カンピオーネ! 魔刃の王の物語   作:一日

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第八話 切り札

 血をまき散らし、榊は地に倒れ伏す。その姿をドニは、冷やかな目で見つめる。

 

 カンピオーネの尋常ならざる生命力を持ってしても、この傷は間違いなく致命傷だろう。

 

 「少しもったいなかったかな?」

 

 これほどの腕前の人間は、滅多にお目にかかれない。榊は間違いなく、人類で十指に入る腕前だ。一度の戦闘で殺してしまうには、惜しい。そんな考えがドニの心によぎる。だが、もはや後の祭りだ。

 

 名残惜しさを感じつつもドニは踵を返し、次の行動を思案する。

 

 「とりあえず、護堂と神様を探さなきゃ」

 

 何歩か歩いたところで、背後から強力な呪力を感じた。その呪力はドニに太陽のイメージを浮かべさせた。

 

 振り返ってみると、榊が立ち上がり煙草を口に咥えようとしていた。

 

 煙草に火を付け、煙を吸いこんでから口を開く。

 

 「どこに行こうってんだい? まだ第一ラウンドが終わったばっかだぜ」

 

 まるで太陽のように、榊の体は光を放っていた。特に傷口の付近の光が強いことから、ドニはこの力で傷を治しているのだと悟る。

 

 「へぇ、そんな力も持ってるんだね。でも丁度よかったよ。ちょっと不完全燃焼気味だったからね」

 

 「こっちも切り札をきったんだ。最後までお付き合いいただかないとな」

 

 榊は今、腸が煮えくり返るような思いだった。穏便に済ませようなどと手を抜き、護堂の死に動揺して致命傷を負う不覚。そして切り札の使用。自らの甘さと元凶たるドニに対し、怒りが再現なく湧いてくる。

 

 だが、冷静さは失ってはいない。考えなしに権能の出力を上げることをせず、権能の情報が漏れることを防ぐ。最大出力にすればもっと速く完治するが、そうすれば本来の色で光が放たれてしまう。榊にとってこの権能は文字通り生命線なのだ。厳重に秘匿するに越したことはない。

 

 ゆっくりと傷が塞がっていく。だが、まだ戦闘に耐えられるほどではない。それまでドニが待ってくれるはずもない。ならば━

 

 「出でよ兄弟達。父の造りし勇壮なる兵士達よ。その疾き脚で俺と共に戦場を駆け抜けろ! 俺の業とその神速なる足で全ての敵を打倒せ!」

 

 第三の権能で、神兵を生み出す。数は十体。もっと生み出すこともできるが、数が増えれば一体辺りの戦闘力が落ちてしまう。十体ならば一体一体が大騎士以上の戦闘力を持つ。更に神兵を率いる者として一体だけ神速を与えることができ、更には榊の武術をトレースさせることもできる。

 

 「往け!」

 

 槍を正面に構えて神兵たちが奔る。神速を与えた兵を中心に、連携を取りながら攻撃する。だが、一体また一体と兵が切り捨てられていく。

 

 「もひとつおまけだ。持って行け! 汝が角もて、我が身を庇護せよ『保護(アルジス)』!」

 

 保護(アルジス)のルーンを、『神代兵装(エンシェント・アームズ)』で生み出した動物の像へと刻む。その動物とはヘラジカ。保護(アルジス)はヘラジカの意味も併せ持つ。現身を与えることで、榊の身を守る鋼鉄の神獣と化すのだ。

 

 「面白いペットだね」

 

 ドニの暢気なコメントが聞こえる。神兵に囲まれながらもドニの顔から余裕は消えていない。当然だ。自分を傷つけうる攻撃手段を持たない相手に緊張などするわけがない。

 

 神兵が一気にドニから離れ、その隙間をヘラジカが駆け抜けていく。自動車並みの体重の金属の塊を、ドニは片手で受け止めてから一刀で真っ二つにする。

 

 切り裂かれた神獣の隙間から、神速を得た神兵が槍を振るう。

 

 当たるが傷一つつけられず弾かれ、体勢を崩した神兵が屠られる。

 

 指揮者を失った神兵たちの連携が乱れ、次々と神兵たちが倒れていく。

 

 まっとうな命を持つ存在ではないとはいえ、自分が生み出した兵たちを次々と殺される様は見ていて気分のいいものではない。

 

 「いざ一太刀馳走つかまつる!」

 

 決して傷が完治したわけではない。だが、動ける程度には回復した。何より、これ以上見ているだけなど我慢できない。

 

 神速を全力で行使するために顕身へと姿を変える。榊の神速の顕身は、この力を簒奪した神の姿そのものだ。古代の鎧を着込み、手に弓を構える榊の姿はまさしく軍神と例えるにふさわしい。

