蜘糸草紙~土蜘蛛戦争異聞~   作:EMM@苗床星人

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一.馴初

2012年1月元旦も一週間過ぎた頃の事だった。

私は相変わらずこの銀誓館学園が苦手だ…あぁ、こういうと語弊があるかもしれない。

校舎内の空気と言うのが苦手なのだ。

受付の職員に貰ったOB証を首にぶら下げて歩いてはいるのだが、どうにも場違いな気が否めない。

悲しいかな年齢を経ると下学年の校舎を歩くとどうしても変質者になったかのような錯覚がしてならないのだ。

そんなとき私は校庭を覗くのだ、ジャージを羽織って練習に励む運動部の練習が…見れない。

当たり前だ、こんな時期に学校が始まる訳が無い、余計にこの時期の校舎が苦手になった。

本当ならあそこには運動に励む若者が居る…話は変わるが銀誓館学園にはやたらとい美男美女が多い

恐らく『能力』によって本能的に代謝や身体機能を底上げするからだろうかとも思ったが、それが『能力者』であれそうでなかれ例外は居るし其処に深く考える意味が無い以上考えない方が正解と言うものだ。

とにかくそんな若者たちが玉の汗を垂らし息を荒くしながら必死に運動に励むのだ。

そうだ、空気で白くなった吐息が残れば尚良い、そんなフェティッシュな色気がこの本来ならば放課後と言う時間に校庭には絶えずあるべきなのだ。

あぁ、中学生万歳。もっと幼くてもなおよし。

 

「あ、変質者さんや」

 

聞かれていた。

 

「それを言うなら変態よん♪」

 

私の後ろに立つ透き通る絹のような、通り越して蜘蛛の糸のようなきめ細かく綺麗な髪を持つ彼女は燕糸・踊壺。

私にとって少し前から気にかけている少し変わった『来訪者』の女の子だ。

小学部5年、好きな物は社員の皆、社員と言うのは彼女が代表取締役兼団長…つまりは社長を務めている結社のメンバーの事だ。

嫌いな物はしいたけと世の中の不条理、喉に詰めてからトラウマになったらしい。

そんな彼女が笑顔で引きながら私を見ていた。

 

「メイさんも呼ばれたん?」

 

「えぇ、よこちゃんも奇遇ねぇ♪」

 

私と彼女の腐れ縁とも言える関係は、2006年9月26日に始まっていた。

まぁ彼女は自覚していない、せいぜい2007年9月26日くらいにあったとしか覚えていないだろう。

観測のずれは対象の『キャラ』さえ違えば大きく異なるものだ。

特に私も彼女も大きく変わったではないか。

燕糸・踊壺とメイガス・モルガーナ、私とあなたはそれでも尚、腐れ縁。

 

「何じろじろ見てはるん?」

 

「ん~?

 

少し、昔を思い出してただけよん

 

そう、それだけの事ね♪」

 

 

 

 

 

 

2007年4月1日

土蜘蛛戦争

 

銀誓館学園と葛城の土蜘蛛勢力が戦った『銀の雨の時代』最初の魔法戦争。

忘却期との決別を全ての能力者と来訪者に知らしめる最初の戦争にして

北欧神話の主神が放った鑓の如く、全ての戦争の発端となった悲劇。

 

 

 

これは過去の物語。

 

これは既に終わった物語。

 

ささやかな幸せをつかもうと足掻いた一人の巫女と

やがて幸せをつかんだ一人の蜘蛛の

 

悲劇に終わり始まる

 

燕糸・踊壺が始まった物語。

 

 

 

 

2006年9月26日

 

―――――――――シャン…

 

「……アマサスル………」

 

 

   ……シャン…

 

 

「………アメクチヤ……」

 

…シャン……

 

「ナニシエヤ……………」

 

 

……「ハテ」…シャン………

 

 

 

 

・・・・・・心地よい祝詞が・・・

・・・彼女の意識を少しずつ呼び覚ましていく・・・

 

 

…少し目を開けると、彼女は柩の中に閉じ込められていた。

そして立てられた柩の前で…小さな巫女が、独鈷と錫杖を手に舞っていた。

祝詞と舞は、段々と速さを増していき…激しいものへとなっていく…

 

「……が…見え…る…?…」

 

巫女に問うのは目覚めた彼女。

忘れた言葉を一生懸命に思いだし、

激しい舞を踊りつつも巫女は驚いたように此方を見た。

 

「八重架よ、気を散らすでない!!」

 

八重架と呼ばれた巫女は怯えるように頷いた。

そして一息入れて儀式の最終段階へと進む…

彼女たちの周りには、儀式に同伴する幾人もの『大人』が座していた。

座して、偶像の再誕を待ちわびている…『子供』に異常な程の信頼と、道具のような手軽さを信じて。

そう、その現場は彼女が現代を知る上では限りなく有害な程異様だった。

 

「アマサスル………」

 

シャン…

 

「アメクチヤ……」

 

シャン……

 

「ナニシエヤ…」

 

「ハテ」

 

シャン……

 

巫女は独鈷を構えて唱えた。

 

 

 

「アマサスル…ヤエ、イヅモ!!」

 

 

………ビシィッ!!!!!!

