カンピオーネ! 魔刃の王の物語   作:一日

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第六話 遠方より敵来たる

 「さて諸君、これからアテナに関する講義を始めるが準備の方はよろしいか?」

 

 ここは楠南学院高等部校舎の屋上。時は昼休み。メンバーは榊、護堂、裕理。奇しくも昨日ここで問答を行ったメンバーと一緒だ。人払いの結界を貼ってあるのも一緒だ。

 

 エリカはここにいない。神の居場所の把握など、重要な役割を果たしている真っ最中だからだ。そもそも彼女はこの学院の生徒ではないので、入ることもできない。

 

 「あの……これは一体どういう趣旨の催しなのでしょうか?」

 

 裕理がおずおずといった感じで榊に問いかける。突然榊に呼ばれただけで、他には何もきいていないのだ。

 

 「さっき言った通り、アテナに関する勉強会さ。どんな神格なのかを知れば、相手の攻撃手段や弱点が見えてくるからね。己を知り、敵を知れば百戦危うからずって言うだろ? これは神が相手でも変わらないんだ。僕の経験上ね」

 

 言葉の最後にウィンク。洒脱にして軽妙な仕草。こういったのが出てくるあたり、榊は草薙家の祖父の影響を受けているのではないかと護堂は思う。そもそも、榊が民俗学を志したのも祖父の影響であったか━

 

 「さて……まずはなぜ今回の神がアテナと言い切れるのか、そこから話そうか」

 

 煙草に火をつけ、紫煙を吸いこんでから再び口を開く。

 

 「あの神具を受け取った時、僕の霊視で視えたのが蛇と夜、そしてフクロウのイメージだったんだ」

 

 「霊視? 兄さんそんなこともできたのか?」

 

 弁当を口に運びつつ、護堂が素朴な疑問を投げかけた。

 

 「いえ、霊視は魔女の特権です。男性である立花先生には出来ないはずですが……」

 

 「実は倒した神の影響でね、霊視の真似事ができるようになったんだよねぇ。精々大雑把なイメージしか見えないんだけど」

 

 「それはオーディンの力ですか?」

 

 裕理は日本以外の神話にはあまり詳しくないが、オーディンのようなメジャーな神格についてはそれなりに知識を持っている。

 

 「そう、魔術神にして予知の力を持つ神だからね。それにオーディンの意味を持つルーンとして情報(アンサズ)がある。これとカンピオーネの直観を合わせれば霊視の真似事ぐらいはできるのさ」

 

 煙草の煙でアルファベットのFに似た文字を描く。情報(アンサズ)のルーンの形だ。

 

 「本題に戻ろうか……まず一番分かりやすいのはフクロウかな。フクロウは知恵の象徴であり、夜に飛び回る闇の使い━冥界の使いだとされる。アテナと同一視される知恵の神ミネルバもフクロウを使いとしているね。おそらくは闇を見通す力を昔の人々は知恵の力だとしたんだろうね。蛇も同じく闇を見通す力を持つし知恵の象徴とされるからね」

 

 「なんで闇を見通す力が知恵の象徴になるんだ? あんまり関係なさそうな気がするけど」

 

 「護堂、お前は闇の中を歩く時はどうする? 」

 

 「……懐中電灯を使う。昔なら、松明を使う、かな」

 

 榊は護堂の返答に満足げに頷く。裕理の方は今の問答で得心がいったようだ。

 

 「そう、松明━火を使うだろ? 火もまた知恵の象徴とされるんだ。火によって人間は文明を手に入れたからね。闇を見通す蛇やフクロウは火、即ち知恵を持つ存在なんだよ」

 

 護堂が納得した顔をするのを確認してから、榊は講義を再開した。

 

 「蛇とフクロウから今回の神が知恵の神であることはわかったね。ちなみにこの知恵という言葉なんだが……ギリシャ語ではMetisといってね、Medusaの語源となった言葉であり、アテナの母の名もまたメティスだ。メティスも勿論知恵の神なんだが━」

 

 榊の口からメティスの神話が流暢に語られる。曰く、メティスの子はゼウスから王権を奪うとの予言があった。そのため、王権を奪われるのを恐れたゼウスはメティスを飲み込んでしまう。その後に、ゼウスの頭から生まれたのがアテナなのだ。つまり、メティスが死す代わりにアテナが生まれたといえる。それに叡智が宿るのは当然頭、つまり主神たるゼウスの叡智から生まれたともとることができる。

 

 

 「アテナ・メティス・メドゥサの成り立ちについてはこんなところだな。何か質問は?」

 

 「メドゥサは確かアテナの助けを受けたペルセウスに倒されたはずだよな? それなのに一緒の神様なんてありなのか?」

 

 昨日から護堂の中で燻っていた疑問だ。

 

 「その話は結局のところ、アテナはゼウスに逆らえないということを指し示しているのさ。メティスはゼウスに凌辱された結果として結婚をしたのであり、メドゥサもまた怪物としてゼウスの息子たるペルセウスに倒されている。全て、土着の神話を取り込み、その神話の神を貶めようとした結果だよ。世界中の神話で似たような話を見ることができる」

 

 疑問が解消されたが、護堂の心はあまり晴れていなかった。切り札を使える確信がわいてこなかったからだ。あの儀式をせずにすむかもしれないと考えていたが、どうやら甘い考えだったようだ。

 

 「さて、次にアテナの使いそうな力を挙げておこうか。大地の神・夜の神・知恵の神・冥府の神・戦の神・都市の守護神……一番面倒なのは大地の神としての力かな。多分、不死身に近いぞあいつは」

