なんたることだ。ムラジは己の失態を強く嘆いた。
己と似た属性を持つ神を祀る地で、己が力を振るえばどうなるか。少し考えれば、わかるはずなのだ。ましてや、『鋼』の軍神が『蛇』の自分を見逃すはずがないのだ。
「ほう、我が一撃をかわすか。曲りなりにも神というわけか」
振り下ろされた戦斧の一撃は、ムラジに当たりこそしなかったものの、大地に深い傷を与えていた。
流石は牛の頭を持つ軍神。やはり大地にまつわる神格として剛力を振るうことができるようだ。
そしてその体は鉄製だ。生半可な攻撃では傷つけることすらできないだろう。
「ぜひとも逃げ出したいところなんじゃがのう……」
脳裏に浮かぶは新たに得た知己の姿。きっとあいつは嵐が来ようが、神が降臨しようが気にも留めずにここに来るだろう。むしろ、自分の身が危険であると知れば、何が何でも来ようとするだろう。
「友との約束があるでな、邪魔はさせぬぞ」
手に槍を作り出し、構える。
「蛇如きが、ぬかすな」
軍神の体から冷たい殺気が放たれる。
同じ神と言えど、あちらは軍神でこちらは一介の鍛冶神に過ぎない。正面からやりあって勝ち目など存在しない。
唯一の勝機は、こちらを侮っている今のみ。ならば、初撃に全てをかける!
神としての身体能力に任せた突き。それは必殺の一撃と呼ぶに相応しい一撃だった。人間が相手ならば。
「ぬるいわ!」
槍は軍神の体には届かず、半ばから戦斧で断ち切られる。
元よりこちらは武の嗜みなどない。この一撃が通用しないことをムラジは予想していた。
槍を断ち切られるよ前に槍を手放し、代わりに直刀を生み出す。
狙うは軍神の首。戦斧で防ごうにも間に合わない。
獲った!
ムラジは確信しつつ、直刀を振りぬく。
ギィイイイイイイイイイイン!
金属同士がぶつかったかのような、耳障りな音が響き渡る。
直刀は過たず軍神の首を━切り裂けなかった。刃は軍神の腕に半ばまで食い込みつつもそこで止められていた。
それを悟ったムラジは、すぐさま軍神の間合いから離れた。
「……貴様、太刀の方はそこそこできるようだな」
軍神の鋭い視線がムラジへと突き刺さる。
「自分の作った武器の試し切りはするのでな。槍はほとんど作ったことがないからあのざまじゃがの」
「やはり戦はこうでなくてはな。ネズミを縊り殺すよりもよほどいい」
軍神の牛頭が歪に笑う。来たる戦いに歓喜しているのだろう。
対してムラジは、死闘の気配に息を呑むのであった。
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「馨さん。悪いお知らせです。神がもう一柱降臨して戦闘を始めたようです」
移動中の車内で甘粕から報告を受けた馨は、顔をしかめた。
「それは……ずいぶんと悪い状況になったね」
「不幸中の幸いは神と接触していた人物が宿に引き上げていることですね。闘っているのも山奥なのでうまくいけば人的被害は抑えられるかもしれません」
とはいえ相手は『まつろわぬ神』だ。それも二柱。何が起こるかなど、誰にも予測できない。
「降臨した神の正体は?」
「遠見の術で判明した特徴からすれば、蚩尤や牛頭天王かと思われます」
「ということは牛頭の軍神だね? 日本に降臨したのならその辺りの神格だろうね」
もう一体の正体は接触していた人間に確認するのが一番だろう。そう考えて馨は次の指示を出す。
「二手に分かれようか。片方は山の封鎖を。もう一方は神に接触してた人物から情報を仕入れる。ついでに記憶の抹消もね」
「合わせて情報規制の手筈も整えておきましょう」
馨の意を受けて、甘粕がテキパキと指示を出していく。
ふと、空を見やるとこの先の出来事を示すかのように暗雲が立ち込めていた。
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空に分厚い雲が現れ、大粒の雨が降り出す。
ムラジの水神としての力に空が呼応しているのだ。
『まつろわぬ神』として、再び狂う可能性もあるがそれでも座して死すよりはましだ。
人としての姿から、龍としての姿へと変身する。この姿と化すことで、水神・暴風神としての力を全力で行使することができる。
鋭い角と爪を持ち、長大な蛇体。その体を覆う鱗は鋭く堅い。これこそがムラジの持つもう一つの姿。人間の姿よりよほど戦闘に適した体だ。
「一つ目の龍……それが貴様の本来の姿か」
尻尾で軍神を薙ぎ払おうとするが、片手で受け止められる。
軍神の動きが止まったところに、口から高圧の水を吐き出して攻撃する。
「む!?」
すんでの所で躱され、軍神の代わりに大地に深い亀裂を走らせる。
「大した威力だが……この俺の前でその姿を取るか!」
叫びと共に軍神の呪力が高まり、木々のざわめきが大きくなる。
『鋼』の軍神としての力が、龍の力に反応して高まっているのだ。
近接戦闘を嫌ってこの姿を取ったが、逆効果だったかもしれない。そんな後悔をムラジは抱いたが、既に遅かった。
軍神が弓を構え、放つ。信じがたい速度で放たれた矢はムラジの鱗を貫き、突き刺さる。
痛みでムラジの気がそれた隙に、軍神は宙へと舞い上がる。
空中で軍神の一撃を受けた蛇体は、力なく地上へと落下していった。