蜘糸草紙~土蜘蛛戦争異聞~   作:EMM@苗床星人

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五.下院

それは年を越すほんの少し前のことだった。

蜘蛛童の標的を方向転換することになっても、ゴーストの討伐が無くなるわけではない。

それはただ単に人を襲う可能性のあるゴーストを野放しにできないという純粋な正義感からだったり

土蜘蛛の王国に下らない妄念の搾りかすを残すことは許されないという思想だったり

その理由は大人と子供で随分と違うものだが、その理屈さえ合えば土蜘蛛の組織の団結力は固い。

その日も私はゴーストを討伐し残留思念を八尾に食わせていた。

大人たちの活動についていっているため八つ目はいないが、それでも一二三と四葉と七星…部下であり親戚でもある巫女達は優秀なバックヤードだ。

といっても、親戚をそんな目で見ている分、私も大人たちに毒されてどこかおかしくなっているのかもしれないと彼女らに謝ったら

そんなことはないと必死に言ってくれる、優しい人たちでもある。

八尾が残留思念を食い終わり、元はマンションであっただろうその廃墟を後にしようとすると私たちが北方向とは別の場所からがさりという気配を感じ私たちはそれぞれの武器をそちらへ向けた。

 

「にゃぁ」

 

そう一鳴きした気配の主は、一匹の黒猫だった。

そう気づくや否や一二三(小学3年生)は目を輝かせて猫を抱きしめた。

人に慣れているのか抵抗しない猫に私たちの顔も綻んでいく…

いや、私は気づいてはいるのだが同時に敵意がその黒猫にはないことも理解できたのでその輪に混ざることにする。

 

「か、かわいぃーです八重架様!!」

 

「これはお持ち帰りして面倒を見るべきかと思うのですが八重架様!!」

 

「てか飼いましょう八重架様!!」

 

黒猫を抱っこしたり喉をなでたりしながら、ごろごろと気持ちよさそうに鳴く黒猫に

超魅了のバッドステータスを付与された3人が思い思いに同じ内容の申し出をするが、私はやんわりと断った。

 

「うーん、飼いたいんは山々やけどその子きっとまっとる人がおるよ?」

 

「飼い猫ですか…?たしかに人に慣れてる感もしますね」

 

「うぅ…残念」

 

「あはは…」

 

この黒猫、恐らくは能力者が化けている。

ただ敵意はなく無邪気な人なのだろう、だからこの子も敵意を持たない。

しかしこの子を本家に連れて行けば少なくとも大人の敵意を買うだろう

それ以前にこの子は帰りを待つ人がいる、さりげなく七星の腕時計を見て気にし始めていたからだ。

猫はふつう、時計を見ない。

 

「ほらほら、その子をご主人様のとこへ返したり」

 

「「「はーい」」」

 

3人は至極残念そうに黒猫を手放した。

黒猫は私に礼を言うように「にゃ~♪」と鳴くと窓から廃墟を後にした。

 

 

 

 

「へぇ~、そりゃあ私の同業者ねぇ。長時間猫変身してたところを見ると私んとこにもいなかった子みたいね」

 

腕立て伏せをしながら師匠は私の話を聞いて感心したように言った。

なぜ腕立て伏せかといえば、私(家主)から師匠(居候)に課した義務もといリハビリである。

調子が悪そうにしていたから免除したのに手伝ってくれず、かといってケーキはしっかり食べた師匠の健康を気遣ってのことである。

断じて崩れた料理に対する自信の八つ当たりなどではない、断じて。

 

「あぁ、そうそう」

 

腕立て伏せを終えたところで、師匠は思い出したように付け加えた。

 

「その猫にはこれ以降何があってもかかわらないほうがいいわ」

 

「え?どういうことですえ?」

 

私が問うと、師匠は気怠そうにうつぶせになって答えた。

 

「出会いは運命の糸を紡ぎ、それは世界の意思に沿って物事を次の場面へと進めていく…八重架ならもう気づいているでしょう?