 

 神速でドニの周りを駆けまわりつつ、弓を次々と放つ。

 

 「なんだい? この矢は」

 

 榊が放つ矢は鋼鉄製ではない。先ほどまで榊の体を癒していた光を矢の形に凝縮したものだ。当たったところで一切ダメージはない。例えドニ以外が相手でもダメージを与えることはできない。

 

 「痛くも痒くもないけど……なんでか危険な感じがするね」

 

 流石はカンピオーネの直観。榊の矢の危険性をかぎ取っている。

 

 だが、如何にカンピオーネであろうと、如何に武術の達人であろうと神速から放たれる矢の雨をよけきれるわけがない。

 

 「━この!」

 

 しびれをきらしたドニが、地面を切り裂いて榊の足を止めようとする。

 

 だが、榊の足は止まらない。神速は単に足が速くなるだけでなく、超常的な身軽さも得ることができる。ましてや軽功や猿飛と呼ばれる技術を習得した榊ならば、たかだか数メーター程度の亀裂など、軽々と飛び越せる。

 

 突然榊の背筋に寒気が走る。攻撃を瞬時にやめて全速力で退避する。

 

 直後に眼前を巨大な刃が通り抜けていく。

 

 権能によって巨大化した剣を軽々と振り回し、ドニは榊の動きを阻害する。かすっただけでも、即死につながる攻撃にさらされることで、榊の精神的な疲労が徐々に蓄積されていく。加えて神速による負担も少しずつ、しかし確実にのしかかってくる。

 

 これ以上は危険だと判断した榊は、ドニを中空から狙いつつ権能を全開にする。

 

 「我が輝きは魔を討ち邪を払う。我が前より一切の邪悪は消え失せよ!」

 

 榊の持つ弓矢の輝きが太陽そのものといえるほど強烈なものに変化していく。その光はカンピオーネの魔術耐性すらも打ち破り、ドニの網膜を焼く。

 

 一時的に視力を失ったドニに、全力の矢を撃ちこんでから接近する。

 

 「━くっ!」

 

 ドニの顔から余裕が失われる。音だけを頼りに榊に向けて剣を振るう。

 

 「残念だったな」

 

 ドニは自分の剣から信じがたい感触が伝わってくるの感じた。斬られたのだ。この世全てを断ち切るはずの魔剣が逆に!

 

 榊から見れば当然の話だ。今、ドニの右腕は銀色に輝いていないのだから。

 

 ドニの直観が最大級のアラートを鳴らしている。今すぐ榊から離れるべきだと。

 

 だが、神速を持つ榊がそれを許すはずもない。

 

 意趣返しとばかりに先ほどドニに付けられた傷と全く同じ部分を切り裂く。

 

 ドニの周りに浮かぶルーンが輝きを取り戻していく。

 

 魔を討ち邪を払う太陽の輝きを以て、相手の権能を一時的に弱体化させる。

 

 命の恵みたる太陽の光で、浴びた者の傷を癒す。

 

 この二つを同時に成す権能こと榊の切り札。そして、火力不足の榊が『鋼』の軍神たちに対抗するための権能でもある。唯一の欠点は、弱体化の持続時間が極めて短いことだ。

 

 「いくら不死身を取り戻したって、剣が無いあんたは怖くないよ」

 

 不死身の体と視力を取り戻したドニが目にしたのは、とてつもなく巨大な拳だった。

 

 榊の神兵を生み出す権能は、数と速さを犠牲にすることで一体の巨大な神兵を生み出すこともできる。

 

 ドニが喰らったのはまさしくその拳だ。榊の武術をトレースしたその一撃は大地をも簡単に叩き割る。

 

 連続して放たれる拳でドニは地中深くへと押しやられる。

 

 「こいつで締めだ!」

 

 神兵の手に鉄製の棍が握られる。それをドニめがけて振り下ろす。まさしく神の鉄槌というに相応しい。

 

 周囲に地響きが鳴り響く。普通の人間ならば、跡形も残っていないだろう。それでも地底の底から感じる敵意は薄れていない。

 

 「汝が烈しき焔にて、我が敵を尽く焼き滅ぼせ『太陽(ソウイル)』!」 

 

 棍の最下部に刻まれたルーンから膨大な熱がはなたれ、棍自体をも溶かしていく。

 

 ドロドロに溶けた金属がドニの体を包む。その体は赤熱こそしているもののいまだ健在。

 

 「この程度の焔、護堂の方がもっとすごかったよ! 剣は熱せられてこそ鋭さを得るものだ。僕の体はこの程度の焔じゃ溶けたりしない!」

 

