カンピオーネ! 魔刃の王の物語   作:一日

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第七話 魔剣と魔刃

 海神ポセイドンは、彼女の旧敵である。

 

 少なくともギリシアの伝説では、そうなっているはずだ。

 

 だが、だからといって海そのものを嫌ったことはない。海も大地も、彼女の奪われた本質と深く関わる、命の源なのだ。

 

 彼女が真に嫌うのは太陽である。

 

 輝く光、まばゆい天空の玉座こそが、フクロウの女王たる彼女を不快にさせる。

 

 まあ、いい。不快なだけだ。耐え難いわけではない。

 

 太陽もまた命の火。生と死の連環には不可欠な要素なのだ。この光を甘んじて受け容れることも、女王の務めだろう。

 

 ━否。

 

 この感想は適切ではない。まだちがう。まだ彼女は『まつろわぬアテナ』ではない。まだ三位一体をなす女王の地位を取り戻してはいない。

 

 彼女の虚ろな記憶にかろうじて遺る、母の嘆き。女王の恥辱。老婆の叡智。

 

 栄光の残滓が、父━天空の王ゼウスの配下たる太陽へ反抗させているに過ぎない。

 

 もうすぐだ。

 

 古の《蛇》ゴルゴネイオンを取り戻せば、己は真のアテナとなる。

 

 海辺の潮風を浴びながら、彼女は《蛇》の気配を探る。何処にある? 何処で彼女を待っている。先ほどまでは微かにしか感じられなかった《蛇》の呼び声が、突然聞こえるようになった。

 

 罠━彼女の知恵の女神としての直観がささやく。《蛇》の呼び声と共に感じる気配。ギリシアの地にて出会った神殺しの片割れか。

 

 神殺しと出会うのも、随分と久しぶりだ。最後に彼奴らと立ち会ってから、数百年、下手をすると数千年も経つのではないか。

 

 迫る仇敵の気配に、アテナの戦神たる部分が歓喜の声を上げる。

 

 このままおびき出されるのも芸がないし、興も乗ったことだ。彼女は躊躇いなく、夜の女神としての力を解放する。

 

 「アテナの真名において命ずる。闇よ来たれ、日の恵みを追い散らせ。プロメテウスの火をかき消すがいい。天の星々と黒き風よ、古の夜を顕わしめよ」

 

 

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 時は少しさかのぼる。

 

 「あの方、まさかとは思いますが……」

 

 「多分そのまさかであっているはずよ。腕が銀色に光る人間なんて、この世にそうはいないもの」

 

 彼女らの脳裏に浮かぶ名はサルバトーレ・ドニ。欧州が誇るカンピオーネにして銀の腕を持つ魔剣の使い手だ。

 

 「ですがあの方は療養中ではなかったのですか? だからこそ、ゴルゴネイオンを日本に持ち帰る羽目になったはずですが……」

 

 「卿は生粋の戦闘狂だから……新しい神殺しと神の出現を聞いて怪我を押してやってきたのかもしれないわ」

 

 実際のところはあまりの横暴に腹を据えかねた執事、アンドレア・リベラによって療養という名目の監禁をされていたはずだ。神が出現しそうな状況にも関わらず、大人していたのは護堂に神を倒させるつもりだったのだろう。おそらくは、より強くなった護堂と闘うために。そして、榊の介入を知って妨害行動に出た。榊と闘いつつ、護堂には一人で神の相手をさせる。ドニからすれば、一石二鳥だ。

 

 証拠も何もない推理だが、エリカはこの考えに確信を持っていた。裕理にはあえて推理の内容を言わない。余計なストレスを与えることもないだろう、との考えからだ。

 

 女子二人の会話を耳だけで聞いている護堂の視線は、手元へと向けられていた。

 

 『俺は予定通り正史編纂員会のグラウンドで馬鹿と闘う。すまんが、別の場所でアテナの迎撃を頼む。あと、このプレートには発信機の役割を持たせてあるから持っておけ』

 

 護堂が榊からゴルゴネイオンを受け取った時、一緒に渡されたプレートにはそう書いてあった。

 