 

 

……一瞬の間を置き、柩に…檻に皹が入った…

そして、法具は転げ落ち、彼女の身体中に張られた札は焼け落ちて白い肌が露わになる。

 

檻は砕けた。

 

支えるものを失った彼女の体は、ぐらりと地面に落ちようとする…

 

…ぽふ……

 

彼女の体は、巫女の手に支えられた。

 

「おお、土蜘蛛様じゃ…」

 

「ついに我等が御家からも…土蜘蛛様が復活なさった…」

 

周りの人間たちが感嘆の声を上げる…

 

つかれて眠りに落ちた彼女を、巫女は優しく抱きしめた。

 

 

 

 

戦争が始まる半年近く前の事…

多くの『巫女』がその地に宿った能力に目覚めて、同時に発狂した

巫女の能力はともかく地位は世襲制で、狂うことのなかった子供達は大人に従うほかなかった。

私の父、燕糸・九段もその被害者だった。

 

ある日私たちの家は燕糸の本家として巫女を世襲せよと分家の襲撃を受けた。

 

買っていた犬の八尾は殺され、母も口封じに囚われ

私も父も、能力に目覚めるまで拷問のような『修行』を強制された…

 

やがて、父が目覚めた。続いて私も…

 

結果として父が狂うのにさほど時間はかからなかった。

 

「この愚物があァァァァ!!!!」

 

「ぅぐっ…」

 

堅く骨ばった張り手を喰らい、その場に倒れ込む。

 

「よりによって、寄りによって恩方様の復活に失敗するとは…アレでは廃人も同然ではないかァ!!!!!」

 

娘を娘とも思わないような怒声を張り上げ男は祭壇前に『座らされている』女の子を指さした。

それは、我々が『出雲の恩方様』と呼ぶ女王級の実力を持っていたとされる土蜘蛛の御尊体だった…筈だった。

 

「ぇぅー…ぁー…ぁは、ぁー…」

 

しかし、『彼女』はあまりに幼く、そして全ての記憶を失っていた。

辛うじて齢五つくらいだろうか、そのくらいの躯で、その心は赤ん坊も同然だった。

 

「でも…ぅ…あの子は元々記憶を失っていたのです、だから……」

 

「言い訳など聞きたくもない!!貴様は暫くそこの白痴とともに離れで謹慎していろ!!!

くそっ、くそっ!!くそっ!!!これでは『娘』を救うのにさらに時間がかかってしまう…『才ある燕糸の巫女』とはいえ、貴様のような忌まわしい餓鬼に任せたのが間違いだったのだ…」

 

苛立たしげに恩方様と私を交互に睨む男…私の父の瞳に正気の色は微塵もなかった。

 

「そんな…されどもその子は出雲の恩方様です、術式の解読でそれは確実で…な、何をするつもりですか!!」

 

「アマサスルアメクチヤナニシエヤハテ…シュテンカイジョウニオツルシュジョウヲウガタバウツワクウナリ…!!!」

 

術式を編み、父はその掌を恩方様の胸の中央へ押しあてた。

初代より燕糸の家に伝えられてきた術式、古代の巫女が一子相伝で伝える今は父のみが持つ主権祝詞だった。

 

「…ッギ!!ァ…あああァァァあ!!ア―!!」

 

すると恩方様は悲鳴を上げて倒れ込み、胸元を必死に抑え込んで喘ぎ出した。

血相を変えて私は父を恩方様から引き剥がした。

 

「お父さん!!やめて、恩方様に何をしたん!!」

 

「愚物が、誰が貴様の父だ身の程を知れ。なに、契約の印を押したまでだ。『器』としてこの白痴を機能させ続けたならばいずれ恩方様の魂も宿ろう…」

 

…めちゃくちゃだ、論理感も補償も何もあったものじゃないのに…何でこの男はそんなに自信を持って人を傷付けられるんだ。

震える恩方様の肌蹴た胸元には、火傷のように蜘蛛の紋が焼き込まれていた…これがおそらくは器の契約紋なのだろう。

なのに…こんな状態だと言うのに…

 

