2006年12月上旬
「八重架、さんたとは何じゃ?」
「・・・はい?」
恩方様から、今までの生活とは余りにもかけ離れた単語を聴いて、私は一瞬何を訪ねられたか理解できなかった。
「綾乃も一二三も言っておったのじゃ、この季節の祭りに現れるのよな!!サンタの何が楽しみなんじゃ?」
「あぁ・・・ああ!!サンタですかいな、そやなぁ・・・クリスマスの夜に、良い子の枕元にプレゼントを届けてくれる人なんやよ」
横文字が急に幾つも出たためか、今度は恩方様が首を傾げた。
「・・・?くりすます?ぷれぜんと?」
「あー…贈り物いうことですえ♪」
「ぷっ…く、くくく…あっはっは!!」
棚の上で師匠がたまらず噴き出した。
恥ずかしくなって服の袖で顔を隠すが、その仕草も見たのだろう師匠は余計に笑い出した。
しまいには本棚の上を書物で叩く音すら聞こえてきた。
そんなに元気ならそこに引きこもってなくてもいいんじゃないだろうか…?
「ひーひー、八重架は理解は早いけど説明は苦手みたいねぇ」
「ひ、久しぶりに聞いたさかい困っただけですえ!!」
私が頬を膨らませてそういうと、師匠は私たちに向かって小さい小箱を投げつけてきた。
「にゃ、綾乃?」
「え…師匠、これは?」
「サンタさんのプレゼント、私12月25日嫌いなのよ…だから先に渡しとくわね?」
そういうと師匠はひらひらと手を振った。
「まったく、師匠ってば…」
その小箱を開いてみると、中には2つセット、恩方様のを含めて計4つ、金色の蜘蛛を模したバッチが入っていた。
「これは・・・」
「古文書の知識を頼りに作ってみたものよ、ゴーストの近くでも使える通信機だなんてチートレベルのものまであったから、面白そうだと思ってね」
暇つぶしにしては、その造形は凝っていて
私の髪飾りと同様の形からか明らかに意識してデザインしていることが見て取れるようだった。
だから私も恩方様もたまらず・・・
「「ぷっ・・・・・・」」
「あっははははははは!!」
「にはは、にははははは」
おもいっきり笑い転げてしまった。
それに師匠はかぁっと顔を赤くして(たぶん)叫ぶ。
「ちょっと、何笑ってんの!!おかしいなら返しなさいこら!!」
「やーですえ♪」
「あやのは恥ずかしがり屋じゃのう♪」
きゃっきゃと姦しい笑い声は倉の外まで聞こえていた。
倉の外にまでちょうど来ていた八つ目の耳にも届くほど。
当然「当主に聞かれたら事ですぞ」と注意することもできるが、そんな事するほど八つ目は空気の読めない男ではなかった。
かといってこの場を邪魔することもできず、笑い声が落ち着くまで待ってから、倉の戸をたたいた。
トントン、と蔵の戸を叩く音。
「はい!ちょぉ待っててなぁ」
それに返して恩方様を待たせ、戸を開けると…外には八つ目が、傍らに蜘蛛童を侍らして立っていた。
「なんや、八つ目さんか。あー・・・外にも声聞こえとったかな?」
ばつが悪そうに言うと、八つ目はにこりと笑って首を縦に振った。
「えぇ、恩方様も巫女様もお元気そうで何よりでございます
特に巫女様は恩方様と暮らし初めて笑うことも多くなられて・・・僭越ながら私も安心しました」
「え?私そんなわらわへんかったかなぁ・・・いやぁ自分の事やとなかなかきづかへんもんやな」
実際、笑うようになったと気づいてから違和感に気づいた私がいた。
あんなに辛い毎日だったのに、恩方様を育ててからだろうか
そんなことがどうでも良くなってきたのは。
いや、たぶんアグニと決別してから・・・そして恩方様を土蜘蛛衆の運命から守ると決意してからか
どこか吹っ切れたように肩の荷がおりた思いだったのは確かである。
「恩方様も、あんなに楽しそうな姿を見て安心しました。」
八つ目は外来者におびえて倉の奥に隠れた恩方様をみて、うれしそうに目を細めた。
そして残念そうに頭を垂れる。
聞けば、八つ目は恩方様直属の鋏角衆の長だったらしい。
そんな恩方様に忘却されて、今もこうしておびえて目をそらされるのは八つ目にとってとても辛いことに違いない。
しかし八つ目は私の予想とは裏腹によく恩方様を見舞いに来ていた。
以前の恩方様はよほど八つ目にとって心配な人物だったらしく、今の恩方様の無邪気な様を陰から見守って微笑んでいるのを私は知っている。
「ん、ほなら何のようかいな?