 「溶かすつもりなんざさらさらないさ」

 

 地底から聞こえる声をよそに、榊は最後の手の打つ。

 

 権能で生み出したコインを指で弾いて、穴の中へと落とす。

 

 「汝が流れもて、我が敵を押し流せ『(ラグズ)』!」

 

 コインから膨大な量の水が流れ出る。穴の底で溶けた金属に触れたそれは、一気に気体化して水蒸気爆発を起こす。

 

 周囲に地響きが起きるほどの衝撃がまき散らされる。だが、榊の真の目的は水蒸気爆発ではない。

 

 膨大な気化熱によって急激に冷やされた金属が液体から固体へと変化していく。

 

 魔剣を持つドニならばともかく、今の彼を閉じ込めるには十分すぎる強度を持つ。

 

 水蒸気が収まったのを見計らって、神兵の手を使ってドニを閉じ込めた金属塊を引き上げる。

 

 少々でかすぎるので、権能で加工して余計な部分を削り取る。空気穴等はないが、ドニならなんとか生き延びるだろう。

 

 「ふむ、こんなところか……アンドレア・リベラ!」

 

 建物の影から一人の男が駆け寄ってくると、榊の前で膝をつき首を垂れる。

 

 「お初にお目にかかります、王よ。そこのバ……剣の王、サルバトーレ・ドニの執事を務めるアンドレア・リベラと申します」

 

 「ああ、話は聞いているよ。そこの大馬鹿の執事なんて同情するね……さて、本題だが、今サルバトーレ・ドニはこの通り閉じ込められた状態だ。開放したければ、今回の騒動による被害額を日本に支払うことだ。支払が確認できれば、開放してやろう」

 

 アンドレアの顔が青ざめる。カンピオーネと神の戦いによる被害は計り知れない。その被害額がとんでもない額になることなど容易にわかる。

 

 「元々ゴルゴネイオンは欧州の魔術師が見つけたもんだからな。そこの阿呆が処理しとけばよかったものをわざわざ日本(うち)に押し付けた。挙句療養中のはずが傷一つなく嬉々として邪魔してきて、被害を大きくした。支払う理由としては十分だと思うが? このまま海に捨ててもいいんだぜ?」

 

 王の問いかけにノーなどと言えるわけがない。

 

 「……承知いたしました」

 

 うなだれつつも、アンドレアは頷いた。

 

 「交渉成立だな。あぁ、一つ言い忘れていたな。お前さんは今日、俺の権能は何一つ見ていない。いいな?」

 

 それだけ言って、アンドレアの視界から榊が消える。神速で次なる戦いへと向かったのだろう。

 

 「……あの弓矢の光、気にはなるが調べるわけにはいかん、か」

 

 アンドレアの脳裏に浮かぶのはドニの優勢を覆した輝き。目くらましのせいでよくは見えなかったが、あの光の色はアンドレアにある神の名を連想させた。だが、その神格は榊の使った権能とあまり繋がりがないかのように思える。知的好奇心をくすぐられたが、王の命令に逆らうわけにはいかなかった

 

 

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「あーもしもし、護堂は生きてるかい?」

 

 近くのビルの屋上に陣取り、給水タンクにもたれかかりながら榊はエリカに連絡を取った。

 

 「アテナの死の力を浴びましたが、かろうじて生きています。戦えるようになるまであと二時間程度かかると思います」

 

 護堂に渡したプレートからは間違いなく死んだとの情報が伝わってきている。ということは今は復活の真っ最中なのだろう。ウルスラグナの十の化身の中で復活となると『雄羊』か。

 

 「そうかい。ま、生きてるなら儲けもんだな。俺も、あの剣馬鹿のせいでちーとばかし消耗してしまってね、二時間程度回復する時間が必要なんだ。終わり次第そっちに合流するよ」

 

 「わかりました……サルバトーレ卿はどうされたのですか?」

 

 「あいつかい? あいつは今冷たいベットでおねんね中さ」

 

 聞きたいことを聞き終えたので、電話を切る。と、同時に口から血がこぼれた。

 

 権能で一時的に傷を塞いだとはいえ、暴れまわった影響で傷がまた開いたのだ。

 

 「あーくそ、治療代も請求しときゃよかったぜ」

 

 護堂の復活まで回復に集中する。どうせ、今の体調では神相手の戦いなど無理だ。

 

 ひと眠りするために、目を閉じる。疲労がたまっているため、すぐにうとうとし始めた。

 

 薄れゆく意識の中で、誰かが屋上にやってきたのが見えた。

 

 一番見られたくない奴に見られちまったな……そんなことを考えながら榊の意識は眠りの世界へ沈んでいった。 




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