今の土蜘蛛組織と、ほかの能力者組織の接触は双方にとって危険でしかないわ。」

 

「…はいな」

 

 

 

 

葛城山中、森の中を歩いていると一匹の黒猫が背後から脅かすようにとびかかってきた。

 

「にゃ~~~~~~~~~♪」

 

「おぉ、ジュリじゃないか♪今までどこにいたんだ、探したんだぞ?」

 

それを受け止めて抱きかかえた後、優しく地面に卸すと

黒猫はシルエットと化して大きくなっていき、やがて人の形になったところでシルエットから本来の流れるような銀髪の少女へと変身する。

俺の今の生きる理由であり、最愛の婚約者であるジュリア=レクイエム…俺がウェルダ教の調査を行っているのもジュリアのためである。

ジュリアもまた俺を慕ってくれている、人間に戻ったジュリアは真っ先に俺にしがみついて、奈良を歩き回った報告を始めた…だが

 

「あまり一人で出歩くなといっただろう?此処は一応土蜘蛛のテリトリーなんだからな」

 

「にゃっ、大丈夫ですにゃよ。ウェルダにも魔術教会にもかなわないような弱小組織の能力者なんて、もし何かあっても私一人で十分対処できますにゃ♪」

 

そういう問題じゃないといって、ジュリアに軽くでこピンをする。

 

「ひうっ…う~…あ、でも一人だけやたらと強そうな巫女がいましたにゃ」

 

「…ほう?」

 

ジュリアの話に、俺は先ほどアグニに聞いた話を思い出した。

 

 

 

『時を操作するメガリスだと…?』

 

不信にいう俺に、アグニはやれやれといった様子で湯呑を卓上に置いた。

 

『貴方ほどの魔術師が信じられませんかな?』

 

『いいや、想像はできる…不思議ではないだろうな』

 

人が想像しうることはすべて起こりうる物理事象…魔術を志す者ならその基本骨子に持つ理屈だ。

しかし根源の力を大きく逸脱している…そんなことが可能なものとなれば、それはもはやメガリスですらないはずだ…。

 

『えぇ、そのメガリス自体は借りるだけのものでしてね…しかしその起動方法も使い方も誰もが知らないまま…』

 

『そんな危険な…いいや、ある意味で安全極まりないメガリスをなぜおまえが狙う?メガリス破壊効果の薪にでもくべるつもりか?』

 

『そんな勿体ない事は致しませんよ…この伝承は古くは大江山伝説にまでさかのぼります』

 

『大江山…酒呑童子か?』

 

『えぇ…根源より使わされた神の末裔と、根源を異なる神の末裔ヤマタノオロチ…その最後の戦いがあったのが大江山と言われていますね』

 

『根源を異なる神か…そういえばウェルダ教は三種の神器の合成破壊効果を実践していたな』

 

『あのような贋作に意味などありません、最悪剣を精錬するまでにさえ行けませんでしたからね』

 

『その目標の一つがそのメガリスか?』

 

『出雲の恩方…いいえ、その祖であるところの大江山土蜘蛛の女王…出雲大蛇は、土蜘蛛と人類の共存共栄をなした小国を作り上げたそうですね?』

 

『ほう…それはさぞ立派なことだったんだろうよ。ヒエラルキーに縛られた土蜘蛛に共存を教えるとは余程できた女王だったらしいな?』

 

『えぇ…しかし、何か気づくところはありませんか?』

 

『……!!小国、か!!』

 

『土蜘蛛は組織力があまりにも低ければ蜘蛛童を土蜘蛛に成長させることができません、そう…人間の生贄なくしてはね』

 

『土蜘蛛の小国で人類との共存共栄は元来ありえない話だということか…なら何故…あぁ、そのメガリスかね』

 

『そう…その継承権を持つ巫女は燕糸の巫女と呼ばれました…最後の巫女燕子角がその名を己が銘としたのが燕糸家の始まりと伝えられています』

 

『そんな情報をどこから…そうか、お前らはここに関わっていたんだよな』

 

『そうみたいですねぇ、朱天童子の封印には多くの犠牲を払ったと聞きます』

 

『出雲の里の、だろうが』

 

『ハハハ…しかし、その力が再び活性化しようとしている…これを世界結界の綻びによるものとみるか…』

 

『それとも、燕糸の巫女の覚醒によるものとみるか…か』

 

 

 

「下院さま、下院さま♪」

 

とてちてとついてくるジュリを抱きしめて、頭をなでる

 

「すまんジュリ、少し…調べることができた」

 

 

 

 

「なんや…これ……」

 