 メッセージを読み終えた護堂は、甘粕へどこか闘えそうな場所へ移動するよう頼んだ。甘粕はすぐに委員会と連絡を取り、目的地を決める。だが、思い通りに事は進まなかった。

 

 「あれは……なんだ?」

 

 最初に異変に気付いたのは護堂だった。

 

 眼前の空が暗い。曇りの暗さではない。あれは夜だ。だが、時間的には夜になるには早すぎる━

 

 「アテナの権能……かしらね」

 

 エリカが呟く。確かに夜の女神たるアテナの力ならば合点がいく。だが、そんなことよりあの夜がどういった意図でもたらされたものなのか。それが重要だ。単に、アテナが自分の好む世界に変えただけならいいのだが……。

 

 だが、護堂の考えは悪い方へと裏切られた。

 

 徐々に拡大し続ける夜の世界。だが、あまりにも暗すぎる。全く灯りが見えないというのは間違いなく異常だ。そして、この車の混み具合。先ほどから文字通り動かないのだ。これは━

 

 そうこうしているうちに、護堂の車も夜の世界へと取り込まれた。それと同時に、車のエンジンが止まる。

 

 「どうやら光を生み出すものは全て使えないみたいですね」

 

 信号や建物の照明、車のライトやエンジンなどのすべてが使用できない。恐ろしいほど強力な闇の神としての力だ。

 

 「仕方がありません。ここは車を降りて移動するとしましょう」

 

 甘粕が提案する。

 

 「アテナの移動速度から見て、すぐに追いつかれるでしょうね。アテナを迎撃する組と、ゴルゴネイオンを持つ組に分かれましょうか」

 

 エリカと甘粕の二人で今後の動向を詰めていく。

 

 流石は神。一筋縄ではいきそうもない。護堂にこの場でできるのはエリカたちの話を頭に入れることと、榊がドニをさっさと倒してこっちに合流するよう祈ることだけだった。

 

 

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 「さて、始めようか」

 

 委員会所有のグラウンドについた途端、ドニが楽しげに言う。

 

 榊から十m程離れた所にたった彼の腕は既に銀色に輝いている。だらりと下げた右腕からは攻撃しようという意思も、守りを固めようとする意図も見えない。

 

 だが、これこそがサルバトーレ・ドニの本気の構えなのだと榊には分かった。榊の目をもってしても隙を見いだせないその構えは、ドニの実力を如実に物語っている。

 

 腰に忍ばせておいた短剣を取り出し、右腕に持って胸の前で構える。

 

 「それ、神様の気配がするね。君の権能なのかな?」

 

 「神具、神剣……ま、人によって呼び方は違うんだろうがそういう類のものさ。俺にとっては親友の━」

 

 榊が答えきらぬうちに、ドニが突撃する。

 

 彼我の距離は十m。この程度、彼らにとってはほんの二、三歩で詰められる。

 

 サルバトーレの剣が逆袈裟に振り上げられる。あまりにも速く、あまりにも鋭いその太刀筋は常人の目どころか、カンピオーネの目にすらまともに映らないだろう。

 

 だが、榊はこのレベルに太刀筋には慣れ親しんでいた。完全に隙を突かれたのならともかく、正面からならどうとでも対処できる。

 

 身を低くして剣をかわす。髪の毛を数本切られたが、気にせずに短剣を突きだす。

 

 なんなくドニに躱されるが、もともと当たるとも思っていない。突きだした腕をそのまま横に振りぬく。

 

 その一撃を見切ったドニは、最小の動きで躱して追撃しようとする。

 

 榊の短剣がぎりぎり当たらない位置。そこに陣取ったドニは、剣を再度振ろうとして━大きく後ろに飛び退いた。

 

 ドニの直観が告げている。あのままあの位置にいたら榊の一撃を喰らっていたと。

 

 「流石だね。僕の一撃を躱した上に反撃までしてくるなんてね」

 

 「爺さんがあんたと一緒ぐらい強くてね。毎日しごかれてたから慣れちまったよ」

 

 一度目の邂逅は互角の内容だった。だが、榊は内心焦っていた。

 