「おぉ…これで我らの恩方様が復活なされるのですな」

 

「これで我らも正式に土蜘蛛の巫女となった!!」

 

「時間はかかろうが期待しておるぞ、土蜘蛛の王国に栄光を!!」

 

「「「栄光を!!!」」」

 

同班の『大人』達は父の蛮行を諭すでも怒るでもなく…賛美した。

彼らもまた『見えざる狂気』に侵された土蜘蛛の巫女達と、それに機械のようにしたがうだけの子供達だったから。

常識と非常識の摩擦で何もかもが狂った世界、それが私の所属する葛城の土蜘蛛衆の世界だった。

 

「ぅぇぇ…うわああぁぁぁん!!ぁぁぁぁぁん!!」

 

「…ッ!!」

 

「ちっ、耳障りだ。さっさとその白痴の器を持って離れへ失せろ愚物、俺を父と呼んだ罪は特別に赦してやる、次は逆さ釣りでは済まさんぞ」

 

父の一睨みに私はおぞましさを感じ…

 

「……寛容なる処遇、感謝いたします…当主様…燕糸の巫女、これにて失礼仕ります」

 

ただ命令に従い、泣き訴える恩方様を抱えて離れの倉へ運んで行った。

 

 

 

これが父の狂気…父にとって私は『娘』であり、そして『才ある燕糸の巫女と言う部下』その二つを同じ存在として目を向ける事を父は本能的に拒絶した。

そうでもなければ、修行と称した凌辱的な拷問を受ける娘に目を合わせることなどできるはずもない…

きっとこの男の心の中では、『娘』は何時までも拷問を受け続けているに違いない…

 

 

 

 

泣き疲れて寝たしまったのか、すやすやと寝息を立てる恩方様を開いている私の布団に寝かせ倉の戸を閉めて灯りをつける。

 

「あら、黒髪に白髪とやたらと対象的な二人ね」

 

すると倉の奥から皮肉めいた声が聞こえる。

豊満な肉体を包帯でぐるぐる巻きにした、同じ長い黒髪の女性の姿がそこにあった。

明・綾乃…魔女と名乗るこの女性が、私に才ある燕糸の巫女と言わしめるほどの能力を開花させた師匠である。

他の狂気に支配された大人と違い、この人は別の能力者組織に所属しているらしい。

その組織から勝手に抜けてゴーストに襲われ瀕死の重傷を負っていた所を私が匿って倉に泊めているのだ。

その代わり彼女は私に上手な能力の使い方と、魔術と言う概念を私に与えてくれた…だから私は師匠と彼女を勝手に仰いでいる。

なにか倉に会った文献を読み漁っていたらしく灯りがつくとありがたそうに寄って来た。

 

「その子が貴女がずっと復活させたかったって言う出雲の恩方…なんだかもう少し威厳や禍々しさがあると思っていたのだけれど…」

 

「あはは…大人の人たちにも同じこと言われてもうたよ

でも強く不安定な封印術式やったさかい師匠のおかげで解けたようなもんですえ」

 

「なにいってんのよ、私は基礎を教えただけで貴女勝手に術式組んでその才能を開花させたんじゃない。遅かれはやかれいずれその術式を『理解』して普通に解けていた筈よまったく、これだから無意味に遠慮深い餓鬼は嫌いなのよ」

 

師匠の辛辣な言葉に思わず苦笑するが、この人は口ではこう言ってても本当は小さい子供が大好きな類の人だと思う。

長らく一緒に過ごしていれば自然とそう感じる事ができたあたり、師匠の言う通り私は本質的に『理解』の能力が優れているらしい。

 

「まったく何の因果かしら、私が師匠なんて呼ばれるなんて」

 

「きっと、私と師匠は運命の糸でつながってるんやねぇ♪」

 

おかしくなって笑みをこぼす、そんな私を師匠は不愉快そうに見つめて…

表情を隠すように正面に書物を持って読みふけった。

 

倉の中で談笑している内に、私は気付くことなどなかっただろう。

この運命の糸が、やがておおきな蜘蛛の巣のように多くの人へとつながっていく事も、それを私が見届ける事ができない事も。

 

 

これは悲劇が終わった後の銀の雨が降る世界の物語

 

これは悲劇から始まるもう一つの悲劇の物語。

 

 

 

 

燕糸踊壺の始まりを、私…燕糸八重架が紡ぐ物語。

 


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