━━食物の神として信仰されている神だ。当然、大歳神も食料、特に稲に関わる神だ。歳は元々稲を収穫するまでの期間を表す漢字だからな。そして大歳神は正月に訪れる神でもある」

 

 「そいつも『客人神(まろうどのかみ)』ってわけか」

 

 にやりと榊が笑う。

 

 「呑み込みがいいじゃないか。さて、ここで門松は大歳神の憑代で鏡餅は供物だとされている」

 

 あ、と祐理が声を上げる。気づいたら事があったら発言するように、とまるで授業中の教師のような言葉を榊は投げかけた。

 

 「……以前どこかで聞いたことがあります。松は()の木だと。その時は松竹梅は縁起物とされていますから疑問に思っていたのですが」

 

 「まさしくだよ、万里谷君。松の旧字は(このように)書く。この旁は八に白だ」

 

 「八白(はっぱく)! 鬼門の方角じゃないですか!」

 

 「九星図の話だな。それに白は金行で須佐之男とも繋がる。その上、大歳神が宿るんだ。間違いなく鬼の木だ」

 

 言いながら、ホワイトボードへ一から九までを使って縦横ななめ全ての加が同じ答えになる魔法陣を描く。確かに八が右上━━北東になるように配置されている。

 

 これで最初に榊が話した鬼の話と繋がった。

 

 「そして、鏡餅は蛇と結びつく。そういうことですね?」

 

 黙って聞いていた馨が口を開いた。榊は目で続けるよう促す。

 

 「言語学的には否定されているようですが、民俗学的には鏡は蛇の目━━『かが目』が語源とされていましたね。『かが』はヤマカガシのように蛇を指す古語です。それに鏡餅は横から見れば鎌首をもたげた蛇を、上から見れば蛇の目を象っているとされています。どう転んでも蛇という訳です」

 

 「それに日本書紀には(おろち)のごとき虹の(たもと)に神鏡が埋めてあったという話もあったな。加えて、この話は伊勢神宮での話なんだが……伊勢神宮と言えば天照、そして八咫鏡(やたのかがみ)を祀る神社だ。そこにはこんな話が残っている。伊勢の神様は蛇の鱗を落とす、とね。事ほど左様に鏡と蛇の関係は深い、という訳だ」

 

 煙草を咥えたまま先ほど書いた魔法陣を消していく。榊が次々と言葉を書いていくためすぐにスペースが一杯になってしまうためだ。その上、榊なりにキーワードは残しているため、徐々に自由に書けるスペース自体が減っていっている。そろそろホワイトボードを追加する必要があるのかもしれない。

 

 「鬼の話をしたからには韋駄天との関わりを回収するとしよう。今回降臨した鬼神殿はこの周辺の古刹でいくつか木像が残されている。最も有名なのは、千光寺に伝わる円空という人が彫ったものだな。そして、善久寺のものだ。これは唐風の鎧を着て、斧を胸の前で横にして持っている。日本における一般的な韋駄天の像容と一致する。しかし、なぜ韋駄天の像容に似せる必要があったのか。護堂、わかるか?」

 

 「『客人神』だから、じゃないのか?」

 

 榊はこれみよがしに大きくため息を吐いた。

 

 「違う。『客人神』は韋駄天だけじゃない。もっと単純で分かりやすい理由がある。誰か分かるか?」

 

 祐理がおずおずと手を挙げた。

 

 「……もしかしてですが、()()とも読みます。だから、斐陀(ひだ)はそのまま斐陀(いだ)とも読むことが出来ます。これが理由ではないでしょうか?」

 

 自身なさげな回答だったが、榊は大きく頷いた。

 

 「無論、それだけではないがね。それが恐らくは最も大きくかつ分かりやすい理由だ。他の理由だが、まずは『斐』という漢字だな。この字には美しいという意味がある。そして非の部分は羽が左右にそむいたさまを表す象形文字だ。美しい羽を持つ鳥といえばなんだ?」

 

 「━━孔雀!」

 

 「そうだ。地域によっては太陽の化身と言われるほど美しい羽を持つ鳥で、韋駄天のルーツたるインドのスカンダの乗騎でもある。そしてスカンダは六面十二臂を持つ神だ。偶然か否かこの地の鬼神殿もまた多面多臂だ。ただし、二面四臂と数は大きく減るがね……この場合はスカンダが多面多臂だから、ではなく仏教において韋駄天と鳩摩羅天(くらまてん)の二つの神格に分かれる事の方が理由としてあり得そうだな。鬼神殿もまた本来は二つの神格が一つに纏まった神格だからな。その証拠に韋駄天は()()()()の神でもある」

