カンピオーネ! 魔刃の王の物語   作:一日

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番外編 強者たちは引かれあう

 「御膳立てはしてやったぜ? 出てきたらどうだ?」

 

 フィンランドを旅立った榊は、その足でスウェーデンへと渡り、そこから南下してここイタリアはミラノへと来ていた。

 

 尾行されている事に気づいた榊はわざわざ人通りの少ない裏路地へと足を進め、気配へ問いかけた。押し殺された気配は明らかに一般人のものではない。恐らくは殺し屋の類だろう。殺し屋を送られる心当たりは、数えきれないほどある。

 

 この状況で予想される相手の対応は二つ。仕切り直すために一旦引くか、それともこのまま仕掛けてくるか。よほど自分の己の実力に自信がなければ後者の対応は出来ないが、背後の気配は立ち去ろうとしなかった。

 

 榊は思わず不敵な笑みを浮かべた。

 

 「貴様は勝ちすぎた。その金、回収させていただこう。大人しく渡せば……命だけは助かるやもしれんぞ?」

 

 そのセリフから察するに先ほどひと暴れした裏格闘場からの刺客だろう。路銀の少なくなった榊によって根こそぎ賞金を持って行かれたために、予想外の損失を受けたのだろう。その落とし前をつけるために刺客を送り込んできたのだ。

 

 「あいにくだが、この金はもう俺のものさ。欲しければ奪い取ればいい。あんたにできるなら、な」

 

 ゆっくりと背後を向く。相手は何も答えずにただ長さ三〇センチ程度の短剣を構えた。細長いそれは明らかに刺突に特化した武器だ。

 

 対する榊は、ポケットから手を抜くことすらせずにただ笑みを浮かべた。

 

 「シッ!」

 

 低い姿勢からの踏み込み。首めがけて刺突が放たれる。

 

 

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 一日の仕事を終えたパオロは当てもなく夜の街をうろついていた。普段ならば、このようなことはしないが今日は違った。街の様子がいつもと違ったからだ。

 

 殺気立った男たち━━恐らくはマフィアの類だ━━が誰かを探して街を走り回っている。明らかにこの街で何らかのトラブルが起きている。部下からの報告と合わせ聞く限り、裏格闘場で大暴れしたという異邦人の件だろう。

 

 そのことが気になってパオロはこうして街を彷徨っている。それは自らトラブルに突っ込んでいく行動だと理解はしていたが、苦労性な彼にはこうする以外の選択肢がなかった。

 

 とある細い裏路地の前を通りがかったとき、路地の先で殺気が漏れるのもパオロは鋭敏に感じ取った。自分の気配を殺しつつ、路地の中を伺う。

 

 視線の先には男が二人。丁度手前の男が短剣を突き出していた。

 

 (ほう……)

 

 パオロは素直に感嘆した。

 

 手前の男が持つのは、スティレットと呼ばれる短剣だ。鎖帷子が普及して以降、その隙間から刺し殺すことも目的として作られた武器だ。あくまでとどめ用のサブウェポンとしての役割を持つ武器であり、メインとして使う事は珍しい。それをあのレベルで使いこなす者をパオロは初めて目撃した。

 

 恐らく、武術だけに限れば姪のエリカと同等程度だろう。だが、それ以上に奥の男は圧倒的に強かった。

 

 放たれた刺突を難なくかわし、二本そろえた指を相手の首へと突き付けていた。その手に武器が握られていれば、間違いなく相手の命はすでになかったことだろう。

 

 挑発するかのように指で相手の首を指で二度たたく。手前の男は顔を怒りでゆがめつつも一度間合いを取る。

 

 細やかにステップを踏みつつ、スティレットを持った手を上下に揺らして相手の隙を伺う。榊の方はいまだに構えようともしせずに、泰然自若としていた。

 

 数秒間の静寂の後、不意に榊が視線を外した。その視線がとらえるのはパオロの姿。榊の体から放たれる闘志が雄弁に次はお前だと告げていた。凄まじいまでの圧力に反射的にその場を離脱しようとするもいつの間にか張られた結界がそれを阻む。再度榊の方を振り向くと、その左腕が伸ばされた先の壁に文字のようなものが刻まれていた。恐らくあれが結界の起点だろう。