 短くはあったが、ドニの実力を知るには十分だった。間違いなく、この男は自分より強い。その差は僅かだが絶対的。権能無しの戦いなら二時間程度は持つだろうが、間違いなく負けるだろう。予想こそしてはいたが、ただでさえこの男は自分との相性が悪いというのに。

 

 榊が持つカンピオーネとしての弱点。ある条件を満たした敵と戦った際に現れるそれは、今回の戦いでもネックになるはずだ。

 

 榊が死闘の覚悟を決めると同時に、ドニが接近してくる。

 

 今度は斬撃ではなく、突き。体を開いて躱しつつドニの首筋に向けて短剣を振るう。

 

 先ほどと同じようにドニがぎりぎりのところで躱そうとする。今度は飛びのかずにそこに居座る。それどころか防御をするそぶりもなかった。

 

 ギィイイイイイイイイイイイン!!!

 

 金属同士がぶつかり合う耳障りな音が響く。

 

 ドニが剣で受け止めたのではない。榊の()()がドニの体にぶつかって、先ほどの耳障りな音を出したのだ。

 

 「『鋼の加護(マン・オブ・スチール)』か!」

 

 サルバトーレ・ドニが戦闘に好んで使う権能にして、北欧の英雄神ジークフリートから簒奪した、自らの体を鋼へと変える権能。

 

 彼の体の周りにはいつの間にかいくつものルーン文字が浮かんでいる。榊の権能によるものではない。これこそがドニの肉体を鋼へと変え、榊の一撃を防いだのだ。

 

 榊はすぐにドニから離れる。彼は近接戦闘を得意とするカンピオーネだが、ドニ相手では分が悪い。そう判断したからだ。

 

 「君の鋼を生み出す権能……既存の武器にまとわせることでリーチを瞬時に変えることもできるんだね。僕もこの加護が無かったら危なかったかな」

 

 「そういうあんたも大した不死身ぶりだよ。俺の剣は鉄の体を持った神を斬ったこともあるんだがな」

 

 ドニの首筋には赤い線がはしっている。榊の技量と神剣をもってしても薄皮一枚傷つけることができる程度。

 

 (確かに、鉄の体を以て不死身をなす神にはこの剣も通じなかったからな。ま、予想通りさ)

 

 とはいえ、予想ができたからといって対策が打てた訳ではない。かの神を倒した攻撃を放つには条件が足りないし、そもそもドニを殺しかねない。いくら向こうから売ってきた喧嘩とはいえ、殺してしまえば様々な問題があるだろう。これ以上、厄介ごとを抱え込みたくない、というのが榊の本音だった。

 

 「今度はこっちから攻めてやるよ」

 

 ドニの前方三mまで距離をつめる。突進の勢いをそのままに、左手を突き出す。その手には何も握られておらず、攻撃が届くはずもない距離だ。だが、彼には権能がある。自らの思うままに武器を作り出す権能が。

 

 ドニの眼前十センチのところに突然槍の穂先が現れる。その中ほどは榊に握られており、ドニの顔を貫かんと高速で接近してくる。

 

 キン!

 

 榊の手に軽い衝撃が走る。槍の穂先を斬られたのだ。そう気づくよりも早く、槍を翻して石突でドニを攻撃する。

 

 再び槍が短くなる。短くなった分を権能で継ぎ足しつつ、槍を振るい続ける。そうしなければ、ドニに間合いに入られてしまう。いや、振るっても少しずつ近づかれている以上、別の手を打たなければならないが、それを許すほどドニも甘くはない。

 

 そしてついにドニの間合いへと入ってしまう。榊の口から思わず舌打ちが出る。だが、内心は違った。

 

 榊へと剣を振るわんとしていたドニが突然横を向く。ドニの視線の先には、まるで神話の中から飛び出てきたかのような戦士がいた。その鎧の形状は見たものにスパルタやグラディエーターといった印象を抱かせるはずだ。彼の手に握られた槍はドニを貫かんとしている。

 

 大騎士をも超える技量の一撃だが、ドニに通じるわけもない。それでも、ドニの攻撃を引き出すには十分な一撃だった。

 