 

 「不死身だって? いくら神様がでたらめでもそんなのありかよ?」

 

 「完璧に不死身というわけじゃないがな。蛇は脱皮によって、女は月経の度に血を流しながらも死なないからな。どちらも不死身の象徴だ。生半可な攻撃じゃ倒れんだろうなぁ……あとは冥府の神としての力だな。周囲に死を撒ち散らしてもおかしくないからなぁ」

 

 戦の神というからには、基本的な戦闘能力も高そうだ。護堂は、来たるべき戦いに向けて気を引き締めた。

 

 

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 放課後、榊と護堂は一旦家に帰ってそれぞれ動きやすい服装に着替える。その後に榊の家に集合する手筈だ。

 

 榊の家に行くのは1年ぶりだろうか。以前は折に触れては行っていた場所だが、榊が旅に出て以来、訪れることはなかった。

 

 取り留めのないことを考えてながら歩いて、気づいたときには榊の家についていた。呼び鈴を鳴らすが、反応がない。ということは━護堂は榊の家の隣にある道場の方へと向かった。

 

 「やっぱりここにいたのか」

 

 かつては護身術の道場として多くの門下生がいたが、一年もの間閉鎖されていたため昔の活気はない。その割に綺麗なのは榊が掃除したのだろう。かつて師範代を務めていただけあって、愛着があるのかもしれない。

 

 「フッ!」

 

 護堂の視線の先で、榊が次々と技を繰り出していた。上半身が裸のため、まるで鋼線を束ねたかのような無駄のない筋肉をうかがうことができる。

 

 突き。ひじ打ち。身を翻えしての裏拳。回し蹴り。アッパー気味の掌底。両手を腰だめにしてから放つ掌打。その全てが鋭く、速い。護堂の動体視力でかろうじて見えるレベルだ。

 

 護堂は武術が分からないが、榊がサルバトーレ・ドニと互角レベルの体術を使えることは直観的に分かった。

 

 護堂に気づいたのか、榊が動きを止めて呼吸を整える。あれほど激しく動いていたのというに、汗をかいてもいなければ息も乱れていない。

 

 「ちょうど、迎えがきたようだね。いざ出陣といこうか」

 

 気づけば、護堂の後ろに甘粕が立っていた。微笑みながら彼は一礼する。

 

 「いやはや、素晴らしいものを見せて頂きました……さて、それでは魔王陛下方、ご出陣をお願いいたします」

 

 榊が服を着るのを待ってから、表に止めてある車へと移動する。後部座席に裕理とエリカが既に乗り込んでいるため、榊は助手席に乗ることにした。護堂は、失敗したという顔で後部座席のドアの前で固まった。

 

 車を回り込んで、助手席のドアを開けようとした瞬間、榊の体が総毛立った。

 

 後ろを振り向きつつ、権能『神代兵装(エンシェント・アームズ)』で小刀を生み出し、胴体を薙ぎ払おうとする刃を受け止める。が、小刀は易々と断ち切られた。

 

 「ちぃっ!」

 

 身を引いて躱そうとするが、車が邪魔で躱しきれずに胸ポケットの辺りを切り裂かれる。そこから封印を壊されたゴルゴネイオンが零れ落ちる。

 

 地面に落ちるより早くそれを掴み取った榊は、後ろも見ずに放り投げる。それを護堂は見事にキャッチする。

 

 「先に行け護堂!」

 

 凶行の主へ注意を払いつつ、叫ぶ。

 

 「でも━」

 

 「いいから行け! 神と一緒にこいつも相手にする気か!」

 

 甘粕にも乗ってくださいと言われ、護堂は迷いつつも車に乗り込んだ。

 

 車が急発進する音を聞きつつ、榊は白昼堂々剣を振り回すいろんな意味で危ない男の全身を観察する。

 

 帽子を目深に被り、釣竿ケースを肩に懸けた青年。それだけ見るとどこにでもいそうだが、榊には彼の正体がわかっていた。

 

 その隙の無い佇まいと、()()()()()()()。これに該当する人間など世界で一人しかいない。

 

 

 「あんた、療養中じゃなかったのかい? 剣の王様よぉ?」

 

 イタリアが擁するカンピオーネ。魔剣と鋼鉄の肉体を持つ男。即ち━サルバトーレ・ドニ。

 

 「新しい神殺しが現れたと聞いて、ぜひ闘ってみたいと思ってね。それにこの国には神だって来ているみたいじゃないか。療養なんてしてられないよ」

 

 ドニの顔には暗い戦士の喜悦が浮かんでいた。

 

 榊は軽い殺意を覚えつつもそれをこらえて、ある提案をする。

 

 「闘ってやるから場所を変えるぞ。ここじゃ目立ちすぎるからな」

 

 「闘ってくれるなら僕は何でもいいよ」

 

 ドニが提案を受け入れたのを確認し、榊は権能で人力車を作り出す。

 

 「乗りな。神速で連れてってやるよ」

 

 「面白い権能だね。フフ…お言葉に甘えさせてもらおうかな」 

 

 金属だけで造られた人力車が動き出す。常人の目には移らない速度で、魔王達は戦場へと向かう。

 

 この情報を手に入れた魔術師たちは戦慄した。一つの国に、魔王が三人に神が一柱。日本が文字通り沈没するやもしれぬ━




タイトルの遠方からの敵はアテナだけではなかったというオチ。まぁ、前話のラストで大体予想できてたかとは思いますが。あと、案の定バトルにはいらず……次話こそバトります。
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