カンピオーネ! 魔刃の王の物語   作:一日

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第七話 旅先に神殺しはつきもの

 権能で造り出すのは長さ一メートルほどの棍。刃物では重症を負わせてしまう可能性が高い。神の眷属となった今、生命力を上がっているだろうが人間に戻った際を考えれば、危ない橋を渡ることは出来ない。だが、打撃ならば━━頭を狙わない限りそうそう致命傷にはならない。

 

 「しっ!」

 

 槍をかわしざまに棍を突き出すが、当たらない。こちらが次の攻撃を放つ前に、勢いのままに駆け抜けていく。徹底的なヒット&アウェイ戦法。あまりの速度にこちらの反応が追いつかない。そして、徐々にではあるが確実に速度が増していっている。それと同時に髪の色も変化している。こうして闘っている今も、体を作り変えられているのだ。

 

 あまり時間をかけることは出来ない。エルナだけでなく、オーディンを相手にしているエドヴァルドも長くは持たないはずだ。

 

 榊は賭けにでることを決意した。

 

 再び突撃してくるエルナに正対する。息を吐き、全身を脱力させると同時に集中しろと己に言い聞かせる。そこに突きこまれる槍。

 

 榊は人間離れした反応速度で槍の先端を左手で掴む。全力で握りしめたため、グングニルによってつけられた傷が開く。それでも受け止めきることができず、体ごと押し込まれる。槍の先端は

既に胸の数ミリまで接近している。予想以上の勢いに、死の予感が脳裏をよぎる。

 

 だが、先に諦めたのはエルナの方だった。槍を手放し、一人榊の背後へと駆け抜けようとする。不意にエルナがバランスを崩し、反射的に動きを止める。彼女の右手には手錠のようなものがつけられていた。その先は榊の右手へと繋がっている。すれ違いざまに取り付けたのだ。

 

 エルナはすぐさま剣を取り出し、二人をつなぐ鎖へと振り下ろす。

 

ギィイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!

 

 耳障りな金属音が鳴り響く。それでも鎖には傷一つついていない。

 

 その隙に棍の間合いへと詰め寄る。左腕に激痛を感じるが、動かせないほどではない。そのまま剣と三〇センチほどまで縮めた棍で数合打ち合う。

 

 上段から振り下ろされる剣を躱し、懐に入りつつの右フック。確実に脳を揺らしたはずだが、エルナが止まる気配はない。やはり、失神させるのも一筋縄ではいかないようだ。

 

 逆袈裟に振り上げられた一撃を棍で受け止めつつ、膝関節を踏み付けるような蹴りで動きを止める。そのまま、脚を下ろさずに脇腹へミドル。体勢が崩れたところで左手で首を掴みつつ、脚を払い地に組み伏せる。

 

 「チェックメイトだ!」

 

 エルナの体を権能で生み出された金属の棺が覆っていく。もちろん地面にはスパイクを打ちこみ多少のことでは動かないよう固定する。ワルキューレと化したエルナの筋力でも動かないように厳重にだ。

 

 目論見が成功したことを確認したあと、すぐさまオーディンの元へと駆ける。視線の先では今まさにエドヴァルドが止めをさされようとしていた。

 

 不意打ちを仕掛けたいところだが、その間にエドヴァルドが殺される可能性がある。仕方なく、殺気を全開にしてオーディンの注意を引く。勢いのまま飛び上がり、大剣を上段から振り下ろす。

 

 「グングニルよ! 我が元へ疾く来たれ!」

 

 たったそれだけの呪文で呪力が渦巻き、オーディンの手へとグングニルが現れる。オーディンはルーン魔術だけでなく呪歌(ガルドル)の使い手でもあるのだから当然といえば当然か。

 

 木製でありながらも大剣による一撃を難なく防がれる。

 

 「ふむ、我が(しもべ)を捕えたか。だが、その左腕もはや満足に動くまいよ」

 

 オーディンの目は語っている。先ほどで互角だったのであれば、左腕が使えない今、榊の方が不利であると。

 

 榊は不敵に微笑んだ。そんな貴様にプレゼントをしてやろう。左腕のハンデに見合ったプレゼントを!