 自らへの攻撃を自動的に迎撃する━無想剣であるが故か、はたまた剣士の本能か誇りか。ドニは自らにダメージを与ええない攻撃まで迎撃してしまう。

 

 如何な達人であろうとも、攻撃の瞬間は防御への意識が薄くなる。

 

 目の前に差し出される形になったドニの腕に飛び移る。榊の技量に権能による神速、そしてドニは攻撃の直後。

 

 体が堅かろうが、骨が強固であろうが関節ならば破壊できる。それこそが榊の狙い。それこそが榊の数少ない勝機。

 

 「その腕、もらった!」

 

 飛びつき腕ひしぎ十字固め。その技は完璧に決まった。サルバトーレ・ドニが倒れれば、だが。

 

 「僕の権能はただ堅くなるだけじゃないんだ。それに見合った重さとそれを動かす力も手に入る。残念だけど君の体重くらいじゃ僕は倒れないよ」

 

 90キロ近い榊を軽々と片腕で持ち上げ、地面へと振り下ろす。

 

 舌打ちしながらドニの間合いから離脱する。

 

 くそ、と内心で罵る榊。彼の頬からは血が流れている。ドニの魔剣がかすったのだ。

 

 ドニがこちらに向かってくる。その顔に浮かぶ余裕めいた笑顔が榊の癇に障る。

 

 「調子に━乗るなよ!」

 

 左手に生み出すのは、ショットガン。作り出した弾丸には、『(ケイナズ)』と『車輪(ラグド)』。『(ケイナズ)』の爆発で弾を撃ちだし、『車輪(ラグド)』の力で速度を上げる。

 

 さしものドニの足も鈍る。その隙に、新たにライフルを作り出す。今度は弾丸に『(ハガラズ)』のルーンも追加して、威力を底上げする。

 

 狙いあやまたず、ドニの額を打ち抜く。だが、その眼光は衰えない。ほとんどダメージを与えられないことなど想定済みだ。

 

 「出でよ神剣!」

 

 権能で生み出した短剣を高速で回す。充分に速度をつけたところで、刃渡り十mはあろうかという剣へと変化させ、ドニの頭上へと振り下ろす。

 

 大地ごと叩き割る、豪快にして強烈な一撃。だが、それでもサルバトーレ・ドニに対しては有効打にならない。

 

 カンピオーネとしての榊の欠点。それは決定打が無いことにある。普通の神が相手ならば問題にならないが、『鋼』の軍神のような不死性を持つ神と闘った際に火力が不足するのだ。そして今戦っているサルバトーレ・ドニもまた榊の天敵と言える。

 

 こちらの攻撃は効かず、あちらの攻撃は一撃必殺。武術の腕もあちらが上。状況は最悪だ。

 

 榊は機をうかがうべく、一旦守りを固める。手甲と脚甲を装備して、ドニの刃の側面を叩いて攻撃をそらす。

 

 針の穴を通すような緻密な攻防が続く。榊が一瞬でも集中を切らせば、次の瞬間には命は無いことだろう。そして、最悪のタイミングでそれは訪れる。

 

 懐に念のために入れておいたプレート。『情報(アンサズ)』と『贈物(ゲボ)』が刻まれたそれは、同じ文字が刻まれた護堂のプレートと連動してその位置と持ち主の状態を伝える。

 

 たった今、護堂が死んだ。その知らせを受け取った榊の気が、ほんの一瞬だけそれる。

 

 「楽しかったよ」

 

 反射的に放った拳は難なくドニに受け止められ、かわりに榊の脇腹へと剣が突き刺さる。

 

 貫かれた臓腑から血が逆流し、榊の口からあふれ出る。

 

 「バイバイ」

 

 ドニが剣を抜き取ると、支えを失った榊の体がゆっくりと倒れていった。




大変お待たせしました。遅くなってしまい申し訳ありません。如何せん二時間睡眠の日々が続きとても執筆時間が取れなかったので……。今週を乗り切れば少しは楽になるのでまたペースを戻せ(はず、たぶん、おそらく)ます。
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