 

 手前の男が視線を外されたことに不思議に思いつつもその隙を突くべく腕を伸ばす。短剣が榊の体へと届く前に止まり、本命の蹴りを放つ。

 

 榊はパオロから視線を外さぬまま、相手の懐へと踏み込み、相手の蹴りよりも早く肘で顎を突き上げた。崩れ落ちる相手の顎が落ちてきたところを再度肘で横から殴り抜き、完全に相手の意識を飛ばした。

 

 「思ったよりも弱い奴が相手だったもんで、不完全燃焼気味なんだが……もう一戦お付き合いいただけるかな?」

 

 パオロの背中を嫌な汗が流れる。大騎士級の実力者を片腕で瞬殺するほどの武術の腕前、どう少なく見積もっても己以上の腕前だ。加えて、己の全力ですら砕けるか怪しい結界の強度から察するに呪術師としての腕前も尋常ではない。

 

 (部下に任せず正解だったが……それ以上に関わろうとしたのが過ちだったか)

 

 後悔の念が脳裏をよぎるが、今さらどうにもならない。ため息を一つつき、覚悟を決めたパオロは上着を脱いで魔術で自室へと転送した。愛用の騎士剣は呼び出さない。この細い路地裏では十全に振るうことができないからだ。

 

 両の拳を構え、自分から仕掛ける。拳、蹴り、肘、膝と種々織り交ぜて攻撃するもその全てが空を切るか、榊の手によって払われる。

 

 (やはり━━強い!)

 

 パオロの攻撃が二〇を超えたころ、遂に榊が攻勢にでた。ねじり込むように放たれた榊の左掌底がパオロの渾身の右ストレートが激突する。

 

 衝撃に耐えられずパオロがたたらを踏む。追撃に備えようと急ぎ構えなおすが、追撃はいつまでたっても来なかった。

 

 当の榊は頭を掻きながら、しかめっ面を浮かべていた。

 

 「なぁ、あんた。酒はいけるクチか?」

 

 あまりに唐突な問いに、パオロはその意味を理解するまで数秒かかった。

 

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 「なぜ君はさっきの戦いを途中でやめたんだ?」

 

 パオロと榊は赤銅黒十字お抱えのバーのカウンターで酒を飲んでいた。この店ならばマフィアが近づくこともない。

 

 座ってしばらくは沈黙が続いていたが、一杯目のグラスが空いたところでパオロが問いかけた。

 

 「俺の趣味は人をぶん殴ることだが、殴っていい奴とそうじゃない奴の区別くらいは流石にあるのさ。最初は刺客かと思ってたが、あんたの拳には殺意どころか敵意も無かったからな。特段後ろ暗いところもなさそうとくればまぁ、拳を引っ込めざるを得ないという訳だ。それに、立ち方からしてあんたの本分は剣士だろ? あんたほどの相手とやり合うならお互い本気で、だよ」

 

 このままでは決闘の約束を取り付けられかねないと判断したパオロは、話題を変えることにした。

 

 「そういえばまだ自己紹介していなかったな。私はパオロ・ブランデッリという。君は?」

 

 「……デッカート。デッカート・ジーウッドだ」

 

 目の前の男は明らかにアジア出身だ。そこから考えれば間違いなく偽名だろう。知らず知らずのうちにパオロの眉間にしわが浮かんでいた。

 

 「ま、俺の名前はそのうち嫌でも知ることになるさ」

 

 「……まさかとは思うが神に挑むつもりなのか?」

 

 パオロの問いに笑みを浮かべた榊はグラスの中身をあおってから答えた。

 

 「あんたの想像、実に良い線をいってるぜ」

 

 まさか、と思う反面、この男ならばありえるとパオロは心のどこかでその答えに納得していた。あの路地裏で闘志を叩き付けられた瞬間、脳裏に浮かんだのは己が盟主と崇める神殺しの姿だったのだから。

 

 (もしそうだとしたら、私の運の悪さは本物だな)

 

 内心自嘲しつつ、パオロもグラスを一気に傾けるのだった。




※うちの榊君は禿ではない


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