第一話 旅先に災難はつきもの
━ああ、神よ、なぜ私にこのような試練を課すのですか? 私はヨブのようにはいられません。これがあなたの意思であるというならば━ヨブの妻のように、あなたを恨まずにはおれません。
神に抗う力を持たぬこの身が恨めしい。力さえあれば━私は家族のためにあなたすら滅ぼしてみせましょう。
━ああ、神よ、なぜ私にこのような試練を課すのですか? 私はヨブの家族のように黙って殺されるつもりはありません。これがあなたの意思であるというならば━ヨブの妻のように、あなたを恨み、精いっぱい抗ってみせましょう。
神に抗う力など持ち合わせていませんが、小さな人間の意地というものを━あなたに見せつけてやりましょう
━なあ、神様よ、なぜ俺の旅先でこんなトラブルを起こしやがる? これがヨブだったならば、黙って受け入れるんだろうが……俺は違う。邪魔をするというのであれば、あんたを全力でぶっ殺してやるよ。
なに、神様に抗うのは別に初めてじゃない。今度もまた、あんたたちの力を奪ってやるよ
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「わざわざ見送りまでしてくれるとは、ご苦労なことで。今忙しいんじゃなかったの?」
後ろを振り向くと、馨が立っていた。その目元にはくまができており、あまり寝ていないことが見て取れた。
「ええ、どっかの誰かさんが神様を殺した上に、自分の存在を秘匿しつつ処理をしろという命令が下ったせいでとても忙しいですよ」
山の中で戦闘が行われたため、被害面での隠蔽等は大した手間ではなかった。どちらかと言えば、姿を消した神と榊の行方をごまかすほうが大変だった。
神はまぁ相打ちになったといえばそれでいいが、榊の方はそうはいかない。とりあえずの所は馨と甘粕で足止めした後、逃亡されたという筋書きになっているが……正直、馨の部下達を姿も見せずに撃退したような人物を、たった二人で足止めできたのかという疑問が出てくる。そもそも逃亡するような理由も不明確だ。委員会の中には、馨達が操られているのではないか、などといった疑念を抱く者も出てきている。
それらの追及を躱すだけでも面倒だったが、榊が面倒事は嫌だと言って国外逃亡の手助けをしろとの命令を下したため、その工作を行う必要もあった。頼れる部下は甘粕だけだったため、二人してほとんど徹夜で処理を進めていた。
「そいつはすまなかった。ま、ろくでもない奴に捕まったと思って諦めてくれ」
「ええもうとっくに諦めてますよ。これが御所望の品です、王よ」
王という言葉をあえて強調して言うと、榊が嫌そうに顔をしかめた。
「人前でその呼び方はやめてくれ……ありがとよ、これでこいつを持ってくことが出来る」
馨が差し出したのは一枚の呪符。それには複雑な紋様が刻まれていた。
榊が国外脱出にあたって、付けた条件は一つ。
「金属探知機を逃れるだけでなく、神具としての気配を隠す力もあります。腕利きの魔術師相手には通じないでしょうが……そうそうばれることはないと思います」
「気が利くね……いつかこの礼は必ずするよ。だから、ほとぼりがさめるまで待っててくれ……っと、そろそろ時間みたいだ。それじゃあまた会おう」
榊は手を振りながら、歩きだした。
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【フィンランド.ヘルシンキ市内】
少女は駆けていた。生き延びるために。騎士であるという誇りが、逃げていいのかと自問してくる。痛みと迷いで止まりそうになる脚を必死で動かし続ける。
血の流出が止まらない。早く治療しなければ。だが、止まれば追っ手に捕まる。普段ならばいざ知らず、これだけ消耗した状態なら一対一でも倒されかねない。
首都だというのに、周りに人影が見えない。追っ手が使った人払いの魔術の影響だろう。それはつまりまだ完全に逃げ切れていないということだ。
逃げ切ることなど出来ないと、心がくじけそうになる。それでも、心を奮い立たせる。
騎士として、戦場で、人々のために死すのであれば構わない。だが、味方に、理由もなく殺されるわけにはいかないのだ。私はそのために生まれたのではないのだと、自分に言い聞かせながら。
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違和感に気づいたのは偶然だった。首都というだけあって、人はそれなりにいる。だというのに、誰もそちらの方を向いていない。感覚を研ぎ澄ましてみれば、一般人のものではない気━馨達のような魔術師の気を感じた。それも、誰も向いていない方向に二人分。
旅先でのトラブルの気配。首をつっこむべきか否か、迷う。とりあえずあの怪しげな二人組に話を聞いてから決めるとしよう。
榊は、魔術師の気配をまき散らしている二人へと近づく。榊が近づいてくることに気づき、小声で呪文を唱え出す。だが、この体には生半可な呪術など通用しない。
意に介さずに近づき、顎への一撃で意識を断ち切る。もう一人が懐から手を出して、拳銃を頭へと突きつけてくる。
伸ばしてきた腕を掴み、関節を極めつつ壁へと叩きつける。更に、銃を奪い取って頭へと突きつける。
「ここでなにをしようとしているのか……きりきりしゃべってもらおうか」
榊の顔には、笑みが浮かんでいた。
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「何故逃がした?」
仲間からの詰問。そう問いたい理由も分かる。
「逃がしてなどいない」
「お前自身にそういうつもりはないのかもしれんが、いつもより明らかに動きが鈍かったぞ」
その言葉に、思わず相手の胸倉を掴む。
「いつもどおりの動きなど、できるものか」
絞り出すようなその声に、場に沈黙が舞い降りる。
「……あいつの逃げた先はわかるか?」
もう一人の仲間が部下たちへと問いかけるが、返答は否だった。
「俺なら、わかる」
全員の視線が自分へと集中する。
「あいつの行動は、俺が一番分かってる。必ずここに来るはずだ」
地図の一点を指し示す。
「結界の外か……結界組にもう少し人を回す必要があるな。今は手負いだからそれでも何とかなるだろう」
「次で、仕留めるぞ」
男の顔は、静かな決意で満ちていた。
遂に4万UA突破しました。ありがとうございます。以前宣言した通り、5万UA超えたら短編を投稿しますので愉しみにしていただけると幸いです。
内容を予告すると、榊と馨のデート編の予定です。