隠し玉の一つや二つ持たれていることは覚悟の上だった。だが━
「攻撃がすり抜けるなんざ卑怯過ぎるだろ」
ごほ、と咳き込む。肋骨を何本かやられたようだ。まぁ、あの化け物に後ろを取られて命があっただけましなんだろうが。
「咄嗟に跳んで威力を削いだか。中々やるではないか」
「お褒めにあずかり光栄だね。勘で跳んだだけだけどな」
会話で時間を稼ぎつつ、呼吸を整える。この呼吸法には、集中力を高めて痛みを和らげる効果がある。しばらくの間は、多少動きが鈍るが戦うことができる。
こちらを警戒しているのか、軍神は近づかずに弓を放ってくる。神剣で払い落とすも予想以上に重い。途轍もない強弓だ。
それでも臆さずに進む。近づく以外に勝つ術はないのだから。
弓をかわしつつ少しずつ近づく。その時、榊の感覚がアラートを鳴らす。
軍神の矢によって幹を削られた木が、榊に向けて倒れこんできたのだ。それも前後に挟む形で。
足止めのつもりだろうが逆に好都合だ。倒れてきた木に強烈な回転を加えてから軍神の方へと弾き飛ばし、自らもその後ろを追いかける。放たれた矢は回転により弾かれる。
「小癪な!」
超低空から榊の足へ向けて矢が飛来する。木の陰に体が隠れるように飛んで、矢を躱す。これで、軍神の視界から榊は消えたように見えるはずだ。
弓をおろし、空いた手で木を弾く。その背後から現れた榊の神剣が、脳天へと振るわれる。
榊の攻撃が再度すり抜ける。だが、今回は予想済みだ。すぐに体勢を立て直し、地面すれすれを薙ぎ払う。
背後に現れていた軍神はバックステップで後ろに下がりつつ、戦斧を振り下ろす。
榊は体を開きつつ、軍神へと肉薄する。
軍神は間合いを取ろうとするが、榊は大蛇のごとく執拗に追い回す。
三度、軍神の体が消える。攻撃のためではない。榊から距離を取るためだ。
「……霧になる力、か。近くの国に霧を操り牛頭を持つ軍神がいたなぁ」
弓を使うには近く、戦斧の間合いよりは遠い、そんな距離を保ちつつ軍神へと話しかける。
「……我が正体を見抜いたか。その通り。我が名は蚩尤━」
「いいや違う。ルーツはそうだろうがあんたはあくまで日本の神様で河童だ」
弾かれるように軍神が突撃する。
「語られたくないってか? あんたは渡来人と共にこの国に伝わってきた神格だ。そして似たような特徴をもつ牛頭天王、そして
相手の来歴を明かすことで挑発し、冷静さを失わさせる。目的を達成するまで、相手の激しい攻撃にさらされることになるが、これを達成せずに勝利をつかむことは出来ない。
「河童も同様だ。熊本には
「その口を閉じろ!」
只人ならば思わずその命令を実行してしまうだろう。そう思わせるほど威厳に満ちている。だが、怒りに燃える榊にその言葉は届かない。
「素戔嗚を祀る八坂神社では
更に激しさを増す攻撃に少しずつ傷をつけられる。このままでは、出血多量になりかねない。それだけではない。肋骨の痛みも徐々にひどくなっている。躱しきれなくなるのも時間の問題だろう。
「あんたは最初大陸からやってきた製鉄民族が信仰する神だった。最初は河童ではなく神だったはずだ。だが、所詮は外来の神。徐々に勢力が落ちると同時に、神ではなく妖怪であある河童に━ひょうすべになっていく。牛頭天王や時には人間にすら使役される存在に零落していったんだ!」」
ピタリ、と軍神の攻撃が止まる。
「……只では死なせぬぞ、人間。この俺を侮辱した罪、万死に値する」
軍神の体から放たれる殺気が増大する。
「さっきから人間人間て見下しんじゃねぇよ。なんだ? 人間にこきつかわれたことをそんなに根に持ってんのか? そんな小さい器だから黄帝に負けるんだよ、なぁ、
激怒。今の軍神の心境はまさしくこの言葉で表すに相応しいだろう。そして冷静でないこの瞬間こそが勝機!