その日、燕糸家本家は不気味なほどの静寂に包まれていた。

いつもの重苦しい雰囲気から解放されたかのように本家には人がいなかった。

そして、この空間を包むほの苦い空気…私はその雰囲気に蔵の結界に似た何かの違和感を感じていた。

 

「人払いの結界を張らせてもらった、ほんのひと時の間だけだが」

 

「…!!」

 

言葉とともに、男は屋敷の正門から堂々と入ってきた。

 

「燕糸八重架だな」

 

「そうやけど、貴方はどちら様や?」

 

そう言いながらも私は念動剣を手に持ち構える、名を聞く態度ではないのは百も承知。

されどこの男の放つ気配は明らかに良くないものだ、目的のために何でも捨てるもの

私に近く、私から遠い。私は自負でもあるがひたすら前に進むためにいろいろなものを捨てたが

この男はそれにしては空虚、すなわち目的と行動を逆転させ捨てるために目的を持った男ということだ。

徹頭徹尾、そんな男がまともであるはずもない。大人の狂気とは別にも感じるが、この男は壊れている…そんな気がした。

 

「名乗るのも烏滸がましい、只の魔術師だ」

 

そう言いながらばらりと男は木の実のようなものを空中に撒くと、それは吸い込まれるように高く飛んで屋敷の部屋の四隅に落ちた。

奇妙な感覚が体を支配する、まるで二酸化炭素の濃度が上がったような感覚、この部屋自体があの男の肺の中になったかのような嫌な空気。

 

「私に何用ですかいな、魔術師さん。そんな殺気こめられる覚えは少なくとも私にはありませんえ?」

 

「なに、知己からの情報を頼りにして…継承者を探していたところ、俺の最愛の人が偶然そいつを見つけたようでね」

 

あの時の猫か、直感的にそう思った。

しくじった、猫そのものに敵意はなくてもその仲間に敵意がないとは限らなかった。

 

「継承者…?何の話をいっとるんです?」

 

「知らぬままでいい、気づくな。そう言っている…念のためパスを切らせてもらうがね」

 

聞けば聞くほど訳が分からない、この男は何を言っている?

私がいまだ知らないことが、この巫女の血以外にも何かある…?

そう私が思考の海に落ちかけた瞬間、男は跳躍した。

その手には杭、そしてもう片手には警棒型の詠唱兵器…恐らくはトンファーとでも言い張るつもりだろうが

それにしては黒く近代的なデザインと棒の先端のマニ車がアンバランスだ。

とっさにその警棒の一撃を避けて念動剣で男を押し返し距離を保つ。

 

「何をするんや!!」

 

「目覚めさせてはならないもの、その因子をお前は持っている。それを狙うものがいる、そうだな…その第一継承者ごと封印させてもらおうか」

 

第一継承者・・・因子・・・封印・・・不完全ながらもカチリとパズルのピースのようにキーワードが当てはまり

この男は私とその周りの人間を巻き込み何かをするつもりだと察知する。

おそらくはその候補は・・・

そのまま押し出そうと十字に重ねた念動剣を男に叩きつける。

しかし男は警棒でそれを受け止め、金属同士が擦れ合う嫌な音を辺りにまき散らす。

 

「恩方様に何をするつもりや、あんた・・・」

 

(・・・!!成る程、特別な才能を持っているようだな…あの悪趣味仮面の言うこともなかなか馬鹿にできないか…!!)

 

「俺の名は下院、魔術師…無明下院!!その名と我が魔道にてこの地で起きる悲劇を止めようとしている者だ!!」

 

男…下院は警棒を振って念動剣を振り払い、杭に魔力を込めて私に接敵してきた。

 

「Anfang(起動)…燕糸の巫女、貴様の素性は知っている…お前は、昔の家族を取り戻すつもりはないか?」

 

「何を…っ!!」

 

そう私につぶやきながら警棒を振るい猛攻を仕掛ける下院、私は力の差を自覚しつつも念動剣の推進力を最大にあげて下院の警棒をいなしていく。

 

「その力の流し方、ただの才能ではない…おそらくは能力ですらない原初的な力の形(アクティブ)の一つなのだろうよ

この世界で、お前に安らぎの地は存在しない。死ぬまで…いや、死んでも利用され続け戦乱に身を投じることを約束された才覚にお前は目覚めてしまっている!!」

 

