ついにこのお話も合計で四十話となりました。これからも本作品をよろしくお願いします。
鬼神の咆哮に天地が震える。ビリビリと榊の体に膨大な殺気が叩きつけられる。神の体が宿儺の伝承に謳われる通り、人が二人背中合わせになったかのような姿へと変化していく。
筋肉が盛り上がり、身長が三メートルほどまで伸びる。凶暴な顔つきは先ほどまでの英雄としての面影を感じさせない、まさしく鬼の如き形相と化している。
理性を失ってなお、その佇まいに隙は見当たらない。お互いに睨み合う形で膠着する。
先に動いたのは宿儺の方だった。神の姿が唐突に消える。決して神速によるものではない。宿儺の放つ呪力は全く移動していないからだ。
「なるほどね…」
そもそも古代の日本における鬼の第一条件は見えないことだ。古今和歌集は仮名序においても目に見えぬ鬼神と書かれている。
十二分に高まった呪力の塊が神速で移動し始める。榊を翻弄するかのように周囲を走り続ける。
目に見えるのであればともかく、今の状況では追い切れない。
不意に感じた悪寒の命じるままに身を投げる。が、僅かに反応が遅れて足に攻撃がかする。たったそれだけで一般人類よりも遙かに強度のある骨が、簡単に折れた。
「つっ!」
ごろごろと地面を転がりながら、何とか地面を手で叩いて動きを変える。躱せたのはただの偶然だ。先ほどまでと違い太陽の力を纏っていないため熱で敵を探すこともできない。
権能で傷を直しつつ、宿儺が戻ってくるよりも先に権能で造り出したルーンに刻み込んで発動させる。
「汝が知識にて我が行く末を導け、『
『
再度の突撃を先ほどよりも余裕を持って躱す。とはいえ、幽世から強引に情報を引き出すこのルーンは頭痛という形で負担となる。あまり長い時間使うことは出来ない。
より正確に相手の動きを読むために、榊を中心とした四方五〇メートルにルーンを刻み込んだ弾丸を配置する。
「汝が支配す領域にて我が戦いに敗北は無し、『
四方に配置された『
目を瞑りルーンから与えられる情報に集中する。この結界内の出来事は全て手に取るように把握できる。例え神速で動こうとも、目視するのと変わりなく敵を察知できる。
「そこだ!」
カウンターで蹴りを叩き込む。反撃されることなど全く考慮していなかったのか、清々しいほど奇麗にあたった。
ローキックでバランスを崩し、宿儺が吹き飛んでいく。すぐさま神速を発動して追いかける。運の良いことにまだ宿儺は結界の中に留まっていた。
地に転がった宿儺の首を狙って剣を突き出す。首をひねって躱される。攻撃されるより先に左腕を脇に抱え込み
もう一本の左腕は足で踏みつける。右腕の方は片方を切り落とし、返す刀で剣を突き刺して地面に縫いとめる。
ルーンによる未来視は一時的ながら圧倒的な格闘能力を得ることが出来る。しかし、既に弊害たる頭痛が出始めている。激痛に顔を歪めつつも、剣を振り下ろす。
剣が融けるのと、余りの熱に反射的に宿儺の左腕を離したのは同時の事だった。飛びのきつつも榊は銃撃を加えるが、弾丸は全て宿儺の体にたどり着く前に蒸発した。
太陽の熱を再び纏った鬼神は、榊が怯んだ隙に体勢を立て直すべく距離を取る。透明化との同時発動は出来ないのか、異形の姿を再度榊の目へと晒していた。
榊は追撃よりも火傷の治療を優先した。カンピオーネの呪術耐性のおかげで腕が丸ごと蒸発することは無かったが、それでも重大な火傷を避けることが出来なかった。加えて、追撃した所であの状態の宿儺に対して有効な攻撃が極めて限られるという問題もあった。
「さあて、どうしたものか……」
有効な攻撃手段を考えながら、宿儺の様子を観察する。宿儺の視線が一瞬、斬り飛ばされた腕に向けられたのを榊は見逃さなかった。
「茨木童子よろしく取り戻せば、その腕引っ付くのか?」
宿儺からの返答はないが、様子から察するに正解のようだ。
左手で銃を構えて、宿儺の視線を誘導しつつ右手で、宿儺の腕を封印するために剣を投げる。剣には妨害の意味も併せ持つ『
宿儺も封印させまいと剣に向かって走り出す。放たれた剣を掴もうとした瞬間に、榊も神速で詰め寄り脚甲を装着して宿儺の顔を蹴る。蹴りは剣に気を取られていた宿儺の防御をすり抜けて直撃する。
体勢を崩した隙に手甲も装着して連撃を加える。普通の人間相手なら一撃一撃が致命傷レベルの攻撃だが、宿儺にはさしてダメージを与えることは出来ていない。連撃の僅かな合間を縫って反撃される。二発目までは出足を止めて攻撃を加えることが出来たが、三度目の反撃で強引に引きはがされる。
だが、この間に斬り飛ばした腕の封印は無事に終わっている。多少ではあるが、榊に有利に働くはずだ。