八つ目もプレゼント交換会に参加する?」
「ぷれぜんと?・・・いえ、巫女様に一つ相談したいことが・・・」
聞きなれない横文字の言葉を聞いて首を傾げた八つ目は(八つ目の時代は本来の歴史以上に諸外国との交流も盛んだったそうだが)
首を横に振って傍らの蜘蛛童を一撫でした。
「この童は人が喰らえませぬ…」
八つ目の言葉に、私の眉がぴくりとあがる。
少し前から、土蜘蛛組織の蜘蛛童を成長させるよう活動していた集団は
蜘蛛童への供物(サクリファイス)を得るための標的をゴーストから人間へとかえる方針を取り出した。
私はそれから蜘蛛童の養育に関わるのを止めた。
父・・・いや、当主にもひどく罵られ
『土蜘蛛よりも人間が大事か』『人を害する度胸もなしに王国の復興に役立てると思うな』『この裏切り者の・・・』
父の侮蔑の言葉を一瞬だけ思いだし頭を降ってよけいな思考を追い出す。
しかし、恩方様を守るという決意を固めた以上そこまで狂った大人たちに執着はもてなかった。
だからその言葉はトラウマにこそなったが、その侮蔑だけで人を殺さずにすむのなら軽いものだと思っていた。
閑話休題(はなしがずれた)、蜘蛛童に人を食わせる方針に私と同じ年代の巫女の多くが反対した
葛城本家やその直属の家計は逆らいきれなかった巫女も多かったようだが
やはり若く扱いやすく、そして何より上層部に居座る大人たちに反して行動のほとんどを任されていた巫女たちのストライキ的な反対に大人は頷かざるを得なかった。
嫌々ながらも王国復興の猛襲につき動かされ出ていく大人の巫女たちに混ざって、その方針にただ一人頷いたのは
意外なことに八つ目だった。
しかし、八つ目がそれに賛同したのは蜘蛛童を思ってのことだという事をよく知る私達は八つ目を止めることができなかった。
「人も食らわずこの成長の早さでは最早土蜘蛛様への進化は不可能でしょう…
否、稀に初めからこうなる為に生れて来たような童がいるのです。
ですから、どうかこの童を貴方の下で育てて土蜘蛛になる手助けをしてほしいのです…才ある燕糸の巫女…」
「私でも、それは不可能やよ」
私はきっぱりと断った。
蜘蛛童を土蜘蛛様に成長させたい気持ちは私も同じだった。
しかし必ず誰かを犠牲にしてでも土蜘蛛にしなければならないわけではない。
巫女衆の中でもそこが一番意見が分かれるところだったが
わたしは鋏角衆には鋏角衆の有用性用いもあって然るべきと思っている。
しかし八つ目は、私の返答を半ば予想していたのかやはりとため息をついた。
そのため息は重く、大人たちのように猛襲的な思いに駆り立てられている様子でもなかった。
(というより私は八つ目が狂っているなどと思っていなかった、いや思いたくなかっただけかもしれないが・・・)
「出来損ないに…なる他ないのですか」
「…できそこないなんて蔑む権利は、誰にもない思う」
辛そうな八つ目の言葉を聞き、ようやくこの子が八つ目にとって大事な蜘蛛童だという事に気がついた。
実際、八つ目はかつての燕糸家が存在した出雲の里の暗黒時代をみてきたのだ。
かつて土蜘蛛と人間が気づいていたという共存の理想郷から、上王を失った事による葛城本家の支配と土蜘蛛こそが下民を統べる絶対的なヒエラルキーの社会
そしてその社会において土蜘蛛のなりそこないである鋏角衆の立場は非常に低い・・・それは今の土蜘蛛衆でも同じ事である。
そんな中でだ、鋏角衆に生まれたことを恥じ巣の元を離れた仲間を彼は多く見送った。
「700年の昔に至っては、群れから離れることはそのまま死を意味するとし
ても拙者は見送るしかできなんだ…
700年たった今でもそれは変わらない、ただ不条理だとしか…思う事しか拙者には…」
蜘蛛童を愛し、育てるものほどそのときの辛さは計り知れなかっただろう。
特に八つ目はこの子を特に大事に育ててきたのだから・・・
「…この童、私と恩方様に預けてくれへんでしょうか…?」
「・・・八重架様・・・それでは」
「いや、この子は鋏角衆として育てる