下院の言葉に私は少なからず衝撃を受けた、今までのことのおよそ半分以上を無意味だと見も知らぬ男に言われたのだから。

しかし諦めない、地を踏みしめて攻撃をいなす、私には父のほかにも恩方様達…守るべき存在がすでにいるのだから。

 

「それが…っ!!どないしたんや!!元より父が狂ってもうてから半分近く諦めとるようなものや…せやったら私は…」

 

「聞け!!Wie für das Eisen, ein Verbrechen, erlegt das Eisen einem Feind in Vermittlung in einem Keil, meiner Phantasie und der Wirklichkeit ein Verbrechen vom Zorn auf(鉄は罪、鉄は楔、我が幻想と現実を媒介に憤怒の罪を敵に課せ!!)!!」

 

「うあっ!!?…っく、ぅぅあ!!」

 

下院が放った赤い鎖に縛られ、一瞬にして意識が混濁し言い表しがたい怒りとともに無理矢理に下院に集中させられる。

 

「その力は燕糸家の力とともにあるものだ、力と出雲の恩方を手渡せ燕糸の巫女!すべて封印し、海底に沈め永久封印を施しさえすれば…あるいはお前の救われる道もある、アグニにも言われただろう…土蜘蛛に待つのは滅びだけだと!!」

 

「…!!こんの…こんな鎖ぃ!!」

 

下院の放った鎖を、己の身に宿った神秘で浄化する。

そして念動剣をじかに手に取り、燕糸家に伝わる剣術で下院に切りかかる。

多少なりと鎖のせいで正気を混濁させているとはいえ、その効果は私に本来以上の力をもたらしている。

警棒が砕け、回転動力炉を即座に砕けた破片から回収しながら下院は驚愕に目を見開き距離をとる。

 

「ここまで力の引き出し方を熟知しているなんて、ありえない…やはりお前は、理解(ビナー)の力をアラヤに与えられているか!!」

 

「わけわからへん事を、ごちゃごちゃと!!」

 

渾身のけりを下院は杭の棒で受け止める。

 

「Umfassende Bedeutung zu einem Untergang(聖杭よ形骸に意義を卸せ)…!!」

 

下院の杭は彼の魔道の証、詠唱兵器の回転動力炉にも等しいその杭に魔力を通すことでその魔術は能力へと昇華する…

呪符、言葉、音楽、文字、魔弾、過去多くの魔法使いがあらゆる触媒で魔術を編み出し魂のままに使い振るったように

下院の魔術は純粋な貫く力…目的を、己の法を追従(チェイス)する力。

 

「Ich ziehe eine Kette ein, und ich komme immer durch in den Tod, durch sein Gesetz zu tragen(己の法を貫くために、鎖を手繰り私は常に死地をまかり通る)…!!」

 

無明下院は依存心の強い人間である、彼もそう自覚している。

無論婚約者への依存はただの依存とはわけが違う、贖罪の意味合いも彼にとっては強い強制力であり

その鎖に引っ張られているおかげで下院はようやく立ち、思考し、歩くことができる。

詠唱兵器化した腕を構え、八重架に目掛けて全力で振るった。

 

「私は、恩方様も八尾ちゃんも師匠も…新しうであった大切な家族も居る!!皆を守るために、最後まで戦う!!」

 

「その依存に溺れて全てを失った時、お前は俺のように枯れ果てた人間になるだろう!!そうなる前に、悪いがここでつぶさせてもらう!!」

 

腕にまとわれた回転動力炉が発火寸前まで回転し私に拳が迫ってくる。

 

「貫き通せ、デッドエンド!!!!」

 

下院がその魔術の真名を明かすと同時に動力炉は限界を超えて燃え上がった。

スローモーションのように研ぎ澄まされた私の視線はその燃え上がった回転動力炉をとらえ

瞬時に理解したとおりに念動剣をその炎の塊に伸ばす。

 

「何…っ!!?」

 

「それでも私は、あの子たちに強ぉ生きてほしいんや!!!」

 

八重架の一撃は、炎に隠れた動力炉の急所を狙い澄まして命中し

下院の腕から暴力的な魔力が拡散していく。

 

「ぐ…ぅぉおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 

私の一撃は未来へと進み、過去へと延びる下院の杭を完全に粉砕した。

 

 


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