 

 鍔迫り合いの形へと持ち込む。左腕が使えないぶん榊の方が筋力的に不利。そう思い込んだオーディンが油断しているうちに権能を発動する

 

 「ぬっ!?」

 

 違和感に気づいたオーディンがすぐさま後ろへと距離を取る。榊はそれを許すまいと追随する。刃を交える度に槍の動きが悪くなっていく。槍と接触した瞬間に、権能で金属をまとわせていっているのだ。それもできるだけ重量を増したものを。すでにその数十キロ近く槍はその重量を増していることだろう。榊の権能はただ金属を生み出すだけではない。その性質までも操作することができる。無論、重量もそこには含まれる。

 

 如何に未来を見ようと、それを防ぐための武器が間に合わなければ意味をなさない。

 

 「小癪なぁ!」

 

 オーディンが吠える。だが、それで増えた重量が消えたりはしない。幾度となく攻撃の槍を躱し、防御の槍をすり抜け、オーディンの体を斬りつける。だが、耳障りな音を響かせるだけで傷一つつけることはできない。

 

 膠着状態。だが、それに悠長に付き合う余裕は榊にはなかった。左腕からの出血は止める気配はない。それに、エルナのワルキューレ化の問題もある。完全に体が作り変えられる前に決着をつける必要があった。

 

 蚩尤を切り裂いた神剣でも、単純に斬りつけただけではオーディンにダメージを与えることはできない。

 

 ならばと、持っていた剣を短槍へと作り変える。その穂先をオーディンの喉元へ突きつけつつ、腕を内側にねじることで力を溜め━━瞬時に解き放つ。榊の知る技の中で最も貫通力に優れた技━━本来ならば貫手で放つ立花家伝来の技だ。

 

 金属音と火花が飛び散る。刃はオーディンの障壁を貫き、その肉体へと届く。だが、その一撃はオーディンをわずかに傷つけただけだった。

 

 全力を込めた一撃だったため、大きな隙が生じる。オーディンがその隙を見逃すわけもなく、纏わりついた金属で鈍器と化したグングニルを振るう。

 

 まともに喰らった一撃に大きく吹き飛ばされる。どうにか空中で体勢を整えて着地するが、足元がおぼつかずに膝をついてしまう。

 

 オーディンの体から膨大な呪力が発せられる。ルーン魔術で勝負を決する腹積もりなのだろう。

 

 神殺しを殺せるほどの威力を持つルーンとなれば当然限定される。ましてや、オーディンのことだ。仮に榊を殺せなかったとしても、その後有利となるルーンを使うだろう。あおつらえ向きのルーンがあるのだから。

 

 「汝、我が勝利を示すものなり。汝、天空に輝ける太陽を示すものなり。今こそ来たれ、『(太陽)ソウイル』! 我が勝利のために!」

 

 グングニルから太陽を思わせる輝きと熱が放たれる。それは纏わりついた金属を溶かすだけでなく地面を、空気を、そして榊を飲みこまんと接近する。

 

 迫る死の気配に背筋が粟立つ。とてもよけれそうな攻撃ではない。無論、榊の権能で防げるわけもない。

 

 それでも榊は、まだ諦めていないぞといわんばかりに不敵な笑みを浮かべた。

 

 光が榊の体を包み込む。間違いなく倒した、とオーディンは確信する。諦めがよすぎたのが多少気がかりではあるが、気配まで消えている以上間違いないはずだ。そう思い、エルナを解放するためにそちらへ歩み出そうとする。違和感に気づいたのはその時だった。

 

 

 「霧?」

 

 いつの間にか周囲を霧に覆われていることに気づく。

 

 反応できたのは偶然だった。未来視で自分の足元にできた巨大な影に気づき、頭上を見上げる。先ほどの『太陽(ソウイル)』に匹敵する呪力が渦巻き、直後に巨大な鉄の塊が降ってくる。オーディンの視点からではその全貌を把握することは出来ないが、遠巻きに見ればすぐに分かるだろう。それはピラミッドをそのまま召喚したかのような巨大な物体だった。

 

 「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 すぐさま『雄牛(ウルズ)』のルーンを使い、怪力を得ることで振ってきた物体を支える。

オーディンの足元が重量に耐えかねて、ひび割れていく。

 

 オーディンの視界の端で、霧が蠢き、徐々に実体を得ていく。それは無数の、視界を埋め尽くすほどの武器の群れだった。呪力の動きから、自らの背後にも展開されていることだろう。

 

 このまま怪力を維持すれば武器の群れに突き殺され、障壁を展開すれば物体によって押し潰される。明らかにルーンを一つずつしか発動できないことを見抜かれた上での攻撃。オーディンは自身が持つ未来視の力で全身を貫かれるヴィジョンを見て、自らの死の運命を悟る。

 

 「あばよ」

 

 どこからともなく、榊の声が聞こえた。それがオーディンが聞いた最後の言葉だった。

 