出来損ないとして恥じて暮らすんやない、誇りのある鋏角衆として立派に育ててみせる」
私の言葉に、八つ目は戸惑いを隠しながらも隠しきれない不安げな目を向ける。
一度価値観の変化に流された彼だからこそ、私のような価値観をそう簡単に信じることができないのかもしれない。
それでも・・・
「・・・八つ目もいっとたやないか、この子は鋏角衆として生まれるべく生まれたって
それやのに恥じることばっかり覚えさせてもうたら、この子にもきっと辛いですえ
八つ目、鋏角衆は・・・貴方は出来損ないなんかやないんや
私達を助け、護る力をもっとる大切な仲間や」
「・・・初代様のようなことを言うのですね、恩方様を任されてから八重架様も変わりなされましたな・・・」
八つ目は両手を地について頭を垂れてきた。
「この名も無き蜘蛛童を、よろしくお願い申しあげます」
「で、プレゼントあげた矢先にまた住人が増えたわけね」
「か、かんにんなぁ師匠・・・何やその場のノリというか、応じざるを得なかったと言いますか」
結局その夜は棚の上でいじける師匠に、梯子に手をかけながら謝り続ける羽目になったのでした・・・
◆
所は変わって、視点は本筋を離れ葛城山へと移る。
いや、これはもともと本筋ではないし本筋の裏に燕糸八重架という歴史を加算していく物語なのだから本筋というのも烏滸がましいことだが
それはともかくとして、事は本筋に極めて親密に関わる葛城本家にまで波及する。
土蜘蛛衆にウェルダ教の老師が関わりだした、その情報を婚約者から得た自身もまたその敷地へと足を踏み入れていた。
当然、いい顔はされなかったがね。
「ヤクザじゃないんだから、もう少し冷静な対処を求めたいものだがね?」
自分は警戒した巫女たちの薙刀に囲まれるという盛大な歓迎の中にあった。
この程度の組織の能力者であるなら、組織力もさほどの物でもないし力づくで押し通ることもできるが
今時そんな事を結界もなしにやるのは三流のやることだ。
ただでさえ鎌倉の"世界砕き覚醒未遂"事件以降、綻んだ世界結界を作ろう役目を持った先見の微能力者が見張っている
それを保持するイレギュラー中のイレギュラーの視点に泊まるのは今はこいつらだけで十分だ。
しかし、そうなるとこの状況をどう払しょくするか…メガリスならば世界結界にほころびを与えづらいが無意味に手の内を明かすのも癪だ。
そう悩んでいると、見知った声が本家の内から聞こえた。
「武器をお納めください、そのお方は我々との知己の者です」
アグニ=ブランドエストックの言葉とともに、殺気立った巫女たちが舌打ちをしながら薙刀を下げモーセの十戒のように道を開けていった。
凝った肩を回しながらアグニに俺は声をかけた。
「随分と大胆な真似をするな戦略主義者、敗走の楽しみでも知りたくなったか?」
「すこし奥で話しましょうか、立ち話も難でしょう」
ビンゴのようだ、この男の事だから恐らくこの組織は捨て駒にするつもりのようだ。
アグニにとっても多くの巫女の前で事の全貌は話したくないのだろう。
アグニに連れられて本家屋敷の客室まで連れてこられる。
念の為、大叔母から頂いた防音の結界を張ったうえでようやくアグニは喋りだした。
「いや申し訳ない、彼らも急な方向転換のせいで不安を隠しきれない状況でしてね
次善策として偽の本部をデコイとして設置しているとはいえ不安は隠しきれないのでしょう」
おそらくは此処に来るまでに辿り着いた例の土蜘蛛屋敷の事だろう。
「東北の衆はもう少しうまくやっているというのに、しかし忘却期を経た寝ぼけ眼の組織としては殊勝なものかね
…しかし、ずさんが過ぎる。まるでこの流れ自体が葛城土蜘蛛の崩壊を促す流れのようにな」
「それは読めこそしますが私が組んだシナリオではありませんので、そこを問われてもどうしようもありません。
ただ特等席を用意したかっただけですよ、一つの組織の終焉とそこから例のイレギュラーの力量を図るためにね」
イレギュラー…あいつが入った組織、銀誓館学園。
あの最低の結末から2年の月日が流れたんだ、彼女ならばもう反魂の術式くらい完成してもおかしくはないだろう。
