カンピオーネ! 魔刃の王の物語   作:一日

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75000UA突破記念に、短編を投稿します。


番外編 熱田の神剣

 名古屋市のほぼ中央に緑に囲まれた神苑がある。織田信長が桶狭間の闘いの前に戦勝を祈願したと伝わる熱田神宮だ。

 

 馨は榊に連れられて、ここにやってきた。馨自身は媛巫女の修行の一環として一度来たことがあるが、意外なことに榊は初めて、とのことだった。

 

 「さて、媛巫女君。僕にここの主祭神について教えてくれないかな?」

 

 この男が知らないはずもないが、とりあえず一般論を聞かせろということだろう。

 

 「主祭神は熱田大神━━その正体は諸説ありますが、一般的にはご神体━━草薙剣に宿る天照大御神だとされています」

 

 榊が鷹揚に頷く。

 

 「大嘘だね」

 

 断言された。だが、熱田大神の正体については少し神話に詳しければ当然行き着く疑問でもある。榊もその疑問へたどり着いていて当然だろう。

 

 「草薙剣に纏わる神を挙げるとすれば、まずは須佐之男だ。なんせ八俣遠呂智(やまたのおろち)を倒して、剣を手に入れた張本人だ。

 

 そして、次に日本武尊(やまとたけるのみこと)だ。彼は、九州の熊襲(くまそ)を倒した後、東征を行うように命令を下された。その道中に伊勢神宮によって天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)を授けられる。その後、敵の火攻めを草を薙いで防いだことから草薙剣という名になった。その後、彼はここに剣をおいて伊吹山へ向かい、邪神の毒気に倒れたとされている。この通り、須佐之男と日本武と草薙の剣の関係は深い。対して天照と剣の関係といえば須佐之男から渡された、そして伊勢神宮に保管されていた。この程度でしかない。

 

 そもそも、追放されたはずの須佐之男から天照に剣が渡されること自体不可解なんだが今は置いておくとしよう。この通り、草薙の剣と天照は明らかに関係が薄い。だというのにここの祭神が天照だというのであれば、ぜひともその理由を教えてほしいね」

 

 馨はため息を一つ、大きくついた。これから榊に話すことは媛巫女の間でも一部の人間しか知らない内容だ。勝手に話したことがばれれば、普通ならば問題になるだろうが……魔王陛下の命令とあっては仕方ない、そんな風に自分に言い訳をする。

 

 「あなたのおっしゃる通りです。私達媛巫女の間では、熱田大神は日本武尊だと伝えられています。理由は、日本武尊が景行天皇に疎まれていたため、表立って祀ることが出来なかったためとされています」

 

 「それもまた嘘だ」

 

 榊は妙に自信ありげな表情を浮かべた。いつぞや鞍馬寺でも似たような表情を見た記憶がある。

 

 「神奈川県は走水神社は景行天皇が日本武尊を祀ったのが起源とされている。なら、ここで日本武尊を主祭神にしたところで天皇から咎められることはないだろう。何より何故天照がここに祀られているのか。その疑問に対する答えが出ない」

 

 「じゃあ榊さんはどんな風に考えているいるんですか?」

 

 「ここの大宮司は今でこそ違うけど元々は尾張氏だったね。その祖神(おやがみ)は?」

 

 ここまでくれば馨にも榊の言いたいことが分かった。

 

 「━━そういう事ですか。天火明命(あまのほあかりのみこと)━━饒速日命(にぎはやひのみこと)です」

 

 「その通り。別名天照国照彦(あまてるくにてるひこ)天火明櫛玉(あまのほあかりくしたま)饒速日尊(にぎはやのみこと)、読み方こそ違えど、まさしく()()だ。こう考えればその正体を隠したがる理由もわかる。なんといっても彼は神武天皇に国を奪われた豪族だからね」

 

 饒速日はその名の示す通り、豊饒の神であると言われる。また、雷神とする説や天照大神よりも古い太陽神である等と言われる極めて謎の多い神格だ。そして、おそらくは剣とも縁が深い。

 

 「饒速日は、物部氏の祖神ともされていましたね。そして物部氏は軍事を司る氏族でした。武士(もののふ)と由来と言われるように」

 

 我が意を得たり。そう言わんばかりに榊が大きく頷く。

 

 「饒速日を祀る神社と言えば大阪の石切劔箭(いしきりつるぎや)神社だね。ついでに物部氏の総氏神は石上神宮、まさしく神剣を祀る神社だ。それにここの御神体の布都御魂剣(ふつみたまのつるぎ)と言えば、神武天皇が熊野の神の毒気を払うために使った剣でもある」

 

 「なるほど。だから、剣を失った日本武尊は伊吹山の神の毒気にやられた、というわけですね」

 

 「そうとしか考えられないね。いくら彼が強いとはいえ戦にわざわざ剣━━このお話の中では剣そのものではなく軍事力の事だろうけど━━を置いていく理由はない。持って行けなくなったと考えるのが妥当だ。天皇の意向だったのか、それとも別の理由があったのかは不明だけど日本武尊は何らかの理由で物部氏の協力を得られなくなってしまったんだろう……そういえば彼の為に入水した弟橘媛(おとたちばなのひめ)も穂積氏の出だったね。物部氏と同じく饒速日を祖とする氏族だ。彼女を失ったことが何か関係しているのかもしれないね」

 

 ふと思いついたことを馨は榊に尋ねてみることにした。

 

 「日本書記の天武天皇についてなんですが━━」

 

 「六八六年六月に天武天皇が草薙剣の祟りで亡くなった事についてだろう。この時祟った理由は草薙剣を宮中に保管していからであって、熱田神宮に戻したことで祟りが治まったとされている。つまり、草薙剣は元々天皇家の物ではなく、饒速日のものということだ。事実、神武天皇に布都御魂剣を渡したのは高倉下(たかくらじ)、饒速日の息子ともいわれる神だ」

 

 参拝を済ませた後、心の小径(こみち)と呼ばれる細道を進む。この先には熱田大神の荒御魂(あらみたま)が祀られた一之御前神社(いちのみさきじんじゃ)がある。

 

 「御前という言葉の意味は知ってるかい?」

 

 「神の使いとして先導するもの、ですね」

 

 「確かにその通りだけどね、七人ミサキのように怨霊という意味もあるだろう? 国を奪われた饒速日はまごうことなき怨霊だろうし、彼の息子の高倉下は八咫烏として神武天皇の御前になっている。地域によっては、饒速日自身が先導している伝説もある。どうだい、辻褄があうだろう?」

 

 楽しげに語る榊はまだ知らない。後日、その目で天叢雲剣を見ることになるのを。




 神格クイズの中で、ほんの少しですが話題になった神様について書いてみました。いかがだったでしょうか?

 本来ならば、ここから『追放された直後の須佐之男から天照大神へ天叢雲剣が渡されたはずがない→草薙剣と天叢雲剣は別のものだった』と持論を展開していくんですが……それをするとカンピオーネ本編のとの整合性が取れなくなるので、仕方なく持論を封印しました。(他の媛巫女ならともかく、恵那さんが『天叢雲剣は須佐之男と日本武尊が使用した』と言っているのでまさか別物であるはずもなく……)

 次は十万UAでまた短編を投稿しようかと考えています。テーマは未定です。いや、ネタはいくらでもあるんですけどね(十万UA手前で解説してほしい神様を私に言えば、また短編になるかもですね。日本の神様限定かつ解説が出来る神様に限られますが)
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