懐に飛び込む隙を窺っていると、宿儺が不意に地面を踏み付けた。その怪力により、砕けた地面が宙に浮かび上がる。その内の特に巨大なものを榊に向けて、殴り飛ばす。
難なく榊は飛んできた岩を中段突きで粉砕する。だが、その時には既に宿儺の姿が消えていた。攻撃が目的なのではなく、榊の視界を無くすことが目的だったのだろう。気配から察するに、神速と透明化を駆使して結界の外を動き回っているようだ。
榊は目を瞑り、全身の力を抜いてどこから襲われてもいいように精神を統一する。
唐突に周囲が明るくなったのを榊は感じた。目を開けて、光の元である上空を見上げる。太陽が二つに増えていた。
目を凝らせば輝きの中心に何かに乗っている宿儺の姿が見えた。
「
世界各地の神話を紐解くに、太陽神は概ね移動手段となる乗り物の逸話を持つ。宿儺もまた、神武天皇を
太陽神としての性質を高めているのだろう。徐々に輝きが増していき、明らかに大気の温度が上がっていく。
「
明らかに言葉の体を成していなかったが、なぜか榊にはそのように聞こえた。
「俺は彼の戦場において、槍、脚、技、全てが最強だった! この俺に勝てるならばやってみるがいい、俺こそがこの世で最強なのだから!」
アキレウスより簒奪した権能の聖句を唱えつつ、脳裏に精緻なイメージを作り上げる。神速で動く相手に攻撃を当てるために。
太陽の片割れが天より降りてくる。その勢いはまさしく流星の如く。
同時に大神兵を召喚し、榊の動きをトレースさせる。両腕を胸の前でクロスさせてから腰だめに構える。そのまま淀みなく右足を前に出し、地面を強く踏み付ける。大神兵の踏込により、大地に広範囲に渡って罅が発生する。それだけのエネルギーを与えられたアッパー気味の右掌打は、天空より襲い来る太陽と激突する。大神兵の手には榊が生み出した手甲。目に見えないほど細いワイヤーで榊と繋がったそれは全力で呪力を注ぎ込む事で太陽の熱から大神兵の手を保護することに成功していた。
両者の攻撃の威力は、全くの互角だった。コンマ一秒の均衡の後、互いにバランスを崩す。だが、宿儺が弾き飛ばされたのに対して、僅かに体勢を崩しただけの大神兵の次撃は早かった。
崩れた体勢のまま、左足を振り上げてからの踵落とし。宿儺は三本の腕で受け止めようとしたが、こらえきれずに地面へと叩きつけられる。そしてダメ押しの踏込による攻撃。
榊は大神兵を消して、土煙が収まるのを油断なく待つ。かなりのダメージを与えた自信はあったが、榊の勘がまだ終わっていないと告げていた。
土煙のなかにゆらりと人影が見えた。そのシルエットは最初であった時の少年の思われるそれに戻っており、感じる呪力は大きく目減りしていた。
榊は神剣を取り出す。
「我が武器は神をも切り裂かん!」
神剣に人差し指と中指を添えて滑らせる。その後を追うように、榊の権能がコーティングされ一振りの長剣と化す。
それを構え、土煙の中の人影へと斬りかかる。宿儺は満身創痍といった有様で、すでに太陽の力を纏うことすら出来ないほど消耗しているようだった。
最初の袈裟切りの一撃を宿儺は左腕を犠牲にし、致命傷を防ぐ。宿儺の横を通り過ぎる直前で急ブレーキをかけ、振り向きざまに背後から心臓を貫く。それでもまだ動き続ける宿儺の蹴りを躱し、その首を跳ね飛ばす。
宙へと飛んだその首は人間の腕ぐらい簡単に噛み千切りそうなほど鋭い歯で榊に噛みつこうとして━━その直前で唐竹割りにされた。
終わった、と思ったと同時に疲労感から思わず剣へと寄りかかる。重大な傷こそ負っていないものの、それは全て第四の権能で回復したからであり、呪力はかなりの量を消耗している。
戦闘が終わった事はそう遠くないうちに気づくだろうと思い、とりあえず榊は本能の命じるままに大の字になって惰眠を貪ることにした。
以下 裏話
いかがだったでしょうか? 天敵(太陽神には第四の権能の弱体化が効かないため)であり鋼であり太陽と関わりを持ち英雄(こっちは地元限定ですが)であり乗り物もあり(あっちはペガサスでこっちは船。※韋駄天の必殺技は乗り物アタックの法則も有り)とさりげなくペルセウスと似た敵をチョイスしてみました。
締めも重量物(護堂は猪で榊は神兵)からの剣攻撃(あっちはドニでしたが)となりました。
次回予告
次回は過去編の三、アキレウス編になります。ちょっと資料を集めたり、もう一作の方を書いたりで遅くなるかもしれませんがお待ちいただけると幸いです。この話では、榊がこの世で最も苦手とする相手と邂逅し、ストレスMAX状態に成る予定です。こうご期待!