それでもあの要塞のような監視網を持つ組織から彼女を中止する声が出ていないことに俺はいまだ不安を感じていた。
反魂は即ちより生前に近いゴーストの生成、ゴーストは生前に近ければ近いほどより凶悪な異形となってこの世界の常識に対して牙をむくだろう。
そんな事を世界結界の恩恵を受けたあの組織が容認するはずもなく、ゴーストを借り詠唱銀を容易に手に入れ安いことを除けば彼女の研究は学園に隠れながら行うことになるはずだ。
なのに何故動きがない、単純に彼女が諦めたのか…それともことが起こる前に彼女はもう…
「やれやれ、諦めがついていないような顔をしていますよ下院殿」
「…済まない、関係ないことを考えてしまっていたな。話を続けよう。」
俺がそういったところで、アグニは目を細めた。
その"笑み"に不気味なものを感じて、俺はその場で言葉を詰まらせた。
この男は、兄を含めた俺たち魔術師の天敵だからだ。
…それだけか?この男は物事の10手先を読むことに異常なまでに優れている。
「いえ、関係ない話ですね本当に。」
「………そうか」
この男の笑みに対して問うことを俺はもう諦めた、時間の無駄だ。
今のおれの目的はあくまで最愛の婚約者が大安無事に一生を過ごすことだ。
そして己の幸せをつかむことだ、それに関してウェルダ教は『銀誓館を中心とした渦の本筋』に積極的に関わることのない組織であるからこそそれが可能なのだ。
しかしこの男の動きはわざわざ"本筋"の戦乱へ近づくという"らしからぬ"事をしようとしている。
今のおれの目的はこれだ、これ以外は一切無視しろ。目的のためにすべてを捨てろ、己の成すべき事を成せ…それがろくでなしの祖父から代々続く俺の法、魔術師としての行動原理だ。
「では単刀直入に聞こう…お前の目的はなんだ、
この奈良に充満した"根源"に由来しない魔力の塊は何だ」
「……………それこそが、目的といいますか」
アグニは口元を吊り上げ今度こそ不気味に笑い出した。
◆
そして、クリスマスイブ
燕糸家の倉は広い、そして不必要なくらいに何でもある。
私達が普段住み着いているのもその他機能性故である。
現代のガスや水道こそ通っていないが、700年以上昔からあるのも信じられないようなからくり仕掛けで囲炉裏や竈などそこらの屋敷にあるような物が隠れて一通り完備されているのだ。
それを偶然発見していた私も、倉には本棚もあるから師匠と出会うまで使うことを忌避してきたが
師匠曰くこの倉には忘却期の間も働くほどの強力な『保護』の結界が張られていて、能力者同様並大抵のことで破けたり燃えたり風化したりはしないようだ。
(それでも蜘蛛の巣が張っていたりするのは土蜘蛛の組織だからだろうかと本気で考えたこともあったが、理由は今でも不明である)
なので父を含めた多くの巫女はこの倉をせいぜい不要物入れか懲罰房くらいの劣悪な環境と思っているようだが
むしろ片づけさえすればこの倉は狂った大人たちがふんぞり返って闊歩する本家屋敷よりもとても住みよい環境なのである。
さて、その竈の前に私と恩方様は今か今かと焼きあがる物を待っていた。
「やえかーやえかーまだ焼けぬかのう」
「もうちょぉまっとって下さいなぁ~・・・お?この香りは今度こそ成功かいな?」
そして私は三度目の正直で竈を使用していた。
両手には布槍を巻いてミトン代わりにして、本家の台所からエプロンと道具一式を拝借して
しかし拝借したそれらとともに竈の周りは最早目も当てられない惨状と化していた。
あちこちに小麦粉とクリームが飛び散り、爆発のためか煤けているところもあり
どう言うわけか恩方様の要望で混ぜるのを任せたクリームから生まれた奇妙な何かが壁を這い回った形跡がある。
そしてその先には・・・哀れその何かに口の中に入られそのおぞましさに気絶した師匠が横たわっている。
「あ・・・ん・・・たら、いい加減・・・諦め・・・たら?」
息も絶え絶えの師匠が提案するが、ここまできたら引き下がるわけにもいくまい。
「いいや諦めるわけには参りませんえ!!」