 

 意味ありげなイントネーションに護堂は疑問を抱いたが、それを問う間もなく榊の講義は続く。

 

 「そろそろ鬼神殿本人の話をするとしようか。時は仁徳天皇の時代、飛騨に一人の人がいた。彼は、二つの顔を持ち互いに反対の方向を向いていた。手足はそれぞれ二人分で、(うなじ)(ひかがみ)━━膝の裏側の事だ━━そして、(かかと)が無かった。とても力が強く素早かったと書かれている。この素早いというのも韋駄天を連想するな。彼は略奪をしていたがために討伐されたとされている。しかして、地元たる飛騨では毒龍を退治した━━これは『鋼』としてのエピソードだな、また鬼を退治したという話や寺院を開いたなどの伝説が残っている。寺院については、仏教が伝来する前の話だから後付だろうがね、そんな伝説を時を隔てた人々に語らせるほどの英雄だったんだろうな」

 

 ホワイトボードへと初めて見る人物名が書かれた。

 

 「この『姉小路基綱(あねのこうじもとつな)』は戦国時代に飛騨の国司を務めた人物だ。彼は和歌の名手として当時知られていたんだが、彼の残した和歌集の裏書にこんなことが書かれている。神武天皇を天津船に乗せ、位山へ案内し王位を授けた、と。この影響なのか現在でも位山からとれた(いちい)を使った(しゃく)を天皇へと献上している」

 

 短くなった煙草を灰皿でもみ消す。

 

 「天皇を案内し、王位を授ける。それはつまり、天皇よりも先にこの地を支配していたということだろう。だからこそ地元では英雄として残り、国を奪い取った朝廷側の資料では己らの行動を正当化するために悪鬼羅刹として記録する。似たような行動は世界各地で見受けられるな。それはさておき、神武天皇を案内した神と言えば?」

 

 当然ながら護堂には分からない。答えたのはやはり祐理だった。

 

 「……八咫烏(やたがらす)、でしょうか」

 

 「そう、高倉下命(たかくらじのみこと)の部下とも本人とも言われる神だ。では万里谷君、八咫烏と熊野の話を護堂にしてやってくれ」

 

 八咫烏の文字がホワイトボードで追加される。また新たなキーワードだ。果たして、いつになればこの話は収束するのだろうか? そもそも、本当に収束するのか、そんな疑問さえ護堂は抱き始めていた。

 

 「ええと、神武天皇は九州から東へと戦いを繰り広げながら熊野の地へと到達されました。しかし、そこには長髄彦という豪族がいました。彼は、神武天皇より先に地上へと降りていた饒速日命(にぎはやひのみこと)という神を奉じていました。それこそ自分の妹を饒速日命の妃とするほどに」

 

 媛巫女として受けてきた教育の成果だろう。資料もなしに、滔々と祐理は語る。その間榊は新たに火をつけた煙草の煙を揺蕩わせていた。

 

 「長髄彦は神武天皇に激しく抵抗しました。一時は天皇を撤退させるほどに、です。しかし、その後天皇は八咫烏の導きと高倉下からもたらされた神剣によって勝利を得ます。この高倉下は日本書紀では()()高倉下という名前で書かれています。これはつまり、彼は元々熊野の神ということです。だからこそ、八咫烏は熊野の奥深い森を案内することができたのです」

 

 つまりは長髄彦は裏切りにあったということだろう。

 

 「ちなみにだが高倉下は饒速日の息子とも部下とも言われている。そしてその後饒速日は長髄彦を殺して天皇へと降ったとされている。古事記ではこの時に宝を献上したと記述されている。王位と共に宝も奪われたというこだ。そして何の偶然か飛騨国造(ひだのくにのみやつこ)は饒速日のを祖とする一族だ」

 

 熊野の話が飛騨へとつながっていく。だが、まだとても薄い関わりだ。きっと、もっと直接的な関わりがある。護堂の直観がそう告げていた。

 

 「神武東征と飛騨の話は時代が全く違うからね。同一人物の話だったとは思えない。饒速日らの系譜につながる一族が飛騨にいたんだろう。そもそも飛騨━━『ひた』にはひたすらに、一途に、そして真っ直ぐになどの意味がある。また、陀は蛇と旁を同じくし長くのびるという意味だ。まさしく、長い髄を持つ男が治める国として相応しい名前だ。加えて、斐は先ほど言った通り、羽が左右にそむいた様だ。陀と分かれた━━陀に背いた人の国、というわけだ」 

 

そこまで話したところで榊はホワイトボードのある言葉を丸で囲んだ。膕、読みはひかがみだったか。

 