 物体が地面に接触し、地響きが響き渡る。その隙間から、霧が這い出てきて榊の姿を形どる。

 

 しばらく能力が封印される変わりに、一時的に霧による不死を実現する。これこそが榊の権能の奥の手だ。

 

 正真正銘、死力を振り絞っての攻撃。そして左腕からの出血多量により、意識が朦朧としている。

 

 エルナの状況を確認するまでは倒れるわけにはいかない。その一念だけで重たい体を引きずるようにして、エルナのいる方を振り向く。すでに、エルナを封じていた棺は消えたはずだ。

 

 エルナの髪の色は虹色のままだった。彼女の息は浅く、速い。明らかに苦しんでいることが見て取れた。神がいなくなったことで、ワルキューレの力が暴走しているのかもしれない。魔術については門外漢の榊には詳しいことは分からないが、なんとなくそう思った。

 

 人間の手でどうにかなるのか、と鈍った頭で思考を巡らせているとなんとなく、自分にでもなんとかできる、そんな感覚を覚えた。この全能感には覚えがあった。権能が使えるようになった瞬間に味わったものだ。

 

 適当な小石を探し当てて、神剣で文字を刻む。加工し終えたそれをエルナの手に握らせる。

 

 「あとは、上手くいくことを祈るだけっか」

 

 榊はなけなしの呪力を小石へと込めた。

 

 

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 「もう旅立たれるのですか?」

 

 ヘルシンキ聖堂騎士団の本部で、三人の人物が会話をしていた。他に人間の気配はほとんどない。数日前の神の降臨に伴う後処理に従事しているためだ。

 

 「ああ、傷も治ったし体力も戻った。まだまだ巡りたいところも多いんでな。このままお暇させていただくよ」

 

 問いかけたエルナへと榊が返答する。

 

 エルナの髪の色は結局もどらなかった。だが、榊が与えた『人間(マンナズ)』のルーンを刻んだ石を身に着けることで、ワルキューレの力を抑えることには成功した。力が消えたわけではないので、石を外せばまたあの状態に陥ってしまう。

 

 だが、あの症状は巨大すぎる呪力の影響によるものらしく、修行を積めば扱えるようになるかもしれない、という話だった。

 

 「これ以上居座ると面倒になりそうだからじゃないか?」

 

 エドヴァルドが図星を突く。とても王に向けた口調ではないが、榊直々に敬語はやめるようにとの厳命を下しているので問題ない。

 

 「よくわかってるじゃないか。だったらこれ以上引き留めないでくれよ」

 

 今の所はヘルシンキ聖堂騎士団によって、他国の魔術結社にも情報が漏れないようにしてあるが、それもいつまでもったものか分からない。

 

 「ああ、旅の幸運を祈ってるよ。ま、あんたはどこでもしぶとく生き残りそうだがな」

 

 エドヴァルドが皮肉めいた笑みを浮かべながら、餞別の言葉を贈る。その横では、父の言葉にエルナがぷりぷりと怒っている。

 

 この光景が見れただけでも、命を張った甲斐があったと思えるような光景だった。自然と榊の顔にも笑みが浮かぶ。

 

 「そう簡単にくたばるならこんな体になっちゃいないさ……じゃあな、いつかまた会おう」

 

 そう言って、彼らに背を向けて歩き出す。エルナが何か言おうとしたが、思い直したのかそのまま口を噤む。

 

 歩みを止めることも、振り返るこも榊はしなかった。

 

 「ふられたな」

 

 「な、何も言ってないでしょ!」

 

 「榊はお前のこと気づいてたぞ。まぁ、ずっと見つめてたりしてたら気づいて当然だろうが」

 

 心当たりがあったのか、エルナが沈黙する。

 

 「ま、あんな奴の嫁になんざ絶対にやらないがな」

 

 その言葉にまたエルナが怒り出す。やれ感謝してないのかとか、仮にも王だぞとか色々と言っている。エドヴァルドだって言葉にこそしていないが、榊には感謝していた。こんな風に娘とまた話せるとは夢にも思っていなかったのだから。

 

 (達者でな、榊)

 

 祈るまでもないと思いつつも、友人の無事をエドヴァルドは祈った。

 

 




 いつもの倍近い長さになってしまった……エピローグ分割するべきだったかなと反省中。

 ちなみに次の話は未定。ペルセウス編はわざわざ国外に出ていく理由がないのでパスするかも。

 あと、余談ですが、この話とは別に「神社探求伝」というタイトルでオリジナル作品を投稿しました。カップルで神社を訪ねて解説をすると思われる作品です。興味がある方は呼んでいただければ幸いです。
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