両手を背後に隠し、極端な前傾姿勢で軍神との距離を縮める。
怒りにより、軍神の反応がほんの少しだけ遅れる。
振り下ろされる戦斧。それと同時に隠していた神剣を投げつける。
先に当たったのは戦斧の方だった。榊の体を斜めに切り裂いていく。肉も骨もいっしょくたに。
そして、霧と化して神剣をすり抜けさせる。この瞬間、軍神は勝利を確信した。
霧から元の体へと戻ると同時に、軍神の視界が戻る。眼前には榊の短剣が迫っていた。
(もう一本、先ほどのは囮か!?)
体を霧と化すことで不死身を成す彼の力には明確な弱点があった。霧と化している間は視力を失い、攻撃をすることもできない。そして連続して使うことができないという弱点が。
榊はこの弱点を戦闘の中で正確に把握していた。
防御も回避も霧と化すこともできないタイミング。軍神は戦慄する。
短剣は軍神の喉へと当たり、耳障りな金属音を響かせ━砕け散った。
愕然とした表情で榊が背後へと駆け抜ける。内臓を斬ることこそできなかったが、それでもこれ以上の戦闘は不可能だろう。
「フハハハ、如何な神剣と言えど我が身を裂くことは出来━」
振り向いたその先には、柄だけになった短剣と傷一つない神剣を手に自らの首を取ろうとしている榊がいた。その奥には木。
おそらく誘導されたのだ。放った神剣の回収と駆け抜けた勢いを止めるために必要な木の前に立つように。
そこまで冷静に考えた軍神は、甘んじて首を斬られる感触を受け入れた。
「……油断しすぎなんだよこの野郎」
軍神の体が力なく
彼の手は、くそったれと言わんばかりに中指だけが立てられていた。
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馨が目を覚ますと、いまだに嵐は続いていた。周りを見回すことで寝る前の状況を思い出し、寝ぼけた頭に活を入れた。
視線の先の甘粕はいまだ目覚めていない。呼吸などに異常がないことを確認して、安堵する。雨避けの術をかけた後に寝苦しそうな体勢を少しだけ整えてやってから、山を登りだす。
猿飛と呼ばれる移動手段を使いながら、軽やかに、まさしく猿のように身軽に山を登っていく。なかほどまで行ったところで、嵐が唐突に止み、神の巨大な呪力が消え去った。
「まさか……」
ペースを上げてしばらく上ると、少し開けた空間にでた。神社の手前の参道だ。神々の争いの激しさを、倒れた木や地面の傷が物語っている。
参道の端で仰向けに倒れている男を見つけた。近づくとまず、出血の跡に目がいった。相当な深手のはずだが、既に傷は塞がり始めているようは彼はゆるやかに寝息を立てていた。
「まさか、本当に勝ってしまうなんて」
馨は榊の武術の腕前を知ったあとでも、とても勝てるとは思っていなかった。神とは、それだけ超常的な存在なのだと思っていたから。
自然とどうやって勝ったのか興味がわいてくる。どんな力を振るったのか、如何にして攻略したのか、聞きたいことは山ほどある。話の対価はカンピオーネについて説明すればいい。
馨は榊が少しでもはやく目覚めるようにと、治癒の術をかけた。
というわけで本作のヒロインは馨さんでした。これ重要。
あと、第一の神格についてですが正解は兵主神でした。正解者は一名(獅子座の男さま)です。蚩尤はあくまでルーツであって、違う神様として個人的には認識してますが、まぁ正解でもいいような……(でもそしたらクイズの難易度がゲフンゲフン)。蚩尤との回答を頂いたのは二名(イカ焼きさま、宮野雅さま)
残るは第三、第四の神格ですがいつになったら明らかになるのやら……