 「この鬼神殿には項、膕、踵がなかったと言ったな。項の工の部分はまっすぐ貫くという意味を持つ。踵は重い足と書く。重いということは堅いことを連想させるし、長い脛もまた堅い足を連想させる。そして何より重要なのが膕だ。まさしく見たまま、体と国がないという事だ。だが、それだけじゃない。なんといっても()()()()だからな」

 

 やけに意味深な言い方に何か気づいたのか、ああ! と声を上げて馨が立ち上がる。

 

 「()()! 太陽の鏡ですね!」

 

 「そうだ。太陽の鏡を失った神ということだ。もしくは日カカ身━━太陽の蛇は体を失ったとも取れる。当然この場合の身は国の事であり、身内であり文字通り体の一部でもある長髄彦の事でもあるのだろう。どう考えても饒速日の事だな。そして身が無い神ということはつまり━━」

 

 今度は護堂にもすぐに分かった。

 

 「水無神!」

 

 「そういうことだ。ミは巳で蛇を示す言葉でもあるが、今回の場合は多くの意味が込められている。蛇であり国であり鏡でありそして、脛でもある。それらの主こそが水主であり、失ったが故に水無となった」

 

 次々とキーワードが繋がっていき、話が収束していく。

 

 「膕にはもう一つ意味がある。鏡餅は古くは餠鏡(もちひかがみ)と言った。これで大歳神とも繋がったな」

 

 さて、と言ってから榊は煙草の煙を深く吸い込んだ。

 

 「これが最後の話だ。何故飛騨の鬼神は二人の人間が背中合わせになった姿で伝えられるのか、だ。項、膕、踵━━全て体の裏側だな。事ほどまでに彼に裏側がないとするのは何故なのか。単純な話、彼らはお互いを裏切らなかったのだろう。何故ならば、裏切った後どうなるのかを彼らは身を以て知っていたのだから。加えて高倉下━━八咫烏は饒速日の息子だ。如何に義弟を裏切る神といえど、息子を裏切ることは出来なかったということさ。朝廷側の人間は往々にして、相手の裏切りを誘うことで戦に勝ってきた。当然ここ飛騨でも同じ戦法を使ったはずだ。しかして、彼らは互いを裏切ろうしなかった。故に、彼らは一身同体であると伝えられたわけだ。その証拠に熊野本宮大社等で手に入る烏が描かれた牛王宝印(ごおうほういん)を壁に貼ると()()()()の効果があるとされている。韋駄天もまた同じく盗難避けの神だからな」

 

 再び煙草の火をもみ消す。もう次の煙草は必要なかった。

 

 「水無神とはつまり、様々なものを失った神であり、その実体は饒速日と高倉下が一体となった神だ。そして鬼神としての名を、両面宿儺(りょうめんすくな)という」




というわけで正解は水無神、もしくは両面宿儺でした。うーん、鬼と言ったら酒呑童子の次ぐらいに思いつく神様だと思ってたんですけどねぇ……

以下補足的な何か

 八という数字は五行では木行にあたる。また、五星の木行はすなわち歳星である。よって、八咫烏と大歳神もまた繋がっている(のかもしれない)


 踵については正直こじつけくさいと思っている。『重』は下に真っ直ぐ力をかけることなので項と似たようなものと取れなくも……あとはきびすと読んで忌避津もしくは鬼備津で『鬼の棲む港』の事かもしれません。この辺の話になると吉備にまで話が飛びかねないので割愛。

 また、そんな話をし出すと項だけやけに単純に思えてまだ何か隠れているような気がしてくる。饒速日の息子のウマシマジの事かとも思ったけどもやっぱりこじつけくさいので……

 あと項とひかがみと踵を線で結ぶと五角形でそれは即ち蛇の頭に見えて、蛇の頭は酸漿で酸漿の古語はカガチで鏡に繋がったりとか。

 両面宿儺に裏がないのは誰もその背中を見ることが出来ないほど勇猛だった可能性もある。ひかがみは引屈とも書くので、まさしく引く事も屈する事もなかった神である。

 ちなみにであるが、昭和期に熱田神宮から水無神社へと草薙剣が一度預けられている。戦後GHQへ接収されることを避けるためであったが、なぜ水無神社が選ばれたのかという具体的な理由は調べた限り分からなかったんですが……なんせ天皇にすら祟る神剣ですから、地理的な要因だけで選んだとも思えず祭神の本質が同じ神社を選んだのではないか、などと妄想しています。

 ※この後、結局知識の量が足りないことが判明し護堂は榊によって教授の術をかけられます。そんなシーン僕は書きたくないので皆さんのご想像にお任せします。
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