カンピオーネ! 魔刃の王の物語   作:一日

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第五話 旅先に死の気配はつきもの

 バルト海に面した風光明媚な公園。それがここ、カイヴォプイスト公園だ。普段ならばヘルシンキ市民の憩いの場なのであろうが、まだ日が暮れる前だというのに人の姿が見えない。神の降臨に伴って、ヘルシンキ聖堂騎士団の手によって人払いがなされているためだ。

 

 つまり、前方に見える人影は一般人ではないということだ。距離は五〇〇メートルほどだろうか。榊の視力ならば問題なく見える。

 

 海の手前、木にもたれかかるように座っている少女とその前に立つ男性と思しき人影。

 

 男性の身長はおそらくニメトール近く、肩幅も広い。ゆったりとした黒いローブのせいでよくは分からないが、鍛え抜かれた肉体であるはずだ。

 

 少女の方は男性の影に隠れてよく見えないが、エルナで間違いないだろう。彼女の周りを、輝く文字━おそらくルーン文字が囲んでいる。

 

 榊自身は気配を抑えることができるが、神具の方はそうはいかない。神具としての気配は抑えてあるとはいえ、それも魔術によるものだ。魔術の神たるオーディンがそれに気づかない道理もない。

 

 こちらの居場所はとっくに気づかれているだろう。それでも何も反応を示さないのはこれだけの距離があれば、どうにでも対処できるという自信の表れなのだろう。

 

 どうせばれているのだ。先ほどの不意打ちのお返しをしてやるのもいいだろう。

 

 「我神代の世に武器を生み出せし者なり。我が身鉄にしてこの角に切り裂けぬ物はなし。我が生み出せし武器は我が身と同じ、ならば我が武器に切り裂けぬ物はなし。故に我が武器は神をも切り裂かん!」

 

 先ほど掌握したばかりの権能の聖句を唱える。今回造り出すのは鉄弓。それもかなりの強弓だ。この距離で当てるためには、並大抵の弓では到底届かないのだ。

 

 オーディンがこちらを向く。呪力の高まりを察知したのだろう。

 

 意に介さず、矢を放つ。

 

 対してオーディンは、木製の槍を掲げた。先ほど榊を襲った槍━グングニルだ。必中の槍であると同時に、ルーン魔術を使うための杖でもあるとされている。その槍が不思議な輝きに包まれる。

 

 放たれた矢が、オーディンの手前数メートルの所で唐突に勢いを失い、地に落ちる。

 

 「そういえば、オーディンが使うルーンには飛び道具を落とすとかいうやつもあったな」

 

 確か、自らの体を守護して刃を通さなくするルーンもあったはずだ。そして、正体不明の最後のルーンだったか。警戒すべきはそのあたりだろう。

 

 死闘の前に煙草に火をつける。居場所がばれたのであれば、堂々と戦場へ向かうまでだ。

 

 「おお、やはり来たか神殺しよ。我が槍を受けて生きておるとは……見事なり」

 

 ニヤリ、と軍神は嗤う。

 

 「我が娘の初陣の相手として相応しい……と言いたいところだが、相手が魔王では厳しかろうな。儂が自ら相手をしてやるとしよう」

 

 「てめぇの娘なんかじゃねぇよ」

 

 榊の目が、鋭く細められる。

 

 「その娘は誇り高き騎士、エドヴァルド・フルメヴェーラの娘だ。まかり間違ってもあんたの娘なんかじゃねぇよ」

 

 槍を造り出し、構える。

 

 「ふむ……確かに以前はそうであったがな、既にこの娘の体は人のものではなくなっておるよ。仮に儂を倒せたところで人に戻すのは不可能じゃよ」

 

 「ぬかせ。完全に変わってしまったのならともかく、彼女はまだ一部人のままのはずだ。

髪の色が変わりきっていないからな。それに終わったのならさっさとここから移動すればいい。逃げるにしろ闘うにしろ留まる理由はないはずだ」

 

 オーディンの浮かべた笑みが深くなる。

 

 「愚か者の息子にしては、目端が効くようじゃの。貴様の言う通り、今ならば戻せるかもしれんな。ふふ、そのためにわざわざ怪我が治る前にここにきたのであろう?」

 

 榊は思わず舌打ちをした。左腕は決して完治したわけではない。戦闘できないというわけではないが、万全とは言い難い状態だ。闘う前から見抜かれるのは想定外だったが。

 

 榊は答えずに槍を突き出すが、払われる。続けざまに放たれる突きをかわしつつ、石突で相手のこめかみを狙う。

 

 「やるではないか!」

 

 「そっちこそ!」

 

 オーディンは軍神ではあるが、武芸に特化した神ではない。純粋に武芸の技量だけを競うのであれば、榊に軍配が上がる。だが、それでも攻撃を当てることが出来ない。当然だ。軍神オーディンは未来を知る力を持つのだから。

 

 榊の感覚からして、全ての未来を知ることが出来るわけではないのだろう。それはノルン達が持つ力だ。おそらくオーディンは数瞬後の未来を見ているはずだ。近接戦闘における絶対的なアドバンテージと言ってもいい。防御に徹すれば、生半可な攻撃では崩せないだろう。

 

 丁度いい。守備を固めるというのであれば、その間に存分に権能を試されてもらうとしよう。

 

 オーディンが半身になって避けるように突きを放つ。槍の先端からオーディンの視界から消えた瞬間に権能を発動して、槍の形をU字型に変形させてオーディンの背後から襲わせる。

 

 躱される。だが、反応が遅れたことは確認できた。やはり視界内にあるものの数瞬先を見ているようだ。

 

 ルーン魔法を警戒して、距離をすぐさま詰める。連続突きでオーディンの動きを阻害する。

 

 槍の形を傘状に変化させて、オーディンの視界をふさぎ、その死角から襲い掛かる。

 

 それを予知していたオーディンの槍が頬をかすめていく。オーディンの動きは未来視のせいでこちらからも次の動きを予想しやすい。来ると分かっていれば、避けるのはそう難しいことではない。

 

 すれ違いざまに神剣で切りつける。グングニルが輝いたのはその時だった。

 

 槍とオーディンの体がルーン文字で覆われる。神剣がそれに触れた瞬間、耳障りな音を発して弾かれる。

 

 体勢を崩したところを狙ったオーディンの攻撃を躱しつつ距離を取る。

 

 気配を感じたのはその時だった。

 

 背後からオーロラを引き連れたエルナが斬撃を放ってくる。腰ほどまである髪の半ばから極光を放つ不思議なそれに変化している。鎧も同様だ。ワルキューレとして、転生しつつある証。その一撃は、エドヴァルド達との戦いでみせたものよりもなお鋭いものだった。

 

 オーディンもこちらに迫りつつある。予想していたとはいえ、厳しい状況だ。

 

 そして、だからこそ榊は権能の使い方を急速に学んでいく。

 

 濃密な死の気配を感じる攻防の中で、榊は確かに笑っていた。




【最近の悩み】
武神と教主・ドニの力関係がよく分からない。武神はたいてい教主以上の腕前みたいな記述があったような気がするが、そのわりに最新刊で風の王とドニは同等みたいな感じだし、そもそもドニは槍で軍神の剣を弾き飛ばしてるし……

とりあえず本作品内では、純粋な武神>羅豪≧ドニ(剣)≧榊>ドニ(槍とか)>アテナ・オーディン(こいつらは軍神ではあっても近接特化じゃないため)ぐらいの感覚です。
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