彼と会う時は、よくこの喫茶店を使っている。委員会の息がかかっているため、貸切にしやすいという理由で使ったのが始まりだ。
そして、雰囲気とコーヒーの味が気に入ったと魔王陛下がのたまったために行きつけの店と化してしまった。貸切にしておいて、雰囲気も何もあったものではないと思うのだが……
度々━いやしばしば魔王の気まぐれで貸切にされる店長には同情の念を禁じ得ない。委員会からその分の費用は出ているため、金銭的には影響がないのだろうが、やはり不定期に休むというのは客からみれば不満だろう。
そもそも委員会の資金にしても、元をたどれば国税である。無論全体からすれば、微々たる額なのだろうが、それでも国民からすれば無駄遣いもいいところだろう。
それでも、神の被害を黙って受け入れるよりはまだ安い代償のはずだ。そうでなければ、彼らに傅く理由の一つがなくなってしまう。
「考え事かい?」
実際に黙っていた時間はそうはないはずだ。自分では表に出したつもりもない。それでも気づかれたということは、相手の観察力がそれだけ優れているということか。それとも━
いや、今は目の前の相手の話に集中しよう。万が一にも機嫌を損ねるわけにはいかないのだから。
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榊と馨の取り留めのない話はしばらく続いた。
「しっかし、毎回貸切にするってのはどうなんだ? まぁ、何でも話せるのはいいんだが盗聴防止ぐらい呪術でなんとでもなるだろう?」
「確かにその通りですけど、なんといっても榊さんはこの国最初のカンピオーネですからね。どう対応していくか、常に苦慮してるところです」
「首輪を付けれるような性格じゃない事ぐらいは察してほしいもんだがね」
榊はそれとなく言葉を付け加える。きっと、彼女の興味を引くことが出来るはずだ。
「あと、俺は日本最初じゃあないぜ」
「護堂さんのことですか? 確かに公になったのは彼の方が先ですが……」
予想通りの反応に、榊は表面に一切出さないように注意しつつも内心ほくそ笑む。
「いや、俺より先にカンピオーネであった人物がいたのさ。まぁ日本にいただけで日本人かどうかまでは知らんがね」
しばしの沈黙。誰の事を言っているのか、考えているのだろう。そう例えば蚩尤にも喩えられた━
「……平将門のことですか? 確かに彼は鉄の体を持っていたとされていますが……あくまで後に神として祀られたことで得た『鋼』としての性質ですよね」
勿論その背景には、高い製鉄技術による強大な軍事力を誇ったという事実がある。
「彼も確かに可能性はある。だが、もしカンピオーネであるならば殺されるようなことはなかったはず。可能性は限りなく低いね」
馨が視線で誰なのかと問いかけてくる。守備通りにいったことを察した榊は、ついに笑みを浮かべた。
「せっかくだ。現地に行って確かめようじゃないか」
榊の笑みを見た馨は、嫌な予感がした。この結論を言うために、この話を振ってきたのではないか━馨は正確に榊の意図を見抜いたが、すでに遅かった。
気づいた時には榊に抱えられた状態だった。神速を発動しているようで、凄まじい速度で景色が流れていく。
「女性の体に断りなしで触るのは犯罪ですよ」
「そういやそうだったな」
馨の抗議は軽く流された。
しばらくすると目的地に到着したので、人目につかぬように建物の影で降ろされる。周りを見渡す限り、神社仏閣の一角のようだ。雰囲気だけではない。馨は過去にここに来た事がある。記憶を探りつつ、榊とともに参道へと向かう。
「ここは……鞍馬寺ですか?」
「正解。やはり来たことがあったようだね。ならここの本尊が何かもわかるね?」
ここにきてようやく、馨には榊の言いたいことが分かった。
「……ここには尊天という名称で、毘沙門天、千手観音菩薩、そして護法魔王尊の三位一体を本尊としています」
「その通り。ここで重要なのは、護法魔王尊だ。文字通り、僕らカンピオーネの異名である魔王だからね。この神は人類を救うために金星から来たとされる神だ。その体は人間とは違う物質で構成されており━これは人間に比べて頑丈だということだ、そして、少年の姿のままで年を取らないとされている。どうだい、
この国にかつて、神殺しがいた。正直、今まで考えたこともなかったというのが馨の正直なところだ。この国にはいなかったと教えられた事実を盲目的に信じていたことに今気づかされる。
「金星は洋の東西を問わず不吉の象徴だ。そこから人類救済にくるなんておかしな話だと思わないかい? 僕らの立ち位置は神殺しという不吉でありながら人類が神々に抗う唯一の手段でもある。まぁ金星については単純に外から来た、ということかもしれないけどね。ここの開祖は鑑真和尚の高弟だから、一緒にやってきたと考えれば何もおかしくない」
榊の話はそれなりに筋が通っている。だが、それを鵜呑みにしてはつまらない。
「他の二体についてはどう考えているんですか? 確か、光と太陽の象徴として毘沙門天、愛と月の象徴として千手観音菩薩、力と大地の象徴として護法魔王尊という位置づけだったはずですが」
「単純に、魔王殿の権能だろうね。でなければ本来つながりのない、位階すらもちがうこの神様たちを尊天なんて呼んで纏める必要がないんだ。太陽や月にしても他にもっと、直接的に関わる仏はいくらでもいるし。魔王尊の力は当然権能の事だろうし、大地は即ち人が住んでいる場所だ。ちなみに、毘沙門天が中央、千手観音が右、魔王尊は左に祀られているけど当時の中国では左が最も優れているとされているし、この鞍馬山の天狗の首領も魔王尊とされている。どう考えても、ここで最も重要なのは魔王尊のはずだよ」
表向きは、毘沙門天のようになっているけどね、と榊は付け加えた。
「しかし、皮肉なものですね。神殺しが神として祀られるようになるなんて」
榊の目が輝く。どうやらまだ語り足りないようだ。
「それも今の僕の研究テーマの一つだ。カンピオーネという超常の存在は果たして神となることがあるのか。たしか、ヴォバンの糞爺は実際にクロアチアの民話に取り込まれていたね。これが触媒になって、まつろわぬ神として降臨しないとはだれにも断言できないはずだ。ヘラクレスはネメアの金獅子から鎧のような毛皮を、ヒュドラからその毒を奪い取っている。カンピオーネが権能を得る様と同じじゃないか。まぁ彼の場合は半神半人だから少し違うかもしれないけれど……ありえない話ではないと僕は思っている」
馨は、面白いと思った。もっと、この話題を深く語り合ってみたい。いや、その前にせっかく来たのだから魔王尊に関する情報を集めるのもいいかもしれない。思考が加速していく。次に、榊がどんな発言をするのかが楽しみで仕方ない。
ふと、思いついた疑問を口にしてみる。
「その理屈でいけば、榊さんも神様になる可能性があるということですね?」
煙草を口にすでに歩き出していた榊は、振り向きつつ答える。
「まぁベースになるようは話が残れば、遠い未来ではあり得るだろうね」
英雄たちの胎動 で、過去日本にカンピオーネがいたのは間違いないみたいですね。
唐代にやってきた最後の王に殺されたため、それを惜しんだ人々によって鞍馬寺に祭られたとか妄想してみる。
しかし、金星=鋼の証、違う物質でできたも同様。唐代に伝えられた神。はるか昔=末世? いやまさか、魔王殺しの神が魔王だなんてことは…
追記 書き忘れてまきたけど次の短編は7万か8万ぐらいで考えてます。