「あやのはそこで待っておれ!!今に極上のけぇきを馳走してやるぞ!!」
「自分から・・・食べ・・・られる物体は・・・ケーキ・・・とは・・・言わな・・・」
そこまで言った所でで師匠は泡を吹いてガクっと意識を手放した。
そう、私と恩方様はクリスマスに向けて八尾を入れた4人で食べるためのケーキを作っているのである。
しかし師匠は療養中(実はもう動けるがさぼりたいが為にそう言い訳して今現在身を持って絶賛後悔中)。
「・・・」
そして八つ目から預かった蜘蛛童こと八尾は、私達が読んでいたケーキの作り方の記された参考書を楽しみそうに熟読している。
恩方様もであるが初めてのケーキなのだ。
ここは育ての親として、そして恩方様も自称姉として二人で協力してケーキを作ることに決めたのである。
ちなみに私も、巫女衆に拉致されるまでは家庭科の時間だけ『八重架だけは作らなくてよし!!てか作るな何もするな!!』という不名誉な待遇をかせられていた腕前である。
そして恩方様に至っては料理に手をつけると謎の生命体を作ってしまうお手並み。
はっきり言って今ようやくまともなスポンジケーキが焼きあがろうとしているのが奇跡のようである。
しかし、現実はそこまで甘くなかった。
「できたーっ・・・・・・・・・って、あ」
頃合いをみて竈を開けると、ケーキは見事に焦げていた。
「あー・・・燕糸家の竈はけぇきをちょこけぇきにする機能があるんじゃな!!うむ!!・・・って、無理があるか・・・」
「・・・・・・・・・ぅぅ、無理や・・・私達にケーキ焼くなんて無理やったんやぁぁ!!うわぁぁん!!」
呆然とした私をみて恩方様がフォローしようとするが、気休めにもならず、悔しさから泣き出してしまった。
「・・・・・・・・・」
そんな時、八尾がふと焼きあがったケーキに近づき・・・
「・・・八尾ちゃん?」
「これ危ないぞ?焼いたばかりなのだk」
ズ バ ァ !!
・・・と、恩方様が言い切る前に八尾は鋭い前足で焦げたケーキの表面を横一千に切り払った。
するとその内側は・・・
「・・・おぉ・・・おぉぉ!!」
恩方様が感嘆するほどの、黄金。
まさしくその言葉があうほどに見事に焼かれたスポンジ生地が焦げた表面の内側にあったのだ。
「ひょ、表面をすぐに剥がしますえ!!」
「よしきた!!」
慌てて私達は焦げたスポンジの表面を剥がしにかかる。
そしてそれと同時に机の上によじ登った八尾は八本脚で器用にボールと泡立てを取ると素早い手つき(脚つき?)でクリームを混ぜ始めたのである!!
「ま、まさか八尾・・・おまえ」
「ケーキの作り方を、覚えた言うんですえ!!?」
トロトロになったクリームを前に、八尾は自信満々にキュゥと鳴いて鋏角を鳴らした。
「は・・・」
「「ハハーッ、八尾料理長!!ご指示を!!」」
今この場において蜘蛛童(鋏角衆予定)と土蜘蛛、そして巫女の上下関係は完全に崩壊した。
そこから八尾はまさに八面六臂(実際一面八臂)の手際と天才的な料理の才能をを惜しみなく披露した。
この子に比べたら私と恩方様などがどれほど天災であったか…元々なかった料理に対する自信が完全に崩れていくのを感じながら
それでもケーキは八尾の手で着々と出来ていったのであった。
「んん…ひどい目にあったわね、ん?…これ、だれが作ったの?」
師匠の問いに答えるように、見事なケーキの乗ったちゃぶ台の前に幾重もの座布団が重ねられ満足そうにその上に八尾が寝ていた。
◇
その頃、不吉な噂が耳に飛び込んできた。
復活した蜘蛛童のグループが何者かによって襲撃を受けているのだという。
幸いいくつかのグループは襲撃者との交戦を生き残り本山に戻ってきている。
しかし、その帰り道も襲撃者に補足されるのは時間の問題だろう・・・。
襲撃者の動機は明白、蜘蛛童が人間を襲うようになったことだろう。
アグニの忠告はいよいよ現実のものとなった。
襲撃者の組織と土蜘蛛衆の戦争・・・現実が崩れる音はもう奈良の外にまで波及していた。
戻れない、戻らない。
もう元には、戻らない。